かなり、ゆっくりめの更新ですが、
長編の続きです。
お分かりでしょうが、
ここから始まる物語は、作者が四半世紀前に放り出した小説を、
あらたに書き直しているものです。
当然のことながら、、
名前の変換機能は用意してありません。
登場人物は、あくまでもフィクションで、
実在の人物とは、一切、関係がありません。
すばるの部屋で、突然智香が泣き出したところから、です。
お付き合いくださるかたは、続きから、お願いします。
しばらくの間、
何をするでもなく、すばるは、
智香の細い肩の震えが治まるのを待っていた。
高校時代、
いつも強気で、凛として、
すばるの前で、
弱気なところなど、微塵も見せなかった智香。
みんなを励まして、
明るく笑ってるばかりの智香。
今、こんなふうに、声を殺して、
すばるの隣で泣く姿など、
想像だにしていなかった。
あの頃。
付き合って欲しい、と、はっきり口にできずに、
なんとなく、仲のいいクラブ仲間のまま、だった二人。
それでも休日には、二人だけで待ち合わせて遊びにも行った。
受験が近くなれば、図書館にも二人で通った。
きっかけは、いくらでもあったのに、
すばるは、智香との間に、透明な壁があるのを感じて、
あと一歩が踏み出せないまま、だった。
智香の涙が、ようやく落ち着きを取り戻した頃、
すばるの腕から、
智香が不意に離れた。
「ごめんね、突然、泣いたりして」
智香は下を向いたまま、そう言った。
「智香の気がすめば、それでええわ」
顔を上げさせようとしたすばるに、
智香は、
「あかん、顔、見せれん」
「何、言うてんの」
「お化粧、ぐちゃぐちゃやもん。恥ずかしい・・・」
「今更、智香の素顔くらいで驚かへんで」
「でも・・・」
「難儀なやっちゃな。そんなん言うんやったら、早よ、直しておいで。
廊下出たとこに、洗面台、あるから」
すばるは、うつむいた智香の頭を、ぽんぽんと撫でると、
手近にあったタオルを渡した。
タオルで顔を隠すようにしたあと、智香はバッグを手に取り、
そのまま、洗面台へと消えた。
ぱたん・・・
小さくドアの音がして、智香が出て行ったあと、
すばるは、
腕が覚えた智香の肩の小ささを想い、
智香が、何に傷ついてここに戻ってきていたのかを、
知りたくなっていた。
智香の髪から香った匂いが、
離れていた時間の長さを思わせた。
むせ返るような華の香り。
無理してオトナびた、香り。
智香に合っているとは思いたくない、その香りが、
すばるの胸に、
あの頃に封印したはずの想いを蘇らせていた。
好きやった。
トモダチ、になる前から、気になってた。
誰より大切な存在だった。
なのに、
肝心なことが言えなかったのは、
トモダチ、ですらなくなるのが怖かったからだ。
智香に好きなヤツがおるらしいんは、
なんとなく分かってたから、
拒絶されるんが、怖かった。
拒絶されて、顔も合わせられんようになるくらいやったら、
想い殺して、トモダチのまま付き合ってたほうが、楽やった。
・・・・・・智香は、あの頃、俺のこと、ほんまは、どう思ってたんやろ。
・・・・・・今日、会えたことに、なんか意味があんのかな。
・・・・・・それにしても、あいつ、泣きすぎやろ。何があったん?
・・・・・・あかんわ。詮索したら、あかんねん。
・・・・・・あいつから言うんなら、まだしも、俺から訊いたら、絶対アカンわ。
すばるは、マグカップを手に取り、飲もうとして、
それが、もうすっかり冷め切ってしまっていることに気づいた。
すばるが、煙草に手を伸ばそうとしたところに、
智香が化粧を終えて、戻って来た。
「ありがと」
「落ち着いたんやな」
「ん・・・」
智香は、小さく頷いて、
「人前で、あんなに泣いたん、初めてかもしれん」
気まずそうに、笑顔を見せた。
「智香が泣いてんのなんか、俺、見たことなかったわ。
気ばっかり強くて、怒らせんよう、怒らせんよう・・・」
「ひっどぉい。そんな、鬼みたいな・・・!」
「ほれ、そんなん、なるやんか」
「もうっ!!」
二人して顔見合わせて、大笑いになる。
高校時代に、時を戻したかのように。
「どないする? メシ、行く? 久しぶりなら、誰か、呼ぼうか?」
すばるの言葉に、智香は、一瞬、戸惑った。
本当に久しぶりだったから、
逢えるものなら、みんなに逢いたいけれど。
「私とふたりきりじゃ、気まずい?」
「何、言うて・・・。そんなわけ、ないやん」
「じゃあ、すばるとふたりで、ご飯、したい」
「せやけど、俺、オシャレなとこ、知らんぞ」
「オシャレなとこなんて、私だって、知らんよ。すばるが、よく行くとこでええわ」
「あ? おっちゃんが行くような居酒屋ばっかやで」
「十分、十分」
「そうか? ほな、行こか」
立ち上がったすばるは、
ポケットに携帯を突っ込もうとして、
メールの着信があったことを、思い出した。
「あ・・・しもた」
メールの相手を確かめたすばるが、
少し慌てた声を出した。
「何? やっぱり、急用やったん?」
智香が問い掛ける。
「んー、急用っていうのんとは、ちょっとちゃうねんけど」
「ややこしい話? だったら、ご飯くらい、別の日に・・・」
「それは、アカン。・・・大丈夫。明日にでも、連絡してみるし」
「メールくらい、返したら? ・・・彼女、でしょ?」
「あほか。そんなん、おらんわ」
すばるのその言葉に、
智香は、内心少し、ホッとしている自分に気づいて、苦笑した。
・・・・・・私、やっぱり、素直じゃないわ。
「行こ」
すばるに促されて、
智香は玄関から外に出た。
外は、もうすっかり日が落ちて、
街灯が、ぽつぽつと、点き始めていた。
昼間の陽射しとは、打って変わって、
夜風は、まだ、冬の冷たさが残っている。
「薄着やな、寒ないか?」
すばるが、手にしていた自分の上着を、智香に掛けた。
「あ、でも、そしたら、すばるが・・・」
「ええねん、すぐそこやし。ちょっとは、カッコつけさせろや」
「ごめん、ありがとう」
智香は素直に、すばるの上着を羽織った。
うっすらと香る煙草の匂い。
さっき、泣き続ける智香を包んでいたものと、変わらない匂い。
智香の記憶にある、すばる匂いといえば、
汗臭いユニフォームと、バスケットボールの独特の匂いだったのに。
店までの道、
すばるの少し後を歩きながら、
・・・・・・また、私、すばるに助けられてる。
・・・・・・あの頃、すばるの気持ちを知ってて、でも、気づかない振りして、ずっと、甘えてた。
・・・・・・県外の大学選んだのも、好きな人のためやったのに、それ、ずっと、隠してて。
・・・・・・すばるのことも、高校時代のことも、全部振り切って進学して。
・・・・・・なのに、結局裏切られて、しんどくて、戻って来た。
・・・・・・最低、よね。私。今、また、すばるに甘えようとしてるなんて。
「着いたで」
中からは、賑やかな声が聞こえてくる。
どうやら、このあたりの学生御用達の店らしい。
すばるは、あたりまえのように、智香の手をとって、
暖簾を、くぐった。
長編の続きです。
お分かりでしょうが、
ここから始まる物語は、作者が四半世紀前に放り出した小説を、
あらたに書き直しているものです。
当然のことながら、、
名前の変換機能は用意してありません。
登場人物は、あくまでもフィクションで、
実在の人物とは、一切、関係がありません。
すばるの部屋で、突然智香が泣き出したところから、です。
お付き合いくださるかたは、続きから、お願いします。
しばらくの間、
何をするでもなく、すばるは、
智香の細い肩の震えが治まるのを待っていた。
高校時代、
いつも強気で、凛として、
すばるの前で、
弱気なところなど、微塵も見せなかった智香。
みんなを励まして、
明るく笑ってるばかりの智香。
今、こんなふうに、声を殺して、
すばるの隣で泣く姿など、
想像だにしていなかった。
あの頃。
付き合って欲しい、と、はっきり口にできずに、
なんとなく、仲のいいクラブ仲間のまま、だった二人。
それでも休日には、二人だけで待ち合わせて遊びにも行った。
受験が近くなれば、図書館にも二人で通った。
きっかけは、いくらでもあったのに、
すばるは、智香との間に、透明な壁があるのを感じて、
あと一歩が踏み出せないまま、だった。
智香の涙が、ようやく落ち着きを取り戻した頃、
すばるの腕から、
智香が不意に離れた。
「ごめんね、突然、泣いたりして」
智香は下を向いたまま、そう言った。
「智香の気がすめば、それでええわ」
顔を上げさせようとしたすばるに、
智香は、
「あかん、顔、見せれん」
「何、言うてんの」
「お化粧、ぐちゃぐちゃやもん。恥ずかしい・・・」
「今更、智香の素顔くらいで驚かへんで」
「でも・・・」
「難儀なやっちゃな。そんなん言うんやったら、早よ、直しておいで。
廊下出たとこに、洗面台、あるから」
すばるは、うつむいた智香の頭を、ぽんぽんと撫でると、
手近にあったタオルを渡した。
タオルで顔を隠すようにしたあと、智香はバッグを手に取り、
そのまま、洗面台へと消えた。
ぱたん・・・
小さくドアの音がして、智香が出て行ったあと、
すばるは、
腕が覚えた智香の肩の小ささを想い、
智香が、何に傷ついてここに戻ってきていたのかを、
知りたくなっていた。
智香の髪から香った匂いが、
離れていた時間の長さを思わせた。
むせ返るような華の香り。
無理してオトナびた、香り。
智香に合っているとは思いたくない、その香りが、
すばるの胸に、
あの頃に封印したはずの想いを蘇らせていた。
好きやった。
トモダチ、になる前から、気になってた。
誰より大切な存在だった。
なのに、
肝心なことが言えなかったのは、
トモダチ、ですらなくなるのが怖かったからだ。
智香に好きなヤツがおるらしいんは、
なんとなく分かってたから、
拒絶されるんが、怖かった。
拒絶されて、顔も合わせられんようになるくらいやったら、
想い殺して、トモダチのまま付き合ってたほうが、楽やった。
・・・・・・智香は、あの頃、俺のこと、ほんまは、どう思ってたんやろ。
・・・・・・今日、会えたことに、なんか意味があんのかな。
・・・・・・それにしても、あいつ、泣きすぎやろ。何があったん?
・・・・・・あかんわ。詮索したら、あかんねん。
・・・・・・あいつから言うんなら、まだしも、俺から訊いたら、絶対アカンわ。
すばるは、マグカップを手に取り、飲もうとして、
それが、もうすっかり冷め切ってしまっていることに気づいた。
すばるが、煙草に手を伸ばそうとしたところに、
智香が化粧を終えて、戻って来た。
「ありがと」
「落ち着いたんやな」
「ん・・・」
智香は、小さく頷いて、
「人前で、あんなに泣いたん、初めてかもしれん」
気まずそうに、笑顔を見せた。
「智香が泣いてんのなんか、俺、見たことなかったわ。
気ばっかり強くて、怒らせんよう、怒らせんよう・・・」
「ひっどぉい。そんな、鬼みたいな・・・!」
「ほれ、そんなん、なるやんか」
「もうっ!!」
二人して顔見合わせて、大笑いになる。
高校時代に、時を戻したかのように。
「どないする? メシ、行く? 久しぶりなら、誰か、呼ぼうか?」
すばるの言葉に、智香は、一瞬、戸惑った。
本当に久しぶりだったから、
逢えるものなら、みんなに逢いたいけれど。
「私とふたりきりじゃ、気まずい?」
「何、言うて・・・。そんなわけ、ないやん」
「じゃあ、すばるとふたりで、ご飯、したい」
「せやけど、俺、オシャレなとこ、知らんぞ」
「オシャレなとこなんて、私だって、知らんよ。すばるが、よく行くとこでええわ」
「あ? おっちゃんが行くような居酒屋ばっかやで」
「十分、十分」
「そうか? ほな、行こか」
立ち上がったすばるは、
ポケットに携帯を突っ込もうとして、
メールの着信があったことを、思い出した。
「あ・・・しもた」
メールの相手を確かめたすばるが、
少し慌てた声を出した。
「何? やっぱり、急用やったん?」
智香が問い掛ける。
「んー、急用っていうのんとは、ちょっとちゃうねんけど」
「ややこしい話? だったら、ご飯くらい、別の日に・・・」
「それは、アカン。・・・大丈夫。明日にでも、連絡してみるし」
「メールくらい、返したら? ・・・彼女、でしょ?」
「あほか。そんなん、おらんわ」
すばるのその言葉に、
智香は、内心少し、ホッとしている自分に気づいて、苦笑した。
・・・・・・私、やっぱり、素直じゃないわ。
「行こ」
すばるに促されて、
智香は玄関から外に出た。
外は、もうすっかり日が落ちて、
街灯が、ぽつぽつと、点き始めていた。
昼間の陽射しとは、打って変わって、
夜風は、まだ、冬の冷たさが残っている。
「薄着やな、寒ないか?」
すばるが、手にしていた自分の上着を、智香に掛けた。
「あ、でも、そしたら、すばるが・・・」
「ええねん、すぐそこやし。ちょっとは、カッコつけさせろや」
「ごめん、ありがとう」
智香は素直に、すばるの上着を羽織った。
うっすらと香る煙草の匂い。
さっき、泣き続ける智香を包んでいたものと、変わらない匂い。
智香の記憶にある、すばる匂いといえば、
汗臭いユニフォームと、バスケットボールの独特の匂いだったのに。
店までの道、
すばるの少し後を歩きながら、
・・・・・・また、私、すばるに助けられてる。
・・・・・・あの頃、すばるの気持ちを知ってて、でも、気づかない振りして、ずっと、甘えてた。
・・・・・・県外の大学選んだのも、好きな人のためやったのに、それ、ずっと、隠してて。
・・・・・・すばるのことも、高校時代のことも、全部振り切って進学して。
・・・・・・なのに、結局裏切られて、しんどくて、戻って来た。
・・・・・・最低、よね。私。今、また、すばるに甘えようとしてるなんて。
「着いたで」
中からは、賑やかな声が聞こえてくる。
どうやら、このあたりの学生御用達の店らしい。
すばるは、あたりまえのように、智香の手をとって、
暖簾を、くぐった。