私、メダリストという人に初めて会いました! その人は、セパタクロー日本代表の松田祐一さんです!!
セパタクローで日本人のメダリストに会う… いかにも タイならでは、ですねぇ~ と云うのも、タイでは
ムエタイと同様に国技の一つと聞きますし、非常に人気もあり、ピュラーです。 実力も世界最強と
言われ マレーシア・ベトナムと後に続きます。 9世紀頃から東南アジアの各国各地で伝えられてきた
伝統スポーツ… 典型的な東南アジアのスポーツなんでしょう、特にタイとマレーシアが際立っています。
<銅メダルを胸に、松田祐一さん…>
松田さん (30歳) は、2010年11月、中国の広州で開催された第16回アジア大会で、男子セパタクローの
競技でダブルス戦・チーム戦での二種目で、見事に 初の銅メダルを 二つも獲得しました。
しかし 決して、銅メダルを獲得するまで 楽な道のりではありませんでした。 いや茨の道だったと、
松田さんは振り返ります。 高校までサッカーで活躍していましたが、限界を 感じてプロの道を 断念・・・
1999年亜細亜大学入学と同時に、サッカーと同じ足でボールを扱う・メジャーでない・努力次第で
上まで行ける・・・ 等々 可能性のある競技、セパタクローに魅かれて入部することになりました。
<公園でセパタクローを楽しむ一般の人たち…>
やればやるほど上手になり、遣り甲斐もでて 狂ったようにプレーに熱中し、2000年の大学2年生の時に
日本代表入りを 果たしました。 その頃からタイには毎年開催される世界選手権 「キングスカップ」やタイ
プロリーグの参戦などで何度も訪れるようになりました。 これがタイを 知る切っ掛けだったと言います。
ついに2006年、カタールのドーハアジア大会日本代表で、念願の出場を 果たしましたが、ダブルスで
5位、メダルには届きませんでした。 続く2007年の世界選手権でも惨敗、モチベーションも下がり、
引退を 考えたとの事です・・・ でも メダリストになるような人は、ここで引き下がらないのでしょうネ。
<セパはマレー語で蹴る、タクローはタイ語でボールを意味する…>
これを乗り越える為に あえて厳しい環境に身を 置くことを 決意し、選んだのが 本場でのタイ修行でした。
現地プロリーグに飛び込むと、実力の違いを 目のあたりにします。 日本では当たり前だった代表という
トップの立場が逆転しました。 「コートに入れる時間も極端に限られ、短い時間を 貴重に使うことで
プレーに集中出来た」 と言います。 レベルの高い選手たちに揉まれれば力は付きますヨ・・・
特に、技術面ではレシーブ力が向上し、精神面では劣勢でも常に落ち着いていられる、強い相手でも
ひるまないなど、試合の運び方や試合中の安定感が増してきました。 そこは、元々 センスと実力ありの
松田さんです。 そして 一年と5カ月の修行で、スッカリ 強いタイ人と遜色ない逞しい選手に・・・
<川内さん(左)と前島さんに挟まれて…>
「タイが自分を変えた」 という松田さん。 常にタイの高いレベルの環境に揉まれていたことが、日本
男子初の しかも 松田さん自身11年もかかって、メダル獲得に繋がった」 と…
今回 タイを 訪れたのは、タイでお世話になった人達へ、メダリストになったお礼の報告とか…
また 一つ タイで素晴らしいドラマに出会いました!
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