(公益通報制度)
現代では、正当な利益のための内部告発(公益通報)は保護しましょうという考え方になっています。
この公益通報、従業員が、会社の不正行為を見つけたときは、職場の窓口や監督官庁に通報しても、それを理由に解雇その他不利益な取扱いを受けないということが法律上規定されています(公益通報者保護法)。
(伊賀市のケース)
ところで、最近、市役所職員が通報者の名前を会社に連絡してしまったという報道がありました。
三重県の伊賀市の職員が、内部告発者(ここではAさんとしておきます)の名前を、同意なく、告発者の会社の社長に伝えてしまったというのです(11月26日付CBCテレビ;Yahoo!ニュース)。
もう少し具体的にいいますと、2020年11月、Aさんは、市役所に「勤務している会社の指示で市内の土地に産業廃棄を埋めた。」と内部告発(公益通報)をしました。
市役所が、Aさんの氏名を社長に告げてしまったため、大問題になっています。
(通報者の氏名を話すことは許されない)
Aさんが市役所に通報したのは、廃棄物が埋められたことを、監督官庁である市役所に通報したということです。
市役所の担当者が、Aさんの名前を会社の社長に話してしまうのが許されないことは、「地方公務員には守秘義務があり、個人情報保護の義務を負うのだから、担当者のような行為は許されない」という弁護士のコメントからも明かでます。
Aさんの名前は個人情報であり、それを同意もなく、第三者に提供することは許されないので、この弁護士のコメントは妥当と私も考えます。
マスコミがこの件を報道したのも、”内部告発するのに、それを社長に話してしまうのはダメだろう”という価値判断をしているからでしょう。
(なぜ今回のようなことが起こるのか)
このような報道をみると、「自治体の職員の中には、公益通報保護制度のことがよくわかっていない方もいるのだな」と思われるでしょう。実際、研修が行き届かなくて、報道のような事態が生じているのでしょうが、なかなか難しい問題もあります。
原因は、行政機関としては、必要な調査を行って、法令に基づく措置や適当な措置を取らなければならない義務が生じるからです(公益通報者保護法10条)。
本件に即して考えてみましょう。
Aさんの通報を受けた市の職員は、調査を行う義務を負います。
調査義務があるということは、職員は、Aさんの勤務している会社(X会社)に対して、「X会社が産業廃棄物を違法に投棄したと聞いたのですが、本当でしょうか?」と聞かなければならないのです。
社長は、「一体、そんなことは誰から聞いたのだ。」というでしょう。
そこで、うっかり「Aさんから聞きました。」と言ってしまったら、これはアウトになりますから、職員としては、「いや、その点については言えません。」と回答することになります。
社長はそれでは納得しないでしょうから、「そんなことじゃ、回答はできない。誰がそんな話したのか教えてもらわないと」というようなことを言って、調査に協力してもらえないかもしれません。
それはそれで市の職員としては困りますから、調査をしなければならないという考えに押されて、Aさんの名前をしゃべってしまう・・・ということは、ありえないことではないと思われます。
しかし、今回の報道でもわかりますように、Aさんの名前は絶対にしゃべってはいけないのです。
調査をしなければならないという公益通報保護法の規定と、通報者の利益の保護の双方を守らなければならないのは、なかなか大変です。
市の職員が研修を行うとしたら、調査の実施の仕方という点までしっかりと教え込まないといけないのですが、そこまでのレベルを保つのはなかなか難しいからこそ、本件のようなことが起こるのでしょう。