「サザンの花火―(5)」 写真NO、2
高橋 裕一さん 撮影
我々年代が、パソコンという便利らしいものを知っては居たが、初めて触ったのは
定年後のことであり、会社の時代はまだ全く触ったことすらなかった。
やがて子供のお下がりを貰って恐る恐る触りだしたのが切っ掛けで始めた。
しかし未だにメールと天気予報の検索、写真のストック、そしてこのブログだけしか
やれないと言う案配である。他には何も出来ないし、でももう覚える気も無い。
そして最近では、スマホの出現でますますパソコン離れだ。しかし私はスマホよりは
画面が大きく、机に向かって落ち着いてやれるので断然パソコン派である。
ところであの頃、同時にパソコンをいじり初めて、まずは互いに入門でメールの遣り取り
を始めた学生時代や会社時代の同年輩の友人が何人も居た。
皆サラリーマン出身で、中にはやけに偉くなった人もいるし、私同様そうでもなかった人
もいる。しかし共通していたのは互いに友人を大切にし、几帳面で直ぐメールの返信が来る
と言った誠実派タイプの人達だった。
しょっちゅう遣り取りしてメールには互いにかなり慣れて楽しんで近況報告をしあっていた。
しかしそんな彼等ともいつの間にか、年と共にさすがに互いに面倒になったのかメールの遣り
取りも激減していた。
それが先日何かの拍子にふと思い立って、そんな中の8人にご機嫌伺いのメールをしてみた。
年賀状は来ている人もいるし、亡くなった通知もないから皆さん生きている人ばかりの筈だった。
さて午前中にメールをした後、その様子を見ていたら8人中で数時間後に返信が1人、
その日の午後に1人、夜になって又1人、そして翌朝にもう1人、メールが届かぬ人が1人と
いう具合だった。後の3人の人は5日経ったが未だに返事はない。
奥さんなどの介護でメールどころじゃないのか、或いは本人が倒れたのか、或いはもしや何か
あったのかと心配になる。しかし怖くて電話をするのは躊躇してしまう。
体は元気でも、もうメールなどは開かず外部との何もかもに興味を失ってしまったのかも知れ
ないと思ったりする。それならまだ良いのだが。
あんなに几帳面で明るくしっかりした人がと思うと、加齢と言うことが怨めしい。
それでも互いにもう少し生きて居たいものだと思う。自分の状態も忘れて、皆、頑張って!と
祈りたい思いである。