2002年に、父が亡くなった。
その後の整理が全て終わった翌年の夏、突発性難聴を罹患した。
低音から高音まで、全てが聞こえなくなった。
同時にものすごい耳鳴りに襲われた。
都会はどこに行ってもモーター音がしないところがない。
音が襲ってくる苦しさに苛まれていた。
退院してからも治療は続けた。
それなりに改善したが、高音部は戻り切らなかった。
ソプラノの声、若い女性や子供の声、フルートやヴァイオリン、能管等々、耐えられない音世界になってしまった。
当然、自分で弾くピアノの音や歌う声が、耳の奥で唸り突き刺さり、耳栓を右耳にあてがったこともあった。
自宅を建て替え、畳の部屋にピアノを移したが、耳栓ははずせなかった。
5、6年前に蔵にピアノを移した。
それでも耳栓はついてまわった。
だが、仕事や母の介護でピアノを弾くことをやめてしまっていた。
さて、この度の蔵のリフォームでピアノをもとあった畳の部屋に戻した。
何とは無しに昨日、一昨日と、久しぶりにピアノの稽古を再開してみた。
どうだろう、驚くことに耳栓はいらなくなっている。
いや、耳栓のことはすっかり忘れて稽古をしていた。
嬉しかった!
が、指はみごとにい動かない。
選んだドビュッシーの小品、「夢」は、悪夢に・・・
とにかく、意識が続かない。
フレーズが途切れて流れない。
ピアノを弾く勘は、まったく失われている。
情けない。
苛立ちにも似た感情が渦を巻いた。
高音は完全には回復していない。
それでも耳栓はいらなくなった、というのに・・・・・
ピアノに触れなかった年月を指折り数えて、胸がキューッと締め付けられた。
そうだ、長のご無沙汰、ミューズ様にお詫びしよう。
ゆっくりでいい、できれば生きているうちに、少しでも勘を取り戻させていただけますように。
ピアノを弾くことで得られる脳内快感を再び私にお与えください、と。