僕のほそ道   ~ のん日記 ~

  
これと言ったテーマはなく、話はバラバラです。 つい昔の思い出話が多くなるのは年のせい? 

夏樹静子さんと心身症 2

2010年07月26日 | 読書

6月の初旬に書いた「夏樹静子さんと心身症」の記事が中途半端に終わっていたので、この前、akira さんから続きを「催促」されました(笑)。書こう書こうと気にしながらいろんな事情でついズルズル。今はもう誰も覚えていないだろうしね~と思っていたところへ akira さんから「続き、まだですけど…」と言っていただいたので、へぇ~~と驚くと共に、たいへん感激しました。なんとまあ、ずっと覚えていただいていたんだ、という喜びですよね。

そんなことで、「夏樹静子さんと心身症」の続きを書きます。

これは、夏樹さんの著書「椅子がこわい 私の腰痛放浪記」(1997年刊)の僕の読書感想文でもあります。

前回の記事はこちらですが、簡単に概略を述べますと…

著者の夏樹静子さんは、ご承知のとおり超有名な推理作家です。
その夏樹さんが、1993年1月から約3年間、原因不明の激しい腰痛と、それに伴う奇怪なほどの異様な症状や障害に悩まされたのでした。
夏樹さんは考えられる限り、ありとあらゆる治療を試みます。
MRI検査から先祖の仏壇の祈祷まで、医師や知人に勧められるままに、それこそありとあらゆることに挑戦してみますが、結局何ひとつ効なく、症状はジリジリと不気味に増悪し、心身ともにいよいよ苦しみ、自殺まで考え、複数の医師から睡眠薬400錠を集め、いつでもこれを飲んで死ねる状況を作っていた、というところまで追い詰められていました。

そして、彼女は、どうしても最後まで信じられなかった治療法に身を委ねることになるのです。

その夏樹さんが「最後まで信じられなかった治療法」というのは、心身症患者に対する治療だった。心身症…といえば、夏樹さんにとっては一番「そんなことはない」はずの症状だった。生来のネアカで、小説を書きたくて書きたくて仕方がない自分のどこが心身症なのだ…と、夏樹さんは思う。だから、精神科医の説明に対しても懐疑的である。痛みの原因がわからないので「心身症」だと言ってごまかしているのだろう…と考えたりする。

実際、心の病を抱える人は多いが、精神科医が少ないわが国では、じっくり患者の話を聴くシステムが確立されておらず、したがって「心のストレスから来る心身症でしょう」と診断されて安定剤をもらってハイ終わり…というのが多い。

夏樹さんも、どうせそんなことだろう…と、この治療には気が進まなかった。
だいたい、これだけ体が痛いのである。肉体的な傷病としか考えられない。
心の治療くらいで、これほどの症状が良くなるはずがない…と。

「あらゆる治療への期待を失ったいま、これ以上さらに新しい可能性の扉を叩く意志の力など、一雫(ひとしずく)も残されていない気がした。また見ず知らずの医師に会い、二年半にも及ぶ病歴を一から説明し、どうせ効きっこない治療を受けてみたところで何になろう。心も身体もいっそう疲れて落ち込み、いよいよ悪くなる結果は目に見えているようであった。」

夏樹さんはそう書いている。

そこに登場するのが内科と心療内科の医師で平木英人という人だった。

この本の後半では、夏樹さんと平木医師との、壮絶な心理戦が展開される。

平木先生は「典型的な心身症ですね」と伝える。
それに対して夏樹さんは「先生は心療内科でいらっしゃるから、何でも心因に見えてしまうんじゃありませんか…?」と思わず本音を言ってしまう。
「胃潰瘍とか偏頭痛とか心臓神経症なら心因といわれてもなるほどと納得しますよ。だけどまさか腰痛がねぇ…」
「いや、どこに出てもおかしくないのです。たまたまそれが胃潰瘍になったか腰痛になったか、というだけのことです」

そんな会話やファックスでのやりとりが、延々と続く。

医師は夏樹さんに、まず「夏樹静子」を捨てなさいい、と言う。
高名な作家である自分を捨てて、一主婦に戻るところから出発する。
医師は、夏樹さんが「人気作家夏樹静子」に押しつぶされていると診断する。

もちろん夏樹さん本人は「とんでもない。いくらでも小説の案が浮かんできて、もっともっと書けるのを楽しみにしているのだから、プレッシャーなどない」
そう反論する。

しかし医師は
「人は意識の領域より、無意識の領域のほうが大きいのです」
と言い、夏樹さんに入院を勧め、夏樹さんも渋々入院を受け入れる。

熱海の海の見える病院に入院して、最初に行われたのは、12日間の絶食療法だった。水か番茶だけは一定量以上飲み、ほかの必要な栄養素は点滴で補給。期間中は主治医、看護婦以外との接触は禁止。テレビ、ラジオ、新聞、読書、電話もいっさい禁止。入浴はシャワーのみで、歯ブラシを使うのも出血しやすいので禁止という徹底したものだった。

「必ず治るのだと信じること。頭の中には、自分はもう元気な身体に戻れないのではないかという誤った情報がインプットされている。それを塗り替えるのです」
医師が力強く言う。

絶食療法というから、最初は、空腹と退屈さえ我慢すれば良いだけ…と考えていたところ、激痛で眠れない日が続く。こんなのもうイヤ、家に帰ろう! と夏樹さんは何度も思う。
しかし、そのつど、
「必ず治りますから」
という平木先生の言葉で、何とか思いとどまった。

「あなたは、せっかちな性格ですね」と平木先生。
「この性格は、一方では活発・迅速に仕事ができるなどの良い面もありますが、思うようにいかないとすぐがっかりしたり、焦ったり、苛立ったりするマイナス面も大きいのです」
そう言われると、夏樹さんは思い当たるところがあった。

「そうですね。何でもつい急いでしまいますし、たえず向上していないと気がすまないような…」

「無意識のうちに幻のような病気を作り出して、あなたは作家夏樹静子から逃避した…。それがこの症状の実態です。意識の下には、何十倍もの潜在意識が潜んでいるのです」

絶食期間を終え、また普通の入院生活に戻った。
体が入れ替わったような、奇妙な感覚があった。

夏樹さんは平木先生の助言を取り入れ、1年間、夏樹静子としての活動を完全にストップすることを約束した。つまり休筆である。

そんな医師とのやりとりの中で、夏樹さんの症状は徐々に改善に向かう。

そうして、自分が本当に心身症だったことに気付いていく。
「それだけは、違うだろう」と思っていた心身症だったことに…。

夏樹さんは無事退院し、症状は劇的に快癒した。

「ここまで心と身体が密接に関わっているのかということに気づかされるまでに3年かかった。最も自分として認めにくかった自分を認めた瞬間から、治癒が始まったのではないだろうか」という夏樹さんの言葉が、まだ僕の頭の中を漂っている。

心身症に対する僕自身の考え方も、この本によって大きく塗り替えられた。

 

 

 

 

コメント (6)
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