鎌倉の隠者

日本画家、詩人、鎌倉の鬼門守護職、甲士三郎の隠者生活

322 深秋の詩論書(2)

2023-11-09 12:59:00 | 日記

先週の詩論に続いて今週は歌論書を取り上げよう。

今こうした論集を読んでも役に立つ事はあまり無いが、若者達が文芸論に熱くなっていた当時の状況にはドラマがある。

詩歌論も何も無くなりただ詩壇歌壇の序列だけが残った現代よりは断然面白かったろう。


昭和初期の歌壇ではいわゆるアララギ派の写生論が盛んだった。



(短歌写生の説 初版 斎藤茂吉)

斎藤茂吉はごりごりの写生派で、アララギなどの雑誌上で太田水穂らと派手な論争を繰り広げた。

太田水穂はやや穏健な論調だが、茂吉の方が熱くなって水穂への罵詈雑言が加熱して行く。

しかも使用する文学用語が噛み合っていないのでまるで子供の喧嘩だ。

最近の炎上商法と同じで衆目を集めるには良い手だが、単なる悪口を本にまで残してしまっては歌壇全体の知的レベルまで低下したイメージは免れない。

今から見ればこのアララギ派より少し前の明星スバル時代の歌論の方が断然良かった。

またWiki を見ると彼ほど性格面の短所が列挙されている作家も珍しく、小説やドラマの悪役としては打って付けのキャラクターに思える。


同じ写生派でも太田水穂の歌論は古典的で初学者の参考にもなる。



(花鳥余論 日本和歌読本 初版 太田水穂)

水穂は晩年を鎌倉で過ごしたのでやや地元贔屓になるが、斎藤茂吉よりは好感が持てる歌論だ。

鎌倉に来てからは芭蕉の研究に打ち込み俳句的な写生を身に付けた。

斎藤茂吉との喧嘩に負けて(飽きて)のちはアララギからは距離を置いたようだ。

しかし現代から彼らの時代を眺めれば、詩歌の世界で喧嘩出来る仲間がいただけでも羨ましい気がする。

やはり大正〜昭和初期は日本の文芸の青春期だったと言えるだろう。


同じ昭和初期の歌論書で安心して読めるのは意外にも若山牧水だ。



(牧水歌論歌話集 初版 若山牧水 歌集花樫 初版 北原白秋)

この歌論集は北原白秋や石川啄木らの歌の評を中心に、一つ一つ具体的に述べているので誰にでもわかり易い。

牧水は紀行文が人気があったが詩歌の選評もなかなか良くて、短歌の技術面でも的確な指摘をしている。

ただ当時多かった西洋風の概念論やインテリ好みの思想面の考察は少ないので、その後の進歩派からは支持され難かっただろう。


次回は戦後に移り、いよいよかの悪名高き第二芸術論を紹介しようと思う。


©️甲士三郎