種吉が思ったとおり、五指に満たない飲食
店はどれも、ほぼ満員。
客の列がドアの外までつづく。
どの人も思い思いのソーシャルデスタンス
をとろうとする態度はいい。
しかしこれでは誰かひとり倒れたら、さな
がらドミノ倒しになってしまうではないかと、
危ぶんでしまった。
「やっぱりか。思ったとおりや。こらあか
ん。みんな、コンビニや、コンビニさがそ」
種吉は、表面に丸まった糸くずがいっぱい
付いたマスクを、あわてて口元まで引き上げ
ると、早足で歩きだした。
「おとうはね、きっとふるさとに近づいた
せいだろね。あんなに関西弁を使うのは」
Мが兄二人にひそひそ声でいうと、兄ふた
りはうんうんと答えた。
「そんなに急いで、あんたさ。あてあるの。
どこにコンビニなんてあるのよ」
種吉のかみさんは、かん高い声でいった。
種吉に従って歩きながらも、なんども後ろ
をふり向く。
「まあ、おれにまかしときなね。おれの目
は節穴じゃねえ。車がここに入って来るとき
に、なにがどこにあるかってな。よおく見て
いたんだから」
「へえ、おどろいたわ。あんたって、うち
だけじゃないのね。おまわりさんでいるのは」
「おまわりさんって?どういう意味でしょ
うか」
「紛失物があったら、あんたに訊けば、す
ぐにその在りかがわかるって、評判だよ」
「ちぇ、喜んでいいのか、悲しむべきなの
か、わかんなくなった」
「いいじゃないか。子年の習性なんだろか
ら。みんなに頼りにされて。そんなに年老い
たったってさ」
「年老いたって?ああ、まったく、あんた
ってお方は一言多いんだから」
「だって、ほんとのことじゃないか。しわ
は多いし、背中は丸まってるし。どう見たっ
てじいちゃんだよ。それともなに?若いつも
りでいるのかい」
「はああ、もう、あんたにかかっちゃ、何
も言えないわい」
数分後、家族のすべてが、欲しいものを買
い求めた。
かくして風采の上がらぬ老人ひとり。そし
てカラフルな服装のおばあさん。それに壮年
になった団子三きょうだい。
さっさと歩けば一分くらいで済む道のりに、
彼らは何倍もの時間をかけた。
広いサービスエリア。
ひとつらなりの建物の外れに、マッチ箱を
大きくしたような店がひとつあった。
その看板の上には、英語の横文字がいくつ
か並んでいて、イニシャルがL。
「ロー、なんとかだろ。ほらほらなっ、お
れだって、まだまだ役に立つだろ。ここで買
おう。パンだって、ご飯ものだって、大抵の
ものはそろってるぞ」
種吉は、まっさきに店内に入り、お気に入
りの菓子パンと飲み物を購入するやいなや、急
ぎ足で店を出た。
店の隣は、小さな公園になっている。
高速道路は高台を走っている。遠くの山々
や街並みが、一望のもとにのぞめた。
「まあ、きれい」
種吉のかみさんはひと声、感嘆の声をあげ
ると、公園のはじに設置されたガードフェン
スまで歩いた。
彼女は、右手に、おにぎりやパンなどの食
べ物でいっぱいのビニル袋をふたつ、しっか
り握っている。
もちろん、団子三兄弟は、子どもの頃のよ
うに、彼女のあとを追った。
種吉は空きのベンチをさがした。
だが、あいにくベンチはすべて占領されて
いた。
しかたなく、彼は植木をガードしている円
形のコンクリの上にすわった。
「さあてといただくとするか。ここは野外
だからな。コロナだって来れまいて」
種吉は、袋の中で、行儀よく五つならんで
いるあんパンのビニルカバアを、舌なめずり
しながら、パリパリとやぶった。
一番はじの丸パンをひとつ、右手でつまみ、
ひょいと持ち上げると、口をああんとばかり
に開けた。
大きいばかりで歯が大して残っていない口
に、それを持っていこうとした。
そのとたん、ふいに小さな手が種吉の服の
袖をつかんだ。
種吉はぎょっとして、わきを見た。
三歳くらいの男の子が、まん丸の二つの目
で、種吉の顔を見あげていた。
周囲に、彼の親らしき人の姿がない。
(やれやれ、なんて行儀のわるい。けども
な、子どものやること。むげなことはできん)
「ほら、とりなさい。甘くておいしいぞ」
種吉はその男の子に、あんぱんを勧めた。
店はどれも、ほぼ満員。
客の列がドアの外までつづく。
どの人も思い思いのソーシャルデスタンス
をとろうとする態度はいい。
しかしこれでは誰かひとり倒れたら、さな
がらドミノ倒しになってしまうではないかと、
危ぶんでしまった。
「やっぱりか。思ったとおりや。こらあか
ん。みんな、コンビニや、コンビニさがそ」
種吉は、表面に丸まった糸くずがいっぱい
付いたマスクを、あわてて口元まで引き上げ
ると、早足で歩きだした。
「おとうはね、きっとふるさとに近づいた
せいだろね。あんなに関西弁を使うのは」
Мが兄二人にひそひそ声でいうと、兄ふた
りはうんうんと答えた。
「そんなに急いで、あんたさ。あてあるの。
どこにコンビニなんてあるのよ」
種吉のかみさんは、かん高い声でいった。
種吉に従って歩きながらも、なんども後ろ
をふり向く。
「まあ、おれにまかしときなね。おれの目
は節穴じゃねえ。車がここに入って来るとき
に、なにがどこにあるかってな。よおく見て
いたんだから」
「へえ、おどろいたわ。あんたって、うち
だけじゃないのね。おまわりさんでいるのは」
「おまわりさんって?どういう意味でしょ
うか」
「紛失物があったら、あんたに訊けば、す
ぐにその在りかがわかるって、評判だよ」
「ちぇ、喜んでいいのか、悲しむべきなの
か、わかんなくなった」
「いいじゃないか。子年の習性なんだろか
ら。みんなに頼りにされて。そんなに年老い
たったってさ」
「年老いたって?ああ、まったく、あんた
ってお方は一言多いんだから」
「だって、ほんとのことじゃないか。しわ
は多いし、背中は丸まってるし。どう見たっ
てじいちゃんだよ。それともなに?若いつも
りでいるのかい」
「はああ、もう、あんたにかかっちゃ、何
も言えないわい」
数分後、家族のすべてが、欲しいものを買
い求めた。
かくして風采の上がらぬ老人ひとり。そし
てカラフルな服装のおばあさん。それに壮年
になった団子三きょうだい。
さっさと歩けば一分くらいで済む道のりに、
彼らは何倍もの時間をかけた。
広いサービスエリア。
ひとつらなりの建物の外れに、マッチ箱を
大きくしたような店がひとつあった。
その看板の上には、英語の横文字がいくつ
か並んでいて、イニシャルがL。
「ロー、なんとかだろ。ほらほらなっ、お
れだって、まだまだ役に立つだろ。ここで買
おう。パンだって、ご飯ものだって、大抵の
ものはそろってるぞ」
種吉は、まっさきに店内に入り、お気に入
りの菓子パンと飲み物を購入するやいなや、急
ぎ足で店を出た。
店の隣は、小さな公園になっている。
高速道路は高台を走っている。遠くの山々
や街並みが、一望のもとにのぞめた。
「まあ、きれい」
種吉のかみさんはひと声、感嘆の声をあげ
ると、公園のはじに設置されたガードフェン
スまで歩いた。
彼女は、右手に、おにぎりやパンなどの食
べ物でいっぱいのビニル袋をふたつ、しっか
り握っている。
もちろん、団子三兄弟は、子どもの頃のよ
うに、彼女のあとを追った。
種吉は空きのベンチをさがした。
だが、あいにくベンチはすべて占領されて
いた。
しかたなく、彼は植木をガードしている円
形のコンクリの上にすわった。
「さあてといただくとするか。ここは野外
だからな。コロナだって来れまいて」
種吉は、袋の中で、行儀よく五つならんで
いるあんパンのビニルカバアを、舌なめずり
しながら、パリパリとやぶった。
一番はじの丸パンをひとつ、右手でつまみ、
ひょいと持ち上げると、口をああんとばかり
に開けた。
大きいばかりで歯が大して残っていない口
に、それを持っていこうとした。
そのとたん、ふいに小さな手が種吉の服の
袖をつかんだ。
種吉はぎょっとして、わきを見た。
三歳くらいの男の子が、まん丸の二つの目
で、種吉の顔を見あげていた。
周囲に、彼の親らしき人の姿がない。
(やれやれ、なんて行儀のわるい。けども
な、子どものやること。むげなことはできん)
「ほら、とりなさい。甘くておいしいぞ」
種吉はその男の子に、あんぱんを勧めた。