モノスヤ☆のまきのテケテケあるある記。

花柳仲登嗣(モノスヤ)&仲真央(のまき)のコンビは2013年もブルワーズ青木を鋭意応援して生きます!!芸道も精進ちゅ♪

アフォダンス。

2006-03-22 21:21:07 | いろんな話。
モノスヤです

gooにて、
『アフォダンス』という言葉を見つけた。

「踊ります踊らせます踊りませんか」のモノスヤのこと。
『アフォダンス』と見れば、「アホなダンス」か。
「アホが踊るダンス」としか思えないのは至極当然のこと。

J・ギブソン氏に叱られますって、J・ギブソンて誰やねん。
(正解は知覚心理学者)

「アフォダンス」じゃなくて、
『アフォーダンス』だっちゅうの。紛らわしい。

環境の意味や価値は、認識主体によって加工されるのではなく、
環境からの刺激情報のうちにすでに提供され、
固有の形をとっているという思想。

だなんていわれても、なにがなんだかさっぱりわからんちん。
ちんぷんかんぷん。

おまけに、
「生態心理学用語」にもアフォーダンス。
「デザイン用語」にもアフォーダンス。
それぞれ指し示すものが違うというから、それもまたわけわかめ。

ところでギブソンとやらいう人は、
知覚心理学者とも生態心理学者ともいわれていますが。
いったいどっち?どっちでも、いいか!?

ギブソン、ごめん。(呼びつけだし)


ギブソンの「アフォーダンス論」というのは、
『ナントカがナントカにナントカできるという関係』
をカタカナでいったものなんだそうです。

わかる?わからんよね??

フォーイグサンポー。
ここに椅子の形をしたものがあると仮定して、
それを見てどう思うか。
「椅子だなと思う」が妥当な線、それは何故か。
それはその「椅子の形をしたもの」が、
『座る』というアフォーダンスを与えているからなんだって。

嗚呼、余計わけがわからない。頭痛注意報発令中。


ええっと、
椅子と私(たち)の間に存在する関係性は「座れる」だけじゃなくて。
「持てる」とか「破壊できる」とか、
モノと行為者(=動物)の間のアフォーダンスは無限に考えられるとか。

何か、ネタとして面白そうだと取り上げたものの。
どうでもよくなってきたし。


「アフォーダンス」は個人的なものなので、
私の前に大麻の紐(いわゆるヘンプ)があれば。
そのヘンプの意図は私に結ばせるアフォーダンスを与えている、
ってのが糸の意図だし。

でも。
ヘンプを見ても、それが結ぶものだと思わない人は思わないし。

行為者が変わっても、環境が変わってアフォーダンスは変化する。

結論としては「変わるもの」を、
理論としていちいち難しいことを覚えておく必要性はないわけだ。


とりあえず、
今日はヘンプとマクラメビーズとウッドパーツと仕入れてきたので。
明日から大麻のアフォーダンスの声を素直に聞いて、
てーげー磨くことにしようっと。

(出来上がった首輪)


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