秋が来た。
根本洋子が退職してから、ほぼ半年が経
過している。ときおり、木々の間をひんや
りした風が吹きすぎていく。
八幡山神社につづく石段をのぼっていく
修の肩に、楡の枯れ葉がはらはらと舞い落
ちる。
修はふうっと息を吐き、空をあおいだ。
枯れ葉の一枚一枚が、まるで修と洋子の
想い出のように思える。
修はたとえ一枚でもいい、じぶんの手で
とらえたいと思い、右手をのばす。
「どうしたの、西端さん。そんなにあわ
てて。落ち葉なんて拾ってどうするの。こ
んなにたくさん落ちてるんだから、拾えば
いいじゃない」
ふいに背後で聞き覚えのある女の声。
「ああ、びっくりさせないでくださいよ。
石塚課長じゃないですか。なんだってこん
な時間に、こんな場所で?」
「わたしもね、あなたみたく、ちょっと
お散歩したくなったの。一時間もないお昼
休みだけどね」
「そうですか……、わたしはちょっと急
ぎますので」
修は足早に石の階段をかけあがり、お社
の前に着いた。
両手でパンパンという切れのいい音を出
そうと心がける。
神さまにじぶんの願いが聞き届けられる
ためには音がたいせつですよ、と、関西に
いた頃、最寄りの神社の宮司さんに聞いた
ことがあった。
突然、鶴が鳴いた。
二度三度とつづく。
喉をふるわせ、懸命に何かを訴える。
鶴の声が、修には、まるで洋子の悲鳴に
聞こえた。
辺りに石塚課長の姿がない。
(お参りに来られたんじゃなかったんだ。
一体どこへ行かれたのだろう)
修は神社に続く石段からはずれ、電波塔
への坂道に入った。
腕時計をみる。
午後の始業時刻が近づいていた。
左手に下げたビニル袋から、おかかのお
にぎりをひとつ取り出し、口に入れた。
若い母親に手を引かれた三歳くらいの女
の子がすれ違いざま、修の顔を見て、ほほ
笑んだ。
(洋子にだって、こんな幼いときがあっ
たのだ……)
どんなささいなことにも、なんらかの意
味を持たせようとする。
そんなじぶんが哀しかった。
(どうして、根本は突然退職してしまっ
たのだろう。神さまの返事が聞けたら、ど
んなにか嬉しかったことか)
右手に小さな鳥居が見えた。
そこに導かれるように、修は先へ先へと
進んだ。
奥にはちっぽけな社があるだけだったが、
宇都宮市の東方をはるかに眺められた。
「西端さん」
わきからふいに声をかけられ、修は身を
ふるわせた。
「あっ、課長。ここにおられたのですか」
さっき食べたおにぎりが口の中にいくら
か残っている。
必死になって、修はそれをのみこもうと
した。
「いいの、いいの、遠慮しないで。わた
しだってほら、これサンドイッチ、ここで
食べようと買ってきたのよ。良かったらお
茶あるわよ」
「はあ、ありがとうございます」
修は、わきを向いて、ペットボトルのふ
たを回し終えると、ひと口ごくりと飲み込
んだ。
液体が体の中を流れ落ちていく。
当たり前のことが、修はなぜかとても愛
しかった。
「そうやって浮気をして……」
ふと修はまぼろしを耳にしたように思え、
二口目を口にできないでいる。
「どうしたの、西端さん」
「いえ、ちょっと考え事を……」
「そうなんだ。気をつけてね。あなた近
ごろ元気がないみたいだし」
「心配かけてすみません」
根本洋子が付近にいるように思え、修は
石塚課長に感づかれないよう、辺りを見ま
わした。
「じゃあ、お先に失礼します。これおい
しかったです、ありがとうございました」
修は小走りになった。
根本洋子が退職してから、ほぼ半年が経
過している。ときおり、木々の間をひんや
りした風が吹きすぎていく。
八幡山神社につづく石段をのぼっていく
修の肩に、楡の枯れ葉がはらはらと舞い落
ちる。
修はふうっと息を吐き、空をあおいだ。
枯れ葉の一枚一枚が、まるで修と洋子の
想い出のように思える。
修はたとえ一枚でもいい、じぶんの手で
とらえたいと思い、右手をのばす。
「どうしたの、西端さん。そんなにあわ
てて。落ち葉なんて拾ってどうするの。こ
んなにたくさん落ちてるんだから、拾えば
いいじゃない」
ふいに背後で聞き覚えのある女の声。
「ああ、びっくりさせないでくださいよ。
石塚課長じゃないですか。なんだってこん
な時間に、こんな場所で?」
「わたしもね、あなたみたく、ちょっと
お散歩したくなったの。一時間もないお昼
休みだけどね」
「そうですか……、わたしはちょっと急
ぎますので」
修は足早に石の階段をかけあがり、お社
の前に着いた。
両手でパンパンという切れのいい音を出
そうと心がける。
神さまにじぶんの願いが聞き届けられる
ためには音がたいせつですよ、と、関西に
いた頃、最寄りの神社の宮司さんに聞いた
ことがあった。
突然、鶴が鳴いた。
二度三度とつづく。
喉をふるわせ、懸命に何かを訴える。
鶴の声が、修には、まるで洋子の悲鳴に
聞こえた。
辺りに石塚課長の姿がない。
(お参りに来られたんじゃなかったんだ。
一体どこへ行かれたのだろう)
修は神社に続く石段からはずれ、電波塔
への坂道に入った。
腕時計をみる。
午後の始業時刻が近づいていた。
左手に下げたビニル袋から、おかかのお
にぎりをひとつ取り出し、口に入れた。
若い母親に手を引かれた三歳くらいの女
の子がすれ違いざま、修の顔を見て、ほほ
笑んだ。
(洋子にだって、こんな幼いときがあっ
たのだ……)
どんなささいなことにも、なんらかの意
味を持たせようとする。
そんなじぶんが哀しかった。
(どうして、根本は突然退職してしまっ
たのだろう。神さまの返事が聞けたら、ど
んなにか嬉しかったことか)
右手に小さな鳥居が見えた。
そこに導かれるように、修は先へ先へと
進んだ。
奥にはちっぽけな社があるだけだったが、
宇都宮市の東方をはるかに眺められた。
「西端さん」
わきからふいに声をかけられ、修は身を
ふるわせた。
「あっ、課長。ここにおられたのですか」
さっき食べたおにぎりが口の中にいくら
か残っている。
必死になって、修はそれをのみこもうと
した。
「いいの、いいの、遠慮しないで。わた
しだってほら、これサンドイッチ、ここで
食べようと買ってきたのよ。良かったらお
茶あるわよ」
「はあ、ありがとうございます」
修は、わきを向いて、ペットボトルのふ
たを回し終えると、ひと口ごくりと飲み込
んだ。
液体が体の中を流れ落ちていく。
当たり前のことが、修はなぜかとても愛
しかった。
「そうやって浮気をして……」
ふと修はまぼろしを耳にしたように思え、
二口目を口にできないでいる。
「どうしたの、西端さん」
「いえ、ちょっと考え事を……」
「そうなんだ。気をつけてね。あなた近
ごろ元気がないみたいだし」
「心配かけてすみません」
根本洋子が付近にいるように思え、修は
石塚課長に感づかれないよう、辺りを見ま
わした。
「じゃあ、お先に失礼します。これおい
しかったです、ありがとうございました」
修は小走りになった。