中目黒から東急線の線路づたいに代官山に向かっています。代官山には美容院に行くためにもう20年近く通っています。壁の落書きを防止する策として、いつの間にか、素敵な壁アートが出来ました。それでも、このアートの上から落書きをする不届き者がいたらしい。こら〜!
美容院のあとは決まって同じビルに入っているフレンチに行きます。もう10年以上も習慣になっています。
だけど、小腹が空いたときは、中目黒の天然酵母のパン屋さんで決まってこれ。パンがキライなソリマチだけど、このお店の素朴な甘い食感は別なのです。
ソリマチが好きな代官山はここ。代官山T-SITE。TSUTAYAです。本好きにはたまりません。でもそれだけではありません。いくつもの建物が繋がっていてオシャレなデザイン、2階にはバーレストランもあり、お酒を飲んだり食事をしたり、甘いものにコーヒーでまったりしたり。。。一日いても良い!
そしてその裏には、大好きなフレンチのお店も。本当によく来る代官山なのです。
代官山T-SITEにはTSUTAYAだけでなくまたまたオシャレなお店が並んでいて、ドッグランもあり、ペットと一緒に過ごせるスペースも設けられています。
代官山T-SITEにはTSUTAYAだけでなくまたまたオシャレなお店が並んでいて、ドッグランもあり、ペットと一緒に過ごせるスペースも設けられています。
そして、レストラン IVY PLACEも、また大好き!
ソリマチの通う美容院は重要文化財「旧朝倉家住宅」のすぐ横です。いつも窓から眺めるだけの朝倉家にお邪魔しましたー!
ソリマチの通う美容院は重要文化財「旧朝倉家住宅」のすぐ横です。いつも窓から眺めるだけの朝倉家にお邪魔しましたー!
大正時代の建築で、1919年に建てられたのだそうです。所有者は東京府議会議長や渋谷区議会議長を務めた朝倉虎次郎氏。朝倉家は甲州武田家に使えた武士でしたが、のちに帰農し、精米業で財を成した大地主でした。都心に残る関東大震災(1923年)前の和風住宅として貴重な存在です。中に入ると、家族が使う居住部分と接客用の応接部分に分けられ、また、大正時代らしく和洋折衷でモダンだなあと思います。戦後の政策で土地のほとんどを失い、この家も売却、その後は政府の大臣や長官の公邸、会議所などとして使用されていたそうです。とにかく大きな住宅でびっくりします。
洋風な応接間からの景色。
応接室の端まで移動しました。奥には和室がみえます。この先に杉の間があり、その奥には茶室もあります。ちょうどこの日は風が強く、杉の間の戸が閉められていたので写真がありませんが、杉の間からの景色が一番美しい。いつまでも座ってお庭を見ていたいほど。
洋風な応接間からの景色。
応接室の端まで移動しました。奥には和室がみえます。この先に杉の間があり、その奥には茶室もあります。ちょうどこの日は風が強く、杉の間の戸が閉められていたので写真がありませんが、杉の間からの景色が一番美しい。いつまでも座ってお庭を見ていたいほど。
2階にもとても広い大広間があり、たくさんのゲストを呼べるようになっていました。そして、家族のスペースは北に設けられています。
お庭にも行ってみました。斜面に作られた庭なので、どんどん下って、また上に上がる、と行った感じです。石の上を上下するので、お足の悪い方にはキツいかも。
そのまま庭から外へ出ると、ヒルサイドテラスの裏側です。おしゃれなお店を通り越すと、区指定史跡である猿楽神社にたどり着きました。神社は大正時代に朝倉家により建立されたものですが、場所自体はとても古く、なんと、猿楽神社は古墳時代末期の6-7世紀の古墳の上にたっているのです。そのようなわけで、参拝するには階段を上がっていきます。ヒルサイドテラスは、朝倉家と建築家の槇文彦氏により、30年もの年月をかけた代官山の「顔」。そのような歴史あるおしゃれなビル空間にもこのように貴重な文化財が残っているとは。
お庭にも行ってみました。斜面に作られた庭なので、どんどん下って、また上に上がる、と行った感じです。石の上を上下するので、お足の悪い方にはキツいかも。
そのまま庭から外へ出ると、ヒルサイドテラスの裏側です。おしゃれなお店を通り越すと、区指定史跡である猿楽神社にたどり着きました。神社は大正時代に朝倉家により建立されたものですが、場所自体はとても古く、なんと、猿楽神社は古墳時代末期の6-7世紀の古墳の上にたっているのです。そのようなわけで、参拝するには階段を上がっていきます。ヒルサイドテラスは、朝倉家と建築家の槇文彦氏により、30年もの年月をかけた代官山の「顔」。そのような歴史あるおしゃれなビル空間にもこのように貴重な文化財が残っているとは。
縄文時代、渋谷は海の中でしたが、代官山は陸地ですでに人が住んでいたそうです。おしゃれなエリアではありますが、そんな歴史を深くさぐったら面白そう!