15道県の計46か所の山林に、半世紀前から猛毒のダイオキシン類を含む除草剤が埋められたままになっている。
当時は安全に焼却処理する技術が確立されていなかったためだ。
除草剤にはベトナム戦争で、がんや先天性障害などの被害を引き起こしたとされる「枯れ葉剤」と同じ成分が含まれており、林野庁は撤去に向けて検討を始めた。
ダイオキシン含む除草剤、全国の山林46か所に埋設のまま…水源近くの例も
15道県の計46か所の山林に、半世紀前から猛毒のダイオキシン類を含む除草剤が埋められたままになっている。
当時は安全に焼却処理する技術が確立されていなかったためだ。
除草剤にはベトナム戦争で、がんや先天性障害などの被害を引き起こしたとされる「枯れ葉剤」と同じ成分が含まれており、林野庁は撤去に向けて検討を始めた。
立ち入り禁止
<立ち入り禁止 囲い内の立ち入りや土石等の採取をしないで下さい>
佐賀県吉野ヶ里町の国有林にはそう警告する看板が立ち、一帯は高さ1メートル60の金網で厳重に囲われていた。
1971年12月、この場所に除草剤「2・4・5―T系」945キロが埋められた。
2月下旬、林野庁佐賀森林管理署の職員が、車で10分ほど走った林道の先にある埋設地の点検をしていた。
約1キロ離れた場所には、福岡市民の水がめの「五ヶ山ダム」がある。職員は手で金網を揺らし、約20分かけて強度を確認。
侵入された形跡がないことや、周囲のササや樹木の植生に問題がないことも確かめた。
同管理署は月2回の定期点検を続けており、白石健二署長は「これまでに異常が確認されたことはない」と語った。
当時は農薬
林野庁によると、各地に埋設されている除草剤は、67年頃から国有林の下草を刈るために同庁が使っていたものだ。当時は農薬に登録されていた。
しかし、世界各地で健康被害の恐れが報告されたため、同庁は71年4月、使用中止を決定。
同11月には埋設を指示する通達を出し、国が管理する全国の山林計54か所に除草剤の粒剤約25トンと乳剤約1836リットルが埋められた。
通達では、土やセメントと混ぜてコンクリート塊にすることや、1メートル以上の土をかぶせ、水源地や民家から一定の距離をとり、1か所に埋める量は300キロ以内にすると決められた。
しかし、84年に愛媛県で漏出が判明したことを受け、同庁が全国調査をしたところ、29か所で通達通りに埋設されていないことがわかった。
一部は撤去されたが、今も20か所で通達の基準とは異なる方法のまま埋められている。現在は年2回の定期点検と、大雨や地震の後に臨時点検を実施。
周辺の土壌や水質を検査しているが、ダイオキシン類の環境基準値を上回ったことはないという。
費用1億円
ただ、2020年7月の九州豪雨では熊本県芦北町の埋設地の約1キロ先で土砂崩れが発生。
熊本地震などの災害も相次いでいることから、同庁も撤去を念頭に処理方法を調査することを決めた。
昨年11月には、佐賀県吉野ヶ里町、熊本県宇土市、岐阜県下呂市、高知県四万十町の4か所で撤去する際に必要な機材や、掘り起こした後の保管場所について調査。
4月18日に公表した報告書では、いずれも安全に除去できるが、場所によっては1億円以上の費用がかかることが判明した。
林野庁は、不安を抱えている各地の自治体に、今後の計画などを説明する。
同庁業務課の長崎屋圭太課長は「住民の不安も理解できる。
撤去を念頭に最終処理する方法を検討していきたい」としている。
「有機塩素系」は回収
長年埋設された農薬を実際に回収したケースもある。
農林水産省によると、戦後、「有機塩素系農薬」と呼ばれたDDTなどの薬剤は、主に殺虫剤として使われてきた。
しかし、有害物質が体に蓄積しやすいとして、1971年に販売が禁止され、計約4400トンが山林や農薬会社の敷地に埋設された。
処理技術が進歩したため、国などは2004年度から掘り起こしを始め、計約4100トンを無害化した。
熊本学園大の中地重晴教授(環境化学)は「ダイオキシン類を含む2・4・5―T系の危険性は、有機塩素系農薬に比べても桁違いに高い。
災害で埋設した除草剤が川に流れ込み、人が摂取すれば微量でも人体に影響する可能性はある。
林野庁だけでなく自治体も費用を負担して撤去を検討すべきだ」と指摘する。
「ダイオキシン類」含む除草剤、取水ダムに近い国有林にも埋設…半世紀経てようやく撤去へ
猛毒のダイオキシン類を含む除草剤が15道県の計46か所の山林に埋設されるなどしている問題で、林野庁が今年度、熊本県宇土市など全国3か所で本格的な撤去作業を始める。
半世紀を経て掘り出し、高温処理を施して無害化するもので、同市では5月にも全国で初めて掘削に着手する。
周辺住民らは漏出防止や土壌の安全性が確認されることを望んでおり、同庁は万全の態勢で作業を進めるとしている。
テント張り
9日、宇土市中心部からそれほど離れていない国有林を訪れると、埋設地を囲っていた侵入防止のフェンスの一部が撤去され、作業員が重機で樹木の伐採を進めていた。
「ダイオキシン類が飛散しないようテントを張り、掘削に取りかかります」。熊本森林管理署の広田忠善署長が説明した。
林野庁によると、国有林にはダイオキシン類を含む「2・4・5―T系除草剤」約2トンがセメントで固められ、2か所に分けて埋められている。
掘削範囲は計140平方メートルで、今回は1か所分(54平方メートル、110立方メートル)が対象だ。
掘削時は粉じんがテント外に出ないよう集じん機も設置する。
重機で取り出した埋設物は砕いてドラム缶に密封し、トラックで県外の民間処理施設へ運搬。
通電による発熱で溶かして無害化する。広田署長は「残留物がないよう責任を持って撤去する」と強調する。
国有林の麓には集落があり、宇土市は2003年、国に早期撤去の要望書を提出し、その後も繰り返し求めてきた。ようやく着手され、住民の男性(72)は「撤去後の土壌の安全性もしっかり確認してほしい」と注文した。
20年以上、問題提起してきた市議の藤井 慶峰 さん(69)は「一安心だが、完全になくなるまで注視したい」と語った。
通達に反し
除草剤は1968年頃から国有林整備の際の雑草除去などに使われた。当時は農薬として粒剤と乳剤が販売されていた。
しかし、微量のダイオキシン類が含まれていることが分かり、海外で健康被害の恐れが報告されると、林野庁は71年に使用中止を決定。
セメントや土を混ぜて固め、水源地や民家から離れた国有林に埋設するよう各営林局(現・森林管理局)に通達を出した。
当初は54か所に埋設されたが、84年に愛媛県で漏出が判明したのを機に同庁が調査したところ、29か所で通達と異なる方法がとられていた。
缶のまま埋設されたケースもあり、一部は掘り起こして地上に新設したコンクリート槽に移して保管を続けている。
現在、埋設・保管されている除草剤は46か所で計26トン。
20か所は今も通達と異なる方法で埋まっている。
同庁は2003年以降、水質や土壌の調査を実施し、基準値を超えるダイオキシン類は検出されていない。
担当者は「ダイオキシン類は水に溶けにくく、土壌に吸着しやすい。
地表に雨が染み込んでも流れ出る可能性は低い」と説明する。
だが、近年は全国で豪雨や地震が頻発し、土砂崩れなどによる漏出を懸念する自治体から撤去を求める声が大きくなった。
林野庁は21年から埋設量が多い地域など一部で調査を進め、掘削範囲や処理方法が決まった地域から撤去を始めることにした。
今年度は佐賀県吉野ヶ里町と高知県四万十町でも順次着手し、他地域のモデルとする。
945キロが埋められた吉野ヶ里町の国有林は、福岡市が水道用水として取水する五ヶ山ダムや南畑ダムに近い。
そのため、同市や関係機関は毎年のように早期撤去を求めてきた。
佐賀森林管理署によると、5月から準備作業が始まる予定で、福岡市水道局の担当者は「水源の近くに埋められているというのは好ましくない。
吉野ヶ里でも、早く安全に撤去が進むことを願う」と話す。
同庁の担当者は「撤去にはそれぞれ数年かかると見込まれるが、漏出対策に万全を期して進めたい。先行地域の状況を踏まえ、他地域でも撤去を念頭に検討していく」と話している。
◆2・4・5―T系除草剤 =毒性の強いダイオキシン類を含む農薬。
ベトナム戦争で米軍が使用した枯れ葉剤にも同様の成分が含まれていた。
粒剤に除草効果のある化学物質「2・4・5―T」が1.3%程度含まれるとされるが、ダイオキシン類の含有量に関する詳細な情報はないという。
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