僕のほそ道   ~ のん日記 ~

  
これと言ったテーマはなく、話はバラバラです。 つい昔の思い出話が多くなるのは年のせい? 

新撰組血風録

2011年04月29日 | 映画の話やTVの話など

4月からNHKのBSで始まった「新撰組血風録」が面白い。

昔から、「新撰組もの」 は好きだった。
舞台が自分の生まれた京都であることも、何が親しみのようなものを感じさせる。
新撰組屯所のあった壬生は、僕の生家の近くで、祖父の墓も壬生の寺にある。

三谷幸喜が手がけた大河ドラマ 「新撰組」 にはいささか失望したものだけれど、
今回のドラマは、レギュラー陣にあまり有名ではない俳優さんが多いということで、
余計なイメージに邪魔されず、物語そのものをじっくり楽しめる要因となっている…
…のではないかと、まあ、勝手に思っているわけですけど。
(有名でない…とは、ちょっと失礼でしたか!)

それに、このドラマ、殺陣のシーンが半端ではない。 壮絶、とも言えるほどだ。
真剣のシーンはむろん、屯所の庭での稽古場面ですら、火花が散るほどの迫力で、
あのような凄い立ち回りでは、誰か大怪我をするのではないか、と心配になる。

司馬遼太郎の数ある作品の中でも「血風録」は数え切れないほど何度も読んだ。
 
もっとも…
「竜馬がゆく」 や 「坂の上の雲」 のような大長編は、そう何度も読めないけれど、
「血風録」 は15の短編からなる連作物で、1冊におさまり、手ごろで読みやすい。
しかも、どこから読んでも楽しめる。 僕の座右の書のひとつでもある。

この作品は、昭和39年 (1964年) に中央公論社から初版本が発行された。
僕はそれから10年経った昭和49年に、この本を買って、初めて読んだ。
それまで読んでいた司馬さんの小説の中でも、ひときわ魂を揺さぶる作品だった。
「なんでもっと早く読んでおかなかったのか」 と当時の読書日記で悔やんでいる。

何度読み返しても、構成の妙と文章の巧みさに、恍惚として、ため息が漏れる。

今も変わらず同じ本を読んでいるので、もうボロボロである。
そして、ページのあちらこちらに黄色のマーカーを塗っている。
何か感ずるところがあれば、そこにいちいちマーカーを塗っていたのだ。

息子が高校生ぐらいの頃、この本を読ませてくれと言ったことがあるが、
マーカーを見られると恥ずかしいので、自分で買って読め、と言ったものである。

まぁ、原作にはそれほど思い入れが深いので、どうしてもその眼でドラマを見る。

つい原作と比べてしまうので、これはドラマ鑑賞に良くもあるが、支障もある。

第3話のクライマックスは、芹沢鴨が暗殺されるシーンだった。

芹沢は、粗暴で、酔えばさらに狂人のように凶暴になる男だが、
神道無念流の達人であり、膂力 (りょりょく) は隊内におよぶ者のない男であった…
…と、原作で書かれているように、1対1では、たとえ土方でも勝てない相手である。

芹沢を酔わせ、寝入っているところを、沖田総司、原田左之助、それに土方、
近藤などが急襲し、芹沢の反撃をかわしながら、寄ってたかって討ち倒す。
原作のここのくだりは、いつもハラハラして読むのだが、テレビドラマでは違った。

土方が 「手出し無用!」 と沖田らを制して、庭で1対1で芹沢と対決する。
そして、一進一退の後、土方が芹沢を斬る … ということになったのだが、
最後は芹沢を妙に格好いい男に描いたり、土方ひとりに手柄を持たせたりと、
ちょっと腑に落ちないストーリーで、ここは見ていて不満が残った。

ほかにも細かいところで不満はあるが、全体として眺めたら、見ごたえがある。
沖田総司役の辻本祐樹は、大河ドラマの時の総司役・藤原竜也そっくりだけど、
2人とも、司馬遼太郎の原作の総司像に、ぴったりハマっているって感じだ。

主人公・永田大の土方歳三は、中途半端に気弱さ、優しさが出るのが難点。 
視聴者にわかりやすく、あえて人間らしさを見せているのかも知れないが、
司馬遼太郎の原作を引用するまでもなく、土方はもっと冷酷でなければならない。

この 「血風録」 に登場する新撰組隊士の中で、山崎烝(すすむ)が好きである。

大阪の町人あがりで、剣術が得意だが、新撰組の監察として諜報活動をしている。
薬売りの姿で京を歩き回り、さまざまな情報を拾って、近藤、土方に報告する。

山崎烝の先祖は、この小説によると、播州の赤穂藩士である。
しかし、元禄時代の赤穂義士の討ち入りの時、彼の先祖は参加しなかった。
討ち入りから100年以上経った幕末でも、世間では、参加しなかった家士は、
「義挙にも加わらなんだ犬畜生じゃ」 と指弾されたという。
旧赤穂藩士は、名を替え、生国をくらまして、諸国に隠れ住み、
自分の子や孫にさえ、自分の家が赤穂から出たことを語らなかったという。
よほどの差別を受けていたようである。

ドラマの中で、近藤勇と鴻池善右衛門の2人の会話に山崎のことが話題に出て、
「彼は赤穂の出身でしたね」 と近藤勇が言うと、
「それは、決して彼の前では言ってはいけないことです」
と鴻池善右衛門がたしなめるシーンがあったが、原作を読んでいない者には、
この時点での、この会話は、何のことやら意味がわからなかっただろう。

山崎烝も、父からそんな話は聞かなかったが、あるところから知ることになる。

一方、赤穂義士の討ち入りに加わった47人は、子孫も英雄扱いだったそうだ。

ここに、大高忠兵衛という男が登場する。
倒幕をもくろむ長州藩に近い浪士である。 つまり、尊皇攘夷浪士だ。
この男は、赤穂義士の一人、大高源五の曾孫であった。
ただ、それだけの理由で、尊皇攘夷浪士のあいだで重んぜられていた。

そして、大高と山崎は、偶然にも、これまで数度、会っていた。
山崎は、初対面の時から横柄な大高の態度を、好かぬものと思っていたが、
それが赤穂義士が、討ち入り逃避者に対する侮蔑の態度だったと後に知り、
山崎は怒り狂い、いつかは大高忠兵衛を斬る、と心に誓うのである。 

薬売りとして池田屋へ潜伏し、様子を伺っていた山崎は、ついに…
来るべき6月20日前後に尊攘浪士が御所に火を放ち、天子を長州に動座する、
というおそるべき計画があることを知る。 その下相談が6月5日に行われる。
場所は、自分が潜伏しているこの池田屋である、という情報をつかむのだ。
池田屋には、尊攘浪士として、大高忠兵衛も出入りしていた。

近藤が手勢を引き連れて池田屋を襲撃する話は、あまりにも有名である。

これを導いたのが、監察役の山崎であった。

そして池田屋で、今度は新撰組隊士としての山崎が、
大高忠兵衛と対決することになる。

次に放映される第5話 「池田屋異聞」 は、
たぶん、この山崎烝と大高忠兵衛の闘いがヤマ場になるのではないか。

放送は明後日の日曜日、午後6時45分からです。

お楽しみ~




 
  2004年(平成16年) 
  大河ドラマ 「新撰組」 でブームになった頃の壬生の屯所跡 (2004年4月撮影)

 

 

 

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