玄関の扉は猫がちょうど通れるくらいのす
き間が空いている。
ジェーンの居所を確かめようと、メイが扉
を全開にした。
玄関先に、男女の区別が一目でつかないよ
うな人がたたずんでいる。
メイは驚きであっと声をあげた。
森の色に染まるような、保護色っぽい装い
がメイの目を引いた。
厚手の上着にパンツ。
たぶんジェーンなんだろうが、丁度もの影
に入っていて、彼女かどうかはっきりしない。
「誰なの。そこにいるのは?」
メイはおそるおそる訊いた。
「わたしよ、わたし」
メイの聞き覚えのある女の声だった。
「ごめん。わたしといったってね。影になっ
てて顔がよく見えないわ。もっとよく姿を見
せてちょうだい」
「うん」
妙に沈んだ声をだしてから、その女性は二、
三歩前にすすんだ。
彼女の顔に光があてられた。
「ああ、やっぱりジェーンなんだ。でもど
うしたのかしら。いつものあなたらしくない」
メイが知っていたジェーンはいつも活発で
暗い表情など、ほとんど見せたことがなかっ
た。
衣服が黒っぽいからだろうか。いや、それ
ばかりのせいじゃない、とメイは思う。
「まあいいわ。もうわかったから。でもど
うしたっていうのよ。ここまで来るのに自転
車じゃずいぶん時間がかかったでしょうしね。
とっても怖かったでしょ。そんな目にあって
まで、あなた、わたしのところに来る理由が
あったの?」
「うん、まあ、それは・・・」
ジェーンは言いよどんだ。
「こんな時代だし、途中で事件に巻き込ま
れないとも限らないしね。隣のケイなんてね、
かわいそうなものよ。やつらに拉致されて」
ジェーンはふいに顔をあげ、きっぱりした
口調で、
「あの子のことは言わないで。あんまり仲
良くなかったしね。小学校の時から。でもね、
もちろん、かわいそうだとは思うわよ」
「そうよね。ケイったら、ジェーンとはよ
く遊んだでしょうしね」
「それはもう。遊ばない日はなかったくら
いだったわ。それだけにね・・・」
「わかる気がする」
メイが同調すると、ジェーンは背筋をしゃ
んと伸ばした。
「そうそう、その調子。そうでなきゃ」
メイの口調に、うふふっとジェーンは笑っ
てみせた。
足もとでじゃれていた三毛猫を、ジェーン
は、ほら、ぽっけと呼び、両手で抱き上げた。
(ジェーンはよほどの覚悟をもって自分に
会いに来たらしい)
そう思ったメイはジェーンを誘い、塀には
め込まれている戸口から、森の中へ数メート
ル一歩踏み出した。
「ほら、ここなら誰かに聞かれる心配はな
いでしょ」
メイはそう言い、倒れて横たわっている木
に、ジェーンと二人ならんで腰かけた。
「ひょっとしてうちで何かあった?誰かに
ひどく叱られたとか」
メイが水を向けたが、ジェーンはすぐには
返事をしない。
三毛猫の喉をしきりになであげる。
ごろごろという鳴き声が次第に高くなって
くる。
それは、メイにとって、耳ざわりなものに
なるのにさほど時間がかからなかった。
「もううるさいわね。ぽっけちゃんの声っ
てさ」
「いいじゃないのさ」
「うん。まあいいけどさ。ごろごろしても。
あなたがちゃんと話してくれれば。わたし絶
対に誰にも言わないわ」
メイの声が一段と大きくなった。
「ほんと、ほんとよね」
「はい。今まであなたにうそ言ったことあっ
たかしら?」
ジェーンは首をよこに振り、胸に抱えてい
た猫を地面に下ろした。
「ぽっけはそこで待ってなさい。わたしメ
イちゃんと大事なお話があるんだから。こと
によったら、あなたにも運が向いて来るかも
よ」
三毛猫は話がわかったのか、みゃああっと
鳴くと、近くの草むらに姿を消した。
メイはちょっと前に起きたことをふり返っ
てみた。
途中から折れたり、焼け焦げた木ばかりの
景色の中でひとりたたずんでいるジェーン。
彼女を目にしたとき、メイは言いようのな
い哀しみにおそわれた。
それは、ジェーンのこころの奥からわきあ
がって来たものが、メイのこころの琴線に触
れたから違いない。
「助けてほしいのメイ。お父さんは闘いに
行っちゃってるし、お母さんは体調がわるく
て入院してる。家もめちゃめちゃだし。わた
したちきょうだいみんな、ろくに住むところ
も食べるものもないの」
ジェーンはおもむろに、針葉樹の幹に立て
かけてある赤い自転車に乗ると、ゆっくりと
ペダルをこぎだした。
き間が空いている。
ジェーンの居所を確かめようと、メイが扉
を全開にした。
玄関先に、男女の区別が一目でつかないよ
うな人がたたずんでいる。
メイは驚きであっと声をあげた。
森の色に染まるような、保護色っぽい装い
がメイの目を引いた。
厚手の上着にパンツ。
たぶんジェーンなんだろうが、丁度もの影
に入っていて、彼女かどうかはっきりしない。
「誰なの。そこにいるのは?」
メイはおそるおそる訊いた。
「わたしよ、わたし」
メイの聞き覚えのある女の声だった。
「ごめん。わたしといったってね。影になっ
てて顔がよく見えないわ。もっとよく姿を見
せてちょうだい」
「うん」
妙に沈んだ声をだしてから、その女性は二、
三歩前にすすんだ。
彼女の顔に光があてられた。
「ああ、やっぱりジェーンなんだ。でもど
うしたのかしら。いつものあなたらしくない」
メイが知っていたジェーンはいつも活発で
暗い表情など、ほとんど見せたことがなかっ
た。
衣服が黒っぽいからだろうか。いや、それ
ばかりのせいじゃない、とメイは思う。
「まあいいわ。もうわかったから。でもど
うしたっていうのよ。ここまで来るのに自転
車じゃずいぶん時間がかかったでしょうしね。
とっても怖かったでしょ。そんな目にあって
まで、あなた、わたしのところに来る理由が
あったの?」
「うん、まあ、それは・・・」
ジェーンは言いよどんだ。
「こんな時代だし、途中で事件に巻き込ま
れないとも限らないしね。隣のケイなんてね、
かわいそうなものよ。やつらに拉致されて」
ジェーンはふいに顔をあげ、きっぱりした
口調で、
「あの子のことは言わないで。あんまり仲
良くなかったしね。小学校の時から。でもね、
もちろん、かわいそうだとは思うわよ」
「そうよね。ケイったら、ジェーンとはよ
く遊んだでしょうしね」
「それはもう。遊ばない日はなかったくら
いだったわ。それだけにね・・・」
「わかる気がする」
メイが同調すると、ジェーンは背筋をしゃ
んと伸ばした。
「そうそう、その調子。そうでなきゃ」
メイの口調に、うふふっとジェーンは笑っ
てみせた。
足もとでじゃれていた三毛猫を、ジェーン
は、ほら、ぽっけと呼び、両手で抱き上げた。
(ジェーンはよほどの覚悟をもって自分に
会いに来たらしい)
そう思ったメイはジェーンを誘い、塀には
め込まれている戸口から、森の中へ数メート
ル一歩踏み出した。
「ほら、ここなら誰かに聞かれる心配はな
いでしょ」
メイはそう言い、倒れて横たわっている木
に、ジェーンと二人ならんで腰かけた。
「ひょっとしてうちで何かあった?誰かに
ひどく叱られたとか」
メイが水を向けたが、ジェーンはすぐには
返事をしない。
三毛猫の喉をしきりになであげる。
ごろごろという鳴き声が次第に高くなって
くる。
それは、メイにとって、耳ざわりなものに
なるのにさほど時間がかからなかった。
「もううるさいわね。ぽっけちゃんの声っ
てさ」
「いいじゃないのさ」
「うん。まあいいけどさ。ごろごろしても。
あなたがちゃんと話してくれれば。わたし絶
対に誰にも言わないわ」
メイの声が一段と大きくなった。
「ほんと、ほんとよね」
「はい。今まであなたにうそ言ったことあっ
たかしら?」
ジェーンは首をよこに振り、胸に抱えてい
た猫を地面に下ろした。
「ぽっけはそこで待ってなさい。わたしメ
イちゃんと大事なお話があるんだから。こと
によったら、あなたにも運が向いて来るかも
よ」
三毛猫は話がわかったのか、みゃああっと
鳴くと、近くの草むらに姿を消した。
メイはちょっと前に起きたことをふり返っ
てみた。
途中から折れたり、焼け焦げた木ばかりの
景色の中でひとりたたずんでいるジェーン。
彼女を目にしたとき、メイは言いようのな
い哀しみにおそわれた。
それは、ジェーンのこころの奥からわきあ
がって来たものが、メイのこころの琴線に触
れたから違いない。
「助けてほしいのメイ。お父さんは闘いに
行っちゃってるし、お母さんは体調がわるく
て入院してる。家もめちゃめちゃだし。わた
したちきょうだいみんな、ろくに住むところ
も食べるものもないの」
ジェーンはおもむろに、針葉樹の幹に立て
かけてある赤い自転車に乗ると、ゆっくりと
ペダルをこぎだした。