先日、葉蘭の花を教えてくださったHさんが
多摩川で撮られた ヒレンジャク の画像を送ってくださいました
ヤブランの実を食べに来たようですね。
私は実物を見たことがありません。
葉蘭の咲く清流公園に来るヒレンジャクは
宿り木の実を食べに飛来するのだそうです。
ヒレンジャクを追い、シャッターチャンスを待つHさんでも
会えないことがあるというこの鳥、
私も一度でいいから見てみたいです。
画像ありがとうございました
先日、葉蘭の花を教えてくださったHさんが
多摩川で撮られた ヒレンジャク の画像を送ってくださいました
ヤブランの実を食べに来たようですね。
私は実物を見たことがありません。
葉蘭の咲く清流公園に来るヒレンジャクは
宿り木の実を食べに飛来するのだそうです。
ヒレンジャクを追い、シャッターチャンスを待つHさんでも
会えないことがあるというこの鳥、
私も一度でいいから見てみたいです。
画像ありがとうございました
間があきましたが市内探訪を続けます
日野宿から脇道へ入りますと 普門寺さんに至ります
応永5年の開基され、古くから牛頭天王社(前回UP済みの八坂神社)の別当寺であったとのこと。
観音堂ですが
文化4年(1807年)に西明寺で建立された
桁行3間、梁行3間の規模のお堂で、向拝にまで一軒の扇垂木を
直接打ち越して作られている。
このような堂の例はなく、江戸時代後期の自由な発想と
卓越した技量を伝える画期的な建造物と言える。
観音堂は明治6年西明寺より移築された。とあります。
(以上は手元に資料がないため図書館で調べてきました。
西明寺は日野宿の東の端にあったようです。)
八幡石
水子地蔵 私にも水子がいますのでお参りします
お堂の横にはこんなお地蔵様もおられました
けんころ地蔵
日野宿健康長寿地蔵尊、平成23年に建立されたもので
高齢化や老夫婦、一人住まいの暮らしが増えているため
こころの安らぎと安心してくつろげる場所をと考えて発願されたとのこと。
次の場所、方角は感覚だけで進んで行きます
第一中学校の外壁に残されているという日野煉瓦を見に行ってみます
白いオキザリス~♫ 咲いていましたよ(^^♪
家の方と違い甲州街道の多摩川寄り一帯は水路が多く、
まさしく❝緑と清流の町❞ です。
川に沿ってぐるーっと回ってみますと一つ目の角に
ありました!!
日野煉瓦の刻印です
レトロ・・・甲州街道でこのレンガを踏んだ人、まだ存命の方がいらっしゃるかも?
なんだか感動でした。
次は日野煉瓦を更に訪ねてみます
💛 💛 💛 💛
よかったねぇ(^^)/ は多いほど良いにまた一つ加わりました
午前中孫1号さんからラインが入りました
彼女は抽象画とかポスター画、デザイン画などで入賞し
上野で展示されたりしていますが
絵を描けるのは我が家系でなく、あきらかにママさん系と思います。
なにはともあれよかったね~♪ 次はどんなニュースかな?
午後3時過ぎころ郵便局に用事で出かけ、
ついでに図書館へ本を返しに行きました
家の近くのお庭の福寿草
こんなに増えて咲いてくれると嬉しいですね
街道沿いのお宅ではいち早く桜が咲き始めていました
図書館では児童図書のコーナーでいろいろ楽しみ、
勉強にもなりました
こちらの本は涙がポロリ
親とはぐれたオオカミが白熊に育てられました
その後、独り立ちして群れとなって行動するようになっていたある吹雪の夜
親とはぐれた子ぐまに出会います
自分がされたようにその子ぐまを育ててあげるというお話でした が、
最後の文章がよかったですね
『やさしさは だれかの こころに つながって、めぐりつづけることでしょう。
きせつのように。 いのちのように。
ぐるうり ぐるうり なんどでも。』
図書館に二時間半も居すわっていての帰り道、とっぷり日が暮れていました
♫~♪
Gバスの三連が出来たことは聞いていました
レッスンで使うかは?ですが、三連で吹きたい曲があるので買いました。
今使っているカメラよりお高い
でも・・主人が買ってくれるということなので
(人''▽`)ありがとう☆ と言う訳で。
今日、届きました
ソプラノは5連にしたくて両端を注文し、連結しました
トラップ大佐役の俳優さんがなくなられたという記事です
サウンドオブミュージックは劇場で2回観、
テレビでも2回ほど観たと思います
今はすっかりなじみとなったいくつかの曲も
その場面と共に思い出されます
いくつかの曲をコカリナで吹いてみました
4部で練習していたのだったのか~と 感慨!
サウンドオブミュージックにちなんで2曲
🎎 🎎 🎎 🎎
図書館の受付に飾られていた折り紙のお雛様
私、まだ飾っていなかった
🎎 🎎 🎎 🎎
ダイヤモンド富士を撮られるHさんからメールをいただきました
葉蘭の花だそうです
葉蘭は家にもありますが花の咲いたことなどありませんでした
これはしっかりこの目で見ておきたい、そう思って
Hさんの鳥撮りに行かれた場所へ行って見ました
清流の流れるその上の段に繁る葉蘭のどこに咲いているのだろうと思って根元を見ると
ありました
あまりきれいに撮れませんでしたが確かに送っていただいたものと同じ花
今日は珍しい花を見ることができ、ついでにウオーキングまでできてよい日でした
Hさん情報ありがとうございました(^^♪
帰りは川で鳥を見たり、夕暮れの山を撮ったり、人気のない川でコカリナ吹いたりして
暗くなるころまで楽しんできました
日が伸びてきたので少し遅くまで外にいられるようになりました
川の左岸からはいつも歩いている丘陵全体が見渡せます
日没
川のある風景が好きです
川のほとりで川のほとりでの曲、ぴったり♫
それにシャロームの歌も
丹沢の山なみです
日野宿を歩いていると、この建物のところに説明板がありました
画像、屋根が切れてしまっていますが、蔵だそうです
東京都の指定歴史的建造物と記されています 建築年 江戸末期~明治初期
文字が薄くて読みずらいかと思いますので転記します
< 渡邊家の屋号は「中村屋」。旧甲州街道沿いにある味噌、醤油、酒を取り扱う
万屋(よろずや)の店蔵として使われていた。
当初は木造軸組2階建ての土蔵だったが、関東大震災の影響を受け土壁にひび割れが
生じ、昭和5年に大谷石による張石蔵へ改修し、あわせて下屋部分をコンクリート
製のバルコニー形に変えている。また、昭和7年の甲州街道の拡張に際して
曳家工法により、現在の位置に移転している。
日野宿の文化を物語る貴重な建物である。>
(昭和の初期頃の日野では米倉としても大谷石が使われていたそうです)
問屋場・高札場跡と彫られた石碑があります
問屋場は人馬継立などの宿場業務を執る役所のこと
高札場は幕府の法度や掟等を掲示する場所のこと
をいうそうです
↓
移設前
そして
気になっている煉瓦にも会えました
刻印はOSAKA、日野煉瓦ではないようです~
日野煉瓦工場は創立者の死亡により約二年半ほどで閉めることになり、
その後できた長沼の工場が→横浜→大阪 へと会社と名が変っていった、そこの煉瓦だと思います
煉瓦工場の歴史など全く知らないことでした
この後、街道から少し入った 普門寺さんへ言ってみます
計画的に歩いていないため、行くたびに場所が飛び飛びになったりしますが
なるべく道順を考えて載せようと思います
次回へ
♣♣♧♧♣♣♧♧♣♣♧♧♣♣♧♧♣♣
今日の庭の花