土曜の夜、腹のパウチの交換をしたとき、貼付部の皮膚が赤く爛れていた。
ヒリヒリ痛くなることもあったから、あんまり状態は良くないということだった。
しばしコタツに入って新しく貼ったパウチを温めながら、仮眠。
・・・どうすんべ~か・・・
3時間くらいユ~ルリ眠って、酷くなると厄介だし、どうすんべ~か? とは思ったが、山へ向かうのを止めようか? という意味ではなくって、雪山を里山に変えた方が良いんじゃ~ないのか? そういうどうすんべ~だった。
で、暗いうちに出発したが、寒気団が入り込んでる影響で、山用のアルファードは中央道でもよく揺れていた。
八王子を越えるまでに決めなけば・・・これだけ強風だと、富士山は絶景だろう。
忍野八海からヘッドライトで山道・未舗装路に入ってゆくと、鹿がお出迎え。
柔軟体操を軽くしたが、気温はすでに氷点下3度。
身長は1センチ縮んで175センチ、体重が76キロまで増えているから、重い足取りでスタートした。
昨日は単独行だったから、のんびりなんとでもなる自由に、開放感があった。
最初のピークへの急登を終える頃、汗が出てきた。
この分だと、この稜線の相当に奥まで行けるか? 腹の傷の具合と相談しながらだったが、問題はなかった。
1500m越えてくると風はまだ強く、マイナス7度まで下がっておった。
それでも中着を1枚脱いで、全身が熱くなっておった。
土曜日は、銀座の店から浅草まで、アスファルトの道を歩いたが、汗すらかかなかったから、昨日は悪い汗がぜんぶ出たようで、サウナよりも健康的。
霜柱の道を登り降り繰り返しながら、帰路、これが溶けてくると下山は厄介だな~、泥んこ滑り台だな~と、そればかり考えておった。
富士山は予想通りの絶景だった。
いくつかのピークを越え、三つ目の名前のある山の頂きに着いた頃、腹に違和感が出てきた。
岩場や痩せ尾根で全身を使って登り降りしてたせいだろう。
今日はこの辺にしといてやるか・・・少し降って日当たりの良い風の無い富士絶景ポイントにザックを置くと、ポールに紐を張って汗で濡れた衣類を乾かしながらラジオをつけ、湯を沸かし、飯とコーヒーを用意し、美味い一服をしながらぼんやり小1時間くらい、景色を眺めて居った。
日に焼けた。
腹の違和感もなくなってたし、泥んこになるのも嫌だったから、一度谷まで一気に降りて、いくつかの山を回りこんで帰ろうと考えた。
これがいけなかった。
1500mくらいの低山では、道はいろいろと入り組んでいる。
あとは俺のオツムにある勘ピューターと経験則、位置は解ってるから、安易にそういうことはよくある。
鼻歌が、唸り声に変わっていた。
決して道迷いにはならないが、太った身体が思ったよりも足に負担になってて、なんども登り返して迂回してるうちに、バテてきた。
落ち葉で見えなくなってる猪の堀った落とし穴にはまったり・・・バカやろう!!・・・細い獣道では枝葉に頭や顔を刺され、距離は相当に歩くことになっておった。
最近は、20キロ超える距離はそんなに歩いてなかったから、とにかく身体が重かった。
・・・楽ばかりするようになったら、人間は終わりだぜ・・・森に響くように大声で独り言。
昼過ぎには東京に戻ってる予定が、昼過ぎても、まだ奥山の獣道で格闘しておった。
たっぷり休んでは、また登り返し、食い物や飲み物は余分に持っていたから、それを全て喰って飲んでやろうと、意地になっておった。
アイコスも余分に持っておったから、薄暗い森から出るといちいち一服した。
そうこうするうちに正規の下山路と合流して、泥んこにならずに無事帰還した。
獣道は細く荒れて平らではないから、足首が痛くなった。
27.5センチの足だと、ずっとあっちやこっちに捻じれた状態で歩いてたからだ。
俺も山に入ったら獣の足が欲しいと思った。
60歳過ぎると、一度楽をすると戻すのは大変だ。
最初は悪い脂汗が、歩くうちにサラサラの汗に変わる、そうしてお肌はツルツルになる・・・今朝のあたしは、綺麗よ!・・・な話ではない。
帰路はノンストップで一気に戻ってきた。
風呂で温まって、すぐに爆睡した。
で、夜はいつものように銀座の店で、一服。
今日の歩いたコースを地図で確認して、破線でも描かれてない道を歩いて、想い出したくない山歩になった。
腹の皮膚の状態は、問題なし。
朝から納豆ご飯にコロッケに蕎麦を喰って、甘い最中もほおばって・・・
さ、仕事すんべ~。