てのひらに日だまりを

amiの小さな手から生まれる、小さな小さな日だまり村をレポートします。

今年の大晦日

2007-12-31 19:28:36 | ブログ

まだ大掃除をしている。なにしろ数年ぶりなので見つけたものに心をうばわれてしまい少しもはかどらない。私のは大掃除ではなくたぶん棚掃除だ。

半年前にはこんな時間が訪れるとは思ってもみなかった。先の見えない介護の不安と年々衰える体力、常に追い込まれているため想像力にも不安が・・・精神的に開放されたかった。Sdscf0058

(今日のかえるちゃん)

「みんなに見守られて眠るのって気持ちいーい♪」

母の施設入所によって毎日の介護から開放されたのに介護日記を書き続けることに抵抗があった。悩んだ結果、現在介護に携わっている方に少しでも参考になればと思い続けることにした。認知症は千差万別、たとえ一つでも共通点があれば安心できる事もあるので・・・Sdscf0026

(今日のかえるちゃん)

「ドタッ!!!」

「またー、こりないなあ」

ドジもいっぱいあったけど見放さず来年もお付き合いくださいね(^^)

よいお年をー!!!  わー掃除しなくっちゃ!鰊蕎麦食べる場所がなーい(><)


今年は?

2007-12-31 18:59:54 | ブログ

仕事が前半に集中しているのに加え、母の入院、施設入所が重なってしまった。

今にして思えば、母と私にとって一番いい選択肢に決まったんだからよかったと思うが・・・毎日の病院通いに加え退院後(認知症のため完治するまでいられない)の母の打ち合わせに時間をとられ、仕事に集中できない日々が続き精神的に追い込まれていった。不眠症がひどくなったのもこの頃からだ。一睡も出来ず朝になったことも度々だった。Sdscf0103

(今日のかえるちゃん)

「・・・・・・・・」

「どうしたの?」

「いっしょに遊びに行かない?」

「手伝ってあげるー」

「ともだちっていいなあ、ぐすん」

6月の作品展直前に「ヴィラ稲荷山」へ急遽入所が決まった。準備は私しかいない。後悔したくなかったので母の準備に集中した。

みんなから12月は期待してるからねっていわれたけど・・・入所後もいろいろあり離れているため余計に心配になり不眠症が続いていた。

気持ちが開放されたと感じたのはつい最近のことだ。


昨年の大晦日

2007-12-31 18:24:54 | ブログ

昨年の今ごろは5冊目の絵本の制作に取り組んでいた。タイトルが「てのひらに日だまりを」という粘土赤ちゃんの絵本。

後4分でお正月という頃やっと完成。データを製本会社に送ることが出来た。どうしても5冊を同じ年に完成させたかった。自分の作品で絵本を作りたいという子供の頃からの夢に一応ピリオドを打ちたかったのかもしれない。新しい作品に取り組むために・・・Sdscf0701

完成した5冊の絵本だよー(^^)

手描きの「かえるちゃん絵本」は母のために作った絵本。今も個室に置いて、時折見てくれているようだ。

みなさんの子供の頃の夢ってどんなことでしたか?

私はあまりにもありすぎて(^^) 今ごろになって少しずつ実現しようとしているのかもしれません。


10年日記(クリスマス・イヴ)

2007-12-30 23:57:08 | ブログ

日にちが前後するのは10年日記をさかのぼって書いているためだ。

昨年のクリスマス・イヴ(私のお誕生日)はデイサービスが休みだった。その日は、朝から晩まで何度もの尿失禁と便失禁の後始末に追われていた。辛い・・・

母は何も覚えていないのがかえってよかったと日記に書いてあった。確かに何度も失禁している事を覚えていたら辛かろうと思う。Sdscf0068

(今日のかえるちゃん)

「あー! でんでんむしだー♪」 ずーっとこのまま見ていたいなあ・・・

この頃の私の気持ちが現れた作品かもしれない。

母の認知症は私が今の仕事を「今、始めないと後悔する」と決めた頃から急速に進んでいったように思う。急速に進んでいくのを感じたから始めたのかもしれない。残された自分の活動時間を思いずっと悩んでいた。

母の介護でよれよれになりながらも仕事を続けてこられたのは心優しい友人達のおかげだ。自分だけでは何も出来なかった。感謝の気持ちは仕事で結果をだすことしかない。来年こそ、がんばるぞー!!


10年日記(年末年始)

2007-12-30 23:51:36 | アート・文化

10年日記は昨年の今日を読むことが出来便利だ。

昨年の今ごろ、母の4日間のショートステイの準備をしていた。大掃除なんて考える余裕もないほど疲れていた。デイサービスが休みの間、ショートがお願いできたのだ。

一昨年はデイがお休みの間、できるだけ母に関わっていたが・・・

軒隣の自分の家で一日ごろごろ寝ていたいというのが母の希望だったが認知症が進行しないように1日に20往復以上いろんな用事をみつけては出向いていた。洗濯、掃除、食事、排泄の他、おやつは飴1個、おせんべい1枚、ラムネ2個ように何度にも分けて持っていくようにした。でも限界があったようだ。4日目、母の目に「生気」がなくなっている気がした。S071230urutoraman 不安だった。

数年ぶりで出してきたウルトラマンのコレクションBOX。包んであった新聞紙が茶色く変色していた。

新聞紙だけ取り替えるはずが・・・こんな時間が訪れるなんて半年前までは考えられなかった。 ありがたいと感謝(o)