橋本胖三郎『治罪法講義録 』・第12回講義
第12回講義(明治18年6月3日)
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第二節 允許(許可)を要する場合
(法的根拠)
検察官が公訴を提起するのに允許(許可)を必要とする場合があります。
治罪法には明文はなく、次のものを根拠としています。
①改定律例第11条です。
「勅奏官や華族が罪を犯した場合、その事由を天皇に奏聞し旨を請うてから推問(取調べ)する。但し、緊急の場合で即時に推問を行わざるを得ないときは、推問した後で奏請する」
②明治15年3月27日付の司法省丙第11号の達
「今般太政官から別紙の御達しがあったため、この旨通知する。」
〈別紙〉
「勅任官が禁錮刑に該当する罪を犯した場合、または奏任官、華族、帯勲有位の者が禁錮以上の刑に該当する罪を犯した場合、検察官は司法卿に具状(報告)し、司法卿はその事由を天皇に奏聞して処分を行うこと。但し、現行犯については処分を行った後に奏聞することができる。以上のとおり達する。」
③明治11年12月13日第173号の公達
「勲章等を持つ者が重罪・軽罪、または違警罪に関わる場合の取り扱いにつき、司法卿から申稟があった。
勲三等以上は勅任官に準じ、勲六等以上は奏任官に準じ、勲七等以下は判任に準ずるべきと指令する。この旨を心得るよう達する」
④明治16年5月14日付の司法省丙第2号達
「勅任官、華族及び帯勲有位者の犯罪の取り扱いについて、別紙のとおり太政官に伺ったところ、朱書のとおり御指令があったので、この旨を心得るよう通知する。ただし、御指令文中に『15年3月22日云々』とあるのは、当省丙第11号の達と理解すること」
〈別紙〉
「勅任官が禁錮刑に該当する罪を犯した場合及び奏任官、華族、帯勲有位の者が禁錮以上の刑に相当する犯罪を犯した場合の取り扱いについては、明治15年3月22日付けの御達しがあったところである。
罰金刑であっても、本人が出廷とする場合もある。拘留刑の場合や罰金や科料を完納しない場合には換刑として軽禁錮または拘留に変更することもある。そのため、本人を出廷させる場合や、換刑として軽禁錮または拘留に変更する場合には、やはりその都度奏聞すべきであると心得てよいか、以上について伺います。」
上記の伺いに対する御指令は次のとおり。
「伺いのとおり。ただし、明治15年3月22日付で省内に達した指示にある『帯勲有位者』とは、勲六等以上、従六位以上を指すと心得よ」
これらによれば、勅任官、奏任官、華族、帯勲有位者が重罪または禁錮に該当する罪を犯した場合は、奏聞(天皇への報告)を行わない限り、公訴を起こすことはできません。
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(許可の要不要)
これを細別しますと以下のとおりです。
①帯勲有位の者であっても、勲七等以下、正七位以下の者に関しては、直ちに起訴することができます。
②罰金に相当する軽罪または違警罪については、直ちに起訴することができます。
③華族の家族については、華族の戸主と同じ扱いをしなければならないため、直ちに処分してはなりません。華族条例の中で「華の詳細)族の家族はその戸主と同じ待遇を受ける」と規定されているからです。
④勅奏官、華族などの犯罪であっても、現行犯または準現行犯に該当する場合は、処分した後で奏聞(天皇への報告)することができます。もっとも、これは奏聞する余裕がないときのためですので、奏聞する余裕がある場合は、司法警察官は検事に報告し、検察官は直ちにこれを奏聞をして裁可を待たなければなりません。
⑤勅奏官、華族などの犯罪を直ちに処分することができないのは、その地位を重んじる趣旨によるものですので、証人に召喚することや鑑定人を命じること、その他証拠の収集、共犯者の逮捕などについては妨げられません。しかし、本人の逮捕、家宅捜索、召喚などについては、奏聞裁可を得た後でなければ行うことはできません。
⑥陸海軍人の犯罪については、陸軍治罪法および海軍治罪法に規定されているため、それに従うべきです。しかし、軍人や軍属の犯罪が通常の裁判所の管轄に属する場合には、なおこの特例に従うべきです。たとえば、非職軍人(現役でない軍人)であって、従六位以上または勲六等以上の者については、この特例に従うべきです。
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(司法省達は法律と呼べるか)
以上、改定律令及び司法省達に基づき説明致しました。ところで、司法省達は法律と呼べるでしょうか。
法律とは、一般に布告されるべきものであり、布告がなければ法律として一般の国民に遵守させることはできません。もっとも、官庁の規則に関するものは布告しないのが我が国の慣例です。
「達」は、官吏の事務処理方法を規定したものであって、官庁内の一規則にすぎないので布告を行っていません。
しかし、一度「達」が発せられた以上、位階や勲位を有する者はこの「達」に基づいて自己の権利を主張し、官庁もこれを拒むことができません。したがって、実際の運用においては、この「達」は法律と同じ効力を持つといっても過言ではないのです。
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(フランスの例)
フランスでの特例の制度について説明します。
フランスでは、上級官庁の許可を経なければ公訴を提起できない場合が二種類あります。一つは行政官を保護するためのもの、もう一つは政務官を保護するものです。
行政官を保護するものとしては、職務に関連して官吏が犯した重罪や軽罪について、参事院(行政裁判所)の許可を経なければ公訴を提起することが許されない、というものです。
この規定は、官吏を保護し、その独立を維持するために設けられました。官吏に犯罪の嫌疑がある場合、司法官がこれを取調べるとすれば、行政官はその独立を維持できなくなり、結果として行政運営に支障をきたす恐れがあるからです。
さらに深刻な場合には、行政官が常に司法官による抑制を受けることとなり、行政が停滞するという弊害が生じかねません。そのため、参事院の許可を経なければ、官吏の職務上の犯罪の取調べをすることができないと定めたのです。
フランスではかなり以前からこの特例が行われていましたが、1870年9月13日には廃止されています。国民の権利を重視するという趣旨からです。官吏の職務上の犯罪があった場合に上級官庁の許可を必要とすると、国民は官吏の犯罪を容易に告訴できなくなり、結果として国民の権利が損なわれます。このような主張が高まり、この特例は廃止されています。
次に政務官について述べます。
どの国でも政務官を保護する制度が存在します
。フランスでは、政務官とは大統領、各大臣、上下両院の議員を指しますが、これらの政務官が重罪や軽罪を犯した場合、司法官が直ちに訴訟を起こすことはできません。
政務官の犯罪については、通常の裁判手続きは適用されず、通常の裁判所は管轄を有しません。1875年7月16日公布の法律では、大統領に犯罪があった場合、下院が公訴を起こすべきか否かを決定し、その後、上院がその犯罪を審理します。下院は公訴提起の審査を行い、上院は裁判を行うという仕組みです。
大臣の犯罪については、職務に関連するか否かを区別し、職務に関するものは在職中か否かに関係なく、下院が公訴を起こすべきかを判断し、公訴された場合は上院がその裁判を行います。職務外の犯罪ものである場合は、一般人と同様に、司法官に対して直ちに訴えることができます。
上下両院の議員の犯罪については、会期中に重罪または軽罪を犯した場合、所属する院の許可がなければ訴えることはできません。閉会後であれば、直ちに訴えることができます。
このような特例を設けて政務官を保護する理由は、政務官の独立を維持し、職務を全うできるようにするためです。したがって、フランスにおいてこの特例が設けられたのは、政務官個人を重視したのではなく、その職務を重んじた結果といえます。
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(日本において特例が設けられた趣旨)
我が国で勅奏官、華族、帯勲有位者を公訴する際に奏聞(天皇への報告と許可)を必要とする理由は、フランスと同じではありません。
華族や帯勲有位者は、職務に就いていないこともありますので、職務の重要性というよりは、爵位を尊重したものと考えざるを得ないからです。
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(歴史上の例)
このような特例は古今東西、どの国でも存在しています。
古代ローマでは、官吏の犯罪に関して特別な裁判所を設置したり、国王の許可を必要とする制度がありました。
また、清国でも、官吏の犯罪に対して奏聞を必要とする場合があります。
総じて、この制度はどの国であっても必ず設けられているものであり、我が国の例もその一つです。
このような特別な制度が各国に存在しているのを見ると、その必要性も自然と理解できるでしょう。
我が国において爵位を持つ人を重んじることは理由があります。なぜなら、位階の秩序を重んじることは、国家の安寧と秩序を保つために必要だからです。
公訴提起につき事前に允許(許可)を必要とする場合についての説明は以上です。
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第三節 予判を要する場合
(はじめに)
検察官が公訴を提起するにあたり予判が必要とする制度は、まだ我が国の法律で規定されていませんが、いずれはこの制度が設けられるでしょう。それゆえ、ここで予判について一言述べておきます。
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(予判を必要とする場合)
予判が必要な場合とは、たとえば会計官吏の犯罪や森林に関する犯罪などです。
会計官吏の犯罪については、会計検査院が調査する権限を持つことが適切であると考えられます。なぜなら、会計官吏が職務上犯罪行為を行った場合、会計検査院の調査を経なければ、計算上不正があるかどうかを知ることができないからです。
しかし、司法官のみの判断では、誤りがないことを担保することができません。したがって、事前に会計検査院の調査を経ることが必要です。
また、森林の盗伐事件について、森林の所有権に争いが生じた場合は、あらかじめ民事裁判所の判決によって、その所有権が誰に属するのかを確定させる必要があります。
フランスでは、不動産の所有権に関係する事件については、民事裁判所の判決を待たなければ刑事事件として判断することができない制度になっています。これは、非常に妥当な制度です。
これらの例では、予判が望ましいのですが、我が国の現行治罪法では、この制度がいまだ採用されていないので、予判を経ずに裁判することができます。
とはいえ、道理上は、民事裁判所の判決を待ってから裁判を行う方が穏当と考えます。
以上、予判について説明しました。
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(結語)
これまでに、公訴権が停止される場合、すなわち告訴が必要な場合、あらかじめ允許(許可) が必要な場合、予判が必要な場合について説明をしてきました。
次回からは、公訴権の抹消について説明します。
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