人生いろいろ、たぶん大丈夫だ?

40代の中年おじさんです。「四十にして迷わず」うーん、迷える中年羊を誰か救いたまえ。

2024年に振り返る、COVID-19と在日米軍

2024年05月14日 22時05分15秒 | 基地従業員

2019年から始まった、COVID-19の感染の広がりに伴う様々な社会の混乱がありました。その中に、「在日米軍の行いが日本の感染を広げた」というような報道があったことを覚えているでしょうか。

基地従業員として身近に在日米軍がいたわけですが、彼らがどうCOVID-19に対応していたのかを書いてみたいと思います。ただし、体系的に時系列に沿っていなくて、思いつくままに書いていることをご承知おきください。

日本の国内と在日米軍の対応の違い

感染の始まった頃、日本国内では感染の広がりを抑えるためになにか強制的な施策を行ったわけではなく、「自粛」という方法を各自が取っていたと思います。その一方、在日米軍では施設内への出入りに制限を設ける一方、国内の感染状況を見たうえで、旅行禁止の地区を毎週決めていました。その地域には用件がなければいかないこと、また何かの理由でその地区に行ったり、その地区から訪問で来た人がいる場合は、施設に入る前に数日の経過期間を設けていました。

これは基地従業員にも適用されており、一時期自分の行動の記録をつけるように求められたこともあります。

マスク着用

米軍側の兵隊や従業員は公の場ではマスクをしていました。日本人従業員にも求められていました。ただ、当初日本国内ではマスクの供給が追いつかなかったのが理由で、マスクを手に入れるのが大変な時期がありました。その時、米軍側で布マスクでしたが日本人従業員へも配付がありました。

ワクチン接種

ワクチンが開発され接種が始まったのは、在日米軍のほうが早かったです。接種対象者は、当初アメリカ人を中心とした兵隊や軍属、その家族でした。やがて日本の国内でも接種が始まろうとする頃、日本人従業員の希望する人に対して、米軍側の施設で接種することができるようになりました。

私自身は、市役所から送付される接種券に基づいてワクチン接種を受けました。

検査キット

発熱した場合、COVID-19の判定に使うキットは、米軍の病院で手続きをすれば誰でも無料で受け取ることができました。感染拡大の山を超えた時期は、国内の旅行前に自分で検査キットで確認することができました。

入国

よく言われたのは、在日米軍のアメリカ人たちは空港での検疫を受けないので、感染を拡大させた、といわれました。しかし、実際のところ、成田や羽田などの空港を使った場合は、他の入国者と同じ手続きでしたし、直接在日米軍基地経由で日本に到着しても、基地内で一定の期間隔離されて、発症のないことを確認されてから活動していたのです。

このように、当時はどこの報道機関も在日米軍のCOVID-19に対する施策に関して調べて報道した形跡もなく、一般国民が思い込んでいることをベースに、ある事象を取り上げて記事にしていたと思います。

また日本国民も、感染拡大のスケープゴートとして在日米軍をやり玉に挙げていましたが、上記のようなことをみていた身としては、日本の国民は自分たちで感染拡大を広げていっただけだった、と言えると思います。

こうして書いてみて改めて思ったのは、在日米軍はアメリカ軍であり、感染という非常時でも作戦行動ができるように対処したと思います。蔓延したので、施設ごと閉鎖しました、では戦争ができないからですね。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 日本の防衛予算を増やし、そ... | トップ | ムカつく!令和6年米騒動 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

基地従業員」カテゴリの最新記事