化学物質が私たちの脳や神経系にどのような影響を与えるのか、神経毒性がどのように作用するのか、そして中毒性脳症や多発性化学物質過敏症(MCS)などの症状についてご紹介します。
健康や生態系への影響が懸念される
化学物質すべての評価を目指して
特集 数理モデル的手法を用いた化学物質の環境動態把握
当研究者の前身である国立公害研究所が設立された1974年当時、深刻であった重金属や大気汚染化学物質、農薬、洗剤などに伴う汚染によるヒト健康や生態系への影響は、公害問題は地域的な問題で地球規模では考えられていませんでした。
その後、各種の環境基準や排出規制、有害な化学物質の製造・使用の制限によって、近年は大きく改善されてきました。
しかしながら、1990年代後半から問題となった
・内分泌かく乱化学物質(環境ホルモン)のようなごく低濃度で体内を調整する伝達化学物質や、
・非意図的に排出されるダイオキシン類、
・そしてその後も臭素系難燃剤やフッ素系の撥水剤、
・各種ナノ粒子、ネオニコチノイド系などの浸透性の農薬、海洋に排出されたマイクロプラスチックなど、
次々に新たな化学物質などによる健康や生態系への影響が懸念されています。
これらの物質に共通する特徴は、十分に作用・影響がわかっておらず、既存の化学物質の評価、管理から漏れてしまっている点です。
人間生活から環境中に排出される化学物質等の汚染要因については、図に示すように、Zone 1~3の3つに分けることができます。
Zone 1の既知の汚染要因(大気汚染化学物質や重金属等)は目に見える氷山の一角であり、
Zone 2の定量化できない未知・未解明影響(中枢神経系の障害や免疫や内分泌かく乱、継世代等の影響)、
Zone 3の未知・未規制の物質(神経毒性や内分泌かく乱作用を有する化学物質の多くやネオニコチノイド系殺虫剤等)、があって、まだまだわからない点が多く残っています。
そこで、2021年4月から始まった第5期中長期計画の包括環境リスク研究プログラム(化学物質等に起因する健康・生態リスクの包括的評価・管理研究プログラム)では、図に示すように特にZone 2とZone 3に着目する5プロジェクト体制で実施することとしました。
PJ1では、ヒト健康の有害性について、免疫系や脳神経系、生殖影響などのこれまでに評価が十分でない影響に加え、実環境レベルの低濃度で高齢者やアレルギー疾患などの脆弱な集団への影響の評価を、
PJ2では、生態系への有害性について、生態系において脆弱な集団となっている高い感受性を持つ生物種や、高い感受性を持つふ化間もない仔虫(あるいは仔魚)などのステージ生活史に着目した野外調査、室内実験、数理・統計モデルの開発を行います。
また、化学物質のヒトや生態系への曝露について、物質の対象を広げ、
PJ3では高極性(水溶性が高い)などの分析困難な化学物質にも対象を広げた計測手法の開発を、
PJ4では人間生活から環境への排出や移動、消長(分解や生成)に関するデータのない多くの物質について環境動態を把握するためのモデル手法の開発を目指します。
PJ5では、これらの4つのプロジェクトから得られた健康有害性や生態系有害性、曝露量や環境中濃度を統合して包括健康リスク指標および包括生態リスク指標を提案し、環境省が実施するリスク評価事業や、化学物質管理の国際的取組に対して貢献することを目指します。
本プログラムの中でも懸念される化学物質すべての環境動態のモデル開発を目指すPJ4に着目して、その研究の進捗状況や今後の研究の目標を紹介します。
「多様な化学物質のリスク評価・曝露評価の実現に向けた用途情報の活用」と題して、主要なテーマである、
1.化学物質の環境リスク評価の現状とプロジェクトの狙い、
2.化学物質の用途情報と排出量推定に向けた検討、
3.不確実な情報を元にしたリスク評価について、の3つについて紹介します。
また、研究ノートでは、「フリー溶存濃度による化学物質汚染とばく露の評価」と題して、主に環境中の動態の把握が難しいイオン性や難水溶性の化学物質について、生物に利用される可能性のある遊離(フリー)態に着目した研究の進捗状況について紹介します。
さらに、環境問題基礎知識としては、「地球規模の水銀循環と動態予測」と題して、様々な性質を持つ化学形態があり、その長距離移動性や健康影響への懸念から2017年に水俣条約が発効するなど見直されている水銀研究の課題について解説します。
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