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青い花

読書感想とか日々思う事、飼っている柴犬と猫について。

モサ犬

2017-09-12 08:02:41 | 日記

凜ちゃん、秋の換毛期中。柴犬の抜け毛の量は半端じゃないです。
お風呂に入れた翌日は、特に抜け毛の浮き上がりが激しいです。この時期は一日二回掃除機をかけていますよ。


白い毛の部分が特にモッサモサ。
グッタリしているように見えますが、眠たいだけです。


猫ちゃんたちも元気です。
蓬&柏はずいぶん大きくなりました。蓬なんて食いっぷりが良いから、体長はもう、桜とあまり変わりません。
元気なのは結構ですけど、蓬&柏には、そろそろ暴れん坊を卒業していただきたいと切に願っています。水槽や食器を割られたり、家具を噛んだり引っ掻いたりで、我が家のオンボロ度は二匹が来てから加速的に進行してしまいましたよ。先月買ったばかりのスマホをテーブルの上から壁に向かってシュートされた時には、ちょっとどうしてくれようかと頭を抱えました。


水のお皿に納まる蓬。


桜は相変わらず箱が好き。
蓬は丸い器が好みで、桜は四角いのが好みです。
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ぼくには数字が風景に見える

2017-09-09 08:38:07 | 日記
ダニエル・タメット著『ぼくには数字が風景に見える』

著者ダニエルは、数字と語学の天才で、サヴァン症候群だ。
複雑な長い数式も、様々な色や形や手触りの数字が広がる美しい風景に感じられ、一瞬にして答えが見える。また、ダニエルは、コミュニケーションにハンディをもつアスペルガー症候群でもある。
本書は、多くの人々とかけ離れた個性をもって生まれた青年が、家族や友達、恋人の愛情に包まれて、自立への道を模索する姿を描いた手記である。

ダニエルがうまれたのは1979年の1月31日、水曜日。
ダニエルの頭の中では、その日は青い色をしている。それは数字の9や諍いの声と同じ色だ。誕生日に含まれている数字は、浜辺の小石そっくりの滑らかで丸い形。それはその数字が素数だから。ダニエルの頭の中ではそうなっている。

ダニエルは、映画『レインマン』のモデルとなったキム・ピークと同じサヴァン症候群だ。
数字はダニエルの友達で、いつもそばにある。何処に行こうと何をしようと、頭から数字が離れない。数字にはそれぞれ独自の「個性」がある。堂々とした数字もあれば、こじんまりとした数字もある。ダニエルが一番好きな数字は、4。4は内気で物静かだ。

数字を見ると色や形や感情が浮かんでくるダニエルの体験を、研究者たちは「共感覚」と呼んでいる。共感覚とは複数の感覚が連動する現象で、たいていは文字や数字に色が伴っている。ダニエルの場合は珍しい複雑なタイプで、数字に形や色、質感、動きなどが伴っている。たとえば、1は明るく輝く白で、懐中電灯で目を照らされたような感じ。輝く1と相性が良いのは、暗い数の8や9。6とはあまり相性が良くない。189と言うひとつながりの数字は、116よりはるかに美しく感じられる。

ダニエルには初めから数字が共感覚を伴って見えていた。
数字を使って考えたり感じたりする。つまりは、数字がダニエルにとっての第一言語だ。例えば、友達が悲しいと言えば、ダニエルは6の深い穴に座っている自分を思い描く。何かを怖がっている人の記事を読むと、9のそばにいる自分を思い描く。感情を理解し難いダニエルにとって数字は、他の人たちを理解する手がかりを与えてくれるものなのだ。

カレンダー計算能力(何年何月何日は何曜日だったか、あるいは何曜日になるかを計算できる能力)は、サヴァン症候群の人たちによくみられる。それはおそらく、カレンダーには一定の法則があるからなのだろう。
ダニエルは、カレンダーを思い浮かべると、いつも楽しくなる。31までの数字がある一定の法則のもとで一か所に集まっているのが良い。そして、各曜日にはそれぞれ違った色と感情が備わっている。

共感覚は、ダニエルが言葉と言語を理解するための役にも立っている。
ダニエルの頭の中では、Ladder(梯子)と言う言葉は青く輝いているが、hoop(輪)と言う言葉は柔らかくて白い。
共感覚の研究者によれば、色のついた言葉はその言葉の最初の文字の色で決定されるということだ。言葉に色や質感が伴っていると、出来事や名前を覚えるのに役立つ。このおかげで、ダニエルはほかの言語を容易に習得することが出来るのだ。ダニエルは今のところ、英語(母国語)、フィンランド語、フランス語、ドイツ語、リトアニア語、エスペラント語、スペイン語、ルーマニア語、アイスランド語、ウェールズ語の十か国語が使える。

自分の得意分野で共感覚を使っているサヴァン症候群の人たちがどれくらいいるかは、いまだにわかっていない。それは、サヴァン症候群の人たちの多くが重い精神的・肉体的障害を抱えているので、どのように共感覚を使っているが説明できないからだ。幸いにもダニエルは、そうした深刻な機能障害がないので、手記や講演、テレビ出演などで伝えることが出来る。

たいていのサヴァン症候群の人たちと同じように、ダニエルも自閉症スペクトラムにはいっている。そして、ダニエルはアスペルガー症候群でもある。
アスペルガー症候群は、対人的相互反応、コミュニケーション能力、想像力に障害と定義されているのだ(抽象的思考、柔軟な発想五、感情移入に問題がある)。アスペルガー症候群の人たちは言語能力に問題がなく、平均以上のIQのある人が多く、理論的思考或いは視覚的思考を得意とする。こだわりがその特徴で、細部を分析し、行動様式の中に法則性とパターンを見出そうとする強い欲求がある。記憶力や数字的能力に秀でているのも一般的な特徴だ。アスペルガー症候群になる原因ははっきりわかっていないが、生まれつきのものだと考えられている。
また、自閉症スペクトラムの子供の3分の1が青年期までに側頭葉てんかんを発症する可能性があるが、ダニエルも4歳で最初の発作を起こしている。

ダニエルは神経過敏で泣き止まない赤ん坊だった。
保育園に入ってからも、眠りが浅く夜中に何度も起きてしまう。食べ物の好き嫌いが激しく、たいていシリアルと牛乳しか口にしない。保育園では他の子供たちと打ち解けない。集団で遊ぶことが出来ず、保育園から帰ると、自室にこもりっきりになる。弟や妹にも関心が薄く、おもちゃを貸したり、一緒に遊んだりすることが出来ない。こだわりが強いので、決められたことを突然変えられるとかんしゃくを起こしてしまう。

そんな育てにくいダニエルに対して、両親はいつも辛抱強かった。
当時アスペルガー症候群のことをまったく知らなかったにも関わらず(医者でさえ、いい加減なアドバイスしかくれなかった)、両親は息子のために様々なことをしてくれた。一族に高等教育を受けたものが一人もいない家系で、低収入で、9人の子沢山。その上、ダニエルが思春期を迎えるころには、父親が精神疾患を患い、入退院を繰り返すようになった。そんなカツカツの暮らしの中でも、両親は無条件にダニエルを愛し、献身的に支えてくれたのだ。

この世に、無条件で親に愛された記憶のある人はどれだけいるのだろう?
条件付きでしか愛されなかった人、或いはまったく愛されなかった人は、案外多いのではないだろうか。子育てに対価を求める親は少なくない。
ダニエルの両親は、低学歴低所得である。父親は精神疾患を患っている。子供が9人もいて、いろんな意味で余裕がない。それでも、両親は時に夫婦喧嘩をしつつも、感情というものをうまく理解できず、集団生活に馴染めないダニエルを辛抱強く支え続けた。
本書では、両親とダニエル以外の子供たちの関係にはあまり触れられていないのだけど、アスペルガー症候群のスティーブンを含めて、タメット家の子供たちは皆、就職、進学、ボランティアと、それぞれの生きる道をしっかりと歩んでいる。
私自身が親の立場になってみて、声を大にして言えるのは、子供に起きるすべての禍福は、親の責任であるということだ。貧しくたって、人に尊敬される職業に就いていなくたって、誠実な人柄と見返りを求めない愛情さえあれば、子供は真っ当に育つのだ。
ダニエルもまた、自立することを当たり前のように目標にし、就職活動に行き詰まれば、恋人と協力して、語学学習サイトを立ち上げ、そこから収入を得るようになった。その少し前には、恋人と一緒に暮らすために家を出ている。

この恋人という人も良い。
ダニエルは同性愛者なので、恋人は男性だ。ニールと言う名の彼は、学校でずっと孤立していたダニエルをいとも簡単に受け入れてくれた。ダニエルが一番好きな数字4みたいな、物静かな人柄だ。二人は、それぞれの家族に相手を紹介し、公認の仲になる。一緒に暮らし始めてから、ダニエルになかなか仕事が見つからなかったことも、ニールはたいして問題にしなかった。
語学学習サイトの立ち上げ、πの暗唱イベントの計画、円周率の暗算のヨーロッパ記録の樹立、ドキュメンタリー番組への出演…ダニエルの挑戦の陰には、必ず心身両面でのニールの支えがある。ダニエルが緊張をしている時には、心を落ち着かせ、先に進むよう励ましてくれる。ダニエルが自分の世界に籠る必要のある時には、黙ってそっとしておいてくれる。
ニールと共に生きることによって、ダニエルは多くのことを学んだ。人に気兼ねしなくなったし、周囲の出来事に関心を持つようになった。自分や自分の能力に自信を持つようになった。ニールは、ダニエルの世界の一部であり、ダニエルを形作っているものだ。

家族や恋人の他にも、ダニエルの周りには、少数ながらも誠実な人々が集まっている。
それは、他の人と違うために学校でいじめにあっても、就職活動が散々な結果に終わっても、ダニエルが、人を恨まず、人と関ることを諦めなかったからだろう。この忍耐強さは、親譲りなのではないか。
本書の文章は詩的な美しさを湛えている(特に数字に関する記述)が、平明で解り易くもある。ダニエルがどれだけ、他人と違うということに苦しみ、他人に自分の想いを伝えることに腐心して来たかの表れのようだ。行間からは、伝えることの困難さと、それでも、伝えることを諦めない使命感がひしひしと伝わってくる。
難しさを伴わない人間関係はない。それでも、どんな人間関係でも愛さえあればきっとうまくいくと信じている。人を愛すれば、どんなことでも乗り越えていける。ダニエルは、そう述べている。
本書は、共感覚という特殊な症状について、当事者から解り易く伝えてもらえるだけでなく、人間関係の根幹についても考えさせられる。数学が好きな人、嫌いな人、人間関係に躓いている人、あらゆる人が読むべき良書だ。
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バッタを倒しにアフリカへ

2017-09-05 08:14:49 | 日記
前野ウルド浩太郎著『バッタを倒しにアフリカへ』

ファーブルに憧れて昆虫学者となった著者(通称・バッタ博士)は、バッタの被害を食い止めるため、そして、バッタに食べられるために、単身、モーリタニアへと旅立った――。
本書は、サハラに青春を賭ける若き昆虫学者が、アフリカの食糧問題を解決するため、そして、自身の夢を叶えるために、バッタと大人の事情を相手に繰り広げた苦闘の日々をユーモラスに綴った一冊である。
「前野ウルド浩太郎」と、外国の血が入っているかのような名を名乗っているが、前野氏は純然たる秋田人である。「ウルド」と名乗ることになったいきさつについても、本書で語られている。


“ 子供の頃からの夢「バッタに食べられたい」を叶えるためなのだ。

 小学生の頃に読んだ科学雑誌の記事で、外国で大発生したバッタを見学していた女性観光客がバッタの大群に巻き込まれ、緑色の服を喰われてしまったことを知った。バッタに恐怖を覚えると同時に、その女性を羨ましく思った。その頃、『ファーブル昆虫記』に感銘を受け、将来は昆虫学者になろうと心に誓っていたため、虫にたかられるのが羨ましくてしかたなかったのだ。
 虫を愛し、虫に愛される昆虫学者になりたかった。それ以来、緑色の服を着てバッタの群れに飛び込み、全身でバッタと愛を語り合うのが夢になった。“

ここだけを読むと、前野氏って奇人変人なんだなと思うけど、本書は常識人でなければ書けない解り易さだ。それは、前野氏のバッタの研究に臨む姿勢にも表れている。自然相手のフィールドワーク、思い通りにならない事ばかりだが、問題が発生するたびに、誰もが納得できる理論的な打開策を編み出すので、必ず協力が得られるのだ。

モーリタニア首都のヌアクショット空港に降り立った瞬間から、前野氏の苦闘は始まった。
持ち込めるはずの荷物が不審に思われ、事情聴取を受けることになったのだ。イスラム教徒は酒を禁じられているが、他宗教の人間は飲んでもかまわないはずである。それなのに、すべての酒を没収されてしまった。のちに、賄賂を貰えなかったことによる係員の嫌がらせだったことが分かる。
この後も、秋田の実家から送られてきた荷物を受け取りに郵便局に行ったら、余分な追加料金を取られたり(外国人には正規の手数料では荷物を渡してくれない)、現地で雇ったスタッフには給料を吊り上げられたりと、お金に関しては、日本では考えられない苦労を重ねる羽目になる。

出鼻をくじかれた形になったが、研究所での待遇は良かった。
研究所にはセキュリティと呼ばれる門番がいて、彼が買い物もしてくれる。お抱えコックの作る料理には、食欲をそそられる(食料が豊富なのは研究所内だけではない。前野氏が街に買い物に出た時の記述にもあるが、モーリタニアの食糧事情はかなり良い。アフリカ=飢餓と貧困、と思いこんでいた私は、モーリタニアの食材の豊富さと美味しそうな料理の数々に驚いた。ごはんが美味しくなかったら、それだけで長期滞在はきつくなる。前野氏はモーリタニアでの苦闘の日々を、料理によってだいぶ救われたのではないだろうか)。
ゲストハウスは家具完備で、トイレ・シャワーは個室ごとについている。冷蔵庫にはフルーツとジュースが並び、机の上には新品の箱ティッシュ。そして、エアコンは爽やかな風を吹き出している。インターネットもちゃんと繋がる。まるで、ホテルみたいだ。

何よりの宝は、ババ所長の存在だ。
義理人情に篤いババ所長は、抱え込んだポスドクをお荷物扱いしない。研究に行き詰まるたびに親身になってアドバイスし、無収入の不安に弱音を吐けば叱咤激励してくれる。そして、研究に関することに限らず、人生の道標となる言葉を度々送ってくれたのだ。ババ所長は、前野氏にとって、親兄弟にも相談できないことが言える唯一無二の存在となった。
前野氏の研究に賭ける意気込みを讃え、「コータロー・ウルド・マエノ」と言う名を授けたのもババ所長だ。「ウルド(Ould)」とは、モーリタニアで最高に敬意を払われるミドルネームで、「〇〇の子孫」と言う意味だ。ちなみにババ所長の本名は、モハメッド・アブダライ・ウルド・ババである。

ドライバーのティジャニの存在も大きい。
少々お金に汚いところがあるが、気働きが利き、長時間の運転にも不平を言わない。この国の人間にしては異例の時間厳守行動。何よりも、誰とでもすぐ打ち解けることが出来る愛嬌たっぷりの性格で、前野氏のフィールドワークには欠かせない相棒となった。


前野氏は、小学生の時に『ファーブル昆虫記』と出会い、感銘を受けた。
ファーブルは、自分自身で工夫して実験を編み出し、昆虫の謎を次々と解決してく。なんて格好良いのだろう。ファーブルをヒーローと定めた前野氏の人生は、徐々に昆虫にまみれて行く。夏休みの自由研究にクワガタやカブトムシの標本を作り、鈴虫が鳴くまでを観察した作文が秋田市の作文コンクールで佳作を受賞した。いつしか昆虫学者になるのが夢となった。
弘前大学では昆虫学を専攻し、恩師の田中誠二博士の勧めで、サバクトビバッタというアフリカに生息するバッタの研究を始めた。大学院に進学し、神戸大学で学位を取得した。

苦労の末に手にした博士号は、しかし、修羅の道への片道切符だった。
夢を語るのは結構だが、生きていくためにはお金を稼がないといけない。あのファーブルですら、昆虫研究だけでは食べて行けず、教職についていたのだ。
前野氏の定義する「昆虫学者」とは、昆虫研究が出来る仕事に、任期無しで就職することだ。しかし、博士になったからと言って、誰もが定年退職まで座れるイスを獲得出来るわけでは無い。
安定した給料をもらいながら研究を続けられるのは、新米博士の中でも僅か一摘みだけだ。ポスドクと呼ばれる新米博士たちは、1、2年程度の任期付きの研究職を転々としながら、正規のポジションを獲得するため求人情報サイトに目を通し、インパクトファクターの高い学術雑誌に論文を送る。
国内学振3年目を迎えたポスドクである前野氏も、任期終了までに次の身の振り方を考えなければならなかった。
研究対象がゴキブリや蠅、蟻などであれば、殺虫剤メーカーからの需要があるかもしれない。しかし、現在の日本では殆どバッタの被害がないため、バッタの研究ではなかなか就職には結びつかない。就職のために研究対象を変えるか、このまま夢を追い続けるか。前野氏の心は揺れる。

アフリカでは、バッタの大量発生による農業被害は、今でも深刻な飢饉を引き起こしている。
その割には、バッタの生態を研究する学者は少ない。おかげでバッタ研究の歴史は40年ほど止まったままだ。それなら、新米博士でも新しい発見が出来るかもしれない。
夢を追いながら、アフリカの食糧事情も解決できる。その上、成果を上げて凱旋すれば、日本の研究機関に就職が決まるかもしれない。前野氏は、モーリタニアでのフィールドワークに人生を賭けた。

それでも、SNSなどで研究室に残ったライバルたちの就職状況を知れば、不安に駆られる。
研究室で遺伝子解析をする研究者は多いのに、フィールドワークをする研究者は少ない。これは、フィールドワーク自体の過酷さよりも、ライバルよりも早く企業受けする論文を発表しないと正規の職に就けない、ポスドクの就職事情にあるのではないかと思う。
フィールドワークは時間もコストもかかり、その上、論文に出来るような成果が得られるか不確定だ。それに比べて、研究室での実験はある程度の計算が立つ。早く確実に就職を決めたければ、研究室に籠っている方が有利だ。しかし、生物の本来の姿は、自然環境の中でこそ発見できるものではないだろうか?
だからこそ、フィールドワークに賭けた前野氏の存在は貴重だ。
京都大学・白眉プロジェクト伯楽会議での、松本紘総長の「過酷な環境で生活し、研究することは本当に困難なことだと思います。わたしは一人の人間として、あなたに感謝します」と言う言葉には、同じ研究者としての万感の意が込められているのだろう。

フィールドワークは、自然現象に大きく左右される。前野氏の活動も例外ではない。
バッタが大量発生することで定評のあるモーリタニアなのに、前野氏が乗り込んだ年は、建国以来最悪の大干ばつに見舞われ、バッタが忽然と姿を消してしまったのだ。予定を大きく変更する羽目になった前野氏は、バッタと密接な関係のあるゴミダマの研究をしたり、バッタのシーズンが来るまでフランスの農業研究機関CIRADのバッタ研究室で実験をしたりと、なけなしの貯金を切り崩して、バッタの大群が発生する日まで耐え忍ぶことになった。この辺りの記述はティジャニの離婚再婚のドタバタ劇あたりと変わらないユーモラスな筆致であるが、本当は精神的に相当追い詰められていたのではないだろうか。

ババ所長の「なぜ日本はコータローを支援しないんだ?こんなにヤル気があり、しかも論文もたくさんもっていて就職できないなんて。バッタの被害が出たとき日本政府は数億円も援助してくれるのに、なぜ日本の若い研究者には支援しないのか?なにも数億円を支援しろと言っているわけじゃなくて、その十分の一だけでもコータローの研究費に回ったら、どれだけ進展するのか。コータローの価値を分かっていないのか?」と言う嘆きは正鵠を得ている。
日本と言う国は他国には大盤振る舞いをする割に、自国民にはとかく厳しい。大抵のことは「自己責任」の一言で突っぱねられてしまう。やる気も才能もある人が、金銭的な事情で夢を諦めなければならないのは悲しい。ましてや、自然科学の研究は、必ず人類の役に立つのだ。未来への投資と思って、もっと若い研究者たちを支援するべきだと思う。

愉快な表紙からは想像できない重たい課題を孕んでいるが、本書に数多く載せられた写真には楽しませてもらった。中でもバッタの写真が素晴らしい。青空を背負った孤独相のバッタの美しさ。画像を埋め尽くす群生相の気色悪さ…すべてに、前野氏のバッタへの情熱が滲んでいる。

因みに、孤独相と群生相のバッタは別種ではなく、大発生時には、全ての個体が群生相になって害虫化するのだそうだ。そのため群生相になることを阻止できれば、大発生そのものを未然に防ぐことができると考えられる。それから、バッタとイナゴは相変異を示すか示さないかで区別されていて、示すものがバッタ(Locust)、示さないものがイナゴ(Grasshopper)と呼ばれる(Locusの由来はラテン語の「焼野原」)。身近なようでいて、実は全然知らなかったバッタにまつわる知識もちょっぴり得られた。
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スローターハウス5

2017-09-02 07:55:05 | 日記
カート・ヴォネガット・ジュニア著『スローターハウス5』

“神よ願わくばわたしに変えることのできない物事を受けいれる落ち着きと、変えることのできる物事を変える勇気と、その違いを常に見分ける知恵とをさずけたまえ”

本作はSF小説でありながら、著者カート・ヴォネガット・ジュニアの半自伝的小説でもある。著者が第二次大戦中に体験したドレスデン爆撃を、ビリー・ピルグリムという架空の人物の視点から描いている。
なお、タイトルのスローターハウス5とは、ドレスデンにあった捕虜収容所の名で、第五場という意味だ。

ビリー・ピルグリムは、連合軍によるドレスデン爆撃を体験した戦争被害者であり、トラルファマドール星に拉致された痙攣的時間旅行者でもある。
痙攣的時間旅行者は、精神だけが今いる時間から唐突に離れ、各時代の己の肉体に入り込んでしまうのだそうだ。本書が多くのタイム・リープ小説と異なる点は、主人公が前後に起きる運命を知っていながら、運命を変えようとしないことだ。
ビリー・ピルグリムは、運命を故意に操作することで世界のバランスが崩れるなどと、如何にもSFチックなことを考えているわけでは無い。彼の中にあるのは、運命は変えられないという静かな諦念だ。本書では、彼がいかにして諦めの境地に至ったかが、悲惨な戦争体験と、トラルファマドール星でのSF的体験の双方から描かれている。

連合軍所属の兵士であるビリー・ピルグリムは、ドレスデン爆撃においては加害者の立場でもある。一つの災禍に際して被害者であると同時に加害者でもあるとは、なんと皮肉で悲惨な境遇であろう。
ビリー・ピルグリムは、戦後、ラムファードという老人とこのような会話をしている。

“「あれはやむをえなかったのだ」ラムファードはドレスデン爆撃のことを話題にした。
「わかっています」と、ビリーはいった。
「それが戦争なんだ」
「わかっています。べつに文句をいいたいわけではないのです」
「地上は地獄だったろう」
「地獄でした」
「あれをしなければならなかった男たちをあわれんでくれ」
「あわれんでいます」
「地上にいるあんたは複雑な気持だったろう」
「いいんです」と、ビリーはいった。「何であろうといいんです。人間はみんな自分のすることをしなければならないのですから。わたしはトラルファマドール星でそれを学びました」“

ドレスデン爆撃についてはあまり知られていない。
それは、この爆撃を連合軍側が1963年までひた隠しにしていたからだ。いわば、連合軍側の恥部なのである。
ドレスデン爆撃は、第二次世界大戦末期の1945年2月13日夜から14日朝にかけて、連合国軍(イギリス空軍・アメリカ空軍)によって行われたドイツ東部のドレスデン市への無差別爆撃である。この爆撃により、ドレスデン市街の約85%が破壊された。本書のあとがきによれば、死者の数は3万5千から20万余といわれ、ドレスデン警察の提出した「控えめな推計」である13万5千が公式な数値とされているそうだ。当時のドレスデンは東欧からの難民で人口が平時の二倍に膨れ上がっていたので、正確な犠牲者の数を出すのは困難なのだろう。
この時期、戦局の帰趨は殆ど決まっていた。「ソ連軍の進撃を手助けする」という大義名分をもってしても、戦略的に意味のない空襲であったことは誤魔化せない。しかも犠牲者の多くは非戦闘民であった。この無意味な大量殺戮に、いかなる正義を当て嵌めることが出来るというのだろう?隠したくもなる訳だ。
しかし、著者は、連合軍側の非人道的行為を暴き立て、非難するために本書を書いたのではない。彼は啓蒙活動がしたいわけではない。まして、謝罪なんて望んでいない。それでも、本書の中でビリー・ピルグリムにこう言わせているのだ。

“ただあなたに知っていていただきたいだけです――わたしはそこにいました”

知っている、ということ。
我々が戦争に対してできることは、結局のところ、それしかないのかもしれない。
何故なら、戦争という国家と国家のぶつかり合いにおいて、本当の意味で他者を糾弾できる権利を持つ者など一人もおらず、また、すべての責任を負ってしかるべき者もいないからだ。

“もうひとつ人類学科で学んだのは、この世に、奇矯とか、性悪とか、低劣と言われる人間はひとりもいないということである。わたしの父が、亡くなる少し前、わたしにこういった、「お前は小説のなかで一度も悪人を書いたことがなかったな」”

著者が書かなかったのは悪人だけではない。この物語にはハリウッド的なヒーローは一人も出てこない。そんな人間は、現実には存在しないからだ。
ビリー・ピルグリムは、時間旅行者なので様々な時代と国の人間と関わり合いになるのだが、彼らのすべてが悪人でも善人でもない唯の人である。それは、第二次世界大戦下のドイツ人も例外ではない。
著者は、本書の冒頭で、戦争を始めとするあらゆる殺戮を否定している。それにも関わらず、本書からは激しい感情が排除され、虚無と諦念だけが横たわっている。
戦争を扱った殆どすべての書物と同様、本書でも悲惨な場面が数多く描かれる。しかし、その後に続くのは声高な反戦思想の演説ではない。“そういうものだ”という諦めの言葉だ。一体、本書で何度、“そういうものだ”を目にしたことだろう。
自分が被害者或いは絶対的な正義の立場からものを言うことに何のためらいもない人は幸せだ。しかし、世の中、そんなおめでたい人ばかりではないのだ。この世に、奇矯とか、性悪とか、低劣と言われる人間はひとりもいないということを知り、自分が被害者でもあり加害者でもあることを知る者は“そういうものだ”と静かに諦めるしかないのだろう。


アメリカ兵のビリー・ピルグリムは、捕虜になり、ドレスデンに送られる。
捕虜たちは、収容所のゲートをくぐるとまず、ドイツ人伍長による選別を受ける。伍長によって収容所の台帳に姓名と通し番号に書き込まれることによって、彼らは公式に生者となるのだ。それまでは、彼らは行方不明者であり、死者であったのかもしれないのだ。
台帳に登録されるととともに、ビリー・ピルグリムは、番号とそれが刻印された鉄の認識票を与えられる。この札は生きている間は首にかけておくが、死んだ場合は半分に折られる。折られた札の半分は彼の死体を表示し、もう半分は彼の墓を表示するのに使われる。
生きたまま己の墓標を首にぶら下げて生活することを強いられるというのは、極めて非人道的な扱いであるが、ビリー・ピルグリムを本当の絶望に叩き落すのはドイツ兵ではない。彼が所属している連合軍だ。

第二次世界大戦下のドイツでアメリカ兵として逃げまどい、捕らえられ、収容所送りにされた挙句、味方によるドレスデン爆撃の被害に遭うビリー・ピルグリムの運命の暗転を描く場面と場面の合間に、痙攣的時間旅行者になった彼が、 “そういうものだ”と言う諦念に至る意識の変遷を差し挟んでいる。

ビリー・ピルグリムは、1967年に円盤によって地球から誘拐され、トラルファマドール星の動物園に収監されている。
トラルファマドール星人は「人が死ぬとき、その人は死んだように見えるにすぎない」と語る。彼らによれば、あらゆる瞬間は、過去、現在、未来を問わず常に存在し続けているのである。

ビリー・ピルグリムは、トラルファマドール星人に対し、ドレスデン爆撃の体験を踏まえて、地球人はこの宇宙の恐怖の源に違いなく、他の惑星が地球の脅威にさらされる日が間もなくやってくる、と警告を発する。しかし、トラルファマドール星人は、それに対して笑いをかみ殺すのだ。四次元的知覚を有する彼らは、既に宇宙がどのような過程を経て滅亡するのかを知っているし、それを防ごうとする手立てが必ず失敗することも知っているからだ。時間は、そのような構造になっているのだ。
「すると地球上の戦争を食い止めるという考えも馬鹿だということになる」と途方に暮れるビリー・ピルグリムに対し、トラルファマドール星人は、「ただ見ないようにするだけだ。無視するのだ。楽しい瞬間を眺めながら」と言う。
本書の冒頭で述べられている “偶然の気まぐれによる平和で自由な世界”を楽しむ、我々が出来るのはそれだけと言うことか。

『スローターハウス5』で描かれているのは、運命が完全に決定された絶望の世界なのである。戦争がまだ若かった著者の心に残した爪痕は、かくも深く癒し難い。

著者は冒頭で述べている。

“つぎは楽しい小説を書こう。
これは失敗作である。そうなることは最初からわかっていたのだ。”
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