メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
ヴァイオリン:ヤッシャ・ハイフェッツ
指揮:シャルル・ミュンシュ
管弦楽:ボストン交響楽団
発売:1975年
LP:RVC(RCAコーポレーション) SX-2710
「パガニーニのあとにパガニーニなし、ハイフェッツのあとにハイフェッツなし」と称えられた“ヴァイオリニストの王”ヤッシャ・ハイフェッツ(1901年―1987年)は、ロシアに生まれ、12歳でベルリンでデヴューを果たした神童であった。ロシア革命のとき米国に亡命し、1925年には米国の市民権を得ている。その後、世界各国で演奏活動を行い、その名を不動のものにしていく。ハイフェッツの演奏は、極限まで技術的に完璧に磨き上げられ、時には“冷たい”とも評されるほどであった。しかし、今このLPレコードを聴いてみると、“冷たさ”は微塵も感じられず、むしろ、繊細で温か味のある演奏に感動さえ覚える。これは、時代の流れがそう感じさせるのであろう。このLPレコードは、ハイフェッツがまだヴィルトゥオーソとしての活躍を続けていた時期に録音されたもので、いうならば技心ともに絶頂期あった彼の最後の年代に属しており、今となっては何とも貴重な録音なのである。藁科雅美氏は「ハイフェッツの演奏は“磨き上げらた大理石”ともいわれ、そのあく(灰汁)のない表現は古今無双とたたえられている」と、このLPレコードのライナーノートに記しているが、正にハイフェッツの存在は他に例えもなく大きなものであった。このLPレコードは、メンデルスゾーンとチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を語るとき、何人も避けて通れない録音であることだけは確かなことである。A面に収められたメンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲では、ヤッシャ・ハイフェッツのヴァイオリンは軽快に一気に弾き進む。細部のフレーズは丁寧に演奏されるが、旋律はあまり華美にならずあっさりと弾かれる。さりとて、無機的な感触は少しも感じられず、根底にあるのは濃いロマンの香りであることが、引き進むうちに自然とリスナーに伝わって来る。シャルル・ミュンシュ指揮ボストン交響楽団の伴奏は、ハイフェッツを意識してかテンポを速めに取り、流れるような演奏でハイフェッツのヴァイオリンを盛り立てて行く。ここでは完成度の高いメンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲を聴くことができる。一方、B面のチャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲では、メンデルスゾーンとは異なり、ハイフェッツのヴァイオリンは、一音一音を確かめるように、ゆっくりと曲を進めて行く。外面的な華美な表現を意図するのではなく、曲の内面から湧き上がるような情緒の濃い表現をとりわけ強調するかのような力強い演奏内容になっている。(LPC)