おっさんは 札幌市在住です
18歳で 札幌に住み始めて もう45年以上経ってしまいました
おっさんの故郷は 道北の名寄市という
とっても寒いところで、冬寒いのと、夏暑い日もある という
それ以外は、自衛隊と畑のほかは何もないような街でした
道北の交通の要所でもあり、今は亡き国鉄の 旭川以北の拠点でした
おっさんが子供の頃は、それでも
街は活気があり たくさんの商店が 駅前の通りに並んでいて
買い物客で 大賑わいでした
しかし今は…
北海道の札幌以外の町では、みなそうなんだろうが
商店街は、まるで、ゴーストタウンのような様相を呈しています
おっさんの両親も亡くなって仕舞い
年に一度の墓参りの時には
もう子供の頃の 町の記憶と、あまりに違うその町のたたずまいに
寂しさを覚え 妙に時間の経過を 感じるものです…
しかし、今でも その、子供のころ食べた ラーメンの記憶は
なんとなく、味の記憶として 思い出せそうな気がします
おっさんは、グルメレポーターではありません
ですが、食べ物に対する執着は 人一倍強いのです
なので、独りよがりなこのおっさんの
食に対する考えを 良ければ聞いていただきたい…
『あなたはラーメン 好きですか? どんなラーメンがすきですか?』
と聞かれたら…どう答えるのでしょうか
おっさんは考えます
ラーメンは、日本人の国民食です 嫌いな人はまずいません
しかし、その好みは、千差万別
みなさん、その好みについてそれぞれ、一過言を持っており
主張が強い…下手なことを言えば 睨まれてしまう…
ラーメンだけは、ラーメンだからこそ…
そうなんですね、
むかし タクシーの運転手さんに 美味しいラーメン屋さん 知りませんか と
聞いたものですが、
『ラーメンは好みだから』 と、答えられたものです
どうしてなんでしょうか…
ラーメン以外の物 例えば、寿司 とか 焼肉とか
そういった食べ物では 美味い、不味いが はっきりしています
つまり、値段が高ければ(必ずしもそうでは無いが)、ネタが素晴らしければ
その技術が、格別であれば まあ、美味いし
大抵の人は それで納得するものです
そして、その理由も 良く分かります モノによって味が違うから
比較すると、違いが良く判るんですね
じゃあ、なぜ ラーメンは…そうならないのか…
おっさんは、そこに、まず疑問を感じます
おっさんは、やはりラーメンも 寿司と同じように
味の評価をしっかりするべきであると 考えます
しかし、ラーメンと寿司では、食べ物の質が、まるで違います
何時食べても満足感があるのは 寿司
ラーメンは、何時食べても…お腹はいっぱいになりますが…
どうも、まだ、満足できない…そういった食べ物かと…
それは、いつも思っていることです
常に、もっと美味いラーメンを探し求めてしまうのです…
たとえ、食べ終えたすぐ後でも…
ラーメンを食べて、満足するということは 殆どない…
殆どといったのは やはり、あるんですね 自分が納得できるラーメンが
基本ラーメンは、スープで食べる食べ物です
あのスープの味の深みが ラーメンの味を殆ど決定します
もちろん、麺も大切です ラーメンは麺を食べるのですから…
具材も大事ですが、あくまで、それは、ラーメンとしてのバランス
という面においての パーツでしょう
昨今 つけ麺がブームの様ですが、
おっさんは、食べません
一度食べたのですが、あの、太めの冷えた麺を 熱い
つけ麺スープだれの中に入れて食べるのですが
冷えた麺の食感が どうもいけません…ネチっとしてるんですな…
おっさんの求めるラーメンではないんですな
むかし、美味しんぼう の漫画で ラーメンのところがあって
その時に、ラーメンの味を追求することは、
日本人のふるさとの記憶 に起源を発し
その人の、幼いころの味の記憶 そしてそれをを求めて
さ迷い歩くことに近い という様な事を言っていました
そして、そのことは、味噌汁の記憶に近いものがある とも
つたない記憶ですが、
おっさんは、納得できます……
おっさんの持論ですが、舌で味が分かる
ということは、もちろん繊細な舌の感覚は大切なんでしょうが
その舌のセンサーによって得られた信号を
脳が記憶すると言う事 なんではないでしょうか
その微妙な味の記憶を思い出せる人が、味の比較のできる人
つまり、味の解る人なんではないかと 思います
一度も食べたことのないものなど、味の批評は出来ません
つまり、過去の味の記憶から比較しているだけなんです
北大路魯山人は、どういうのでしょうかね…
彼のエッセイにラーメンについて書かれたものは見たことがありません…
ラーメンなんぞ このわしの食べるものではない
とでも言うかもしれません…
しかし、美味しいラーメンの その絶妙な 旨みのあるスープは
フランス料理におけるデミグラスソース 和食の絶妙な 出汁を使った
色々な料理
に匹敵するような物と おっさんは考えるのであります
話を戻します
自分にとって、すごくおいしいラーメンに出会えた時
おっさんは、渇きが癒されるような
そう、胃袋の上の方が 満たされるようなうれしさがこみ上げてきます…
なんていうか、ずっと探していたものを見つけたような…
そんな満足感があります…
その充足の時間が長く続くのが おっさんにとって、美味いラーメンと考えます
なかなか そういう美味いラーメンは無いんですけどね…
一口め 凄く美味い と思っても 食べ進むうちに
だんだん興奮の覚めてくるラーメン
味に特別なものはあるが、結局スープを最後まで飲めないラーメン
化学調味料の味がきつくて いやになってくるラーメン
スープは最後まで美味しく飲みたい
おっさんは こう考えます スープののめないラーメンは 駄目である
味噌かしょうゆか塩か
おっさんが子供のころ ラーメン屋さんでラーメンを食べたことは
殆どなかった 何度か親に連れられて行ったことはあるかもしれないが…
殆ど覚えていない …
ただ、お店屋さんで、ラーメンの麺は売っていたので、自宅で
良く、親が作ってくれたものです 志那竹と、豚の脂身が入っていました
名寄ですから、麺は旭川麺で、粉っぽい 口の中でブツブツと噛みきれる緬だったような気がします
そのうち、日清のチキンラーメンに始まり、いろんなインスタントラーメンが
次から次へと発売され 毎日のように食べました
すっかり、化学調味料漬けの毎日でした
そんな環境ですから ラーメンに対しては いい思い出は無かった様です
だから、最初の方で述べた、ふるさと探しの旅 というのは
ラーメンの という訳ではありません
18歳で、札幌に出てきた頃 貧乏大学生でしたから
下宿住まいで 食糧事情も悪く 夜な夜なインスタントラーメンを食べました
その頃、札幌は、いたるところにラーメン屋さんがありました
今より、ずっと多く店が在った様な気がします
しかし、美味いラーメン屋さんに 当たったことはなかった
というより、店の前を通ると 強烈なゴマ油の匂いがして
二日酔いの日などは 吐き気がしたものです
醤油ラーメンを食べるのですが、真っ黒なスープで、ギトギトラードが浮いていて
半分くらい食べたら嫌になって仕舞う そんなラーメンばかりで
スープを飲んだら、具合が悪くなって仕方がなかった…
それで、すっかり、ラーメンというもの
一切食べなくなってしまいました…
実際、今よりずっと まずいラーメンの方が多かった様な気がします
一度、大学に入りたての頃に 美味いラーメン屋さんがある
ということで、食いに行ったことがあります
そのころ、行列の出来ていた 味の三平
この店、本に載っている店で、札幌三越前の大丸藤井ビルの4階にありました
味噌ラーメン発祥の店だそうです
ひき肉と、もやしを炒めてミソスープのラーメンに乗っけたもの やや辛かった様な
でも、その頃は、ラーメンアレルギーなのか、感動はなかった
専門店で食べる最初の味噌ラーメンでした
一つ言えるのは
味噌ラーメンは どのラーメン屋のでも 充分食える
ということです
味噌という調味料の包容力が いろんな粗を包み込んでなじませる
ということ
だから、味噌は無難なラーメンということになる
しかし、味噌という調味料が偉大過ぎて 味噌の味がメインになって仕舞う…
微妙なスープのふくらみ 味わいと旨さが 消されてしまうのではないか…
とおっさんは考えます
これは、求めているラーメンじゃない……胃が震えないぞ…
おっさんが、最初に美味いと思ったラーメンがあります
まだ、大学生の頃に 旭川で食べたラーメン
つづく