レフティやすおの新しい生活を始めよう!

50歳からが人生の第二段階、中年の始まりです。より良き老後のために良き習慣を身に付けて新しい生活を始めましょう。

新しい左利き本『左利きの歴史:ヨーロッパ世界における迫害と称賛』発売される

2024-07-05 | 左利き
新たに「左利きの歴史」本が発売されました。

『左利きの歴史:ヨーロッパ世界における迫害と称賛』
ピエール=ミシェル・ベルトラン/著 久保田 剛史/訳 白水社 2024/6/27


出版社の著者紹介によりますと、著者は1962年生まれの左利きのフランス人で、『左利き事典』(Dictionnaire des gauchers, Imago, 2004)という著書もあり、《フランスでは在野の歴史家として知られ、左利きの歴史をテレビやラジオなどで解説することもある。》とのこと。

副題にもありますように、ヨーロッパ――主にフランスを中心にその周辺国におけるものです。

2008年の第二版の翻訳です。
ちなみに翻訳者さんも左利きだそうです。
「訳者あとがき」に、日本で出版された左利き本についても簡単に紹介されています。


(画像:2021年から2024年にかけて出版された左利きの本および関連本(実用書をのぞく)――
上段左から(1)八田武志『左対右 きき手大研究』DOUJIN文庫 2008年DOUJIN選書の増補文庫版 (2,3)マーティン・ガードナー『新版 自然界における左と右』(上下)ちくま学芸文庫 2021年 1992年紀伊國屋書店版の文庫化再刊
下段左から(4)加藤俊徳1万人の脳を見た名医が教える すごい左利き 「選ばれた才能」を120%活かす方法』ダイヤモンド社 2021年 (5)本書『左利きの歴史』白水社 2024年 (6)大路直哉『左利きの言い分 右利きと左利きが共感する社会へ』PHP新書 2023年)

16年前の本ということになります。

すでにお隣の韓国など世界7カ国で出版されているとか。

日本でも、このような「左利きの迫害の歴史」を描く本が出版される時代になったのですね。

もちろん、過去にも日本で出版された左利き本で、そういう歴史は大なり小なり語られてきました。
しかし、ここまで正面切って「迫害」と表現されることは少なかったように感じます。
そういう意味で、この本が出版されるような社会状況になるまでに掛かった歳月は、16年だったということでしょうか。

昔は、私が「左利きの問題」などと周囲の右利きの人たちに訴えても、「右手を使えば済む問題」と軽くあしらわれたものでしたから。

 ・・・

日本での左利き差別の歴史については、昨年出版されました、日本左利き協会の大路直哉さんの『左利きの言い分』などにもありますように、せいぜいここ数十年前までの日常茶飯事でありました。

*参照:『レフティやすおのお茶でっせ』2023.9.20
大路直哉『左利きの言い分 右利きと左利きが共感する社会へ』(PHP新書)買いました
(「新生活」版)
『左利きの言い分 右利きと左利きが共感する社会へ』大路 直哉/著 PHP新書 2023/9/16

外国では、特に西洋は自由と民主主義の国が多いので、日本とは違いかなり早い時期から左利きに関しても、容認されていたのでないか、とお考えの方も少なくないでしょう。
しかし実態は、比較的早くから左利き「矯正」の弊害が知られていたアメリカをのぞきますと、そうでもなかったということがこの本でも明らかになりました。

もちろん、本書「序論」にもありますように、左利き解放の歴史的な流れは、解放へ向けての一方的な流れではなく、寄せては返す波のように、一進一退、比較的いい時期もあればまた悪い時期に戻るといったものでした。

本書は、そういった左利きに対する寛容と非寛容の歴史を描く文化史です。

本書の目次を紹介しましょう。

【目次】
第二版の序文 
序論 
第一部 正しい手と邪悪な手 
第1章 なぜ人類は右利きなのか 
第2章 右手主導の規則 
第3章 左利きによる秩序の転覆 

第二部 軽蔑された左利き 
第4章 左利きという異常性 
第5章 左利きという烙印 
第6章 下等人間の特性 
第7章 不寛容のはじまり 
第8章 虐げられた左利き 

第三部 容認された左利き 
第9章 中世の黄金時代 
第10章 近代の解放にいたる長い道のり 
第11章 二つの右手の神話 

第四部 称賛された左利き 
第12章 左利きの卓越性 
第13章 左利きの巨匠たち 
結論 

付録 
訳者あとがき 
参考文献 
原注 


まだ全巻通読したわけではないのですが、やはり、前半の非寛容(といいますか、迫害)の時代を読むのはつらいものがあります。

「おい、いい加減にしろよ」と怒鳴りたくなるような記述が多々出て参ります。
まあ、それでもこれが現実だったのですから、致し方ないところです。

「第二版の序文」にもありますように、これは

 《左利きの歴史はおそらく第一には右利きの歴史でもあるのだ》p.8

ということです。

ですので、左利きの人のみならず、右利きの人たちもその点をよく理解した上で、ぜひお読みいただきたいものです。

 《左利きの人々の境遇に関心を抱くということは、おそらく彼らを正当に評価すること、とりわけ、われわれの精神的遺産の知られざる側面を問うことを意味する。それは、現在の自分をよりよく理解するために、かつての自分を知ることである。》p.9

といいます。
そして大いなる歴史であれ、小さな歴史であれ、これこそが歴史の正当性だ、と。

歴史書を読むとは、そういうことなのですね。


--
『レフティやすおのお茶でっせ』より転載
新しい左利き本『左利きの歴史:ヨーロッパ世界における迫害と称賛』発売される
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私の読書論187-2024年岩波文庫フェアから『タタール人の砂漠』-楽しい読書369号

2024-07-02 | 本・読書
古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)
【別冊 編集後記】


2024(令和6)年6月30日号(vol.17 no.12/No.369)
「私の読書論187-2024年岩波文庫フェアから『タタール人の砂漠』」



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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2024(令和6)年6月30日号(vol.17 no.12/No.369)
「私の読書論187-2024年岩波文庫フェアから『タタール人の砂漠』」
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 本来は、月末で
 古典の紹介(現在は「漢詩を読んでみよう」)の号ですが、
 今月は岩波文庫のフェアが始まっていますので、
 恒例化ということで、今年もやります。

 最近のものでは↓

2023(令和5)年6月30日号(No.345)
「私の読書論172- 2023年岩波文庫フェア「名著・名作再発見!
 小さな一冊をたのしもう」から 上田秋成『雨月物語』「蛇性の婬」」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2023.6.30
私の読書論172-2023年岩波文庫フェアから上田秋成『雨月物語』
「蛇性の婬」-楽しい読書345号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/06/post-ec8330.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/417d68371321fb4e635a0fa83166e4d2


2022(令和4)年6月15日号(No.320)
「私の読書論159-エピクテトス『人生談義』―『語録』『要録』
―<2022年岩波文庫フェア>名著・名作再発見!から」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2022.6.15
私の読書論159-エピクテトス『人生談義』―
<2022年岩波文庫フェア>から-楽しい読書320号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2022/06/post-98be91.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/6a52aba9e4f9468c46611a84cd31f14f


2019(令和元)年6月30日号(No.250)-190630-
「2019年岩波文庫フェア「名著・名作再発見!」小さな一冊...」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2019.6.30
2019年岩波文庫フェア「名著・名作再発見!」小さな一冊...
―第250号「レフティやすおの楽しい読書」別冊 編集後記
http://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2019/06/post-b015ac.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/e3a5116ac2b0a7abfec291e180ec97ce
 ◎取り上げた本:
芥川竜之介『羅生門・鼻・芋粥・偸盗』岩波文庫 改訂版 2002/10/16


 国内(芥川龍之介)、海外(エピクテトス)、国内(上田秋成)
 と来ましたので、今年は海外作品を――。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 - 人生、または時の遁走 -

  ~ 『タタール人の砂漠』ブッツァーティ ~

  2024年岩波文庫フェア
「名著・名作再発見! 小さな一冊をたのしもう」から
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ●<2024年岩波文庫フェア「名著・名作再発見!」>から

今年も6月になり、<2024年岩波文庫フェア
「名著・名作再発見! 小さな一冊をたのしもう」>から、
「一冊これは」というものを取り上げます。


2024年岩波文庫フェア「名著・名作再発見! 小さな一冊をたのしもう」
https://www.iwanami.co.jp/news/n56405.html

《毎年ご好評をいただいている岩波文庫のフェア「名著・名作再発見!
 小さな一冊を楽しもう!」を今年もご案内いたします。
 岩波文庫は古今東西の典籍を手軽に読むことができる、
 古典を中心としたシリーズです。
 できるだけ多くの皆さまに名著・名作に親しんでいただけるよう、
 本文の組み方を見直し、より読みやすい文庫を
 と心がけてまいりました。
 いつか読もうと思っていた一冊、誰もが知っている名著、
 意外と知られていない名作──岩波文庫のエッセンスが詰まった
 当フェアで、読書という人生の大きな楽しみの一つを
 存分にご堪能いただければ幸いです。》

※2024年5月28日発売(小社出庫日)

■:以前弊誌、もしくはブログで取り上げた作品
◆:同、他社の本による
▼:既読、本書・他社本等による

<対象書目>
◆風姿花伝【青1-1】  世阿弥/野上豊一郎、西尾実 校訂
◆学問のすゝめ【青102-3】  福沢諭吉
◆武士道【青118-1】  新渡戸稲造/矢内原忠雄 訳
■代表的日本人【青119-3】  内村鑑三/鈴木範久 訳
風土──人間学的考察【青144-2】  和辻哲郎
君たちはどう生きるか【青158-1】  吉野源三郎
◆老子【青205-1】  蜂屋邦夫 訳注
■ブッダの 真理のことば・感興のことば【青302-1】  中村 元 訳
◆ソクラテスの弁明 クリトン【青601-1】  プラトン/久保 勉 訳
◆怒りについて 他2篇【青607-2】  セネカ/兼利琢也 訳
■マルクス・アウレーリウス 自省録【青610-1】  神谷美恵子 訳
◆方法序説【青613-1】  デカルト/谷川多佳子 訳
ルソー 社会契約論【青623-3】 桑原武夫、前川貞次郎 訳
永遠平和のために【青625-9】  カント/宇都宮芳明 訳
■ラッセル幸福論【青649-3】  安藤貞雄 訳
■ロウソクの科学【青909-1】  ファラデー/竹内敬人 訳
生命とは何か【青946-1】 シュレーディンガー/岡 小天、鎮目恭夫 訳
ウィーナー サイバネティックス【青948-1】
  池原止戈夫、彌永昌吉、室賀三郎、戸田 巌 訳
何が私をこうさせたか【青N123-1】  金子文子
伊藤野枝集【青N128-1】  森まゆみ 編
史的システムとしての資本主義【青N401-1】
  ウォーラーステイン/川北 稔 訳
▼古事記【黄1-1】  倉野憲司 校注
▼古今和歌集【黄12-1】  佐伯梅友 校注
■新訂 方丈記【黄100-1】  鴨 長明/市古貞次 校注
◆新訂 徒然草【黄112-1】  吉田兼好/西尾 実、安良岡康作 校注
閑吟集【黄128-1】  真鍋昌弘 校注
芭蕉 おくのほそ道【黄206-2】 松尾芭蕉/萩原恭男 校注
■源氏物語(一) 桐壺―末摘花【黄15-10】  紫 式部/柳井 滋、
    室伏信助、大朝雄二、鈴木日出男、藤井貞和、今西祐一郎 校注
◆こころ【緑11-1】  夏目漱石
夜叉ケ池・天守物語【緑27-3】  泉 鏡花
◆羅生門・鼻・芋粥・偸盗【緑70-1】  芥川竜之介
葉山嘉樹短篇集【緑72-3】  道籏泰三 編
放浪記【緑169-3】  林 芙美子
自選 谷川俊太郎詩集【緑192-1】  谷川俊太郎
大江健三郎自選短篇【緑197-1】  大江健三郎
けものたちは故郷をめざす【緑214-1】  安部公房
まっくら──女坑夫からの聞き書き【緑226-1】  森崎和江
北條民雄集【緑227-1】  田中 裕 編
安岡章太郎短篇集【緑228-1】  持田叙子 編
権利のための闘争【白13-1】  イェーリング/村上淳一 訳
危機の二十年【白22-1】  E.H.カー/原 彬久 訳
政治的なものの概念【白30-2】  カール・シュミット/権左武志 訳
▼日本国憲法【白33-1】  長谷部恭男 解説
プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神【白209-3】
  マックス・ヴェーバー/大塚久雄 訳
大衆の反逆【白231-1】  オルテガ・イ・ガセット/佐々木 孝 訳
▼自由論【白116-6】  J.S.ミル/関口正司 訳
■曹操・曹丕・曹植詩文選【赤46-1】  川合康三 編訳
知里幸惠 アイヌ神謡集【赤80-1】  知里幸恵/中川 裕 補訂
サロメ【赤245-2】  オスカー・ワイルド/福田恆存 訳
灯台へ【赤291-1】  ヴァージニア・ウルフ/御輿哲也 訳
終戦日記一九四五【赤471-2】  エーリヒ・ケストナー/酒寄進一 訳
▼ラ・ロシュフコー箴言集【赤510-1】  二宮フサ 訳
タタール人の砂漠【赤719-1】  ブッツァーティ/脇 功 訳
白い病【赤774-3】  カレル・チャペック/阿部賢一 訳
やし酒飲み【赤801-1】  エイモス・チュツオーラ/土屋 哲 訳
失われた時を求めて 1 スワン家のほうへⅠ【赤N511-1】
  プルースト/吉川一義 訳
サラゴサ手稿(上)【赤N519-1】  ヤン・ポトツキ/畑 浩一郎 訳
サラゴサ手稿(中)【赤N519-2】  ヤン・ポトツキ/畑 浩一郎 訳
サラゴサ手稿(下)【赤N519-3】  ヤン・ポトツキ/畑 浩一郎 訳
シェフチェンコ詩集【赤N772-1】  シェフチェンコ/藤井悦子 編訳


以上、取り上げた作品は、60点中17点程度でした。
既読は5点。

全体のせいぜい三分の一程度でした。
まだまだ未読や取り上げていない古典の名著・名作がたくさんあります。

今回は、以前、地元の図書館で見て気になりつつも、
そのままだった本がありましたので、それを取り上げることに。


 ●タタール人の砂漠【赤719-1】ブッツァーティ/脇 功 訳

『タタール人の砂漠』ブッツァーティ/作 脇 功/訳
 岩波文庫 2013/4/17


 がそれです。

岩波文庫 赤(外国文学/南北ヨーロッパ・その他)719-1
タタール人の砂漠
https://www.iwanami.co.jp/book/b248369.html

《カフカの再来と称される,現代イタリア文学を代表する世界的作家
 ディーノ・ブッツァーティの代表作.20世紀幻想文学の世界的古典.》

刊行日 2013/04/16 ISBN 9784003271919

《この本の内容
 辺境の砦でいつ来襲するともわからない敵を待ちながら,
 緊張と不安の中で青春を浪費する将校ジョヴァンニ・ドローゴ――.
 神秘的,幻想的な作風で,カフカの再来と称され,
 二十世紀の現代イタリア文学に独自の位置を占める作家
 ディーノ・ブッツァーティ(1906―72)の代表作にして,
 二十世紀幻想文学の世界的古典.1940年刊.》



 ●イタリア文学の幻想小説家? ブッツァーティ

「二十世紀幻想文学の世界的古典」という点に興味を感じていました。
いつか読もうと思いつつ、そのままだった本です。

イタリア文学は若い頃に読んだアルベルト・モラヴィア以来でしょうか。


でも、この人の他の作品に『神を見た犬』(光文社古典新訳文庫)という
短編集があり、この本を過去に読んでいるようなのです。

『神を見た犬』ディーノ・ブッツァーティ 関口 英子/訳
光文社古典新訳文庫 2007/4/12


いま『タタール人の砂漠』と並行してこの短編集を読んでいるのですが、
既読感のある作品にぶつかり、あれっという感じです。

読書記録を繙けば、読んでいるのかどうか判明すると思うのですが、
2007年に出た本なので、十何年分かチェックすることになりますので、
ちょっと面倒です。
もう少し読んでいけばはっきりするかな、という気もしています。

昔から<幻想と怪奇>と呼ばれるジャンルの小説が好きで、
そういう触れ込みの本は結構読んできましたので、
この人の作品も読んでいたのかも知れません。

かなり記憶はいい方なのですけれど、ね。
どうでしょうか。

あるいは、何かのアンソロジーに入っているのを読んだのか?


 ●ストーリー

さて、『タタール人の砂漠』です。

士官学校を出たばかりの青年将校ジョヴァンニ・ドローゴ中尉は、
北の辺境の地にある任地のバスティアーニ砦に向かいます。

北の砂漠の国のタタール人が侵略に対抗するべく設けられた砦で、
多くの兵士が駐在し、厳格に勤めを果たしています。
彼らは、いつかやって来るであろう敵を撃退し、この地を守ることで
手柄を立て出世しよう、という願いを持っているのでした。

ジョヴァンニは、当初自分の志願した地ではないということで、
早期に町の近くの任地に転勤できるよう願い出るのでした。

ところがあれこれと説諭され、砦に留まります。
まだ、あの手柄を立てるという可能性を信じることができたから。
そして、まだ自分は若いと思っていたからでした。

最初に考えていた月日はたち、しかし、これといった事態の変化はなく、
日は過ぎていきます。

《彼は自分をここに引き留めようとする目に見えぬ罠が
 まわりに張りめぐらされいくのを感じるような気がした。(略)
 なにか正体不明の力が彼が町へ帰ろうとするのを阻む作用を
 働かせているのだった。》p.55


そんなとき小さな変化が起きます。
二年が過ぎたある日、敵の兵士が乗っていたのかもしれない、
一頭の鞍をつけた馬が見つかります。
自分の馬だといった砦の兵士が、隠れてこの馬を捕まえに行きますが、
捕まえられず帰ってきたところ、合い言葉が分からず、
軍務違反で砦に入れず射殺されます。


《北の砂漠からは彼らの運命が、冒険が、誰にでも一度は訪れる
 奇跡の時がやって来るに違いない。時が経つとともに次第にあやしく
 なっていくこうした漠とした期待のために、大の男たちがこの砦で
 人生の盛りをむなしく費やしているのだった。》p.85


北の王国が国境線の画定のために北の山稜に人員を送って来たのです。
こちらからも国境確保のために兵を出すのですが、
病気を押して任務を続けた一人の中尉が凍死する事件が起きます。
しかし、国境を確定すると北の兵士は去ってしまいます。


四年後、ジョヴァンニは町に帰りますが、家も母も、友人たちも、
もう彼の生活からは離れたものとなっていました。
友人の妹とも話がかみ合わず、大きな隔たりを感じます。
もはや自分の住む世界、生活は砦にしかないと。

あるとき、高倍率の良い望遠鏡を持つシメオーニ中尉が、
山の方に光があるといい、北の国が道路を建設しているのだといいます。
当初、司令部は否定していたのですが、実際に工事が始まります。
ところが、またしても道路を作るだけで、戦闘には発展しません。

一方、もう北の脅威はない、ということで、
軍はこの砦の規模を縮小することに決定します。
まわりのものはみな、彼には知られないように、
転勤を要請していたのでした。
取り残されたジョヴァンニ。

砦に戻るとき、新任の中尉と道連れになります。
それはちょうど自分が新任してきたときとまったく同じ状況でした。


そして三十年が過ぎ、ジョヴァンニは病気に倒れます。
その時に、とうとう待ちに待ったともいうべき、事態が発生します。
北の国から例の道路を敵が進撃してきたのです。
病気の彼にはここでの戦いの力になれない、
馬車を呼んでいるので町に療養に帰れ、と命令されます。
実は、援軍が来るので、彼らのために部屋を開けてくれ、というのです。

旅の途中、見知らぬ町の旅籠で遂に最期を迎えます。


 ●古希を迎えた私の人生の場合

私は今年古希、70歳となりました。
自分の人生を考えるときがあります。

正直、自分の人生は、残念な人生だった、と思っています。
自分のやりたいことをまったくといっていいぐらいできない、
できなかった人生だったからです。

私がやりたかった人生というのは、
大好きな女の子と一緒にしあわせに暮らすこと、でした。
できることなら自分の子供を産んでもらって、云々。

何が悪かったのかというと、結婚生活というのは、
まずはお金だと思っていました。
ところが自分は、その辺が全くだめという感じで、
実際はそれなりに稼いではいたので、豪邸を建てられような、
そういう結婚生活を考えるべきではなかった、というところでしょうか。

人生に置いて大事なことは、若いうちに自分の目指すべき将来の姿を、
自分の思うような生き方を、まずは考えるべきだろう、と思います。

そういう点で、まったく先のことを考えずに生きてきたのが、
一番の問題だったのでしょう。
とりあえずその時その時を生きるだけ、という生き方でした。

このように、流されるような生き方では
いい成果を挙げることは難しいものです。


 ●寓意性のある小説

さて、『タタール人の砂漠』です。
これはまさに「人生」を描いている小説です。

幻想小説とされていますが、確かに現実感の少ないストーリーです。
国境が未確定な部分もある辺境の地の砦で、いつか来るであろう敵襲で、
手柄を挙げて出世する、という希望を抱いた軍人たちの物語。

砦に向かう途上、そんな砦はない、聞いたこともないと言われたり、
最初から非現実的な展開で、

《(略)まさしくその夜に、
 彼にとっては取り返しようのない時の遁走がはじまったのだった。》

といった記述が出てきます。

時間を追ったリアリズムの小説というより、
全体を俯瞰したような記述があり、幻想的な小説という感じがします。

しかし、寓意性というのでしょうか、
そういう意味では、非常に現実的な展開でもあり、
一人の男の生き方を示しているともいえましょう。

人生とは、生きるため、食うために、
同じ場所で日々単調な生活を続けざるを得ない部分があります。
それらの日々のなかで、何かしらの希望や期待を胸に生きている、
という部分があります。
それでいて、何かが起きるかというと、何も無いまま終わってしまう、
ということも、まま起きるものです。
そういう生き方を象徴しているような物語です。


 ●何かを待つ人生の果てには

青春は待ってくれない、といいます。

ジョヴァンニの場合もそういう一つの罠に掛かったような、人生でした。

でも、早々に転勤を願い出て砦を出て行く者もあり、
それでもこの場に留まり、一か八かではないけれど、
一つの希望を抱いている者もいるのが現実でした。

彼らは何を人生に期待したのか、
あくまでも軍人としての出世だけだったのでしょうか、
それとも何かもっと異なる何かがあったのでしょうか。

その辺は本当のところはわかりません。
人それぞれに求めるものがあり、期待するものがあるのですから。

最終的に、この物語は何を語っているのでしょうか。

人生というものは、時の流れというものは、待ってはくれない、
ということなのでしょうか。

結局その時その時を生きるのではなく、やはり先々を考えながら、
今を生きることが大事ということでしょうか。

目先のことだけではなく、広く人生を考えることが重要なのでしょう。

それと、やはり自分の思いを大切に生きるべきだということでしょうか。
その結果が、ジョヴァンニの選択と同じであったとしても、
自分の選んだ道ならそれでいい、というのが人生なのかも知れません。

やはり思うのですが、いかな人生であったとしても、
それは「自主性を持った選択の結果」であるべきだろう、と。
そういうものであれば、いかな人生であっても、
最終的に納得がゆくものとなるのではないでしょうか。


とはいえ、70年生きてきても、まだ私にはよくわかりません、
人生の真実とか、良い人生とは何か、ということは。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

本誌では、「私の読書論187-2024年岩波文庫フェアから『タタール人の砂漠』」と題して、今回も全文転載紹介です。

毎年の恒例になりました、<岩波文庫フェアから>の一冊です。

昔から幻想小説といったものも結構好きで読んできたつもりです。
どちらかといいますと、幻想小説そのものというより<幻想と怪奇>系の小説を多く読んでいました。

特に、英米系のそういう小説に比べますと、他のヨーロッパ諸国のものとではかなり傾向が異なるように感じます。
フランスやイタリアというのは、結構トンデいる感じがします。

このブッツァーティの『神を見た犬』の短編などは、本当に楽しいというか愉快というか、そういうものから本当に怖いものまで、実にレパートリーを感じさせます。

一方、今回取り上げました出世作といいますか、彼の名を最初に有名にした『タタール人の砂漠』の場合は、非常に人生というものを考えさせる内容だったと思います。

光文社文庫版『神を見た犬』の訳者・関口英子さんの「解説」に、本書についての当時のブッツァーティの言葉が紹介されています。
当時彼は新聞社で働いていて、
《単調でつらい仕事の繰り返しに、歳月ばかりが過ぎていった。私はこれが永遠に続くのだろうかと自問していた。希望も、若者ならば誰しも抱く夢も、しだいに萎縮してしまうのではないだろうか」》(p.380)
と感じていた、といいます。

『神を見た犬』の中の一編「天国からの脱落」に、天国で友人と談笑していた聖人の一人が、ふと下界の青年たちの姿を垣間見、
《二十代の若者だけに許された希望をひしひしと感じ取ったのだ。未来という無限の可能性を秘めた若者たちの力やエネルギー、嘆きや絶望、そしてまだ荒削りの才能を、まざまざと見せつけられた。》(p.262 関口英子訳)
という場面があり、結果この聖人は、もう一度そういう人たちの仲間入りをしたいと、万能の神に願い出ます。

まあ、そういう不確定だけれど、心浮き立つ希望に満ちた若さに魅力を感じるという気持ちはわかります。

どんな状況にあっても、人は未来に希望を抱くものであり、そこにこそ生きがいというか、エネルギーが湧いてくるものがあるように思います。

この『タタール人の砂漠』の砦の人々も、一つの希望を持って毎日軍務に精を出してきたのでしょう。
ただ、その流れに流されてしまう人もいれば、区切りをつける人もいるということなのでしょう。

どちらが正しいのかはなんとも言えませんが、やはり「自分をしっかりと持つ」ということが大事なんだろうな、という気はします。

 ・・・

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

『レフティやすおのお茶でっせ』
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『レフティやすおのお茶でっせ』より転載
私の読書論187-2024年岩波文庫フェアから『タタール人の砂漠』-楽しい読書369号
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