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遠足(クラゲ水族館)
失うことではなく
残すことに ・・・
老いの本質があるように思います。
痴呆症のお姑さんを
長年介護したお嫁さんが書いた
・・・ こんな文章を見つけました。
およそ1カ月、死を見つめた心の葛藤を、生の姿で演じる姑。たまりかねてお仏前に手を合わす私。「 どうか、おばあちゃんの頭の中を、これ以上混乱させないでください 」と。
約7カ月。夜か昼か、区別のつかない看病のつらさにも、この先、命のある私。姑の命は、葛藤のおさまる日は命の終わりの時である。(中略)
5月3日午前8時20分、ゴム風船にあいた穴から、目に見えない空気が抜けていくように、それはまことに静かな呼吸の終わりでした。
私にとって、姑の姿は、生涯忘れることのない大きな師であり、大きな財産ともなるつながりとなったのです。
嫁として日々を振り返る今、姑ではなく母への追慕そのもの、と思えるのです。
残していく。
それが老いであり
死なんだな ・・・ と感じさせられます。
これが ・・・ 老年期の仕事。
それが老いであり
死なんだな ・・・ と感じさせられます。
これが ・・・ 老年期の仕事。