オストメイトで山賊と海賊・・・銀座のコテコテ周旋屋のよもやま話

去年は100の山を愛し、今年は108の山に恋をする。
夏は太平洋の大波で泳ぎ続け、日本の自然を愛して66年。

成年後見人制度から~岩野泡鳴へ

2019-01-22 11:55:33 | よもやま話

 

 成年後見人制度というものがある。

 銀座で当社が管理している賃貸建物の土地の所有者が長男名義で、建物の名義が母親になってる不動産があって、昨年も賃料滞納してる2世帯の悪質な賃借人を相手に裁判を起こして、年末に判決を勝ち取ってる。

 弁護士は使わずに、原告が自ら訴訟を起こすという形で、俺が一緒に最初から最後まで動いている。

 この母親が脳溢血で昨年末に倒れてしまって、意志表示が出来なくなったことで、この不動産の売却がスムーズに行かなくなったわけだ。

 遺言公正証書にも長男の土地の上に建つ母親の建物は長男に譲ると記載されているが、すでに意思表示が出来なくなった母親の所有物を勝手に処分することは出来ない。

 しかも厄介なことに、その母親の持ってる筈の建物権利書が無くなってしまってた。

 長男自らが成年後見人となって動くしか道は残されてない。

 この成年後見人を専門職に任せてしまうと、毎月の手数料だけで10万くらいはすぐに飛ぶ。

 今日も朝からその打ち合わせ、午後も打ち合わせ、俺が出来ることは専門職には頼まずに、ぜんぶまたやってみようと想ってる。

 俺は弁護士でもなければ司法書士でもない、ただの周旋屋。

 法律がある、良い悪いは関係なしに法律がある。

 その法律を最大限に解釈して、生きて行く、これを知恵と言う。

 大事なのは、専門職に丸投げして、自分では動かずにボケた顔してゼニカネだけ払って過ごさないこと。

 良いように利用されるシステムが社会には出来上がっている。

 それに安住して知恵もないのに資格だけで威張ってる間抜けばかり。

 不動産の所有権移転登記だって、司法書士は使わずに買主が自分でやることは出来るから、身内や仲の良い連中の不動産登記は、俺が代理人としてやってあげたりもしてる。

 あくまでも原則は 自らで! これが法律の基本の筈だが、なんでもかんでも専門職という、弁護士や司法書士に任せっきりになってる現代社会は、お子ちゃまで幼稚な大人をどんどん増やしているだけだ。

 昔はうっかりミスのせいで、上場企業に当社が訴えられたこともあったが、俺は弁護士など使わずに俺自身が裁判所に何度も出向き、相手の弁護士とやりあって、損害賠償金が100分の1になったこともあったが、それとて納得できる法律ではなかったから、ずいぶんと悪態ついたもんだ。

 

 今の年寄りは 戦争で苦労した! 食いものも無かった! とばかりは言うが、その後の高度経済成長ではエコノミック・アニマルと呼ばれるほどの無分別な贅沢三昧で、実際は今は亡きその親の代が一番に苦しい時代だったのは、俺なんかはつぶさに眺めて生きて来た。

 ただただ主義主張のない、洗脳・煽動されるがまんまの消費生活に、阿呆みたいにうつつを抜かしておった。

 そんないまの高齢者のほとんどが、その親には決して頭は上がらず、逆らうことすら出来なかった事は語らない。

 ・・・調子の良い嘘と自己正当化はエエかげんにしとけや!! これが俺の本音だ。

 親が逝って、上がらなかった頭が子や孫や社会に向かって上がっている。

 ま~だ年金だってたくさんもらってるから喰うには困らず、栄養も摂りすぎくらい食べてるから、だから脳がイカレテ植物状態になっても、すぐには逝かないだけの体力がある。

 これからは団塊の世代がそうなってくると、世の中社会は要介護だらけになるとも言える。

 年金も怪しいもんだろう。

 どうやって生きて行くのか?

 別居して暮らすよりも一緒でなければ生活できなくなる。

 付加価値だけの不動産は余るね。

 30数年前にそのど真ん中で経験した不動産バブルの崩壊よりも、もっとジワジワと酷いその時はやってくる。

  

 今のような自由に生きようと想えば生きることも出来る時代ですら、オツムの先入観と古臭い価値観の虜となって、息苦しい封建時代を生きてる大人が多いけんども、もっと酷かった明治の時代に、とんでもない生を生きた詩人がいるが・・・そんな明治の時代でも群を抜いて生きた詩人は誰か? と言えば、岩野泡鳴いがいにはいないだろう。

 身勝手な翻訳が蔓延り、文章の技術的なことや、詳細についてばかり言葉や語彙を弄する詩人や作家ばかりが増え始めた時代に、その時代の常識や良識など見向きもせずに、女たらし・放蕩モノ・鬼・ゴミ・・そんな解釈にも聞く耳を持たず、その時代に樺太まで出掛けて蟹の缶詰事業に手を出して失敗して、また放蕩を繰り返す、見事な詩人だったと俺は想っている。

 よく似た価値観で、違う時代を俺は生きてるようでもある。

 ランボーなら許されて岩野泡鳴はキチガイ扱い、おかしな国だぜ。

 外観ばかり着飾って、欧米の猿真似ばかり、そもそも芸術とは何ぞや? という問いには答える術も無い。

 技術的な学問? 言葉の遊び? 綺麗で素敵な文言は弄するけんども、その人にはなんの魅力も無い。

 ありきたりの、退屈な日常と、腐り果てた価値観での暮らしだけ。

 俺は歳をとればとるほどに、会話してみたいと想う相手がいなくなってる。

 なんの真新しい日常もなく、古風な道徳と倫理と、答えは見えている。

 人間の新しい時代を先に生きる、これが詩人であり、芸術家の仕事。

 自由自在に自分の好きなように生きて見る、孤立をなんも怖れずに生きて居る、そういう芸術家がいない。

 媚びを売って、相手に合わせ、食い扶持・餌をもらうためには言われた通りの広告塔にだってなる、こればかり。

 ロボットでエエだろう、AIロボットで事は済む、そんな呆れ果てた大人社会が終焉に向かう時、そこで新しい芸術家が自由自在に生き始めるんだろうかね?

 ま~だ俺の方が愉しい生を生きておるだろう。

 保険に入って、投資に運用、老後・介護を考えてるような芸術家ばかりの酸鼻な光景は、見るに値しない豚の檻。

 なんだかな~、若い人たちを見て居っても、そんなのばかりになってるようで、ナニが愉しくて生きているんだろうか? 不思議だな~。

 最後はお見事、野垂れ死にでエエやんか?

 詩人とは、死から解放されて生きる者のことを言う。


奥山で、珍しい化石に出会うとき

2019-01-21 09:18:53 | よもやま話

 

 伊豆半島東岸の網代から小田原まで、海岸線を走り歩いたことがあった。

 30年も前のことだったろうか、その時に一緒に走り歩いた奴の電話番号がひょんなことから出て来て、懐かしさから茨城の家の方に電話をしてみたら、なんといきなり本人が出てきてこっちが驚いた。

 ・・・わかるかい?

 ・・・わかんね~な

 一個年上だが、信託銀行の不動産の時の同僚だった。

 もともと金融の世界で真面目に生きて来た奴で、埼玉の農家の末っ子で、酒だけが愉しみという爺ィ臭い奴だったが、なんども席をもうけて結婚相手を紹介してやっても、上手くいかなかった頑固な変わり者だ。

 その後、俺の方はまたいろいろと激流の中を泳ぎ続けてきて、それ以来は互いに音信不通だった。

 俺の世代には物欲・消費欲がなくて、メンドクサイ形式が嫌いで、過去は忘れ未来もなく、黙って今をコツコツと生きてるだけの男が多いけんども、話してるうちにナニも互いに変わってないことに笑い、来月会おうと約束しておいた。

 生き方はぜんぜん違って正反対ともいえるけんども、昔から気心は通じ、30年も前でも、向かい合って黙って酒を飲んでおっても苦にならないオモシロイ男だった。

 俺の方は話して説明することは山ほどあるが、彼にはたいしてないだろう。

 それでも結局は男一匹変わらずに、不器用に独りで自分らしく生き抜いて来たという意味では、おなじことだろう。

 当時、父親が死んで兄弟間の相続で揉めて嫌気がさし、相続放棄までして家を出て、コツコツ一戸建てを買ってそのまんま独身を通して昨年定年、いまは女房に死なれて身体が不自由になった年の離れた兄貴を引き取って二人で暮らしてると言う。

 それを聞けば・・・侘しい人生だな、寂し過ぎる・・・人はそう言うのかも知れないが、彼はそれを愉しんでおったろうと俺には解る。

 こんだけ身体がボロボロになるまで激しく動き回って生きて来た俺には、よく解る。

 ほとんど酒を飲まない生活になってるが、久しぶりに飲んでみたいと想った。

 言ってることや、その日常の価値観がコロコロ変わる男が多い現代では、30年も変わらずに貫いてるだけでも、興味は湧いてくる。

 彼は彼で俺に、おなじ想いを抱いてるようでもあった。

 ・・・変わらね~で、黙ってそのまんま自分を通して生きてるだけでも、凄いことだぜ

 奥山で、珍しい化石を見つけたような気分だ。


地球は光、人類はその影のひとつ

2019-01-18 11:34:08 | 地球と生きる

 

 真っ白な雪山で見上げる空、果てなく深い青・・・説明などいらんだろ。

 

 日本の田舎に伝わる民話や昔話では、菖蒲という花は魔除けによく使われていることがわかる。

 山村では、布団を敷く下に菖蒲を敷くことでノミ・ダニなどの虫除けにしてたくらいで、ヤマカガシやマムシとて巣を作るときはそんな虫の嫌う菖蒲の下を選んでいた。

 魔除けというよりも、実生活の知恵で虫除けだった。

 

 地球は光で、人間は影のひとつ・・・そんなことを言っていた爺様が、どこぞの山の頂におったが、本当に良い言葉だと想ったもんだ。

 

 周旋屋という商売は固定収入が常にない、だから売買でも賃貸でも一つ決まると終わりになる。

 ビルの上にオフィスを構えて、投資家が売ったり買ったりの損得だけの仲介をするのと違って、常に1階で実需を相手にやっていると、おなじお客さんが年に何度も顧客になるということもない。

 売買だけでなく、賃貸だってそうそう引っ越しはしない。

 一つ決まると終わり、次の顧客へと移るが、顧客がだ~れもいなくなることだってある。

 明日をも知れぬ綱渡り、水商売稼業だと言っても良い。

 その上に保証もなければ代わりもいないとなれば、身体を壊せば終わりになる。

 3年前に1カ月半も手術・入院したときは閉店状態で、電話の転送だけでこなしておったが、さすがに新規の顧客など来ることもなく、病院から既取引客の売買を重ねて打ち合わせし、退院2カ月で百万円単位の入院治療費を稼いだもんだった。

 病にすらなれない。

 だから手術・入院以外の病気で店を休んだことは、過去30年で一度しかない。

 この現代社会で、この銀座で、いまだに現役の、昔ながらの漁師・猟師をやってるようなもんだ。

 儲けがなければ俺の全責任、多くの扶養家族からは文句ばかり、俺が懸命に働いておっても周旋屋という稼業には悪い流れが続くことがあり、どうにもこうにもお手上げになることもあるが、そんな愚痴など話す相手も聞いてくれる相手も居るわけが無い。

 ・・・とっとと寄越すものを寄越せ!! これだけだ。

 そういう時は四面楚歌、前方だけでなくって、後方からも援護では無く実弾が飛んでくる、そんな状況になる。

 オモシロイ商売だし、これほど愉しい生もないだろう。

 愉快な孤独を実感できる。

 これで稼いだ金だけで今まで生きて来て、多くの扶養家族を養って、親の借金も肩代わりして、家もキャッシュで買って来てる。

 能書きばかり・屁理屈ばかり・計算づくで生きてると本人は思ってるのばかりの世の中社会で、その日暮らしで35年、生き続けているのだから、勲章のひとつでも欲しいくらいだ。

 借金・負債はないが、いつもお先のことはナニもわかりゃ~しない、予定は未定。

 安全や安心や平穏や保証などを求める人には、決して出来る稼業ではないだろう。

 貸し借りがまるでないから、俺がその気になれば今日本日、とっとと閉店することだって出来る。

 

 この頃はプロの意識のないサラリーマン営業ばかりを相手してるから、俺がどうこうではなくって、無茶苦茶な不規則な流れに巻き込まれてしまって話が壊れてしまう、そんなことばかり増えてる。

 安全を求めたはずのサラリーマンが混乱して、その日暮らしの俺のほうが地に足がついてる、おかしくない?

 大人社会は凄惨な惨状、そういっても良い今日この頃ですわな。

 ゼニカネだけで生きてる癖に、ゼニカネを手にしてもナニも無い、ただその日を喰うだけ、どっちがその日暮らしなのか? よく解らないよ。

 ちゃんちゃん、だな。


なめとこ山で淡々と笑って生きる

2019-01-15 11:27:28 | オストメイト

 

 人は、大病を患うと己の死を強く意識するようになる。

 とはいうが、俺は若い頃から身近な人間の死に振り回されることが多かったせいもあって、そのまま放っておいては道連れにされそうな状況も多かったから、早くから現実的なモノの思考と感情に変わっておったために、大手術を経験して死にかけて身体障害者となっても、別に生きる価値観は変わらないまんまだ。

 その在るがまんまの身体で、またまた生きる工夫を凝らしてるだけのこと。

 あの世や霊魂やお化けなど、祟りやバチや怨念など、生きて居る人間だけがそれに左右される詭弁だと、はっきりと言えるようになっている。

 どう生きるか? は、すなわちどういう心持ちで日常を過ごしているか? ということだ。

 死生観なんて仰々しい想いなどサラサラなくって、逆にスッキリ在るモノを在るがまんまに見るようになる。

 情報が溢れ返っている現代社会では、多くの知識や思考や雑念を抱えて生きて居ると、それらを否定するために同じくらいの多くの雑念が生じる。

 それらがキレイさっぱり解決済んで、迷いやらがなくなってくると、毎日毎日がそのまんまになる。

 資本主義の世の中社会では、食い扶持を作っておらねば生きては行けないから、それが日常の時間を左右するだけのことであって、あとは確実に死に向かって生きて居る。

 そこになんの問題も煩悩も無い。

 人は死を意識すると諦めにも似た投げやりになったり、急いで生き方を変えたり、やり残した事を考え、相続や引き継ぐことを考えるようになるが、そんなことも俺にはナニも無い。

 いつも後悔なく生きる、これで過ごして居ったおかげで、別にナニも変わらない日々を過ごしている。

 借金や負債とて、会社も個人もナニも無い。

 こう生きて居ると、人の欲望や歪みや表裏がよくよく見えるようになる。

 生まれた日本の、いろんな自然の景色を味わい、この身で感じていたい、それが俺の生きて居る意味でもある。

 そんだけのことであって、それ以外にはナニも無いとも言える。

 淡々と笑って生きる、それがごくごく普通の人間の命だろう。

 

 宮沢賢治の書いた『なめとこ山の熊』そのまんま、生きてるような感じだな。


山寺に、埋もれることなく咲く花

2019-01-14 10:19:57 | 歴史に埋もれた真実

 

 なんで美味い醤油ラーメンが東京にはないのか? については、昔から想ってることだ。

 30数年前の不動産バブルの前後ですら、そんなことを想っていた。

 ま~ま~美味い醤油ラーメン屋はあっても、これは力も入らず素直に喰える・・そんな醤油ラーメンがない。

 もともと環境の変化は激しくとも戦後の高度経済成長ゴッコのド真ん中、裕福な銀行屋の家で育ったから、盆・暮れには貢物でいっぱいになる専用の和室があったりするモノ溢れの時代を俺は経験して居った。

 その後そんな家には拠りつかずに、日本中のあちこちで仕事をしておったから、美味いモノも色々と食べて来た。

 そんな美味いモノを喰って生きて来た周旋屋には、東京も銀座というところは仕事の拠点を置いておくだけのことで、とてもじゃ~ないが喰いモノを喰うところではない。

 こんなもんで美味いと言ってるようじゃ~日本は語れない、昔からそう想っている。

 当社の顧客には銀座や青山で行列の出来る人気の店も多いけんども、俺自身は喰いたいとも想わない。

 ナントカと言う店で食べた!! その状況や行動に意味があるんだろうと想ってる。

 美味いという・・・知識が無い、経験が無い、だからこそ舌まで洗脳され果てて百円均一、哀れな現代人だとは想ってる。

 なんでも人それぞれ、生き方や価値観だって他人とおなじである必要はない。

 模範となる先人なんていやしない、みな死を悟ってハッとして、惑い果てて居るではないか?

 世界ではなく日本中を歩き回っておれば、美味いモノはいくらでもある。

 名も無い店でもとびきりの美味いモノを喰わせる店だっていくらでもある。

 要は、自分自身でそんな冒険を犯してまでして美味いモノを喰わせる店を探せない、行動力の欠如と、単に話のタネに、そんなことで行列が出来て居ったりするわけだ。

 日常の会話を楽しむための、人気の店に人気のショップ、価値の共用で安心感を得るだけのことさ。

 日本人らしいと言えば言える。

 

 千葉の勝浦と言えば最近は勝浦タンタンメンで有名になっておるが、そこに昔から美味いと言える醤油ラーメンを喰わせる中華屋がある。

 かれこれ30年以上も前から、外房でさんざんに遠泳したあとに、冷えた身体を温めるためにいつも立ち寄っている。

 

 内房から勝浦に抜ける国道297号を行けば、じきに大多喜の街に出る。

 大多喜城といえば本田忠勝で有名だが、もともとは真里谷氏の居城で、のちに房総里見家に奪われたが没収され徳川家康傘下に入り、それから本田忠勝の居城となった。

 そこからほど近い山里に、波の伊八の彫刻の中でも有名な『波と宝珠』の欄間が残る古刹がある。

 開山して1200年くらいになるという古い里寺だ。

 まえまえから気になっておったお寺で、幻の名工と呼ばれて現存する作品がほとんどなくなってしまってる高松又八の彫刻とともに、拝見してきた。

 波と宝珠の欄間よりも、隣の入り口に近い部屋の欄間の『波と鶴』のほうが、柔らかく繊細で目を奪われた。

 欄間の彫刻は部屋の明かりを消して、座敷に座ってから眺めるものだ。

 自然の光が作る陰影で欄間彫刻は生き還る。

 季節や時刻、その時の天候によっても彫刻は七変化する。

 本堂には高松又八の彫刻が見事に再生しておったけんども、俺はその伊八の彫ったという『波と鶴』の欄間が素晴らしく想えて再度見に行ったくらいだ。

 葛飾北斎の代表作でもある『神奈川沖浪裏』とそっくりの構図は、『波と宝珠』の欄間を裏から見た構図で、だから葛飾北斎はわざわざ浪裏と題して発表したのではないかという解釈はオモシロイ。

 であれば葛飾北斎もなかなかの器量だろう。

 師の等琳を継いだ点描法で真似て描いた北斎も斬新だが、それ以前に波を立体的に彫った伊八の観察眼には恐れ入る。

 豪華絢爛な大きな現代風の大寺院よりも、藁ぶき屋根のそんな里寺のほうが真実は多いのとおなじで、この日本には埋もれてしまっている歴史の真実はたくさんある。

 ワザと封印し、隠してしまってる歴史の方が多いだろうし、それを知ることがまず第一歩でもある。

 なんの第一歩か? 

 そう、日本人として故郷の島国を理解する第一歩だ。

 又聞き・覗き見メディアが、いかにも自分の話のように語るのとおなじで、言ったもん勝ち、真似たもん勝ちの時代には、とくにそんな行動が必要になる。

 パクリがホンモノを発掘するとは言うが、なんだかね~、それに甘んじる安易な安売り時代は気にいらない。

 いつも想うことだが、その時代を理解し、その環境と境遇を理解し、そうしてその人を理解する、山や海で遊び呆けていると、こういう愉しいことはいくらでもある。

 

 そうして帰りに美味い醤油ラーメンまで喰って、仕事の合間とはいえ、良い一日だったことには違いない。