- 松永史談会 -

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『葛原勾当日記』の付録

2017年01月09日 | ローカルな歴史(郷土史)情報
江戸末から明治初期にかけて活躍した、京都以西では並ぶものなしと言われた生田流筝曲(琴)の名人で、童謡作家葛原しげるの御祖父さんに当たる人物の、文政10(1827)年から明治15(1882)年までの出稽古記録だ。



校訂者小倉豊文は広島文理科大学助教授時代に被爆し、唯一生き残り戦後教室の再建に尽力された方。専門は歴史・文学。少年時代に葛原しげる(箏曲家宮城道雄の支援者)から感化を受けた人物で、人生最後の大仕事として齢80歳前後のころ全身全霊を傾けながら校訂作業に取り組んだと記している。
本文316頁。それ以後が付録:語句の註解、地名・寺社名録、年譜、その他各種参考文献(317-375頁)。
小倉の考証編は内容的にやや徹底さを欠く。

例えば

「(松永村扇屋=大木屋岡本氏の)若君2人が剣宮に参詣せらるるに誘われて」というくだりに関し、校訂者の小倉豊文は剣の宮を松永村潮崎神社だとしている(本書340‐341頁)が、これは旧暦7月の祭礼に関する記述であることから判断して明らかにあやまり。正しくは今津・剣大明神のことだ。若君という言い方をしているので扇屋はもしかすると大木屋のことだったかも。まあこの辺は小倉豊文のまったく死角となっている部分だ。


それはそうと
旧暦7月1日条で、「涼しくなり、いよいよ秋になった
こんな文章表現が本当に勾当時代のものであったか否か大いに?マーク。わたしには現代表現そのものにしか思えない(原典に当たってチェックしてみる必要性を感じる)。それ以上に夏祭りの季節に秋を感じる勾当のトンチンカン(否、そうとうにシュール)な感覚にもいささか・・・・・・
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