ベルリオーズ:幻想交響曲
指揮:シャルル・ミュンシュ
管弦楽:ボストン交響楽団
録音:1955年
発売:1980年
LP:RVC(RCA) RCL‐1022
名指揮者のシャルル・ミュンシュ(1891年―1968年)が遺したベルリオーズ:幻想交響曲の録音は、全部で6つある。古い順から挙げると、①1940年代:フランス国立放送管弦楽団(SPレコード)②1955年:ボストン交響楽団③1962年:ボストン交響楽団④1966年:ブタペスト交響楽団⑤1967年10月:パリ管弦楽団⑥1967年11月:パリ管弦楽団。このうち、普段聴くのは、多分⑤か⑥の録音であろう。⑤はセッション録音で、その1か月後のライヴ録音が⑥であり、今日この2つの録音がミュンシュの「幻想」の名盤として高い評価を得ている。今回のLPレコードは、我々が滅多に耳にしない②の録音なのである。つまり、1955年頃、ボストン交響楽団と録音した盤である。この時、シャルル・ミュンシュは、ボストン交響楽団の常任指揮者に就任して6年目であり、コンビとして最も充実した演奏を聴かせ、その名声は世界中に広がり始めた頃に録音されただけに、演奏内容は、極めて充実していることがこのLPレコードから聴き取れる。既にミュンシュは、1952年にボストン交響楽団を率いて最初のヨーロッパ演奏旅行を成功させていた。この録音の翌年、1956年には、アメリカのオーケストラとして最初のソ連訪問を含む第2回目のヨーロッパ旅行を行うなど、その名声を高めた。ベルリオーズ:幻想交響曲(第1楽章「夢、情熱」、第2楽章「舞踏会」、第3楽章「野の風景」、第4楽章「断頭台への行進」、第5楽章「魔女の饗宴の夜の夢」)のLPレコードには、ピエール・モントゥー指揮の名盤があり、このブログでも紹介している。ピエール・モントゥーの指揮は、文字通り幻想的で詩的な演奏で頭抜けていたが、これに対し、シャルル・ミュンシュ指揮のこのLPレコードは、一本芯張り棒が垂直に引かれ、適度にメリハリが利いていて、しかも非常にバランスが良い演奏に終始しており、これはこれとして名演を聴かせてくれている。ボストン交響楽団は最高に緻密な演奏を聴かせ、輝かしい力を存分に発揮していることが聴き取れる。当時のミュンシュのボストン交響楽団とベルリオーズの「幻想」へ対する共感と情熱がストレートに伝わってくるところに、この録音の不滅の価値があると言えるだろう。この幻とも言える幻想交響曲の録音は、これまでのあらゆる「幻想」の録音の中でも、今でも上位に入り得る優れた演奏内容だ。音質もステレオ初期の録音の割には鮮明に捉えられており、充分に鑑賞に耐えられるレベルに達している。(LPC)
バルトーク:2台のピアノと打楽器のためのソナタ
2台のピアノのための7つの小品(「ミクロコスモス」より)
1 ブルガリアのリズム
2 和声のトリルのエチュード
3 ペルペートゥム・モービレ
4 短いカノンと転回
5 新しいハンガリア民謡
6 半音階的インヴェンション
7 オスティナート
ピアノ:カティア・ラベック/マリエル・ラベック
打楽器:シルヴィオ・グァルダ/ジャン=ピエール・ドゥルーエ
発売:1976年
LP:RVC(RCAコーポレーション):ERX‐4006(STU‐70642)
1973年に書かれた、バルトークの「2台のピアノと打楽器のためのソナタ」は、現代音楽の雰囲気が存分に漂い、モーツァルトやベートーヴェン、ブラームスなどの古典派やロマン派の音楽とは、大分雰囲気が異なるが、ワグナーやマーラー、さらにはシェーンベルクの作品の延長線上にある音楽と考えると何やらその位置づけが分ってくるようにも思われる。この前年、バルトークは、「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」を書いており、一般にはこちらの曲の方が伝統音楽に根差しているだけに聴きやすい。この「2台のピアノと打楽器のためのソナタ」を聴くと、抽象的な音の羅列に戸惑うリスナーもいると思う。ただし、そこは天才バルトークの作品だけあって、激しいリズムの音楽の中に知らず知らずのうちに引きこまれ、緊張感を持って最後まで聴き終えてしまうことになる。この曲は現代音楽の扉を開いたと言う意味で記念碑的作品であり、現在では「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」とともにバルトークの最高傑作という評価がなされている。2台のピアノは、木琴、小太鼓、大太鼓、シンバル、トライアングルなどとともに打楽器的に扱われるところが、何とも斬新な試みだ。全体は3つの楽章からなっており、いずれの楽章も抽象的な音が乱舞しているような印象に包まれているが、2台のピアノと打楽器は対立する関係ではなく、お互いの表現力を高め合う関係にある。この曲は、国際現代音楽協会のために書かれたものでもあることからも分るが、要するに現代音楽への扉を開いた、バルトークの独創性が開花した作品の一つなのだ。しかし、その後、バルトーク以後の現代音楽は、現在に至るまで必ずしも成功を収めたは言えないところに、現代音楽が置かれた立場の微妙さが際立つのである。一方、「2台のピアノのための7つの小品」は、ピアノ独奏曲のための小品集「ミクロコスモス」を、バルトーク自身が2台のピアノの作品へ編曲したもの。「ミクロコスモス」は、1926年から1937年までかけて完成させた153曲からなるピアノ小品集で、次男のベーテル・バルトークのために作曲した教育的作品であり、今日では6巻に分けて出版されている。優れたピアニストでもあったバルトークの才能が、ちりばめられたようなピアノ小品集である。演奏は、これらの2曲ともいずれも名人芸に達しており、その完成度は非常に高い。そして、意外にも、打楽器とLPレコードの相性がそう悪くないことが聴き取れることができる録音でもある。(LPC)
シベリウス:交響曲第1番
交響詩「トゥオネラの白鳥」
指揮:ユージン・オーマンディ
管弦楽:フィラデルフィア管弦楽団
イングリッシュホルン(ソロ):ルイス・ローゼンブラット
LP:CBS/SONY SOCT 16
シベリウスは、生涯に7つの交響曲を書いた。このほかにクレルボ交響曲と名付けられた曲がある。ドイツ・オーストリア系を除き、ベートーヴェン以来これほど体系立って交響曲を書いた作曲者はいなかった。それだけにシベリウスは、作曲家として歴史に残る偉大な仕事を成したと高く賞賛されている。7つの交響曲の中では、第2番が最もポピュラーで聴く機会も多い。このLPレコードに収められた交響曲第1番は、第2番に次いで聴きやすい内容となっている。そのためリスナーの中でクラシック音楽を聴き始めて間もないジュニアクラスでも充分楽しめるし、同時にビギナーやシニアクラスのリスナーでも楽しめるような幅広い内容の交響曲となっている。このLPレコードは、ハンガリー出身の名指揮者ユージン・オーマンディ(1899年―1985年)が手兵のフィラデルフィア管弦楽団を指揮した録音であり、一般に“フィラデルフィア・サウンド”と呼ばれているフィラデルフィア管特有の明快で輝かしい音色が誠にもって耳に心地良く響く。特に、LPレコードで聴くと、この“フィラデルフィア・サウンド”の真価がより一層鮮明となる。ユージン・オーマンディは、ハンガリー出身のアメリカ人指揮者。ブダペスト王立音楽院で学び、同音楽院卒業後、ヴァイオリニストとして演奏活動を開始。その後、アメリカに渡り、1924年以降は指揮者に転向。1927年にはアメリカ国籍を取得。1936年、レオポルド・ストコフスキーと共にフィラデルフィア管弦楽団の共同指揮者となる。1938年、ストコフスキーの辞任により後任としてフィラデルフィア管弦楽団音楽監督に就任。以後、1980年に勇退するまで42年の長期にわたって同管弦楽団の音楽監督を務めた。4回ほど来日している。このシベリウスの第1番の交響曲は、ロシア音楽的な色彩が濃い曲と言われることがあるが、実際に聴いてみると後期ロマン派的な雰囲気も漂い、伝統的な交響曲の良さが滲み出ている。オーマンディ指揮フィラデルフィア管のコンビによるこのLPレコードでは、明快極まりない聴きやすい演奏となっており、起伏のある盛り上げ方は他の追随を許さない圧倒的名演を聴かせてくれる。一方、交響詩「トゥオネラの白鳥」は、レンミンカイネン組曲(4つの伝説曲)の中の1曲で、イングリッシュ・ホルン、オーボエ、バス・クラリネットの演奏を中心に、フィンランドの幻想的な美しさを、音そのものによって醸し出しおり、その魅力的な演奏に深く心を揺さぶらされる。(LPC)
~ドビュッシー ピアノ名曲集~
ドビュッシー:喜びの島
前奏曲第1巻 第8曲「亜麻色の髪の乙女」
第10曲「沈める寺」
第11曲「パックの踊り」
第12曲「ミンストレル」
レントより遅く
「ピアノのために」より「プレリュード」
「サラバンド」
「トッカータ」
練習曲 第11曲「アルペジオのための曲」
ベルガマスク組曲 第3曲「月の光」
第4曲「パスピエ」
ピアノ:サンソン・フランソワ
LP:東芝EMI EAC‐30060
サンソン・フランソワ(1924年―1970年)は、フランス出身の名ピアニスト。コルトーにピアノの才を見い出され、パリ音楽院に入学し、マルグリット・ロンに学ぶ。1943年に第1回「ロン=ティボー国際コンクール」で大賞を受賞。日本には都合3回来日し、その名人芸を披露している。私は当時、サンソン・フランソワのショパン演奏のLPレコードおよびCDを必死に聴いたものだ。その頃の私は、ショパン演奏に関してはサンソン・フランソワ以外あり得ないという固い信念を持っていた。ところが当時は、サンソン・フランソワのドビュッシーはあまり聴いた覚えがなかった。今回このLPレコードを聴いてみて、その演奏がショパンの演奏に劣らず、それぞれの曲の核心を突いた名演であることを思い知らされた。このLPレコードに収められたドビュッシーのピアノ独奏曲は、大変馴染のある曲が多く収められている。「喜びの島」は、18世紀に活躍した画家アントワーヌ・ワトーの作品「シテール島への乗船」をヒントに作曲されたと言われている曲。「前奏曲」は第1巻、第2巻各12曲からなり、第1巻は1910年に完成し、異国的な作風を持つ小品集。第2巻は1913年に完成し、不思議な感覚と幻想的な雰囲気が特徴。このLPレコードには第1巻から4曲が収められている。「 レントより遅く」は、1910年に作曲され、3拍子でワルツ風に書かれており、広く親しまれている曲。「ピアノのために」は、ドビュッシー独特の語法が取り入れられており、クラブサン音楽を思い起こさせる。「練習曲」は、全12曲からなりショパンに捧げられている。このLPレコードには第11曲目のアルペジオのための曲が収められている。1890年に完成した「ベルガマスク組曲」は全4曲からなり、クラブサン音楽の優雅な雰囲気と官能的な性格が見事に融合されている。このLPレコードには月の光とパスピエが収められている。サンソン・フランソワは論理的に演奏するタイプでなく、直感的な一瞬の閃きでピアノを演奏するのが身上であるが、その長所がこのLPレコードからも聴き取れる。一般にドビッシーのピアノ曲というと何処か幻想的であり、演奏家もそのことをいたずらに強調し勝ちである。ところがこのLPレコードのサンソン・フランソワのドビッシーは、そんな曖昧模糊とした演奏とは懸け離れた、一瞬の閃きの只中に身を置いているような、天才的なピアノ演奏を聴かせる。CDではなかなか聴き取れないフランソワの微妙なピアノタッチの音も、LPレコードでは生々しく聴き取ることができる。(LPC)