羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

Scan Snap S1500M 快調に滑り出す

2011年07月31日 14時33分22秒 | Weblog
 本日、野口体操の資料整理の試しを始めた。
 古い新聞記事や雑誌、月刊誌等々の記事をスキャンし、しかるべきフォルダに保存し、iPadとiPhoneのiBooksに同期してみた。短時間にすんなりと仕事をしてくれるのには、機械といえども感謝感激!
 新聞記事や古い雑誌のコピーは、そのままの状態ではスキャンしにくい。そこで大きさは合わないが、付属のA3キャリアシートに挟み込んでやってみると、ベターではないが記録としては、これで良し!とした。

 天地や入れ込む向きが最初はうまくつかめなくて、やり直すこと数回。コツがつかめたので明日から少しずつスキャンしていこうと思っている。
 こういう作業は、大学の授業がある期間は難しい。単純作業でありながら、神経を使うから。
 一例を挙げれば、同じサイズのものはないことがいちばんの問題点と言えるかもしれない。

 いずれにしても十数年以上の懸案事項を、今年になってMacintosh系に統一し、iMacの子機や孫機であるiPadやiPhone4が便利に使えるようになったことによって、実現した整理法である。
 長年、どのような方法が良いのか、あるいは一人で出来るのだろうか、などと苦悶していたが、文明の利器はその問題を一気に解決してくれそうだ。

 そして特筆すべきは、Scan Snapが優れもので、スピードはもちろんのこと、フォルダに保存、メール添付、MobileMeへ保存等々、さまざまに用途が連携して使えるのだ。
 今朝もO氏に「野口体操のまとめ」をPDFファイル添付したメールを差し上げた。

 つまり言いたかったことは、個人でこれほどのことが短時間で出来るなんて夢のようだ、ということ。
 これから、面倒がらずに整理を続けていきたいもの、デス。
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片付け、読書『日本中枢の崩壊』他、そして。。。。。あぁ、涙!

2011年07月30日 08時24分26秒 | Weblog
 今週は、前期の成績を出したのがきっかけで、冬物の整理や身の回りの掃除等々、家事もはかどった。
 涼しかったことが大きいかもしれない。周りが片付いてみると、大片付けの残り3の2が、あれこれと浮かんでくる。手順と段取りを考えて、暑さがおさまる頃に、余裕があったらやるとしよう。

 片付けの合間に読書。
 辞職を迫られた経産省官僚 古賀茂明著『日本中枢の崩壊』講談社 『官僚の責任』PHP新書 『日本が融けてゆく』須田真一郎対談 
 3冊を一気に読んだ。
 新聞、月刊誌、週刊紙、テレビ、Twitter、IT情報ではつかめない内容だった。
 統一感というか、まとまり感というか、1ページ、1ページを自分の手で捲ることによって、積み重なってくる思考の方向が明かされるのを追う醍醐味だ。
 3・11以後、いわゆる既存のマスコミ報道が信じがたくなってきた。そこでTwitterやYouTubeやUstream等々から情報を得ていた。それらは多くの事実を伝え、考え判断する材料を与えてくれている。ITに疎い人との格差に杞憂すら覚えた。
 しかし、もう一つ忘れてはならないのは、良書を読む行為である。
 この3冊には、今現在日本に暮らし、将来もこの国にとどまり、最期もまた祖国で迎えるだろう自分にとって、そして次なる時代を生きる若い人たちにとっても、知っておいて無駄にならないことが明瞭な文体で書かれている。何となく予想はしていたが、一般庶民には本当のところは伺い知れないことを、裏付けとなる出来事を手際よく描き出していく。そこから皆がうすうす不安に思っていた日本の危機が、畏れもなく、忌憚もなしに筆に載って伝授されるのだ。
 著者が自らの経験を通して考え企て、時には行動を通して導きだされた展望に、すべてハイハイと納得できることばかりではなかったが、今のこの機を逃したら、我が国は奈落に底に落ちてゆき、這い上がれなくなることの実況見分を先取りする内容だった。
 実は、大本営発表ではなく、こういうことを知りたかった。断片的な羅列ではなく、きちんとしたストーリーとして伝えるには、やはり紙の本に勝るものはない、と確信をもらった。
 日本を守る、というより家族を守る、むしろ国民一人一人を守るために、何をしたらよいのかを示唆する本の一冊と言えるかもしれない。
 
 原発事故は、経済戦争の負の遺産として、これから長期にわたって黒い雲として漂うことだけは間違いない。この雲を簡単に吹き飛ばすことはかなわない。その雲の下で次の世代の暮らしを慮り、どの道を選ぶのか、一人一人の賢さが試されている危機なのだ。
 66年前、敗戦として終結した戦争も、エネルギー問題が誘因だった。今回もまた近現代の日本にとって、否応無しにエネルギー問題は、常に切羽詰まった情況で対峙しなければならないこととして再認識させられた。そのエネルギー問題は、今や地球大の問題となってより難しい選択を迫られている。
 エネルギーと経済問題、その中枢にある経済産業省の改革派官僚の著したこれらの本は、是非にかかわらず読んでおきたい、やっぱりそうだったのか!の裏付けをしっかりいただけるからだ。

 それにつけても経産省のトップ海江田万里大臣が、泣き崩れる映像を何度も見せられて、暗澹たる思いにとらわれた。数ヶ月以上の経過を思い出し涙のわけをたどりつつも、言葉はみつからない。
 その同じニュースで、新潟・福島の大洪水と土砂災害が伝えられた。少しでも被害が少ないことを祈るばかり。
 幸い、いまのところ無事に過ごせる東京に暮らす庶民の一人としては、まず今日やるべきことを“改めてやるしかない”と、暗い空を見上げている朝だ。理由はそれぞれ、泣きたい人は多いんだ。でも、涙を拭いて、ここは変革・改革を進めるしかないんじゃなかな、と私は思っている。
「革」の意味は、“あらためる”なのであります。
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新聞の宅配とWeb版

2011年07月28日 11時14分12秒 | Weblog
 最近のことだが、といっても今年の早春頃からだ。二紙とっている新聞のうち、一紙がポストのなかで引っかかって上下動するフタが開かないことがたびたび起こっていた。
 今週もスムーズに開けられず、苦心惨憺の末にようやく取り出すことができた。両手ともに痛い思いをした。
 そこで販売所に電話をして、入れ方に注意を促そうとおもったが、その日は思いとどまったもののなんとなく落ち着かなかった。

 翌朝、一紙を取りにいき、しばらくしてから家の前の道路を掃除していた。
 バタバタとバイクの音を鳴り響かせて、新聞配達の若者がこちらに向かってきた。
 思いが通じた、とばかりに立ち止まって、近づくのを待った。
「あのね、ポストのなかで新聞がひっかかって、とれないことが時々あるの」
「昨日ですか」
「そう、昨日もね」
 配達員は木戸から中に入って、ポストの様子を眺めていた。
 会話を交わすうちに、たどたどしい日本語に気づいた。どうやらアジア系の外国人のようだ。
 新聞をたたんで投函するときの向きが問題だった、と彼は身ぶり手ぶりを交えて説明した。
「気をつけて入れて頂戴ね」
「はい」と言葉にはせず、うなづいて去っていった。

 もう一紙は、朝の4時には配達されている。しかし、配達員は頻繁に変わっている。仕事として長続きしないのだろうか。いや、今の日本で新聞配達をする人間が日ごと減っているに違いない。
 すると早晩、宅配は難しくなるかもしれない、ということが脳裏をよぎった。
 Web版を契約してる者としては、新聞を読む前に記事を拾っていることが多くなった。契約した当初は、パソコンで読むことに慣れなくて、やめようかとも思ったこともあった。そのうちにメールマガジンで、主なニュースが伝えられることに気づいて、そこから直接記事にリンクできる手軽さから、Web版を読む回数が次第に増えていった。そして、今年の震災直後から、Twitter版に気づいて、それを利用するようになった。iPadで読みやすいことがよりこちらに傾斜していく理由だった。ただし、このTwitter日経はあまり多くの人が活用していない。フォワローは30万人弱しかいない。時々刻々更新されて、新しいニュースを読むことができるのに、である。

 若い人だけでなく、購読者が減っているらしいが、これからもっと読者は紙の新聞から離れていくだろう。
 ゆくゆく新聞配達の仕事をする日本人がいなくなり、外国人が担うとすると、早晩、宅配は消滅の憂き目にあうだろうなぁ~、と思った。

 私にとっては、まだまだ紙の新聞とWeb版は、双方に利便性を感じているので、とり続けると思うけれど、皆さんはいかがですか?
「とはいえ時間の問題かもしれませんね」と知人が言った。
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腕時計のベルトのお告げ

2011年07月24日 13時55分14秒 | Weblog
 かれこれ7年以上は、十二分に使っている腕時計のベルトが切れてきた。
「時計が欲しい」と思い立って出会うまで、実に数年の歳月が流れていた。
 私なりの条件があった。
 それは授業やレッスンなどで、文字盤に視線を落とした瞬間に、何時なのかがすぐ読めることだった。でもあまりに味気ない雰囲気のものは望まない。
 で、歴史的記念の時計を復刻制作した、という新聞広告を見た。さっそく実物を見に出かけ、気に入ってしまった。
 針は二本。表記はローマ数字。大きめだけれどクラシックですっきりしたデザイン。
 それが今はめているこの時計だ。なくさない限り一生使うことが出来る。
 
 今朝、新宿のTIFFANYに出かけて、無事にこれまでと同じ革ベルトに交換できた。
 はめてびっくり! ものすごく固くて、はめるのに一苦労。またはずすにも一苦労。
 帰宅してさっそく目打ちで穴を大きく広げたところだ。
 ベルトが新しくなっただけで、ほとんど新品に見えるから不思議だ。
 毎日はめることで、革は馴染み、あんなにも柔らかくなっていたのだなぁ~。
 
 この時計は、私の野口体操を見守り続けてくれていたのだ、と思うと感慨も一入。
 野口没後十四年目。大学で野口体操の授業を受け持つようになって十年目。その間のほとんどの時間を共にしていたのだ。ちょっと柔らかく熟れすぎた姿勢を、“このあたりでもう一度見直しなさい”というお告げかもしれない。
 2011年、後半はちょっと気を引き締めることにしよう。
 前期の成績を提出して、ホッとしているところだが。
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『困ったときのネット検索』

2011年07月16日 08時27分48秒 | Weblog
 このブログでもときどき話題にあげている近藤早利弁護士が、他の専門が異なる四名の方々と便利な本を編まれた。
〈住生活、家族、お金と資産形成、悪徳商法、老後の生活、相続と遺言、犯罪と警察、職場、ビジネス、災害〉
 10項目にわたってオススメサイトを紹介する便利な本である。

 実際問題として、困った時に弁護士さんをたずねるには抵抗がある。といって身近に相談に乗ってもらえる人は少ない。たとえ乗ってもらっても、適切なアドバイスが受けられなかったり、逆の立場に立った時など適切なアドバイスがあげられないことも多い。
 で、一人で悩むうちに時間ばかりが過ぎていくのが実情だろう。

 そんな時に“検索”、と思い立っても、その中には危ないものも潜んでいるかもしれない。そもそもよく分からないことを検索するのだから、どれを選びどれを選ばないか、その判断を下すことは難しい。

 そんなときこの一冊は便利そうだ。まず、当たりをつけて、“自分の中を整理することが肝要”、と、心得を教えてくれる。
 とても簡潔明瞭・的確なコメントに、サイトのアドレスが載っている。
 Webキューレター本である。
 このキューレターの仕事は、検索以上の内容を示すところに命がある。それができるという人は、それぞれの道の専門家であり、且つ仕事としての経験を積んでいることが条件になる。そこに信頼が生まれる。
 キューレターと言えば、美術館などが最初に思い浮かぶ。専門職としてのキューレターに、案内してもらえると美術の楽しみも味わいもより深くなるわけだから。

 ところでこうした新しい本の試みには、相当なご苦労があったことと推察。
 なにしろパラパラとめくるだけで、人間の一生が見えるから面白い。そしていくつかは対処しなければならない出来事に遭遇するのが、社会生活をする者の定めのようだ。これからの私にも知っておきたい項目などが見つかった。
 そこでお願い。
 紙の本でチェックをいれ、実際に検索するには電子書籍もあったら、クリック一つでそこにとべるのになぁ~。二冊目を自炊してiBooksにいれたとしても、クリックひとつで飛べないですよね?
 別立てて出版してもらうしかないのかも。
 
『弁護士イチオシ! 困ったときのネット検索 身近な近隣トラブルから予期せぬ自然災害まで。』三省堂 です。
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お盆、その準備

2011年07月14日 07時27分09秒 | Weblog
 新築した家に住みはじめて、この6月で満6年、7年目に入った。
 ここで迎えるお盆も回数を重ねた。はやいものだわね、という会話をしながら昨晩は“迎え火”を炊いた。しかし、折からの強い風で、用意した“おがら”を半分にしておくことにした。
 ご近所では、こうした行事をする家は皆無だ。それでも仏具屋はもちろんのこと、花屋やスーパーでは、お盛りものやおがらや馬と牛を象ったわら細工等々、二週間以上前から店頭に並べてあった。商店街ですれ違う人のなかには、お盆用の品を手にした中高年女性の姿があったのだが。

 今年は朝のうちに、明大前の大学にちょとした用事があって、その帰りに幡ヶ谷の寺に墓参りもできた。9時30分過ぎに帰宅して、掃除、段飾り、行灯の組み立て、花活け等々、手慣れてきたものだ!とつぶやきながら一気に終えた。
 とはいえ正直言ってこの時期のお盆の支度は、何とも気ぜわしい。授業も最後の段階に入っている。殊に今年は4月の3回が抜けているので、タイトな回数でまとめなければならなったこともあって、8月に先送りしたかった。が、やはり年寄りのことを考えると「常」であることの方を優先させることが大事だった。
 考えようで忙しいから、気合いが入って準備もできるし、一時でも手を合わせて日常でない時間を過ごすことも悪くないのかもしれない、などと理屈をつけている。

 今朝は花瓶の水を取り替え、一取りの準備を済ませて、手を合わせた。
 16日の“送り火”まで、ご先祖様が逗留される、ということになる。
 さぁ~、今日も、一日のはじまりだ。
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様々なツールで伝えること、そしてライブの意味

2011年07月10日 12時14分08秒 | Weblog
 UstreamやYouTubeといった情報発信ツールは、まったくフリー状態で使わせてもらえる。そのほかに8月で満6年書き続けているこのブログもある。公式ホームページを立ち上げた1998年(平成10年)の頃とは比べ物にならない情報発信の多様なツールと、それにともなう自由には驚きを禁じ得ない。私だけではないと思うが。
 さて、その中のひとつで、4月19日にUstにアップした「noguchitaisouほっこり作戦」は、最近までに550人以上の方が見てくださっている。そして「見て、やってみようと思うが実際には難しい」という意見をいただいた。
 おっしゃる通り、レッスンや授業やワークショップで、少しでも実体験がある人にとっては、映像を見ながら行う復習にはもってこいだ。なんと言おうがそれが“ライブ!”の力だ。それでも伝わることと伝わらないことがある。受け取り方はそれぞれに違うから。それでも実際に伝わる確率は高い。
 例えば、初めての授業でiPadのKeynoteに仕込んだ「野口体操解説」を見せる。何枚もの頁を説明を加えながら見せていく。その一枚に「上体のぶらさげ」の写真を入れこんでおく。で、一応、説明をおえて実際に動いてみせる。すると必ず「ウォ~ッ」と声が、そこかしこから聞こえてくる。実際に目の前で繰り広げられる動きを直に見ることの意味だ。写真ではこうした声は聞こえない。今春はあらゆるところで同じ情況が生まれた。では、iPadで見せる意味がない、と言うほど物事は単純ではない。短絡的な結論は出せないのが現実だ。

 これから行うかもしれないインターネットを使った遠隔授業も、実際に握手が出来る距離で、補講する必要はある。そのことを承知した上で、どこまでMobileと共生していくのか。その道を常に探っていくことを楽しみたいと思っている。
 いささか伝達方法は何でもありの現情況のなかで、あらゆる可能性を信じて、野口体操を伝えるミッションを、黙々と続けることしかないと今は腹をくくっている。先日には「先は先だ」と書いたが、今日は「後のことは後の人におまかせ」と書いておきたい。自分が出来ることを細々と続けていくしかない。

 8月6日(土)朝日カルチャーセンター新宿校で13:45~15:15の1時間半、「野口体操でほっこり作戦」と題して野口マッサージのすべてを丁寧にお伝えしようとおもっている。ジャンルは「からだとの対話:身体ワークショップ」。引き続いて常設講座「野口体操」が15:30~17:30まで連続する。初めての方が通しで受けたもらえたら、この体操の目指すところが少しみえてくるのではないだろうか。そうしたプログラムを考えてみたい。
 ちなみに、野口三千三存命中にはまだ発見していなかったあり方も加わっています。
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Facebook+Skype

2011年07月08日 12時18分41秒 | Weblog
 インターネットはどこまで進化するのだろうか。
 今度、FacebookとSkypeがドッキングして、インターネット経由でビデオ会話ができるようになるらしい。
 ますます固定電話は使用されなくなる。なのに我が家では、二本の固定電話を契約している。ファックスは一年に数回使うか使わないか状態だが、やめるわけにいかない。この電話はもともと両親が加入していた電話だ。そうした経緯もあって、母が存命中はそのままにしておきたい。使われる回数は少ないので、「野口体操の会」のファックス用として使っているだけの話だ。夜中にファックスが入ってきても、睡眠の邪魔にはならないところに置いてあることが大きな利点。

 そして固定電話は音声がいい上に、通話料金もお安い。その点、携帯電話は場所によって聞きづらく、込み入った話などはイライラが募る。
 しかしFacebookのお友達と、Scapeで無料通話が出来たら、これは脅威だ。ますます固定電話を使う人が少なくなって、料金が高くなるだろうなぁ~、と思う。エッ、新サービスは、有料じゃないですよね?
 
 進化?変化?どちらかは分かりませんが、お年寄りは置いてきぼりになるに違いない。情報格差が拡大することは明らかだ。
 便利にしてくれるのは、アメリカIT企業間の競争なのよね。
 日本は、これからどうなるんだろう。
 エネルギー政策と震災と原発事故問題で見せた統治能力ゼロ、混乱に次ぐ混乱では、先行きが思いやられる。しかし、政治と経済は別、とばかりに連日のこと日経平均は上がっている。震災前に戻っていく。果たして外国勢が日本買いでもしているのかしら。
 なんとも不可思議な夏。
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フルーツティーに蜂蜜をたっぷり

2011年07月07日 09時10分58秒 | Weblog
 すでに五回以上は行っただろうか。女子短大で毎年一回だけ、7月の第一週の火曜日にゲスト授業をしている。一クラス50数名で2クラス。午前に2コマ授業である。この日は、1限と2限を終えて移動し、午後の4限は通常の大学で1コマ授業を行うという強行軍。
 夏休み前の前期に大きな山を超えなければならない、と毎年腹に力を込めている。
 しかし、さすがに還暦を過ぎてくると、キラキラした若い女性たち50名という人数に圧倒される。この日は授業に使う着替え以外の荷物も重いし、一日に3コマも授業をするのはかなりシンドイ。というわけで午前の短大には“今年が最後のご奉公”のつもりで出かけた。

 基幹のシリーズ授業の一つであるらしいので、実体験として体操もするだけでなく、当然のこととして野口体操についての話もする。更に「身体の価値観」を変革する意義深い体操である印象も与える。等々。いくつもの課題を満載して、一回受講の学生に伝えるのだから、半日が終わったところで精魂尽き果てている。
 そこから移動して一息入れ、後半戦に臨む行動パターンを、判で押したように毎年繰り返している。
 いつも心身の切り替えに立ち寄るのは、新宿のデパートに入っている千疋屋。そこのデザート付きランチ、サンドイッチとフルーツティーをゆっくりいただく。温かいティーには申し訳ないくらいたっぷりの蜂蜜を入れる。誰の気兼ねもなく、何も考えず、空っぽにして時を過ごす、というわけだ。

 それから平行移動して女性用化粧室に向かう。ここが肝心だ。この階のこの場所は、トイレも広く綺麗だし、化粧用の台は荷物を置く小スペースがあって、さらにヘアードライアーが壁にかけてある。ここで歯磨きをし、髪と化粧直しをして、次なる場へと向かう。
 
 そのお決まりの行動も今回限りだったはず、ところがである。
「来年はiPadをプロジェクターで映し出せるように接続用のものを御用意しておきましょう」
 担当教授の言葉に、「今年が最後に」とは言えずにお別れした。
 憚りなく自分で言うのもおかしいが、今までできなかった野口体操の真髄を相当程度伝えることができた今週の出来事だった。断っておきますが、iPadのお蔭だけではありません。導入としては、便利なことこの上ないですが……。

 さて、体力に不安を感じていた午後からの授業も順調に終わって、母がおなかをすかして待っている自宅に戻って、すぐに夕飯の支度をする気力と体力が十二分に残っていた。
 ほのかに赤い色のフルーツティーに甘ーい蜂蜜たっぷりが効いてくれた。
 おかげさまです。
 先は先だ!、と大変に気を良くしている私、デス。
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若者ことば

2011年07月03日 08時57分12秒 | Weblog
 今、年若い女友達との電話を切ったところで書きはじめた。
 昨日のズームインサタデーを見てくれた、という電話だった。ひとしきりはなしたところで彼女に問いかけた。
「“神アプリ”ってどういう意味かしら」
「それはですね、。。。。きっと、たといえば、AKB48の“神セブン”から来てるんじゃないです。あの~、AKB48の総選挙があるってことはご存知ですか」
「それは聞いたことがあるわ」
「それなら、話は速いです。つまりトップの7人は変わらなくて、神セブンと呼ばれるんです。で、好きな子を応援するために、極端な話500万円くらいお気に入りのメンバーのCDを買って、それに一枚ずつついてくる500枚の投票権を、たった一人で得るんだそうです」
「あぁ~。わかるわ~。昔ね、宝塚のトップスターに育て上げたり、トップを維持させるために、マダムたちが競ってつぎ込んだことがあったの。今は、どうなっているのかしらないけれどね」
「そうです、そうです。たとえば別の男性若者グループでもですね、バックで踊ったり歌ったりしている14・5歳の少年を育てることに情熱を傾けている人たちもいるそうですよ」
「その感覚ね! で、神アプリは?」

 彼女独自の解釈によると、”今いちばんチョー大切な”という意味に受け取ると見えてくるという。
 つまり、“これがオススメ・アプリ”というよりも、この言葉の方が若者たちには感覚的に分かる選択だった。

 思いを馳せれば、学生が話している言葉が通じないことがある。彼らは彼女たちはそのことを承知していて、先生に対しては使わないように心がけている。が、時に耳にした時、切り込んで「どういう意味」とたずねることもある。すると「むにゃむにゃむにゃ」で、分かったような分からないような答えが返ってくる。同世代には、その場の雰囲気で感覚的に分かる言葉なのだ。からだ言葉に近い感覚を今にフィットする言葉にした、とでもいう感じかな。
 しかし、意味の説明を受けてから、しばらくして納得するようでは、会話はなりたたない。話し言葉の命は”即”にあり。
 
「そうなのね。神アプリが神セブンのときの“神”であったり、暮らしのなかで “なくてはならないものと常に共に生きる” という意味で使われると解釈をされれば、最初にこの文字を見たときから続いてある『?』なマークは、瞬く間に消えてくれるわね」
 本日は、朝から、大変、勉強になりました。
 ありがとう、トモコさん。
 
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神アプリ……羽鳥のつぶやき

2011年07月02日 09時22分08秒 | Weblog
 今朝、7時を少し回った時、日テレ「ズームインサタデー」にチャンネルを切り替えてみた。
 すると、ちょうど「神アプリ」が放送されるところだった。私の勘は相当なものだって思ったの。
 さて、若者のアプリ体験は新鮮だったわ。たとえば寝苦しい夜に癒しの音アプリとか、キスをすると恋愛運を占ってくれるアプリ等々。さすが若者は楽しみ方が違うね。言ってはいけないかな? あれってヤラセじゃないのかな。
 そしてご登場は、中高年もはまるsmartphoneシーンでした。
 いいことを話したのに、取り上げられたのは、最初にiPhoneを選んだ動機を聞かれて答えた部分でしたの。それは数年も前のことなのよ。ごく最近になってiPhone4にしてustreamもYoutubeも読書も自炊本のことも話したのに。 まぁッ、素材ですから別にいいんですけど(笑)。
 つまりここは4名の中高年が呼ばれた別撮りなのでした。

 そこで特筆すべきは、smartphoneの使い方やおすすめアプリについて話すといった一つのテーマで、集まった四人の暮らしや、生きてきた人生が透けて見えるんだよね。それぞれが問題を抱えながらもそれなりに一生懸命生きてる!ってこと。
 この出会いは面白かった。自分も含めて4人は、若者と違って生きている時間が長いだけに、一人ひとりの物語がぶ厚いんです。
 帰りの道々「小説が書けるな」って密かに思ったわけ。
 テーマは、年を重ねることは素晴らしい、という「応援・讃歌」だわ。年取ってもsmartphoneを使ってみようと思う気持ちだけ、前向きな人たちかもネ。
 そして、+α! 野口体操の今後いちばんのテーマをいただきました。
 今は、ヒ・ミ・ツ。
 
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ズームインサタデーの放送時間

2011年07月01日 15時23分35秒 | Weblog
 先日、インタビューを受けた「スマートフォンとアプリ」は明日7月2日放送予定です。残念なことに正確な放送時間はわかりません。ニュースの間に入ってくるらしい、です。
 
 ちなみにこの番組は早朝5時30分から8時まで、長丁場のようです。
 私の出番は、映っても30秒くらいか、と予想しています。今までとはまったく勝手の違う取材(インタビュー)でした。映らない可能性もあります。
 
 いろいろな意味で、社会勉強になりました。
 時代の先端を年甲斐のなく走っていたのだ、と実感しましたが……。どんな扱われ方をするのか、まったく見当がつきません、(ちょっと心配ではありますが)。
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