青い花

読書感想とか日々思う事、飼っている柴犬と猫について。

オイディプス王

2015-07-01 06:37:43 | 日記
ソポクレス著『オイディプス王』

6月のNHK『100分de名著』で取り上げられていたので、岩波文庫版・藤沢令夫訳の『オイディプス王』を読んでみた。

オイディプスが登場する最古の文書は、ホメロスの『イリアス』『オデュッセイア』で、その段階ですでにオイディプス伝説の骨子はできており、その後叙事詩や伝承によって細部が捕捉された。
数多いギリシア悲劇の中でも、傑作の誉れ高い『オイディプス王』は、紀元前430年頃、ソポクレスによって戯曲形式で書かれた。ソポクレスは、前496年頃にアテナイ近郊の騎士階級に生まれ、27歳で大デュオニシア祭における悲劇競演にあたってアイスキュロスを破って優勝。90歳で亡くなるまで123篇の作品(完全に残っているのは7作品)を著した。

《太古のギリシア。テバイは、カドモスを建国の祖とし、その血筋を承けるラブダコス王家によって代々支配されてきた。時の王ライオスは、アポロンの神託によって、自分が、やがて生まれる子供の手にかかって亡き者にされる運命であることを告げられる。
ライオスは、妃イスカリオテとの間に生まれた息子を家僕に殺せと命じる。命を受けた家僕は、赤子を忍びなく思い、その子をまた別の人に預ける。預けられた子は、コリントス王の養子となる。その子こそがオイディプスであった。

不吉な神託を受けてから十数年後、ライオスはまたアポロンに神託を受けに行った。するとその旅の途中、三叉路に差し掛かった時、反対側から来た旅人に殺害されてしまう。生き残った家僕は、それをテバイに報告するが、その頃国ではスフィンクスが暴れていて、犯人探しはうやむやになってしまう。難問を出しては、答えられない人を次々に殺していくスフィンクスに、見事謎解きで答えたのが、偶々この地を訪れていたオイディプスだった。
オイディプスは、国を救った英雄としてテバイの新王に迎えられ、未亡人イスカリオテを妻にし、四人の子をなした。やがてテバイに疫病が蔓延して国が荒廃し始める……。

オイディプスはコリントス王家の後継ぎとして暮らしていた時に「父親を殺し、母を娶って子をなす」と言う神託を受けていた。コリントスの両親を実の親だと思っていたオイディプスは、神託の成就を避けるために故郷を離れた。そして、旅の途中、三叉路で、輿車に乗った老人とその家臣と鉢合わせし、諍いの末、相手を殺してしまう。相手が名乗らなかったので、誰を殺したのかわからないまま旅を続け、辿り着いた先がテバイだった。

ライオスを殺した犯人を見つけよ、と言う神託に従い、オイディプスは犯人捜しを誓う。最初に呼ばれたのは、盲目の予言者テイレシアスであった。彼には犯人が見えていた。

テイレシアス   ああ!知っているということは、なんという恐ろしいことであろうか――知っても何の益もないときには。

オイディプスの執拗な追求に対し、最初は言葉を濁していたテイレシアスだったが、オイディプスが、お前が犯人か、と言うに及び、ついに犯人を告げる。

テイレシアス   この地を汚す不浄の罪びと、それはあなたなのだから。

テイレシアスの言葉を信じられないオイディプスは、イスカリオテの弟クレオンの陰謀にちがいないと疑う。無論、クレオンは否定する。そこに登場したイスカリオテが、オイディプスを安心させようと、ライオスが殺された時の経緯を語り出す…。
話を聞いたオイディプスは、顔色を変えた。彼には心当たりがあったのだ。オイディプスには、この時点で犯人捜しをやめることも出来た。しかし、誓いを立てた以上は、最後までそれを貫徹する。たとえ、己が犯人だったという事実を暴露することになっても…。

オイディプス   ああ、思いきや!すべては粉うかたなく、果たされた。おお光よ、おんみを目にするのも、もはやこれまで――生まれるべからざる人から生まれ、まじわるべからざる人とまじわり、殺すべからざる人を殺したと知れた、ひとりの男が!

そして、イスカリオテが縊死したという知らせを受けると、オイディプスは、運命に抗って生きてきたことの無意味を覚る。そして、イスカリオテの上衣を飾っていた黄金の留め金で己が両目を潰し、己が身をテバイから追放し、放浪の旅に出るのだった…。》

王の権力をもってすれば、証言者たちの口を封じ、己の罪を永遠に封印することも出来たはずだ。しかし、彼はすべてを暴き、己を罰した。運命から目を逸らさない、その徳ゆえに彼は王たる資格があるのだ。また、徳のある主人公でなければ、悲劇は成立し得ないであろう。
登場人物たちの、よかれと願う意思の積み重ねが却って神託の成就に繋がり、オイディプスの運命は激しく逆転してしまう。ライオスは、神託によって予告された運命を避けようと試みたが、結局神託通りに息子に殺されてしまう。コリントスの両親は、捨て子を不憫に思い、実子として育てた。そのことが、オイディプスの自己認識を誤らせてしまう。そして、イスカリオテが、オイディプスの心を安んじようと発言したことが、オイディプスを決定的に追い詰めてしまうのである。
また、『オイディプス王』には、推理小説的な謎解きの面白さもある。オイディプスは、自分自身の置かれた状況を知る由もなく、ライオス殺しの犯人探しに突き進み、悲劇的な結末を迎えてしまう。犯人を全くの第三者だと想定していたのに、捜査の過程で徐々に「犯人は自分なのではないか」と探偵自身が追いつめられていく。実にスリリングだ。
そして、『オイディプス王』には、人間の本質を抉る普遍的テーマ〈父殺し、近親相姦、自分探し、捨て子〉が、パズルのように組み合わさっている。起承転結という形式の開発と追及すべきテーマの発見によって、ここに「文学」が生まれた。以来、文学者たちは、この原型を受け継ぎ、時代ごとのアレンジを加えることで人間探求を続けることになった。『オイディプス王』は、あらゆる文学の祖形として今も尚、様々に解析され、脚色され、魅力を放ち続ける名著中の名著なのである。
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