油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

うぐいす塚伝  (23)

2022-05-31 13:16:38 | 小説
 修と岩下の話はもう、半時間にもおよぶ。
 しかし、なかなか、根本洋子にかかわるこ
とに到達できない。
 修はいらいらしてきた。
 あえて目をほそくし、喫茶店の窓から外を
眺めた。 
 雨が小降りになっていた。
 「あの旅から帰って来て、ずっとね。わた
くし気になってたことがあるんですのよ」
 岩下がふいに言った。
 「はあ、なんでしょう」
 修がぼそりと言う。
 「京都や奈良の観光地、どこも特色があっ
て素晴らしかったんですけれど……」
 「そうでしょうとも。京都じゃどこに行か
れたんですか」
 「嵐山まで足をのばしました」
 「そりゃ良かった。保津川あたりの桜、き
れいだったでしょう?もっとも人出が多いか
ら、じゅうぶんに楽しめなかったでしょうけ
れど」
 「ええ、とってもきれいでした。人出がま
あまあでしたね。ひばり館、楽しみにしてま
したけど、なんだか休みだったみたいでがっ
かりでしたわ」
 「あれって確か、ちょっと前に閉館したの
じゃなかったかな?」
 岩下の想いをさぐるような目つきをして、修
が言う。
 「お詳しいんですね」
 「ええ、ちょっとはね。いつだったか、わ
たしも嵐山を訪ねたことがありました。ずっ
と前でしたけど」
 「いつごろ?一、二年くらい前ですか。ま
さか数十年前ってわけじゃないでしょうね」 
 うそ、おっしゃってと、修は、岩下がひと
りごちたのをとらえたように思い、
 「えっ、何か?」
 と問うた。
 「何でもありませんわ」
 ふいに岩下は背筋をのばした。
 すぐに小太りのからだを前に倒し、
 「わたしね、あなたのこと、とっても気に
なってました」
 さりげなく言った。
 修は、えっと言ったまま、しばらく中空
に目線をおよがせた。
 「うそよ、うそ。あなたを気にしていた
のは、ほかの誰かさんでした」
 岩下がうすく笑う。  
 「誰かさん?」
 「忘れたなんていわせないわ。わたしな
んてそっちのけで、その人とおしゃべりし
てらしたでしょ」
 岩下の話が核心にせまる。
 「まあ、いやですわ。そんな眼でわたしを
見ないでください。ほんとのこと言ってるん
ですから」
 岩下の親指と人差し指が、コーヒーカップ
のみみをそっとつかんだ。
 「普通ですよ。あなたのこと、別になんと
も思ってはいません。誤解なさらないでくだ
さい。たまたま若草の山で逢って、そしてま
たまた、何の因果か、あなたはわたしを追い
かけて来られた。奇遇も奇遇、出会いを大切
にしなくてはなりません」
 関西弁になるのを、修はこらえた。
 偶然のふた文字を強調した。
 「別になんとも思ってない……、クスッ、
そうでしょうとも」
 岩下は、ルージュでうす紅色に塗り上げた
唇まで、カップをゆっくりと運び、音をたて
ずにしばらくすすった。
 ほほのあたりが若いに似合わず、ちょっと
たるでるなと、修は思う。
 岩下の前髪の先からつうっと、雨水の一滴
がたれ、彼女の右目に入った。
 岩下は両目を閉じた。
 右手の人さし指の先で、右まぶたを拭くよ
うにしてから、ふうと息を吐いた。
 それからそろっと左腕を下ろし、コーヒー
カップをテーブルの上に置いた。
 「洋子はね、旅に出たんですよ。誰かさん
のおかげでね」
 岩下の唇がゆがんだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
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ゆめゆめ、ご油断し給うな。

2022-05-27 23:02:24 | 日記
 コロナ禍や 人のうわさの 恐るべし

 オミクロン かかりしものが すべて知る

 これくらい 負けてたまるか オミクロン

 ふいの熱 子を助けんと 運転す

 コロナ禍で 家族の絆 ふかまりぬ

 ウイルスも 自然の一部と 度胸すえ

 経済も 回さないとと お上言い


 自宅療養が解除なって、ほぼ一か月。
 家族全員、おかげさまで体調が回復しつつある。
 わたしはアレルギー体質のため、アナフィラキーショックを恐れて、
ワクチンを一度も打たないでいた。
 症状が出て三、四日は37度からまりの発熱、それに激烈な喉の痛
み。保健所で検査を受けると、陽性ですとの報告。
 高齢のため入院を勧められ、一泊二日するが、コロナ対応の点滴を
受けず、薬ものまない。
ただポカリスエットに似た成分の点滴を受けただけだった。

 七十を越えたじぶんの年齢を考えると、これくらいで済んだ原因は?

 詳しくはわからないけれども、幼い頃から今日まで受け続けてきた
様々な予防接種にくわえ、軽いものやら重いものやら、たくさん風邪を
ひいた。はしかやおたふくかぜにかかったりも。ほかにもヘルペス等々、
ウイルスによる病気があったろう。

 それらを通じて獲得し続けてきた抵抗力。
 その力がわたしを助けてくれた。
 
 自然は科学だけでは解き明かせない。
 新型コロナウイルスだって自然の一部。

 たまには大いなる力を信じてみよう。

 大丈夫、大丈夫だと、じぶんに言い聞かせると良い。
 先祖さまが見守ってくださったと言い換えてみてもいい。

 ほかの新型コロナウイルスに比べ、感染者が極端に多いオミクロンも、
その勢いがいくぶん弱まってきたようだ。
 だが少なくなったとはいえ、罹患される方はいまだ尽きない。

 マスクをはずす、はずさない。
 どちらがいいか。

 その答えは、感染された方にたずねるのが一番。
 しかし、彼らは黙して語らない。

 差別あつかいを恐れるからである。 

  

 
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うぐいす塚伝  (22)

2022-05-25 16:44:44 | 小説
 宇都宮の郊外。
 近くにしゃれた喫茶店は見あたらず、ふた
りは二十分くらい歩いた。
 運動不足の修は先ほどから足ががくがく。 
 「ここがいいですわ。時々、暇をつぶして
いるものですから」
 「ほんま助かりましたわ」
 チャリンと鳴る音に、店の主人とおぼしき
女性が振りかえった。
 彼女は何にも言わず、顔を店の奥に向けた
だけだった。
 「よく来ておられるんで?」
 「ええ」
 ふたりのおしゃべりが進むにつれ、岩下と
名乗るその女は、やはり修が過日若草山にの
ぼる途中で出くわした、ふたりのうちのひと
りであることが判明。
 「しかしまあ、こうして再び会うことがで
きるなんて……、まるで神さまのお導きがあっ
たようで。わたし故郷は奈良なんですが、ちょ
っといろいろありまして。こんな遠いところ
で生計を立てています」
 うちに秘めたたくらみを、相手に悟られぬ
よう、修はしゃべり続ける。
 「それは大変、言葉がちがうと、ものの感
じ方というか考え方がちがうし、さぞご苦労
なさったことでしょう」
 「まさにそのとおりでした。ちょっと甘かっ
たと思いますよ。もう二十年近くなりますが、
いさかいが起きそうになって困ったこともあ
りましたし……」
 修は目をつむり、天井をあおいだ。
 「あっごめんなさい。つまらないことを言っ
てしまって」
 「いいです、いいです。今は大丈夫ですか
ら、捨てる神あれば拾う神あり。若草の山で、
ほんとちょっとお見かけしたあなたですもの。
通りすがりだけじゃ見逃してしまうところで
した。でも、わざわざ、わたしを認めて声を
かけてくださった」
 「そんなに感激してもらえるなんて思いま
せんでしたわ。あなたってね、ほんとはわた
しより誰かさんに会いたかったんじゃありま
せんこと?じぶんに素直になられた方がいい
ですわ。あの時はこれっぽっちも、このわた
しに興味を示されなかったですもの……」
 女は、からだつきが洋子とは大違い。
 ずんぐりむっくりっしている。
 初め、修の顔を正面から見ないでいた。
 そのうち心を許したのか顔をあげ、内にわ
きあがる感情を顔に出すようになった。
 「ああいや、そのうなんていうか、それは
ですね」
 修は動揺してしまい、すぐにでも席をはず
したい気持ちになった。
 「ふふっ、正直になられて。別にいいんで
すよ。いつものことですし。洋子とけっこう
あちこち旅してますが、今まで誰ひとりわた
しに注目してくれませんでした」
 「あっ、あなたってけっこう彼女とでかけ
ておられるんですか。こう言ったらなんです
が、あなたも魅力的で」
 「うそでしょ?言いにくいこと、おっしゃ
るものじゃありませんわ、正直に正直に」
 若いウエイトレスが使用済みのカップ類を
トレイにのせ、修のわきを通り過ぎていく。
 ふたりをみて、じぶんの口のあたりをさか
んに左手でいじる。
 「あっマスク、マスクをして」
 女が修に命じた。
 「あっ、ちょっと待って」
 修がそのウエイトレスを呼び止めておき、
 「コーヒーだけじゃなんですから、あなた
デザート、何か、彼女に頼んでくださいよ」
 と女に言った。
 「そんな、いいです。初めてお会いした方
にそんなにしていただけませんわ」
 「どうぞっ」
 「じゃわたし、イチゴショートひとつお願
いしようかしら」
 「どうぞどうぞ、すみません、この方にひ
とつお願いします。そう僕にもね。ふたつ頼
みます」
 「わかりました」
 女店員は口もとで、クスッと笑った。
 ケーキがぽんと前に置かれると、女は小さ
めのフォークを実に上手に使い、ケーキを小
片に切り分けては、口に運ぶ。
 (やれやれ、やっとご機嫌直ったかな)
 修はほっとして、コーヒーカップに左手を
のばした。
 シュガーが入っていない。
 修好みじゃないが、中年太りの身体のため
だと、ずっと無糖で我慢してきている。
 (このほろにがさ、これくらいのことで洋
子にたどり着けるんなら、安いもんだ)
 修はラフなかっこうで家を出てきている。 
 気になる人に会えるなんて、思わなかった
からだ。
 ところが、瓢箪から独楽がである。
 今や、修は緊張気味。左足をこきざみに揺
すったり、カッターシャツの襟元が気になる
素振りを見せる。
 女はケーキを平らげてから、カップに残っ
ているコーヒーをすすり終えた。 
 「洋子って、わたしの母の姉の子どもなん
ですよ」
 と声をひそめた。 
 よほど修が驚いた顔をしたのだろう。
 「全然似てないでしょう?」
 女がそう言ってほほ笑んだ。
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花あわれ。

2022-05-23 23:59:53 | 日記
 なるべくことをあらだてない。
 いつの頃からか、それがわたしのモットー
になった。
 若さを失くしたせいだけだろうか。
 人さまの想いは、なかなか、こちらの思惑
どおりにはいかないものである。

 
 境界の はざまに咲きし 花あわれ

 白き花 なぜにあしたは 色を変え

 雨上がり 妻が抜き取る しおれ花

 いかり顔 見せまいとして 涙ため

 こぼれ花 運のわるさを 嘆くべき


 人の欲には切りがない。
 わずかな土地で、権利を主張し合う。

 花のいのちの短さを考えてやれない
のだろうか。
 
 互いの気持ちを考え、おだやかに日
々を送りたいものである。   
 
 

 
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五七五にまとまらず。

2022-05-21 15:09:23 | 日記
 じぶんが感動したようなことを、なんとか
五七五にまとめようと試みるのですが、うま
くいかない。

 むずかしいものですね。
 基礎的なことに、うといせいでしょう。
  
 縁側にすわり、花たちを眺めたり、ときた
ま降りて来る小鳥を観察するのにあきてしま
い、そうだ、人間が描かれてないとだめだと
思いました。

 小説と同じく、観察が大切と、スケッチし
ようと町に飛び出してみました。

 最寄りの図書館に行き、まずは俳句の会の
存在を確かめる。

 残念ながら、コロナ禍で、会が開かれてい
ないのでしょう。
 会報が見あたらない。

 ちょっと足を延ばしたさくら市。
 図書館の隅に置かれていましたよ。

 俳誌 「麦兆」 228号
 
 35ページにものぼる立派なもの。
 さすが歴史ある、足利氏ゆかり喜連川なら
ではと、感じ入った次第です。

 はてさて、ここからはどうぞ読み飛ばして
くださいね。
  
 老いの小道と名付けて、ひとつふたつひね
り出そうとしました。
 お笑いください。

 春先だったでしょうか。
 五歳になったばかりの孫むすめを観て、ひ
とつ。

 もみじの手 今や鉛筆 にぎりしめ
 
 くねくねと まがりし字でも ご満悦

 米粒を 器用につまむ ほそき指

 あいうえお 書けてうれしい じじの顔


 軽トラの車検が近づきました。
 梅雨の走りの季節ですね。

 自動車修理専門店でいそがしげに立ち働
く若い従業員を目にして、

 息きれて 若いからだの あとを追う

 あのころは じぶんだってと なつかしむ 

 タイヤの根もと部分のボルトが錆びつい
ていますよ。
 そんな指摘を受け、男の方のあとについ
て作業場に入ろうとしましたら、ちょっと
した突起物につまづいたことでした。  
 
 
 
 
 
 
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