油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

正月9日(木)晴れ

2025-01-09 12:28:21 | 小説
 この朝、とても寒かった。
 正月気分がようやくぬけたが、なかなか元
に戻りそうにない。

 霜ばしらが庭の隅に作った畑に、久しぶりに
立った。

 二日前は大雨だったから、からだに応えて
しまう。
 ついつい着ぶくれてしまう。

 「じいじって、雪だるまみたいね」
 今から小学校よ、と、ピンクのランドセルを
背負った 孫娘の笑いをさそった。

 最近なぜか、あまり笑わなくなった。

 学校へ行き始まったし、小さいながらも
それなりの社会生活。

 いろいろとつらいことがあるんだろう。
 気をもんてしまう。

 おらの小さいころは、と、お決まりの文句が
口から出てしまいそうになるのを、かろうじて
堪えた。

 彼女のあとを追うようにして、田舎町の大通り
を車で走る。

 幾つもない十字路のひとつ。

 見守り隊の人たちが大勢でて、小旗をふりふり
登校の子らを導いてくださっていた。 

 ありがたいことである。







 

 
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令和六年 大晦日。快晴

2024-12-31 12:43:25 | 小説
 あまりに寒いので、寝坊してしまった。
 午前八時過ぎ。

 いそいで仏壇にお茶をあげ、南向きの廊下に置いてあっ
た椅子にこしかけた。
 湯気の立った湯飲み茶わんのふちに、いい加減白いのが
まじった無精ひげだらけの唇をちかづける。

 ひと口すすり、「ああ美味じゃ」と小さく、感嘆の声をあ
げた。

 この茶葉はある農協の商品。
 実はこのところ夏向きの麦茶のパックで、ご先祖さまを
あざむいていた。

 しかたがない。むこ様の稼ぎがなかった。
 おらはもっぱら野良仕事に明け暮れた。
 人さまに頼むと、金がかかる。

 かみさんの内職程度の実入りしかなく、うちの経済が悪化
の一途をたどっていた。

 それでも、せめてもの正月料理をとかみさんが言う。
 ゆうべは遅くまで、おせちの一部なりともそろえようとあ
ちこちの店に出向いた。

 ご存じのように、おらは涙もろい。もろくなったというべ
きか。すぐに目がしらが熱くなる。
 「おらの働きがないばかりに」
 と、泣き声でしゃべった。

 「なに言ってるのよ。あんたはそれでいいのよ。今まで千度
働いて来たじゃないの」
 気強い言葉に圧倒される。

 だんだん男っぽくなるかみさんである。
 こちら、髪の毛がうすくなるに比例して気が弱くなる。

 それから食パン一切れと、里芋の煮っころがしを、ふたつ
みっつ口にしてから、近所の路地を徘徊することにした。

 おだやかな日である。
 しかし、木陰に入ると、まだ、ゆうべの冷気がじゅうぶん
に残る。

 「おはようございます。寒いね。落ち葉を掃くのもたいへ
んですね」

 おらより十も年上の、昔から懇意にしていただいている嫁
さまに話しかけた。

 「こたつにばかりぶつかっていても、と思うから、出てきた
よ」
 「まあ、寒いし、からだに毒だから、休み休みやってくださ
い」

 かの嫁さま、ずいぶんと先輩でもあるし、実によけいな世
話である。
 だが、おらの浅はかな教訓をもとにした発言を、いとも簡
単にしてしまう自分に、いい加減あいそをつかす。

 ある冬のこと、山の畑の枯草をかたづけたうえで、それら
燃そうとしていた。

 突然、プチッという音。
 左目がなぜだか見づらくなった。

 あわてて、眼科にかかったら、毛細血管が切れていると女
医さまがおっしゃる。

 「ほうっておいて大丈夫、自然に吸収されますよ」の言葉
に安堵した。

 そぞろあるきである。
 すると、めずらしい。小さな子供の声が聞こえてきて、あ
ちこち視線をめぐらす。

 班の長老の家。
 庭先で、ふたりの幼子が遊んでいる。
 大きい子が小さい子のあたまに、砂をふりかけ悦に入って
いる。

 「これこれ何してる。あんたはお兄ちゃんだし、もっと優し
くしておやり」

 ふたりの様子を気にかけて、家から観に来られたおばさんが
ふたりの間にわって入る。

 「お孫さん?」
 ふいにおらが声をかけたら、
 「ひ孫、ひ孫だよ」
 意外な言葉だったのか、けわし気な顔つきをおらに向けら
れた。
 「そうなんですか」

 ここ数十年、あまり近所隣りを気にかけなかった自分を反
省する瞬間だ。

 それじゃ違う遊びを、と、大きい子は遊びを追いもとめた。
 気のかけらに木々を打ち込んだ。

 「ぼくはいくつ?」おらが語りかけると、「六歳」と元気に
答えた。
 「じゃあ、来年は学校だね」と、すぐに返事が返ってくるの
が嬉しい。

 「どこの小学校だろ」と問うと、
 何やら話してくれるのだが、こちらの耳が哀しいかな、聞
きづらい。
 話し半分で、あいづちを打ってばかりだ。

 塾業が長かった。

 生来の子ども好きだからだが、八十を前にしても、先生気
取りがぬけないようだ。

 そっちへ行っては、ねぐらから出てきたばかりのスズメに
声をかけたり、ふだん会えない人と親し気にあいさつしたり。

 良寛さんの気持ちを追体験した大みそかの朝ではある。
 
 
 
 
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せっせと草刈り。  (2)

2024-09-14 20:10:11 | 小説
 九月十四日。曇りのち晴れ。
 きょうは草刈りはお休み。

 そんな気分でいるのが、わが愛しのからだはわかった
のだろう。

 張りつめていた筋肉が、ふいにだらけた。
 どっと疲れが出てしまい、エアコンのきいた座敷のソ
ウファで横になる始末。

 しばらくして、せがれが、
 「父さん、どなたかお見えになったよ」
 と、耳もとでささやくように言った。

 「ううん……」
 と言ったきり。
 わたしはすぐには起き上がれなかった。

 お客の用はせがれの応対で済んだらしく、それ以上しつ
こく起こしに来なかった。

 むにゃむにゃ寝言を放って、再び眠った。

 やけに首が痛むので、目が覚めた。

 頭をのせていたソウファの肘つき。
 それがあまりに高かったらしい。

 からだのねじがゆるんだら、あたまのねじまでしまりが
なくなった。

 ひとつふたつと用を思い出す。
 中には、はっとするような急用があって、唇をかむ。

 たいがいは、ゆっくりでいいこと。
 「小さなことにくよくよしない」
 誰かに勧められたことがある。

 忘れることの効用もある。
 なんでもかでも細かく憶えていないとと思うと息苦ぐる
しい。

 近ごろはしばしばあの世のことを思う。
 というよりも、先に逝った親しい人たちのことを考える
ことが多い。

 義理の妹が、ほぼ十三年前に逝った。
 まだ還暦前だった。

 男っぽいが、やさしいところもあった。
 彼女を思うと、涙腺がゆるむ。

 相手に向かってしゃべったり、相手もからだにふれたり
抱きしめたりすることはできぬ。

 身体は火葬されたのだ。

 そう心得ているからいいのだが、ひとりひとり故人の面
影は、頭にこびりついてはなれない。

 忘れずにいてあげる。
 だれだれさんと語りかける。

 「こうだったよね、ああだったよね」
 個人の霊が光り輝くという。

 風の時代らしい。

 「千の風にのって」
 そんな歌を唄って、男性の声楽家が立派な賞を受けたこ
とがあった。

 「そんなことないです。たましいはちゃんとお墓にあり
ます」

 お寺さんのお嬢さんがむきになっておっしゃっていた。
 
 草むしりは男より女の方のほうがむいているように思
える。

 ずいぶん長くしゃがんでおられる。
 びっくりするほどだ。
 お金のやりくりやら、旦那さんや子どもさんのことやら。
 いろいろと考えておられるのだろう。

 田んぼや畑の畔、それにちょっとした山林の下草。

 伸びに伸びた場合は、刈りはらい機で、わっとばかりに
除草してしまう。
 それが我が家のむかしからのやり方だった。

 ちょっとしたけががもとで、それがむりになった今、右
手に鎌を持ってやるしかない。

 ほんの五分も田んぼの畔で草刈りに精出しただけで、背
中がじりじりする。

 シャツ一枚に、秋物の厚手の長袖を身にまとっているの
にもかかわらずである。
 紫外線の強さが知れる。

 いろいろとものを考える機会をいただいた。
 そう思って感謝している。 
 
 

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ゆっくり、ゆっくり。

2024-08-28 09:00:15 | 小説
 今のモットーは、何事もゆっくりしたテンポで
やること。
 おらは年老いたのだから。

 先日は高齢者講習を受けた。
 
 七十を過ぎると、三年に一度、この講習を受け
ることが義務づけられている。
  
 このごろ高齢者による交通事故が多い。
 厳しくされても仕方がない。

 高速道路で、逆走なんぞしたくありませんから
ね。
 
 とにかくね。
 この歳まで、よくぞ生きてこられたものだ。

 涙が一粒ぽろり。
 しんみりしてしまった。

 ありがたいやら…で、胸がジンとする。

 おらの課題は認知機能検査。

 事前に、少し、テストについての予備知識を
得ようと、本屋さんで立ち読み。

 16枚の絵。
 4枚ずつ見せられる。

 それらがなんだったっけ?
 と、問われる。

 拝見してすぐなら、半分以上は憶えていられ
ると思っていた。
 だが、そうは問屋が下ろさなかった。

 ちょっと経ってから鉛筆で解答用紙に記入す
るはめに……。

 最近もの忘れが多い。
 テストの結果がとても心配だった。

 案の定、そのうち七枚くらいしか憶えていら
れなかった。

 その七枚を早めに記入してから、まだ時間が
あった。

 その間、じりじりいらいら。

 「カンニングをしろよ、ほらほら」
 と、内なる声。
 「いやだめだ」
 やっとの思いで、逆らった。

 試験官さんが、厳しい目つきで、ひとりひと
りの挙動を見つめておられる。

 一問につき、五点。
 35点じゃ落っこち。

 (ああもうだめだ。しょうがないからお医者さ
まに診察してもらい、認知症じゃないです、と
のお墨付きをいただいて来ることにしよう)

 顔を青くして、あきらめ気分でいた。

 他にも数字をチェックする問題やらがあった。
 (なんとかほかの問題で、カバアできればいい
なと淡い希望がわいて……)

 「ここにいる方はみなさん、合格しました」
 採点後そう試験官さまがおっしゃった。

 おらは思わず立ち上がり、
 「受かったんですか。ありがとうございます」
 と礼を言い、こうべを垂れた。

 教室にいた同年配の男女数名、それぞれがお
らと同じ思いだったようだ。

 笑い声が教室中にひびいた。
 

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涼をもとめて。  (3)

2024-08-08 20:46:49 | 小説
 前にも書いたがとかく盆地は夏あつく冬さむい。

 ついのすみかになりそうな、関東の北部鹿沼の山
あいから西に小一時間ほど車で行った佐野市もまわ
りが小高い山にかこまれているせいか、近ごろテレ
ビのお天気番組によく出て来るようになった。

 ちょっと前は、もっと南寄り、埼玉の熊谷市が一
位だった。
 次に群馬の舘林、そして佐野市と続いた。

 年々北へ北へと最高気温を記録する土地が移って
きた。
 これらの事象が何を意味するのか、浅学の私であ
る。よく判らないが、ひょっとして、温暖化のせい
で、偏西風なるものがくねくねと曲がるからかもし
れない。

 佐野市の人びとは、外出して涼をとるとしたら、ど
こに行かれるのだろうか。

 現役をしりぞかれ、ゆうゆう自適の方なら、唐沢
山で森林浴されるのも趣があっていいでしょう。

 年に一度催される足利の花火大会を見物されるの
も一興ですね。

 現役バリバリで、お天気のことなど四の五の言っ
ていたら、仕事にならぬ方は事務所や車中でのエア
コンにたよるしかない。

 わたしが三十歳目前だったころ、建具屋の営業マ
ンだった。
 乗る車はほとんどがトラック。
 小さいものから大きいものまで、ガソリンで動い
たり軽油で動いたり。
 当時、ほとんどの車に、冷房装置などついてはい
なかった。

 窓を開け、自然の風にたよった。
 普通免許をとったばかりで、北関東一円をめぐっ
た。
 得意先で注文をとったり、頼まれた建具を運び
入れたりの忙しい日々だった。

 ある日ある時。
 前橋市内だったろう。
 突如として笛が鳴った。

 なんだろな、と軽トラックを停止し、左右を確認
すると、ガードレールから若い男の警察官が身を乗
り出している。

 馴れない道である。
 一時停止のサインを見逃してしまった。
 桐生の街でも、そんなことがあった。

 道路の両脇を確認すれば、違反はまぬがれたので
あったが、坂道をくだっているさなかだった。

 がたんと窪地にタイヤが落ちただけだと思ったが、
すぐに道路わきから、美人のおまわりさんがとび出
してきた。
 「ここは踏切でしょ。両毛線。良く観て運転、お願
いします」
 「はい、わかりました。これから気をつけます」
 素直に応じた。

 怖がりな性分でそれほど速く走らなかった出さなか
ったから、そちらの違反はゼロ。

 このところ、罰則が厳しくなった。
 当時、四千円だった罰金が、八千円まで上がった。
 それに、減点。
 任意保険のランクがゴールドからシルバーに下がり、
保険金が高くなった。
 ご存じの如く、五年から三年へと更新時期が短い。

 ドライバーにとって、冷や汗もの。
 わざわざ涼をもとめずとも、いいくらいですね。

 (これで一日分の日当が飛んでしまった)
 「あんた、ほんとおばかさんね。一体どこ観て運転
してたのよお」
 おかんむりのかみさん。

 運転されるみなさん。
 一時停止線の手前で確実にとまり、右見て左見て。

 車の往来がなければ、そのまま進むことにしましょ
う。
 ジェスチャアを交えて、確認される電車の運転士
さんを思い起こされるといいですよ。

 ぽんと停まっただけでは停止したことにはなりま
せん。おまわりさんがいらっしゃるのに気づかず、進
んでしまうとサイレンを鳴らされてしまいます。

 今回、通知ハガキが来た。
 認知機能検査付きの高齢者講習。
 費用が八千五百円。

 車を運転できなけりゃ、バスや電車で遠方に行く
しかない。

 なんとしても、合格するぞ。
 気持ちばかりが先走っている。
 
 
 
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