韓国の事を色々考えていると、私と韓国の人達が”民主主義”と言う言葉から湧くイメージトには大きな違いが有る様に思えてきました。私の「民主主義とは何なんだろうか?」を整理する事にしました。 今回は、私の『民主主義論』です。(言いたいことが多いいので、2回に分けて投稿します。
【私の考えている民主主義と民主主義思想】
”民主主義”は、元々は政治体制の用語ですが、私は、現在の民主主義は『組織(団体)』の運用体制の一つを表す言葉だと考えています。 私の言う『組織』は国家だけでなく、地域、会社、労働組合、家族等々・・・なんでもかまいません。人が集まって何かをする集団を指します。
「組織は、組織を構成する人達(民)の為のものだ」と考えるのが”民主主義思想”だと思います。構成員の間に”平等だ!”と言う考え方が広まり、 →→女性の構成員が増えると”女性も平等だ!” →→セクハラは駄目だ! →→パワハラも駄目!・・・と発展したのです。
目の見えない人も大切な我々の仲間だ! →→道路に視覚障害者誘導用ブロックを設けよう! →→歩道に自転車を放置するな!・・・・ →→電車に優先座席を設けよう!・・・
近年、各自が自由に考えられる様になって、「思考の爆発」が起こったと私は思います。然し、行き過ぎも見られる様になっています。 例えば、家畜をする時に苦しまない様にすべきだ! 野良犬は捕獲して殺しても良いが、野良猫は大事にすべきだ! 魚は捕ってもいいがクジラは駄目だ!・・・
昔の日本では、親が生活に困ると子供を売る事が許されていました。私は家も組織だと思っています。子供も家と言う組織の大切な一員ですが、昔は家(家庭内)が平等では無かったので、子供の売買が許容されていたのだと思います。戦後、民主主義思想が広まって、「子供を売る」なんて”以ての外”だと思う様になりました。
(質問です!) 日本の刑法に、”人身売買罪”が規定されたのは何時(西暦何年)だと思われますか? 私は、何人かに質問して見ましたが、正解者は一人もおられませんでした。 正解は、このブログの何処かに書いて置きますので、注意して読んで下さい。
【民主主義の誕生】
民主主義とは、英語のデモクラシー(democracy )を訳した用語です。Democracyの語源はギリシャ語だそうですから、古代ギリシャやローマの時代から民主主義と言う思想が存在し、実際に民主主義体制で国家が運営されていた時代も有りました。然し、衆愚政治(腐敗した民主政治)に落ちって君主体制に戻ったのです。
ヨーロッパ諸国では、君主、貴族及び聖職者が国を統治していました。経済(商売や金貸し)が発展して蓄財する一族も出てきました。その典型が、15世紀~18世紀に繁栄を誇ったメディチ家です。この時代は、民主主義を要求する運動は起こりませんでした。メディチ家は、金の力で君主になったのです。
イギリスでは、1341年に二院制議会(貴族院と庶民院)になりました。庶民院(House of Commons )は騎士と市民代表の議会です。紆余曲折が有りましたが、庶民院は弱体化しました。 17世紀にイギリス革命で立憲君主政になり、王が勝手な統治を出来なくしたのです。
18世紀の半ばにイギリスで始まった産業革命で、経済が爆発的に発展して、富を蓄積した市民が多数誕生しました。市民達(旦那衆)は、自分達の経済活動を君主や貴族に邪魔されたく無くて、団結して庶民院の権利を復活させ、権利を拡大させたのです。
政治体制の用語としての民主主義は、イギリスで始まったと思いますが、広い意味での民主主義思想の発展にはイギリスは、殆ど貢献しなかったと思います。 それは、貴族制度を現在でも続けているイギリスの古い体質が原因と考えられます。
イギリスは議会制民主主義のお手本の国と見られていますが、私はそうは思いません。EU離脱問題で議会が混乱しているからでは有りません。イギリスは現在でも、貴族院(上院)と庶民院(下院)の二院制です。選挙が行われるのは庶民院だけです。貴族院議員は終身制です。
★ 1862年 :アメリカの奴隷解放宣言
★ 1889年 :大日本帝国憲法発布 ・・・貴族院+衆議院
★ 1919年 :アメリカで女性に参政権
★ 1925年 :日本の普通選挙(衆議院) ・・・男性のみ
★ 1928年 :イギリスで21歳以上の男女に平等の参政権を認めた
★ 1945年 :日本で女性参政権が認められた。
★ 2005年 :日本 ;刑法に人身売買罪を規定
(余談) 私が大学生の頃に、イギリスの映画『わが命つきるとも(A Man for All Seasons)』が公開されました。トーマス・モア、クロムウェルとヘンリー8世の話しです。恥ずかしながら、イギリスの歴史を知らないで映画を見たのです。すぐに古本屋で、中世~近代のイギリス史の本を数冊買って読みました。 イギリス史は非常に面白いので、お勧めします。 以来50年程経ちますが、イギリスの歴史について話が出来る友は出来ませんでした。 私の知識は、残念ながら殆ど消えてしまっています。
【民主主義思想の発展と展開】
民主主義とは、豊かになった男性達が勝ち取った権利です。当然の様に、女性には認められませんでした。少しずつ、女性にも同じ権利を認める国が増えて来て、男女同権の考え方が普及/定着したのです。女性の議員が誕生して、それまでは問題にされなかった事が →タブー視され →法律で罰せられる様になりました。
どの国でも、女性に参政権を与えたことで、民主主義と言う言葉は政治体制用語から脱皮して、拡大/成長したのだと思います。
民主主義思想は、どこかの国から教えて貰う事は出来ません。その国の国民が、少しずつ努力して発展させるものです。 民主主義思想を発展させる上で、最大の障害は国家による”思想教育”だと思います。 近年、世界では”誤ったポピュリズム勢力”が拡大する方向に有ります。 日本で将来、思想教育を主張する政党が誕生したら、何が何でも反対しましょう!
私の小学校の同級生の父親は、若い女性の”お尻を触る”のを趣味の様にしていました。子供達がいても平気で触りました。当時は、単に『助平な男』と呼ばれるだけだったのです。「痴漢は犯罪です!」と書いた掲示を時々見掛けますが、地方自治体が制定した迷惑防止条例で禁止されているだけです。余程悪質な事をしない限り、法律て罰せられる事は有りません。民主主義思想が進んだら、法律で禁止されると思われます。
現在人の大半は、奴隷制度(人身売買)を否定しますが、日本にも大昔から奴隷が存在しました。多分、昔は殆どの国に奴隷制度が有ったと思います。 なんと!日本で人身売買罪を規定したのは2005年なんですよ!
【植民地化と民主主義】
他国を武力で占領して植民地にしても良いと言う考え方は、古代からありました。第二次世界大戦後に、やっと多くの植民地が独立出来ました。 然し、現在でも、民主主義が発展していない中国とロシアでは、この考えを『良し』としていると思われます。
大国だけが植民地化を実行したのでは有りません。19世紀~20世紀にヨーロッパの強国の植民地になっていたモロッコは1956年に独立しました。 1975年にモロッコは、まだスペインの植民地だった『西サハラ』に、(武器を持たない)35万人もの国民を送り込んで実行支配し、現在に至っています。
(私の考え) 列強諸国が、植民地の独立を認めた理由は、費用対効果(統治の費用と収奪出来る利得)を考えて決断したのだと思います。中国とロシア以外の強国は、現在では民主主義思想が進んで、「植民地化は人道主義に反する」と多くの国民が考えていると思われます。 将来、モンゴール国に膨大な地下資源が発見されたら、中国はモンゴール国を併合すると私は見ています。
【1945年当時のアメリカ】
アメリカで女性に参政権が認められたのは1919年です。 合衆国憲法(1788年発効)では黒人にも参政権を認めていましたが、選挙に際して『文盲テスト』が有ったので、殆どの黒人は選挙に参加出来無かったのです。第二次世界大戦後も黒人差別が続き、1968年にキング牧師が暗殺されました。『文盲テスト』が廃止されたのは、1971年です。
終戦の年(1945年)から日本と韓国は、ほぼ同時期に、そんなレベルのアメリカから、民主主義を教えて貰いました。 (中学生が小学1年生を教える様な状態だったと思います。)
(アメリカの二院制) アメリカは二院制で解散が有りません。上院は各州から2名、下院は各州の人口に見合った定員が配分されます。 大統領の任期は4年で、上院議員の任期は6年(1/3ずつ改選)、下院議員の任期は2年です。大統領選挙と同時に両院が改選され、2年後に上院の1/3と下院議員が改選されます。・・・中間選挙
(日本の二院制) GHQの憲法草案が二院制になっていた為に、戦後も日本は二院制にしたのだと思います。 GHQの担当者達は、将来、日本に合う様に自分達で両院の有り方を考えるだろう! 参議院をイギリスの様に貴族院に戻すなり、道州制を導入してアメリカの上院の様にするとか! GHQの担当者達の予想に反して、日本人は、憲法も議会制度も後生大事にそのまま守り続けています。
【日本の民主主義の発展】
日本で衆議院が誕生したのは1889年です。高額の税金を納めていた男性に選挙権が与えられました。全ての男性に選挙権を与えたのは1925年です。終戦後(1945年)、GHQの圧力で制定した日本国憲法で貴族院が参議院になり、女性にも参政権が与えられました。 →→女性議員が誕生しました。
(余談) 日本国憲法では朝鮮半島と台湾は日本国に含まれ無くななったので、在日の朝鮮人や台湾人は日本国民でなくなり、 →→1945年に選挙権が無くなったのです。
女性が参政権を持ったので、各政党は(少しずつ)女性票を獲得する方向に舵を切る事になり、 →→平等、自由主義、人道主義、社会福祉などの考え方が広がり/定着して来ました。 →→『公序良俗』の内容も変化して、 →→法律が改定/制定される様になりました。
日本は第二次世界大戦で多くの物を失いましたが、良くなった点も多々有ると私は考えています。 改善された物の一つが、民主主義が進んだ事です。 日本に民主化を導入させた戦勝国では、意外と民主主義思想は進んでいません。 民主主義思想の程度は国によってマチマチで、国際ルールは無いと考えるべきです。
韓国では、未だに、「日本は軍備を拡大して朝鮮半島に侵攻する恐れが有る」と考えている人達がいる様です。 現在、日韓関係は最悪の状態ですが、「武力で竹島を奪還するべきか?」の世論調査をしたら、私の予想では「反対」が90%以上になると思います。 関係最悪状態の今、右派系のマスコミは、この世論調査を実施すべきです! 私の予想通りの結果になれば、「日本の民主主義思想は本物だ」と世界に発信する事が出来ます。
(女性が進出した組織) 私の偏見かも知れませんが、組織で女性の割合が増えて来ると、組織の風通しが良くなり、雰囲気が良くなります。 私の乏しい経験からのアドバシスですが、女性が参加した会議の進行係は、出来るだけ女性に発言してもらう様に配慮すると、それまで発言しなかった男性も意見を述べる様になり、色々なアイディアが出ます。 そして、組織が活性化します。
【私の考えている民主主義と民主主義思想】
”民主主義”は、元々は政治体制の用語ですが、私は、現在の民主主義は『組織(団体)』の運用体制の一つを表す言葉だと考えています。 私の言う『組織』は国家だけでなく、地域、会社、労働組合、家族等々・・・なんでもかまいません。人が集まって何かをする集団を指します。
「組織は、組織を構成する人達(民)の為のものだ」と考えるのが”民主主義思想”だと思います。構成員の間に”平等だ!”と言う考え方が広まり、 →→女性の構成員が増えると”女性も平等だ!” →→セクハラは駄目だ! →→パワハラも駄目!・・・と発展したのです。
目の見えない人も大切な我々の仲間だ! →→道路に視覚障害者誘導用ブロックを設けよう! →→歩道に自転車を放置するな!・・・・ →→電車に優先座席を設けよう!・・・
近年、各自が自由に考えられる様になって、「思考の爆発」が起こったと私は思います。然し、行き過ぎも見られる様になっています。 例えば、家畜をする時に苦しまない様にすべきだ! 野良犬は捕獲して殺しても良いが、野良猫は大事にすべきだ! 魚は捕ってもいいがクジラは駄目だ!・・・
昔の日本では、親が生活に困ると子供を売る事が許されていました。私は家も組織だと思っています。子供も家と言う組織の大切な一員ですが、昔は家(家庭内)が平等では無かったので、子供の売買が許容されていたのだと思います。戦後、民主主義思想が広まって、「子供を売る」なんて”以ての外”だと思う様になりました。
(質問です!) 日本の刑法に、”人身売買罪”が規定されたのは何時(西暦何年)だと思われますか? 私は、何人かに質問して見ましたが、正解者は一人もおられませんでした。 正解は、このブログの何処かに書いて置きますので、注意して読んで下さい。
【民主主義の誕生】
民主主義とは、英語のデモクラシー(democracy )を訳した用語です。Democracyの語源はギリシャ語だそうですから、古代ギリシャやローマの時代から民主主義と言う思想が存在し、実際に民主主義体制で国家が運営されていた時代も有りました。然し、衆愚政治(腐敗した民主政治)に落ちって君主体制に戻ったのです。
ヨーロッパ諸国では、君主、貴族及び聖職者が国を統治していました。経済(商売や金貸し)が発展して蓄財する一族も出てきました。その典型が、15世紀~18世紀に繁栄を誇ったメディチ家です。この時代は、民主主義を要求する運動は起こりませんでした。メディチ家は、金の力で君主になったのです。
イギリスでは、1341年に二院制議会(貴族院と庶民院)になりました。庶民院(House of Commons )は騎士と市民代表の議会です。紆余曲折が有りましたが、庶民院は弱体化しました。 17世紀にイギリス革命で立憲君主政になり、王が勝手な統治を出来なくしたのです。
18世紀の半ばにイギリスで始まった産業革命で、経済が爆発的に発展して、富を蓄積した市民が多数誕生しました。市民達(旦那衆)は、自分達の経済活動を君主や貴族に邪魔されたく無くて、団結して庶民院の権利を復活させ、権利を拡大させたのです。
政治体制の用語としての民主主義は、イギリスで始まったと思いますが、広い意味での民主主義思想の発展にはイギリスは、殆ど貢献しなかったと思います。 それは、貴族制度を現在でも続けているイギリスの古い体質が原因と考えられます。
イギリスは議会制民主主義のお手本の国と見られていますが、私はそうは思いません。EU離脱問題で議会が混乱しているからでは有りません。イギリスは現在でも、貴族院(上院)と庶民院(下院)の二院制です。選挙が行われるのは庶民院だけです。貴族院議員は終身制です。
★ 1862年 :アメリカの奴隷解放宣言
★ 1889年 :大日本帝国憲法発布 ・・・貴族院+衆議院
★ 1919年 :アメリカで女性に参政権
★ 1925年 :日本の普通選挙(衆議院) ・・・男性のみ
★ 1928年 :イギリスで21歳以上の男女に平等の参政権を認めた
★ 1945年 :日本で女性参政権が認められた。
★ 2005年 :日本 ;刑法に人身売買罪を規定
(余談) 私が大学生の頃に、イギリスの映画『わが命つきるとも(A Man for All Seasons)』が公開されました。トーマス・モア、クロムウェルとヘンリー8世の話しです。恥ずかしながら、イギリスの歴史を知らないで映画を見たのです。すぐに古本屋で、中世~近代のイギリス史の本を数冊買って読みました。 イギリス史は非常に面白いので、お勧めします。 以来50年程経ちますが、イギリスの歴史について話が出来る友は出来ませんでした。 私の知識は、残念ながら殆ど消えてしまっています。
【民主主義思想の発展と展開】
民主主義とは、豊かになった男性達が勝ち取った権利です。当然の様に、女性には認められませんでした。少しずつ、女性にも同じ権利を認める国が増えて来て、男女同権の考え方が普及/定着したのです。女性の議員が誕生して、それまでは問題にされなかった事が →タブー視され →法律で罰せられる様になりました。
どの国でも、女性に参政権を与えたことで、民主主義と言う言葉は政治体制用語から脱皮して、拡大/成長したのだと思います。
民主主義思想は、どこかの国から教えて貰う事は出来ません。その国の国民が、少しずつ努力して発展させるものです。 民主主義思想を発展させる上で、最大の障害は国家による”思想教育”だと思います。 近年、世界では”誤ったポピュリズム勢力”が拡大する方向に有ります。 日本で将来、思想教育を主張する政党が誕生したら、何が何でも反対しましょう!
私の小学校の同級生の父親は、若い女性の”お尻を触る”のを趣味の様にしていました。子供達がいても平気で触りました。当時は、単に『助平な男』と呼ばれるだけだったのです。「痴漢は犯罪です!」と書いた掲示を時々見掛けますが、地方自治体が制定した迷惑防止条例で禁止されているだけです。余程悪質な事をしない限り、法律て罰せられる事は有りません。民主主義思想が進んだら、法律で禁止されると思われます。
現在人の大半は、奴隷制度(人身売買)を否定しますが、日本にも大昔から奴隷が存在しました。多分、昔は殆どの国に奴隷制度が有ったと思います。 なんと!日本で人身売買罪を規定したのは2005年なんですよ!
【植民地化と民主主義】
他国を武力で占領して植民地にしても良いと言う考え方は、古代からありました。第二次世界大戦後に、やっと多くの植民地が独立出来ました。 然し、現在でも、民主主義が発展していない中国とロシアでは、この考えを『良し』としていると思われます。
大国だけが植民地化を実行したのでは有りません。19世紀~20世紀にヨーロッパの強国の植民地になっていたモロッコは1956年に独立しました。 1975年にモロッコは、まだスペインの植民地だった『西サハラ』に、(武器を持たない)35万人もの国民を送り込んで実行支配し、現在に至っています。
(私の考え) 列強諸国が、植民地の独立を認めた理由は、費用対効果(統治の費用と収奪出来る利得)を考えて決断したのだと思います。中国とロシア以外の強国は、現在では民主主義思想が進んで、「植民地化は人道主義に反する」と多くの国民が考えていると思われます。 将来、モンゴール国に膨大な地下資源が発見されたら、中国はモンゴール国を併合すると私は見ています。
【1945年当時のアメリカ】
アメリカで女性に参政権が認められたのは1919年です。 合衆国憲法(1788年発効)では黒人にも参政権を認めていましたが、選挙に際して『文盲テスト』が有ったので、殆どの黒人は選挙に参加出来無かったのです。第二次世界大戦後も黒人差別が続き、1968年にキング牧師が暗殺されました。『文盲テスト』が廃止されたのは、1971年です。
終戦の年(1945年)から日本と韓国は、ほぼ同時期に、そんなレベルのアメリカから、民主主義を教えて貰いました。 (中学生が小学1年生を教える様な状態だったと思います。)
(アメリカの二院制) アメリカは二院制で解散が有りません。上院は各州から2名、下院は各州の人口に見合った定員が配分されます。 大統領の任期は4年で、上院議員の任期は6年(1/3ずつ改選)、下院議員の任期は2年です。大統領選挙と同時に両院が改選され、2年後に上院の1/3と下院議員が改選されます。・・・中間選挙
(日本の二院制) GHQの憲法草案が二院制になっていた為に、戦後も日本は二院制にしたのだと思います。 GHQの担当者達は、将来、日本に合う様に自分達で両院の有り方を考えるだろう! 参議院をイギリスの様に貴族院に戻すなり、道州制を導入してアメリカの上院の様にするとか! GHQの担当者達の予想に反して、日本人は、憲法も議会制度も後生大事にそのまま守り続けています。
【日本の民主主義の発展】
日本で衆議院が誕生したのは1889年です。高額の税金を納めていた男性に選挙権が与えられました。全ての男性に選挙権を与えたのは1925年です。終戦後(1945年)、GHQの圧力で制定した日本国憲法で貴族院が参議院になり、女性にも参政権が与えられました。 →→女性議員が誕生しました。
(余談) 日本国憲法では朝鮮半島と台湾は日本国に含まれ無くななったので、在日の朝鮮人や台湾人は日本国民でなくなり、 →→1945年に選挙権が無くなったのです。
女性が参政権を持ったので、各政党は(少しずつ)女性票を獲得する方向に舵を切る事になり、 →→平等、自由主義、人道主義、社会福祉などの考え方が広がり/定着して来ました。 →→『公序良俗』の内容も変化して、 →→法律が改定/制定される様になりました。
日本は第二次世界大戦で多くの物を失いましたが、良くなった点も多々有ると私は考えています。 改善された物の一つが、民主主義が進んだ事です。 日本に民主化を導入させた戦勝国では、意外と民主主義思想は進んでいません。 民主主義思想の程度は国によってマチマチで、国際ルールは無いと考えるべきです。
韓国では、未だに、「日本は軍備を拡大して朝鮮半島に侵攻する恐れが有る」と考えている人達がいる様です。 現在、日韓関係は最悪の状態ですが、「武力で竹島を奪還するべきか?」の世論調査をしたら、私の予想では「反対」が90%以上になると思います。 関係最悪状態の今、右派系のマスコミは、この世論調査を実施すべきです! 私の予想通りの結果になれば、「日本の民主主義思想は本物だ」と世界に発信する事が出来ます。
(女性が進出した組織) 私の偏見かも知れませんが、組織で女性の割合が増えて来ると、組織の風通しが良くなり、雰囲気が良くなります。 私の乏しい経験からのアドバシスですが、女性が参加した会議の進行係は、出来るだけ女性に発言してもらう様に配慮すると、それまで発言しなかった男性も意見を述べる様になり、色々なアイディアが出ます。 そして、組織が活性化します。