鎌倉の樹々もようやく色付き谷戸の小径にも落葉が散り敷いている。
散歩がてらに聴くロマン派の流麗なコンチェルトが身に沁み透る季節だ。
落葉の散歩路はいかにも抒情的で紅葉の色も陽差しの色も優しげに見える。
ロマン派の色彩感溢れる曲調に晩秋の情趣が更に深まる。
こんな落葉の小径を散歩しながら聴くのには、ヴァイオリンならヴュータンの協奏曲6番7番の穏やかな楽章がぴったりだ。
ピアノ協奏曲ならスクリャービンあたりが合うだろう。
ショパンはソロ曲の方が秋向きでコンチェルトは春の花時が似合うと思う。
夏場には暑苦しくて聴けなかったこれらの華麗な協奏曲を今の時期に存分に味わいたい。
暖かな午後には少し長い曲にじっくり浸る時間が欲しい。
ピアノ好きなら例えば名曲中の名曲ラフマニノフのピアノ協奏曲2番などを、小春の窓陽に聴くのは至高の楽しみだろう。
ラフマニノフの2番は長らく1959年録音のリヒテルの演奏が頭抜けていた。
ようやく今世紀に入り高品位の録音でエレーヌ・グリモーらの華麗な演奏が出てからは、ファンの間でどの奏者が良いかと話題になっている。
リヒテル版はピアノの音は当時としては極上だが、管弦の音質は流石に古すぎる。
同じ曲でも誰の演奏が良いかと言う聴き比べは、常にクラシックファンの極上の楽しみなのだ。
ーーー玻璃窓に外(と)の世はぼやけ珈琲の 湯気に陽の舞ふ冬の隠家ーーー
鶴ヶ丘八幡宮の大銀杏が倒れてからは、荏柄天神社の樹齢900年の銀杏が鎌倉一となった。
その御神木も気候変動には勝てず、今週もまだ少し緑の葉が残っている。
この樹は小山の中腹に立っているので、はらはらと散る葉が中空に長々と陽差しに舞う姿は実に美しい。
その壮麗な景の中でノスタルジックな輝きに満ちたショスタコーヴィッチのピアノ協奏曲2番第2楽章あたりを聴きながら過ごすのが、この時期の私には欠かせないイベントとなっている。
ーーー銀杏散る昔の色の陽の中へーーー
ロマン派に比べてドイツ古典派やワーグナーの大袈裟な曲はあまり隠者の好みではないが、ベートーヴェンのピアノコンチェルト「皇帝」の第2楽章だけは俗事から離れて温雅な心境になれる名曲だ。
年々少なくなる春秋の好日は是非そんな良き音楽と共に過ごしたい。
©️甲士三郎