今日はこれ。
毎年恒例、お雛祭りの行事食、おこしもの。
つくりました。
米粉を熱湯で練って、木型に詰めて形つくって蒸しただけのもので。
我が家では軽く炙って砂糖醤油でいただくのが常でした。
和菓子屋さんとかで買うと少々甘みの入ってるものもあるようですが、
自分で作る時はお砂糖は入れたことないです。
子供の頃は、朝ごはん代わりだったり、学校から帰った後のおやつだったりしました。
食べても食べても無くならなかった気がするほど、この時期にはいつも家にありました。
母が作ってた記憶はないのですが、あれはいったい、どこから湧いてきてたんでしょう(笑)
いくら親戚が和菓子屋でも、そんな無尽蔵に頂いてたわけではあるまいと思うのですがね。
おこしものを自分で作るようになって、ふと、そんな子供時代の不思議を懐かしんだりしました。
懐かしんだ、といえば。
昨日の夜に久々大学時代のゼミ友のLINEが動いて、昔むかしの写真がUPされてました。
そこでゼミ友が「誰か持ってない?」って探してる写真があって。
「あれ?そういえば」と思い出して、アルバムを引っ張り出してみました。
探してた写真は家族写真に混じって貼られていて、すぐに見つかりました。
懐かしかったのは、その写真が貼られていたアルバムの中の、子供たちの顔でした。
上の息子が保育園に上がった年の夏から、次の夏前までの一冊で。
笑ってる顔、泣いてる顔、すました顔、拗ねた顔。
スマホどころかデジカメですらなくて、おそらくは安いフィルムカメラか「写るんです」で撮ってた頃。
現像してみないとどんな表情が撮れてるか分かんなくて、
年賀状の写真を撮るのにフィルム1本使っちゃったなんてこともあったっけ。
(子供4人が揃っていい表情するなんて奇跡に近い・笑)
子供らの顔に混じって、亡き父母の柔らかな、満面の笑みがあったりして。
不意に、泣きそうになりました。
父に、
母に。
孫である子供らだけでなく、
カメラをかまえた私も。
こんな表情を向けられて愛されてきたんだって。
今更ながら、気づきました。
カメラの向こう側とこちら側。
撮ってた時は気づきもしなかったけど。
やさしい時間だったんだなあって、しみじみ。
そんなことを思ったんでした。