レフティやすおの新しい生活を始めよう!

50歳からが人生の第二段階、中年の始まりです。より良き老後のために良き習慣を身に付けて新しい生活を始めましょう。

私の読書論167-愉快で…な老人探偵小説『木曜殺人クラブ~』他-楽しい読書336号

2023-02-16 | 本・読書
古典から始める レフティやすおの楽しい読書【別冊 編集後記】

2023(令和5)年2月28日号(No.336)「私の読書論167-
愉快で…な老人探偵小説『木曜殺人クラブ~』他」


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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2023(令和5)年2月28日号(No.336)「私の読書論167-
愉快で…な老人探偵小説『木曜殺人クラブ~』他」
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 前号の「私の年間ベスト3・2022年フィクション系(後編)」で
 紹介しました<初読ベスト3>の(1)位の
 『木曜殺人クラブ』リチャード・オスマン
 および、選外のマイクル・Z・リューインの『祖父の祈り』は、
 ともに、老人が主人公の小説でした。

 今回、
 『木曜殺人クラブ』のシリーズ第二作
 『木曜殺人クラブ 二度死んだ男』を読みました。
 これも当然ですが、老人たちを主人公とする物語でした。

 私自身老人となり、これらの登場人物たちのことが
 非常に心に響くことに気付きました。

 今回はこれらについて書いてみようと思います。

【前号】――

古典から始める レフティやすおの楽しい読書
2023(令和5)年1月31日号(No.335)「私の読書論166-
私の年間ベスト3・2022年フィクション系(後編)再読編&初読編」

2023.1.31
私の読書論166-私の年間ベスト3・2022年フィクション系(後)初読編
-楽しい読書335号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/01/post-059ad0.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/3d8f4210a27677ac55d433cea1778596

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 - 身近に感じるようになった老人小説 -

  ~ 愉快で…な老人探偵小説『木曜殺人クラブ~』他 ~

  古い「男」像を守る男と昔を忘れず今風に馴染もうとする老人たち

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 ●『木曜殺人クラブ』と『祖父の祈り』

まずは、前号の文章を再録しておきます。

--
『木曜殺人クラブ』『祖父の祈り』のふたつは、
老人が主人公となるお話で、今や老人の一人となった私にとっても、
興味深い内容でした。

前者は、高級老人ホームで起きた殺人事件をミステリ好きのメンバーが
探偵に乗り出すというストーリー。過去の事件の影が長い尾を引く物語。
各人の過去の人生の秘密が暴かれて行き、それぞれに興味深い内容で、
人生の重さといったものを改めて実感させられます。

後者は、コロナ禍を思わせるパンデミック下の近未来のアメリカを
思わせる町が舞台とする作品。
感染して亡くなった妻との約束を守るため、
同じく亡くなった娘の夫に代わり、
祖父が娘とその息子(孫の少年)を守り抜くという決意を貫く物語。
男の役割といったものを全うしようとする老人の戦い。
--

以上が簡単な概説で、のちに個々の作品について、
引用文を含めて紹介しました。

昨年読んだ老人の小説としましては、再読編の方でも、
『老人と海』ヘミングウェイ を読んでいます。
文字通り老人が主人公のお話で、
老漁師と大きなカジキとの一騎打ちの物語。

ここでも、老人の人生をプレイバックしながら、
今の老人の姿を克明に綴っています。
そのあたりもグッとくるものがありました。

先にも書きましたが、私自身、一昨年春にぎっくり腰から無理をして、
腰の痛みと左足の痛みが出、一ヶ月杖をついて歩くようになり、
また秋には、高齢男性特有の病気、前立腺肥大症により、
頻尿等の症状が出、生活上、やっかいなことになりました。

自分でもはっきりと「遂に老人になったな」と実感したものでした。

それ以来、読む小説にしても、老人ものに気が向くようになりました。


 ●『祖父の祈り』マイクル・Z・リューイン

前号の文章――

--
『祖父の祈り』は、上にも書きましたように、老人が家族を守るお話。
まだまだ俺にもやれる、といった独白もあり、
年老いた男の生き方の一つの在り方を描きます。
今や老人となってしまった私の心に響くものがありました。

p.70(田口俊樹訳)
《生きていくことこそなにより重要なことだ。それが妻との約束だった。
 息を引き取る直前に(略)「あの子たちをお願いね」/
 「任せておけ」老人はそう約束したのだった。》

p.66(同)
《あの男はおれを欲しがってたんだ。このおれを! 
 まだまだおれは現役だということだ。》

p.76(同)
《自分の仕事をきちんとやってのけたのだ。おれは役に立った。》

p.151(同)
《老人の望みはここから出ることだった。
 家族みんなでここを逃れることだ。それができないなら、
 せめて今いる場所でより安全に暮らせるよう努力するしかない。
 壁を強化して、ドアも補強して……
 そういうことこそおれの“役割”だ。》

p.198(同)
《任務はまだ完了していない。今はまだ。
 それでも老人には証明できた
 ――家族のために脱出のチャンスをつくるだけの力は
 おれにはまだ残されている。》
--


「まだまだおれは現役だ」「おれは役に立った」
「おれにはまだ残されている」

こういう思いは、今の私にひしひしと伝わってきます。

「衰えゆく自分の力、でもまだやれることがある!」という実感。
それは老人自身にとって、とても貴重な経験であり、
残された人生を生きる活力となるものでしょう。


『祖父の祈り』マイクル・Z・リューイン 田口俊樹/訳
 ハヤカワ・ミステリ 2022



 ●『木曜殺人クラブ』リチャード・オスマン

次に紹介しますのは、謎解きミステリです。

上にも書きましたが、
本編の主人公たちは、70代の高級老人ホームに住む人々で、
<木曜探偵クラブ>という「老人探偵団」「老年探偵団」
「高齢者探偵団」といいますか、
まあ「年寄探偵団」と呼ぶのが一番ふさわしいでしょうか――
に所属する探偵趣味のある人たちです。
ふだんは、クラブの創始者の元刑事が引退時に持ち出した
未解決事件のファイルを推理するのでしたが、
この施設で実際の殺人事件が発生し、探偵ごっこを始めるという物語。

前号の文章から――

--
『木曜殺人クラブ』リチャード・オスマン

(略)
それはさておき、上にも書きましたように、この長編は、
老人の探偵クラブの謎解きゴッコなのですが、
それぞれの登場人物の過去が暴かれるなかで、人生の重さといいますか、
人の世の浮き沈みと生き方、その心情の動きなど、
なかなか読ませるものがありました。

p.29(羽田詩津子訳)
《人はある年齢を超えたら、やりたいことはほとんどできる。
 医者や子どもたちを除けば、やめろと言う人もいない。》

p.59(羽田詩津子訳)
《トニーは運を信じていない。彼が信じているのは努力だ。
 準備がおろそかになれば、失敗は目に見えている。
 トニーが教わった年老いた英語教師はかつてそう言った。
 それを忘れたことは一度もない。》

p.118(羽田詩津子訳)
《人生では、よい日を数えるようにしなくてはならない。
 そういう日をポケットにしまって、
 いつも持ち歩かなくてはいけない。》


p.200(羽田詩津子訳)
《おれたち全員が弱ってきている、(略)ちょろいもんだ。
 ひとひねりだ。そうだろ? 造作もないにちがいない。
 だが、いいか、ここには人生で何事かを成し遂げた人もいるんだ。
 ちがうか?》


p.283 (羽田詩津子訳)
《よく時が傷を癒やすと言うが、人生にはいったん壊れたら、
 決して治せないものがある。》

p.436(羽田詩津子訳)
《自分は一人でやりたいことをして、満足している人間なのか? 
 それとも、手に入れたものだけでどうにか納得しようとしている、
 孤独な人間なのか? 一人なのか孤独なのか?》

等々、気になる文章が出てきます。

次の作品も出版され好評のようです。また読んでみたいものです。
--


以下、上の引用文に今の私のコメントを付していきましょう。

《人はある年齢を超えたら、やりたいことはほとんどできる。》

――でも、その勇気があるかどうか、です。

《人生では、よい日を数えるようにしなくてはならない。
 そういう日をポケットにしまって、
 いつも持ち歩かなくてはいけない。》

――そう、そのとおり。
こういう自分に力を与えてくれるような瞬間をいつも持っていないと、
自分が潰れてしまうような時があります。

《おれたち全員が弱ってきている、(略)
 だが、いいか、ここには人生で何事かを成し遂げた人もいるんだ。
 ちがうか?》

――確かに、私たちは、大なり小なり何事かを為してきたのです。
それを自信に残りの人生を生きてゆくべきなのです。

《よく時が傷を癒やすと言うが、人生にはいったん壊れたら、
 決して治せないものがある。》

――耐えるしかない、忘れるしかない事柄があります。
でも、耐えることが、忘れることができない、
そういうこともあるのです。
そういう事柄も抱えながら生きてゆくのが、老人の人生なのです。

《自分は一人でやりたいことをして、満足している人間なのか? 
 それとも、手に入れたものだけでどうにか納得しようとしている、
 孤独な人間なのか? 一人なのか孤独なのか?》

――これは、まだ50歳の独身中年男性の独白です。
まだ、老境に入る前の、まだやり直しのきく年齢。
そこで「孤立」に落ち込むか、「独立」した人格を維持できるか、
その瀬戸際の立ち位置です。

ここでなんとか踏み留まれれば、
悲しい老後にならずにすむのでしょう。

『木曜殺人クラブ』リチャード・オスマン 羽田詩津子/訳
 ハヤカワ・ミステリ 2021


 ●第二作『木曜殺人クラブ 二度死んだ男』リチャード・オスマン

好評だった前作に続き、第二作が翻訳刊行されましたので、
読んでみました。

『木曜殺人クラブ 二度死んだ男』リチャード・オスマン
 羽田詩津子/訳 ハヤカワ・ミステリ 2022/11/2


第二作では、年寄探偵団四人のメンバーの一人、
元精神科医のイブラヒムが一人で町に出て、スマホを使ったり、
セルフ・レジにチャレンジしたり、新しい生活に馴染んでいこう、
としますが、なんと自転車で通りかかった若者たちにスマホを取られ、
袋だたきに遭い、あわや命も……というピンチに。

犯人の一人の名を覚えていたので逮捕はされるが、証拠不十分で……。
しかもどこかへ逃走され、行方不明に。

しかし探偵団は、前回の事件で知り合った地元警察から情報を集め、
娘からスマホのSNSの使い方を教えてもらった、元看護師のジョイスは、
SNSを使って班員の青年を見つけ出す。

一方、リーダー格のエリザベスは元情報員で、
元夫のMI5の諜報員ダグラスから、
仕事中にギャングの家で偶然見つけたダイヤを盗み、
ギャングとMI5の両方から追われる身になり助けてくれ、
という手紙をもらう。
しかし、ダイヤを盗んだダグラスと
MI5から送り込まれた見張り役の新米女性ポピーは、
何者かに頭を打ち抜かれ殺される。
彼らの隠れ家を知っているのは、MI5の上司の女とダイヤ事件の際の同僚。

地元の警察は、麻薬のディーラーを逮捕するべく網を張るが、
尻尾をつかめない。

で、エリザベス、ジョイス、イブラヒム、
元労働組合の幹部ロン(ロンの孫も手柄を立てます)ら探偵団は、
イブラヒムの復讐と、ダグラスとポピー殺しの犯人逮捕、
ダグラスの隠したダイヤ探しのため、警察とMI5を利用し、
ギャングと足を出さない麻薬ディーラー、イブラヒムの襲撃犯、
ダイヤの持ち主であるニューヨークから来るマフィアらを一堂に集め、 
噛ましあいをさせて事件を解決し、隠されたダイヤも発見する。

それぞれの人物の描写もしっかりしていて、
三人称の章とジョイス一人称の章が織り込まれて進むのですが、
ジョイスの章がなかなかおもしろいのです。
饒舌といいますか、話があちこちするなかで、
真実を見いだすところなど。

ストーリーや謎解きはもちろんですが、
ユーモアとペーソスといいますか、
人生の重さといったなんやかんやについてのお年寄りたちの語り。
500ページも全く長く感じない小説です。


 ●イブラヒムにまつわる人生談義

イブラヒムを中心に登場人物の老人たちの人生模様からの引用文――

《「利用しよう、さもないと失ってしまう」たしかにそのとおり。
 だからこそ、イブラヒムはここにいるのだ。騒音のまっただ中に。
 車が横を走り過ぎ、ティーンエイジャーたちが叫び、
 建築業者たちがわめいている。イブラヒムは気分がいい。
 恐怖も薄れている。脳が活性化している。
 利用しよう、さもないと失ってしまう。》p.40(羽田詩津子訳)


――元精神科医のイブラヒムは、お気に入りの独立系の本屋さんの
レジの壁に掲げてあった看板の標語「地元の書店を利用しよう、
さもないと失ってしまう」をみてそう思うのです。

余談ですが、私も元町の本屋の店員として、
地元の本屋さんをできるだけ利用しています。
まあ、どうしてもAmazonに頼ってしまうケースもあるのですけれど、ね。
左利き関係の本など、一般の町の本屋では入手困難な本が欲しいとき。

年齢に負けず、新規な取り組みに挑むべく街に出てきたイブラヒム。
ところが、非力なお年寄りとして若者に襲われてしまうのです。
そして、外傷後なんとやらに取り憑かれ、萎縮してしまうのですね。


《復讐は直線ではなく、円だ。
 復讐は自分がまだ部屋にいるあいだに爆発する手榴弾で、
 自分自身も爆風を受けずにはいられない。》p.105(同)

《復讐するときは慎重にならなければならないが、
 イブラヒムは人生の大半を慎重のうえにも慎重に過ごしてきた。
 ただし、人間として成長したければ、
 ときにはちがう行動をとる必要がある。》p.107(同)

――一方で、復讐を考えもするのです。
仲間たちはもちろん、ですが。


《ここの人たちは来ては去り、また来ては去っていく。
 ここは人生の最期を過ごす場所だとわかっているので、
 みんな生き生きしているのだ。彼らの足どりはのろのろしているが、
 その時間は急ぎ足で過ぎていく。(略)彼らはいずれ死ぬだろうが、
 誰でもいつか死ぬ。死ぬときは一瞬だから、
 人は最期のときを待ちながら生きるしかない。騒ぎを起こすもよし、
 チェスをするもよし、何でも好きにやればいい。》p.131(同)

――これは探偵クラブの面々の協力者で、
彼らのためならなんでもしようというボグダンの独白。
彼らの日常を観察しての、人生に対する考えです。


《「『困難は人を強くする』と言うのはけっこうだ。賞賛に値する。
 しかし、八十歳になると、もうそれは当てにはまらない。
 八十歳だと、どんな困難であれ、それは人を次のドアへ連れていく。
 それから次のドア、さらに次のドアへ。
 そして、そうしたドアはすべて背後でしまってしまう。
 もはや回復はありえない。
 若さの引力は消え、ただ上へ上へと漂っていくだけなんだ」》p.165(同)


――イブラヒムの自嘲的な言葉。


《「時間は戻ってこないことは知っているね? 
 友人、自由、可能性も?」
 (略)
 時間を取り戻すことはあきらめよう。
 過去は幸せだった時間として記憶するんだ。きみは山の頂上にいた。
 今は谷間にいる。今後も数えきれないほど、
 そういうことは起きるだろう」/
 「じゃあ、今は何をすればいいんですか?」/
 「もちろん、次の山を登るんだ」》pp.358-359(同)


――元精神科医のイブラヒムに相談する地元警察の女性警官ドナ。
元精神科医らしい彼女に対する助言ですけれど、それはそのまま、
事件後のイブラヒムへの助言ともなります。
「次の山を登れ」と。「前を見て、後ろを振り返るな」という。


《人はずっと夢を見ていなくてはならない。
 エリザベスはそのことを知っている。ダグラスもそれを知っていた。
 イブラヒムは忘れてしまったけど、わたしがいるのだから、
 時機をみはからって、いずれ思い出させてあげよう。》p.386(同)

――誰もが仲間のためを思い、勇気づけようとします。
「人はずっと夢を見ていなくてはならない」というのは、
私も自分に言い聞かせている言葉です。


《「野原にいる馬をみるのが大好きなの」ジョイスは言う。
 「馬たちが幸せだってわかるから。
 幸福は人生のすべてでしょ、そう思わない」/
 イブラヒムは首を振る。「賛成できない。人生の秘密は死だ。
 何もかも死に関係している、わかるだろ」
 (略)
 「本質的には、われわれの存在は死のためだけに意味を持つ。
 死はわれわれの物語に意味を与えてくれる。
 われわれの旅が行き着く先は常に死だ。行動の理由は、死を恐れるか、
 死を否定しようとするか、どちらかだ。一年に一度は、
 この場所を通り過ぎているが、馬もわれわれも若返ることは
 決してない。すべては死なんだ」/
 「それって、一方的なものの見方だと思うわ」
 (略)
 「当然、すべてが死に関係しているなら、
 何ひとつ死に関係していないってことよね?」
 (略)
 「すべてが青いなら、『青い』って言葉は必要ないでしょ?」
 「そのとおりだ」イブラヒムは認める。/
 「そして、青いという言葉がないなら、
 何ひとつ青にはならないんじゃない、どう?」
 (略)
 それで救われた、というのも
 ジョイスはいわば確信を突いていたからだ。》pp.479-480(同)

――「幸福は人生のすべてでしょ」と、人生を肯定的に捉えるジョイス。
私も案外そちら派かもしれません。
結構言われます、楽天的と。

「幸福は人生のすべて」「人はずっと夢を見ていなくてはならない」
「利用しよう、さもないと失ってしまう」――
みんなひとつの方向を示しているように思います。


「老いたればこそわかる人生の真実」
のようなものがあるのではないでしょうか。

案外ありきたりな結論になるかもしれませんけれど。

これら、老人小説を読んでみて、
とにかく「生きている限りジタバタしてみる」のがよいのでないか、
とそう思います。

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 ★創刊300号への道のり はお休みです
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本誌では、「私の読書論167-愉快で…な老人探偵小説『木曜殺人クラブ~』他」と題して、今回も全文転載紹介です。

ズバリ読んでもらったそのまんまです。
他にこれといってお話することはありません。

とにかく『木曜殺人クラブ』二作はどちらも500ページ弱ですが、おもしろいので苦にならないと思います。
持って読むには手が疲れるかもしれませんけれど。

謎解きミステリ好きも楽しめますし、人生に一言いいたくなる一言居士も納得の小説ではないかという気がします。

『祖父の祈り』は、前号の後記でも書いています。
コロナ禍の今読む本といった趣もありますが、昔の「男」像の延長なので、その点を不満に思う人がいるかもしれません。
でも、われわれ老人男性には、これが標準だったという意味で、受け止めていただければ、と思います。

これらは、作品のストーリー的にも、人間物語的味付けも優れたものでした。
機会があれば、ぜひお読みください。

 ・・・

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

『レフティやすおのお茶でっせ』
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『レフティやすおのお茶でっせ』より転載

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