若松城の敷地はとても広く、複雑に入り組
んでいて、駐車場のひとつから城門にいたる
のにずいぶん時間がかかった。
もちろん満開に近いさくら花が、はるばる
やってきたわたしたちの歩調をゆっくりした
ものにしたのは言うまでもない。
「まあ、きれい」
かみさんは驚嘆の声をあげ、じっと掘わり
の土手に咲くさくらを見つめた。
見るからに古木である。
なかには、うろをかかえているもの見受け
られた。
時折、ピンク色の花弁が、ちらほらとかみ
さんの顔にかかる。
わたしは先を急ぎたかった。
催促してもいいのだが、下手に声をかける
と、逆ねじを食らう。
どうしたものかと、せがれふたりともども、
あっちへ行ったり、こっちへ来たり。
しばらくひまがかかるとふんで、わたしは
好物を求め、掘わりの界隈を歩くことにした。
どこの城でもそうだが、わたしは、いくつ
もの巨石がきちんと積み重ねられているのを
見るたびに驚いてしまう。
石の表面が滑らかに削ってある。
この地までどうやってそれらが運ばれたか。
どのようにしてそれらに細工を施したのか。
大昔のことだから、簡素な造りの荷車にの
せ、牛馬に引かせるほかなかっただろう。
それに、のみや金づちくらいはあったに違
いないが、と、掘わりを造った人々の底知れ
ぬ苦労に圧倒されそうになった。
ふと団子の焼けるいい匂いがした。
わたしは間もなく、ひとりの青年が汗水た
らして団子を焼いているのを見つけた。
店の前は客が行列をなしている。
ずうずうしくも、わたしは列を無視し、列
の先頭に出た。
「あれれ、だめでしょうが」
後ろのほうで、息子のひとりがわたしをた
しなめる声をあげたが、わたしはわざと聞こ
えないふりをした。
「ちょっと急ぎなものだから」
と、その青年に耳打ちした。
とたんに、列を形作る人々の間からブーイ
ングが起きた。
「まあいいじゃないですか。この方はよほ
ど急いでおられる。それにどうやら初めての
方みたいです。この団子を、このおいしさを
異郷の方に味わっていただきましょう」
若いにもかかわらず、落ち着いたものごし
で言う。
「でもね。子どもじゃないんだからちょっ
とだけ待っていてくださいね」
「ええ、そりゃもう」
彼はそれまでより、てきぱきした動作で仕
事をやりだした。
パックに詰めた団子を、おとなしく並んで
待っていた客に渡していく。
「はい、お待ちどうさま」
あっと言う間にわたしの番が来た。
彼はその団子を、白い発泡スチロールの容
器に入れると、とろりとした液体をじゅうぶ
んにかけてくれた。
わたしはさっそく食べはじめた。
わたしは根っからの関西人。
苦しいときに、とんちをはたらかせること
がある。大阪弁でしゃべったりしてしまう。
まあ、それだけに誤解も多い。
ふと気が付くと、目の前に黄色のパンツを
はいた細めの脚が二本ある。
はて、どこかで見たことがあるぞ、と、わ
たしは団子をくわえたまま、ちらりと見た。
「しょうがない人。まあた、こんなところ
で油を売ってたんだ。列を乱したんだって?
ほんと恥ずかしい。放っておいても別にかま
わないんだけどね。で、どうするの。ずっと
ここにいる?」
せっかくの旅である。
わるいのは、わたしに決まっている。
わたしはきびすを返し、かみさんに従って
歩きだしたが、うしろ髪ひかれる想いにから
れた。
ちょっとふり向いたとたん、売りっ人の青
年と目が合った。
わたしがかるく会釈すると、彼もそれに応
じた。
多分、どこかの高校生だろう。それにして
も動作がきびきびしていて、礼儀正しい。
その尊敬にも似た気持ちが、会津の人々す
べてに波及するのに、さほど時間がかからな
かった。
残りの団子をむりやりのどに押し込んだの
で、危うく窒息しそうになってしまった。
歩くにつれ、わたしは異郷になじんだ自分
をとりもどし始めた。
明治初年1868年、この辺りは、大きな
いくさの舞台となった。
戊辰の役、会津戦争である。
「お父さん、どうしたの。顔がさっきとぜ
んぜん違うよ。何かいいこと、あった?」
「ああ、まあな」
と応じた。
「それは良かった」
今さっきわたしをたしなめたせがれは、大
の歴史好き。
歩くにつれて、彼の口数が多くなった。
んでいて、駐車場のひとつから城門にいたる
のにずいぶん時間がかかった。
もちろん満開に近いさくら花が、はるばる
やってきたわたしたちの歩調をゆっくりした
ものにしたのは言うまでもない。
「まあ、きれい」
かみさんは驚嘆の声をあげ、じっと掘わり
の土手に咲くさくらを見つめた。
見るからに古木である。
なかには、うろをかかえているもの見受け
られた。
時折、ピンク色の花弁が、ちらほらとかみ
さんの顔にかかる。
わたしは先を急ぎたかった。
催促してもいいのだが、下手に声をかける
と、逆ねじを食らう。
どうしたものかと、せがれふたりともども、
あっちへ行ったり、こっちへ来たり。
しばらくひまがかかるとふんで、わたしは
好物を求め、掘わりの界隈を歩くことにした。
どこの城でもそうだが、わたしは、いくつ
もの巨石がきちんと積み重ねられているのを
見るたびに驚いてしまう。
石の表面が滑らかに削ってある。
この地までどうやってそれらが運ばれたか。
どのようにしてそれらに細工を施したのか。
大昔のことだから、簡素な造りの荷車にの
せ、牛馬に引かせるほかなかっただろう。
それに、のみや金づちくらいはあったに違
いないが、と、掘わりを造った人々の底知れ
ぬ苦労に圧倒されそうになった。
ふと団子の焼けるいい匂いがした。
わたしは間もなく、ひとりの青年が汗水た
らして団子を焼いているのを見つけた。
店の前は客が行列をなしている。
ずうずうしくも、わたしは列を無視し、列
の先頭に出た。
「あれれ、だめでしょうが」
後ろのほうで、息子のひとりがわたしをた
しなめる声をあげたが、わたしはわざと聞こ
えないふりをした。
「ちょっと急ぎなものだから」
と、その青年に耳打ちした。
とたんに、列を形作る人々の間からブーイ
ングが起きた。
「まあいいじゃないですか。この方はよほ
ど急いでおられる。それにどうやら初めての
方みたいです。この団子を、このおいしさを
異郷の方に味わっていただきましょう」
若いにもかかわらず、落ち着いたものごし
で言う。
「でもね。子どもじゃないんだからちょっ
とだけ待っていてくださいね」
「ええ、そりゃもう」
彼はそれまでより、てきぱきした動作で仕
事をやりだした。
パックに詰めた団子を、おとなしく並んで
待っていた客に渡していく。
「はい、お待ちどうさま」
あっと言う間にわたしの番が来た。
彼はその団子を、白い発泡スチロールの容
器に入れると、とろりとした液体をじゅうぶ
んにかけてくれた。
わたしはさっそく食べはじめた。
わたしは根っからの関西人。
苦しいときに、とんちをはたらかせること
がある。大阪弁でしゃべったりしてしまう。
まあ、それだけに誤解も多い。
ふと気が付くと、目の前に黄色のパンツを
はいた細めの脚が二本ある。
はて、どこかで見たことがあるぞ、と、わ
たしは団子をくわえたまま、ちらりと見た。
「しょうがない人。まあた、こんなところ
で油を売ってたんだ。列を乱したんだって?
ほんと恥ずかしい。放っておいても別にかま
わないんだけどね。で、どうするの。ずっと
ここにいる?」
せっかくの旅である。
わるいのは、わたしに決まっている。
わたしはきびすを返し、かみさんに従って
歩きだしたが、うしろ髪ひかれる想いにから
れた。
ちょっとふり向いたとたん、売りっ人の青
年と目が合った。
わたしがかるく会釈すると、彼もそれに応
じた。
多分、どこかの高校生だろう。それにして
も動作がきびきびしていて、礼儀正しい。
その尊敬にも似た気持ちが、会津の人々す
べてに波及するのに、さほど時間がかからな
かった。
残りの団子をむりやりのどに押し込んだの
で、危うく窒息しそうになってしまった。
歩くにつれ、わたしは異郷になじんだ自分
をとりもどし始めた。
明治初年1868年、この辺りは、大きな
いくさの舞台となった。
戊辰の役、会津戦争である。
「お父さん、どうしたの。顔がさっきとぜ
んぜん違うよ。何かいいこと、あった?」
「ああ、まあな」
と応じた。
「それは良かった」
今さっきわたしをたしなめたせがれは、大
の歴史好き。
歩くにつれて、彼の口数が多くなった。