油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

若がえる。  (4)

2023-12-27 10:59:55 | 小説
 東京駅で乗り換える際、あたりの様子が昔
とずいぶん変わっているのに気づき、しばし
ぼんやりたたずむ。
 新幹線のプラットホームが多くなっている。
 帰るときは気を付けないと、と思う。
 「おじさま、お気をつけて。大学まで行か
れるんでしたらまたお会いするかもね」
 急に背後から声をかけられ、あわてて振り
向くと、ここまで同じ車両に乗っていた、に
ぎやかな女子学生の笑顔に出くわした。
 「ああ、そうだといいね。また助けておく
れね」
 期待はしないお愛想だけの返事だった。
 しかし彼女は急にまなざしをきつくし、口
をへの字に曲げた。
 Mのこころにしばし、嫌悪感がよどむ。
 (まあいいや、いいや。こんなこともある
から。人は見かけによらないもんだ)
 気持ちを入れかえ、乗り換えのため、改札
口にいそぐ人の群れの最後尾につく。
 あわてて済ますべき用があるわけではない。
 まわりに用心しながら、ゆっくりと歩く。
 Mが階段を降り始めるとき、
 (ここは確か、中央口に通じているんだっ
たっけな。ええっと、新宿に行くにはどうし
たら良かったのだろ)
 何人かにからだをぶつけられる。
 その都度よろめきそうになるが、なんとか
体勢を立て直した。
 ふいに白いほっそりした手に、みずからの
右手をとられ、Mはわきを見つめた。
 若い女性、どこかで見たことのある笑顔が
あった。
 「あっ、君は?」
 彼女が口もとに笑みをたたえた。
 「ひょっして、このままT大学まで行かれ
ます?」
 予期せぬことに、一瞬、Mはたじろいだが、
うんうんと首を振った。
 「先ほどの文庫本の学生さん……。あっ失
礼しました」
 「いいんですのよ別に、そういわれても仕
方ありませんもの」
 彼女は無理やり笑顔をつくった。
 「しばらくぶりの旅ですので、何かと心中
穏やかじゃなくてね」
 「そうでしょうとも。わたしだって、とき
どき迷うくらいですもの。変わったでしょう。
ここって?」
 「はいはい、変わった。変わりましたね」
 階段を降り切り、中央線につづくコンコー
スを探そうと首をまわす。
 「良かったら、ご一緒しません?」
 「えっ、そ、そんな……」
 「どうせ同じ方向に行くのですから」
 「はあ……?」
 できすぎる展開にMは戸惑うが、これこそ
天の助け、日ごろの行いが良かったからだと
勝手な判断をしてしまう。
 彼女はMの返事を待たない。
 ちょっと歩いては、振り返るという動作を
くりかえす。
 とうとうMは大きくうなずいた。
 「あとをついてきてくださいね」
 彼女は大きな声で言った。
 Mは顔じゅうで笑顔をつくり、
 「よろしくね」
 と返した。
 心中の憂いがなくなり、Mの脚の運びが早
くなった。
 (へえ、こんなに元気になるとはな。これ
じゃ四十代の足腰にまさるとも劣らないぞ)
 降ってわいた幸運に、Mの胸はわくわくど
きどき。右肩から左にかけて、大きな黒のショ
ルダーバッグをかけている。空いている右手
でしきりにみずからの顔のしわをのばそうと
試みるが、長年の野良仕事。紫外線をたくさ
ん浴びたせいでMのしわは深くて多かった。
 
  
 
 
  
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

十年に一度の寒さ……。

2023-12-18 20:42:41 | 随筆
 こんにちは。
 急に師走らしい厳しい寒さがやってきましたね。
 このところ、ずっと小春日和のようなお天気だっ
たから、体がびっくりしています。

 テレビの天気図を拝見しますと、シベリアおろ
しがいくつもの白い筋となって日本全体をおおっ
ています。

 寒くて、ブルブルです。
 まるで冷蔵庫の中にいるようで、なるたけ体を
冷やさないようにと一所懸命です。

 ブロ友や読者のみなさんも、どうぞお気をつけ
てください。
 とりわけ、風呂あがりは注意を要します。
 心臓は気温差に弱いから、脱衣室の保温が大切
なのは言うまでもありませんね。

 空気がとても乾いていますし、ウイルスの侵入
を招きやすいですね。
 インフルエンザや新型コロナの感染症がまたま
た勢いを増しそうで、怖いです。
 
 こちら山間部では、今、麦の種まきの時期にな
りました。

 山あいを通り過ぎていく風の冷たさが身に沁み
ます。

 けれども農家でやっていこう、暮らしを立てて
いこうとする意欲ある若い方々がいます。
 防寒服にしっかりと身をかため、実り多い春を
夢み、トラクターを動かしはじめましたよ。

 伸びにのびて、枯れた草を大型機械で刈り取っ
てから、田んぼ一面にこやしを撒きます。
 それから耕していく。天地ガエシといって深く
深く耕します。
 
 今は、大型機械を導入、大規模農業が主流とな
りました。

 わたしも若い頃は米作りや野菜作りのほか、日
銭が欲しいため、ちょっとした勤めに出ていまし
た。
 でも今では年老いてしまい、無理が出来なくな
りました。

 息子がいても農業はやらない。いずれの農家も
そういったことで悩んでおられます。
 農業の後継者をどうやって育成するか。
 重要な課題と申せましょう。

 農村に活気をもたらす方法をまじめに考えてい
ただきたいと思います。
 米にしても麦にしても、小麦にしてもですね。
輸入に頼れない場合、どうするのか。
 急に国内の自給率を上げるのは、容易なことで
はありません。

 真剣な議論が必要です。 

 
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

若がえる。  (3)

2023-12-11 16:42:48 | 小説
 「あっ、そうなんだ。大月で私鉄に乗り換
えてね……」
 ほとんどオウム返しのMの言葉に、女子大
生はクスッと鼻で笑い、
 「そうです。何かおかしいですか」
 「いや、そんなことない」
 「ひょっとして、おとうさま、わたしを私
立のW大の学生って、かいかぶっていらしゃ
いませんでした?」
 「いや、そんなことないがね」
 「うそって、顔に描いてありますけど」
 Mは、二三度、もろ手で顔を洗うようなし
ぐさをした。
 「そんなことしたって、本音はぬぐえませ
んけれど……」 
 「やっぱりか……」
 女子学生が笑い出した。
 「そんなに笑うことかな?」
 「ええ、だってだって……」
 細い指でささえられているコーヒーカップ
が揺れに揺れる。
 「実はね、おじさんも若いとき、あなたと
同じ大学にいたんだ」
 「えっ、ほんとなんですか」
 「うん、そう」
 「気持ちをかくしたままにしておけない正
直なところまでが父にそっくり……、うふっ
うふふ」
 「ちょっとちょっと、それじゃせっかくの
コーヒーがこぼれてしまうよ」
 「ああ、もうだめです。お父さまの表情が
面白くて、わたしついつい子どもっぽくなっ
てしまいます」
 腹がねじれよとばかりに笑いころげそうに
なっている女子学生の感情の高まりを鎮める
方法を、Mは瞬時に模索しようとしたが、無
駄だった。
 ほとんどカップ一杯になっていた黒い液体
は、カップのふちをいとも簡単にのりこえる
とふたつみっつ、雫となってしたたり落ちた。
 「あっ、だめだ。やっぱり、一張羅のスカ
ートに……。とれないんだよな。コーヒーの
シミってね」
 Mは、あわてて、上着のポケットから、白
いハンカチを取り出し、彼女の大腿部のスカ
ートの上にかぶせた。
 「ほら、コーヒーカップ、早くテーブルに
のせて」
 「はいはい、わかりました。お父さま、じゃ
なかったわ。おじ様」
 「名前は?」
 「ひろこです」
 「困ったな。ひろこさん。こりゃ、おじさ
んのせいだな。弁償しなくちゃいけないな」
 「いいですわ。これくらい。学生ですもの。
仕事で身に付けているスカートじゃありませ
んし、気にしないでください」
 テーブルがいくつかあるが、空席が多い。
 ひとりでコーヒーをすすっていた年輩の男
の視線がMの顔にあたった。
 まなざしがきつい。
 若い男女のふたりづれ。
 どちらもしあわせそうな顔をして、ケーキ
や飲み物をとっていたが、黙って、Mと女子
学生のやりとりを見た。
 冷水を浴びせられたかっこうになり、女子
学生の高揚した気分が次第に収まっていく。
 「ちょっと迷惑かけたみたいだ。さあ席に
もどろうか」
 「はい」
 支払いを終えたMのあとに、女子学生がつ
づく。
 Mには子どもが三人いたが、いずれも男ば
かりだった。
 (むすめと連れ立って歩くって、こんなふ
わふわした気分がするものなのかな)
 もどる途中、とある三人掛けの座席の窓際
に、やはり学生風の女性が文庫本をひろげて
いた。
 彼女はその物語世界に没入しているらしく、
もの静かなオーラを放っている。
 身に付けている洋服も地味な装いで、原色
を好む件の女子学生とは対照的。
 まわりの状況に、わたしは左右されないと
いった様子だ。
 ふたりがわきを通りかかっても、彼女はま
ゆひとつ動かさない。
 (やれやれ、おれまでお祭り騒ぎみたいに
いては、な。まだ胸がどきどきしている。こ
の分じゃ、旅先きが思いやられるというもの、
もっと気を引きしめないと。怪我でもしたら
大変。他人の目で自分自身を見つめなくては、
な。若い頃の失敗をまたまた繰り返してはた
まらない)
 Mは背筋をのばし、一、二度、深く呼吸を
したあとは、できるだけゆっくりした足取り
で歩いた。

 

 
 
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

若がえる。  (2)

2023-12-06 15:30:02 | 小説
 相変わらす車内は、女たちのおしゃべりで
さわがしい。
 せっかくの一人旅なのにと、Mは少々腹が
立つ。でも旅は道づれ、世はなんとやらだ。
 Mは、ふいにあっそうだと小声で言い、ジャ
ケットの内ポケットに手を入れた。
 耳栓をしのばせてあったことを思い出した
のである。
 ようやくMは、自分だけの世界に入りこむ
ことに成功した。
 列車がとまった。
 多分、静岡あたりだろうと見当をつけ、は
てさて今度はどんなごじんが乗り込んでくる
やら、と前後の出入口に目を向けた。
 二十歳前くらいの若い女性がひとり、切符
片手に通路を歩いてくる。
 急に恥ずかしさをおぼえ、Mはうろたえて
しまった。
 あわてて視線を車窓にうつす。
 なんで恥ずかしいのか、自分でもよくわか
らない。若き頃の自分を見つめる旅の途中で
ある。
 たった今乗り込んで来た人とは、およそ四
十年のひらきがあるわけで、からだもこころ
も、こちらが古い。
 時の流れはざんこくなもんだと思う。
 Mは彼女の衣装について云々するだけの知
識は持ち合わせていないのがつまらない。
 だが、彼女の全身から発するオーラのよう
なものがまたたく間に、車内を満たし出す。
 車内がふと、静まりかえった。
 べらべらとまくし立てて話していた女たち
が束の間、黙ったがまた、もとの騒がしさに
戻るのに時間がかからなかった。
 Mはさきほど買った幕の内弁当を残さずに
食べ終えると、網入りの四つばかりの冷凍ミ
カンに手をのばした。
 そのうちのひとつの皮をていねいにむく。
 口の中に入れると、かんきつ類独特の香り
で一杯になる。
 それがなんとも心地良かった。
 ふいに、誰かの足音がしたように思え、M
はわきを向き、右側の耳栓をはずした。
 かぐわしい香りがただよう。香水らしい。
 (まさか件の若き女性がわたしに近寄って
来ているなんてこと、ありえないだろう……)
 Mは、半分、否定、あとの半分は期待に胸
ふくらませて顔をわきに向けた。
 「おとうさん……、いつ観ても、富士はき
れい……」
 彼女がわたしのすわっている座席のほうに
顔を向けて、そう語りかける。
 Mはなんどもほほをつねった。
 「はあ……、ほんとですね……」
 彼女は急に居住まいを正すと、かぶりを一
つ、たてに深く振った。顔色がほんのりと赤
い。
 「す、すみません。あなたの横顔があまり
に父に似てらっしゃったものですから……、思
わず……」
 さっさと自分の席にもどろうとする彼女を
Mは押しとどめた。
 「こんなに空いているのだから、少しお話
していきませんか。いやね、こうしてあなた
との縁がつながったのですしね」
 (なんてまあ、お前はあつかましいもの言
いをしてることよ)
 Mはすぐさまそう思った。
 しかし、今どきの若者らしい物おじしない
態度で、彼女は、
 「ええ、でもお邪魔じゃありません?」
 と答え、彼女はMのすぐわきにすわった。
 「こんなこと訊いてなんなんですが、ひょ
っとして、お父さんはお亡くなりに?」
 「いいえ。生きてはいます。存命ではあり
ますけれども……」
 中年の女の人たちの声で騒然としていた車
内がぴたりと静かになった。
 「ちょっとコーヒーでもいかがですか」
 Mは気を利かした。
 「ありがとうございます」
 彼女は礼を言ってから、棚にのせたバッグ
を下ろした。
 緑色の生地にひまわりの花がいくつもあし
らってある。
 若者たちのはやりすたりに、普段はそれほ
ど関心のないMであるが、この際はどうした
ことか、深い感銘をおぼえた。
 ビュッフェの窓際で、彼女とならんで腰か
けた。
 「何か好みのブランドがあるのかな。コー
ヒーは?」
 「いいえ、ふつうので結構です」
 Mが手招きすると、ウエイトレスがやって
来た。
 「ブレンドをふたつ」
 「かしこまりました」
 車輪の音がビュッフェに伝わっているのだ
ろうが、Mはまったく気にならない。
 自分の子ほどに年の離れた、若き道づれで
あった。
 (たまに、神さまは粋なはからいをなさる
のものだ)
 Mはそう思い、窓外を見つめたまま彼女に
話しかけた。
 「都内で学んでるの?」
 「いいえ、山梨まで行きます。大月経由で
ね、私鉄に乗り換えます。小さな小さな大学
ですわ。小学生を担当する教師になりたいと
思っています」
 彼女は目を輝かせ、一気にしゃべった。
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする