
【どうでもいいもの】4548
立命館アジア太平洋大学学長、出口治明氏の心に響く言葉より…
《酒を飲め、それこそ永遠の命だ、また青春の唯一の効果(しるし)だ。花と酒、君も浮かれる春の季節に、楽しめ一瞬(ひととき)を、それこそ真の人生だ》(ウマル・ハイヤーム「ルバイヤート」)
「仕事こそが人生にとって最大の重要事だ」
世の中にはそう主張する人がいますが、僕はそうは思いません。
仕事が人生に占めるウエイトはじつはそれほどたいしたことはないからです。
時間で測ってみれば明らかです。
30代前半のころ、一度計算をしたことがあるのですが、1年8760時間のうち、仕事をしている時間はせいぜい2000時間程度。
全体の約2〜3割にすぎません。
残りの7割は食べて寝て遊んで子育てをしているのです。
仕事はその程度のものなのです。
ところが、そのたかが3割にすぎない仕事がいつの間にか「人生の幸せ」を測る「モノサシ」となってしまい、その結果、人生を楽しめずにいる人が少なくないように思われます。
上司の顔色を窺(うかが)うばかりの生活に疲れ、思うようなポストにつけないと嘆き、同年代より収入が少ないと自信喪失に陥り…。
これは、とてももったいないことだと思います。
仕事は3割ですから、人生全体から見れば「どうでもいいもの」。
その人の人生すべてを支配するものではけっしてない。
人生を楽しくするのはパートナーであり、家族であり、気の置けない友人たちなのです。
普通にご飯が食べられ、暖かい寝ぐらがあり、子どもを産み育てることができ、なんでも話せるパートナーや友人がいれば、人生はそれで十分楽しいのです。
その事実がしっかりと腹落ちできれば、3割の仕事に振り回されたり、悩まされたりすることがどれほどアホらしいことかが誰にでもわかるはずです。
とはいっても、僕は「仕事は『どうでもいいもの』だから、真剣にやらなくていい」と思っているわけではありません。
むしろ逆。
人間は、一人では生きていけない動物です。
人が集まり「社会」という共同体をつくり、人間は社会に守られて生きているのです。
社会には、それがきちんと機能するための「ルール」が存在します。
社会で生きる私たちは、そのルールを守り、その中で自分の「やるべきこと」にベストを尽くす。
それが、私たちが社会で生きていく上で、最低限、求められることです。
もし、ルールに縛られず、100%自由に生きたいといういのであれば、無人島で一人で暮らすしかありません。
そこでは、守ってくれる人は誰もいません。
自分の身は自分で守っていかなければなりません。
「完全な自由」とはそういうものです。
そして、もっと踏み込んでいえば、「どうでもいいもの」だと思うからこそ、思い切って仕事ができるのではないでしょうか。
なぜなら、上司になんと思われようと、たとえ失敗しようが、左遷されようが、しょせんは「どうでもいい」ことなのですから。
自分の「やるべきこと」を、自分の信念に従い自分が納得できるまで真剣に取り組んでいけばそれでいいのです。
それが僕の仕事に対する基本的なスタンスです。
「どうでもいいもの」だからこそ、上司の顔色を窺う必要もなく「どうでもいいものだからこそ、上司の意見に100%とらわれる必要もなく、思い切って自分が正しいと思う方法で全力で仕事に打ち込めるのです。
『人生の教養が身につく名言集』三笠書房
https://amzn.to/2PtOqAz
「人生というのは、冥土(めいど)までの暇(ひま)つぶしだよ」
『人生とは何ですか?』という問いに、今東光氏はこう答えた。
何か困ったことや、とても解決できなような重大なことが起きたようなとき、この言葉を思い出したら、ふっと力が抜ける。
「なんとかしなくては」、と真剣に思えば思うほど、ドツボにはまり、身動きがとれなくなる。
そんなとき、「人生は冥土までの暇つぶし」とか「人生とは、どうでもいいもの」と思えるなら、そこに余裕ができ、物事を客観的にみることができる。
ただひたすら真面目に物事を見るだけでは、創造的な解決はできない。
そこに、「笑い」だったり、「ちょっとふざける」とか、「面白がる」、「ユーモア」なども必要だ。
「仕事はどうでもいいもの」
淡々と気負わず、そして情熱をこめて、仕事に取り組む人でありたい。
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立命館アジア太平洋大学学長、出口治明氏の心に響く言葉より…
《酒を飲め、それこそ永遠の命だ、また青春の唯一の効果(しるし)だ。花と酒、君も浮かれる春の季節に、楽しめ一瞬(ひととき)を、それこそ真の人生だ》(ウマル・ハイヤーム「ルバイヤート」)
「仕事こそが人生にとって最大の重要事だ」
世の中にはそう主張する人がいますが、僕はそうは思いません。
仕事が人生に占めるウエイトはじつはそれほどたいしたことはないからです。
時間で測ってみれば明らかです。
30代前半のころ、一度計算をしたことがあるのですが、1年8760時間のうち、仕事をしている時間はせいぜい2000時間程度。
全体の約2〜3割にすぎません。
残りの7割は食べて寝て遊んで子育てをしているのです。
仕事はその程度のものなのです。
ところが、そのたかが3割にすぎない仕事がいつの間にか「人生の幸せ」を測る「モノサシ」となってしまい、その結果、人生を楽しめずにいる人が少なくないように思われます。
上司の顔色を窺(うかが)うばかりの生活に疲れ、思うようなポストにつけないと嘆き、同年代より収入が少ないと自信喪失に陥り…。
これは、とてももったいないことだと思います。
仕事は3割ですから、人生全体から見れば「どうでもいいもの」。
その人の人生すべてを支配するものではけっしてない。
人生を楽しくするのはパートナーであり、家族であり、気の置けない友人たちなのです。
普通にご飯が食べられ、暖かい寝ぐらがあり、子どもを産み育てることができ、なんでも話せるパートナーや友人がいれば、人生はそれで十分楽しいのです。
その事実がしっかりと腹落ちできれば、3割の仕事に振り回されたり、悩まされたりすることがどれほどアホらしいことかが誰にでもわかるはずです。
とはいっても、僕は「仕事は『どうでもいいもの』だから、真剣にやらなくていい」と思っているわけではありません。
むしろ逆。
人間は、一人では生きていけない動物です。
人が集まり「社会」という共同体をつくり、人間は社会に守られて生きているのです。
社会には、それがきちんと機能するための「ルール」が存在します。
社会で生きる私たちは、そのルールを守り、その中で自分の「やるべきこと」にベストを尽くす。
それが、私たちが社会で生きていく上で、最低限、求められることです。
もし、ルールに縛られず、100%自由に生きたいといういのであれば、無人島で一人で暮らすしかありません。
そこでは、守ってくれる人は誰もいません。
自分の身は自分で守っていかなければなりません。
「完全な自由」とはそういうものです。
そして、もっと踏み込んでいえば、「どうでもいいもの」だと思うからこそ、思い切って仕事ができるのではないでしょうか。
なぜなら、上司になんと思われようと、たとえ失敗しようが、左遷されようが、しょせんは「どうでもいい」ことなのですから。
自分の「やるべきこと」を、自分の信念に従い自分が納得できるまで真剣に取り組んでいけばそれでいいのです。
それが僕の仕事に対する基本的なスタンスです。
「どうでもいいもの」だからこそ、上司の顔色を窺う必要もなく「どうでもいいものだからこそ、上司の意見に100%とらわれる必要もなく、思い切って自分が正しいと思う方法で全力で仕事に打ち込めるのです。
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「人生というのは、冥土(めいど)までの暇(ひま)つぶしだよ」
『人生とは何ですか?』という問いに、今東光氏はこう答えた。
何か困ったことや、とても解決できなような重大なことが起きたようなとき、この言葉を思い出したら、ふっと力が抜ける。
「なんとかしなくては」、と真剣に思えば思うほど、ドツボにはまり、身動きがとれなくなる。
そんなとき、「人生は冥土までの暇つぶし」とか「人生とは、どうでもいいもの」と思えるなら、そこに余裕ができ、物事を客観的にみることができる。
ただひたすら真面目に物事を見るだけでは、創造的な解決はできない。
そこに、「笑い」だったり、「ちょっとふざける」とか、「面白がる」、「ユーモア」なども必要だ。
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