すばるに恋して∞に堕ちて

新たに。また1から始めてみようかと。

STORY.43 秋桜

2013-09-29 18:57:47 | 小説・舞音ちゃんシリーズ

やっと、できました。
長かった。

書き始めたのは一年前で。

途中なんともならなくて止まっちゃって。
そのまま放置。

つい先日、ようやく動き出してくれたものの。

相変わらずの表現力不足に追い込まれる私。

昨夜。
歌うまキッズを見つめるすばるの瞳が優しくて、優しすぎて、愛おしくて。

夜中に一気に進めたものの。

はぅー(>_<)
言葉って、難しい。

そんな作品ですが。

もしお読みいただけたら幸いです。






STORY.43  秋桜





小さな手をひきながら歩く散歩道。

乾いた風が、可憐な花の上を渡ってゆく。
濃い紅、薄い紅、ときおり混ざる白。

駈け出そうとする舞音の姿が、そこに溶けていきそうだ。


「あの歌は、こんな季節の歌だったのよね」


傍らで、ゆっくりと彼女がぽつり。

「あの歌?」

舞音を目の端に入れつつ、俺は彼女に問い返す。

「大好きだったの・・・」

彼女が花に視線を移す。

「でも、聞けなくなったし歌えなくなったわ。おかしいわね」

「なにそれ。わからへん。俺、知ってる歌?」

「どうだろう、もうずっと前の歌。それこそ、生まれるか生まれないかくらいの頃の」

「そんな古い歌、なんで知ってんねん」

「母が、口ずさんでた。こんな季節になると・・・」

「へぇ・・・あ!あかん!あかんで、舞音!! そっちは危ないって!」

わき道へ逸れようとする舞音を追いかけて、その会話はそこで途切れたままになった。

「ぱーぱ、あえ」

抱っこした舞音が指差した先に小さな教会。

華やかなドレスと、にぎやかな笑顔があふれる真ん中に。
ひときわ目立つ白い衣装。

「ああ。結婚式やな。お嫁さんや、舞音。奇麗やな」

「およめしゃん。まのも、あれ、きゆ」

「んあ? きゆ? 何を・・・あぁ、ウェディングドレスか」

「まの、きえゆ?」

「んー、着れるっちゃ着れるやろけど。もっとおっきィなってからやな」

「まの、おっきィ」

「いやいや、まだ、そんな急いでおっきィならんでもええで。ゆっくりでええから」

「まま、おっきィ」

「そやな、ママはおっきィな」

「まま、きた?」

「んー、ママか、ママはな・・・」

「着なかったわ」

俺の後ろから、彼女が舞音に話しかける。

「舞音は着れるといいわね」

そう言いながら、舞音の頭をくしゃくしゃっと撫でた。

「そしたら・・・」

彼女が言い淀む。

「そしたら、なに?」

続く言葉を聞きたくて、俺は尋ねる。

「あなたは花嫁の父ね」

話を遮るように、彼女が、笑って見せた。



なぁ。
やっぱり、着たかったはずやんな。

一生に一度の、ウェディングドレス。

俺は、着せてやれんかったもんな。

豪華な式も、祝いの席も、
二人きりの旅行さえ。

女の子が憧れるだろう、そのすべてを。
振り切って。

俺と「共に」と誓っただけで、一緒に暮らし始めた彼女。

あの時、それでいい、と彼女は言った。

「あなたが、そばにいてくれるだけで十分だから」と。

「幸せにする、なんて言わないで。
私は私で、幸せくらい見つけられる。
あなたがいたら、幸せをみつけられるから」

その言葉どおり。

彼女はいつも、幸せを描いたようにふんわり笑う。

我慢することも悔しいことも、しんどいことも、
すべて呑み込んで。

言葉や気持ちがすれ違う時ですら。
その静かな物言いは変わらない。

・・・・・・変わらない、っていうのはちょっと違うな。

すれ違うほど、より静かになっていくからな。

言葉や口調が、じれったいほど丁寧になってくよな。

実をいうと、あれ、
俺、ちょっと怖いねん。
感情ぶつけてくれた方が、なんぼかマシやな、って思うわ。



風が、カーテンを揺らした。

秋の陽が、リビングに降り注ぐ。
温かくもあり、涼しくもある、その陽だまりの中で。

お昼寝してる舞音に付き添って、
身体を横たえている彼女。

やんちゃな舞音につきあって、あれこれ世話焼いて。
毎日毎日、疲れてるんやろうな。

起こすん、可哀そうやねんけど。

時間的なこともあるしな。

「なあ、ちょっと、ええ?」

彼女の側に座り込んで、軽く肩を揺する。

「え? あ、ごめん、寝ちゃってた」

「風邪ひくで」

「う、うん・・・」

まだ、ぼんやりした頭で、目をこすりつつ彼女が俺を見る。

「どうしたの?こんな時間に。もう今日の仕事、終わったの?」

「んー、仕事は終わったっていうか・・・」

ほんまは、今日は仕事違うたんやけど。
それは、まだ、内緒や。

「舞音、今起こしたら泣くやんな」

「んー。起こしたくないのが本音だけど、なに?」

「ちょい、出かけへん?」

「今から?」

「手伝うて欲しいこと、あんねん」

「なに?」

「今日してた撮影のな、女の方のモデルがアカンことなってもうて」

「アカンことて?」

「ま、いろいろとな。で、その代役、手伝うてほしいねん」

「モデルなんて出来ないよ、私」

「ええねん、任せときゃええようにしてもらえるし」

「舞音、どうすんの」

「舞音も一緒や。舞音抱っこして、ちょい笑ってくれてたら、そんでええから」

「えー・・・?」

尻込みする彼女。
当たり前っちゃ、当たり前なんやけど。

「1回だけ、頼むから」

顔の前で両手合わせて、必死に頼む。

「しょうがないなぁ・・・じゃあ、舞音を起こして泣かなかったらOKしたげる」

「また、そんな無理難題だすなや・・・」

俺は、苦笑う。
せやけど、これ、引き受けんかったら話にならん。

「まのん?」

小さく呼びかけてはみたものの、起きる気配は無い。

俺は、そぉっと舞音の頭から頬のあたりを撫でる。

寝汗まではかいてへんけど、
ちいさな頬のじんわりとした温かさが手のひらに伝わる。

舞音の表情が少しだけゆがんだかと思えば、
ぱちりと、小さな目が開いた。

あかん。
泣くパターンか、これ。

きょとんと。
不思議そうな顔で、俺を見てる。

舞音、そのまま、そのままやで。
泣かんといてや。

くるんと体勢かえて腹ばいになったかと思うと。
なにかを探す舞音。

「まーまぁ・・・」

あー・・・
あかん。

俺は慌てて舞音を抱きかかえた。

「ただいま、舞音。よう眠れたか?」

いきなり抱きかかえられて、びっくりした舞音。
みるみる顔つきが歪む。

あかん。
抱いたん、失敗やったか?

「お出かけしよか? 舞音、お外好きやろ?」

いきなり本題入ってしもたやん。
子供相手に、なに焦ってんねん。

「あ、先になんか飲むか? ジュースか?ミルクか?それともお茶か?」

こらえきれずに。
俺の隣で、彼女がくすりと笑った。

「へたくそ」

なんやねん、下手言うなや。
下手、ちゃうわ。

「舞音、泣いてへんで。俺の勝ちやろ?」

先手必勝や。
泣き出す前に、こっちが勝ちやってことにしとかんとな。

「まぁ、泣いてはいないわね。しょうがない、付き合ってあげる」

よしよし。
うまいこといったで。

「舞音、パパとママとお出かけしようね」

そういって彼女は俺の手から舞音を抱きとった。

「汗かいてるから着替えだけさせるわね」

「あー、ええ、ええ、面倒くさい。どっちみち向こうで着替えるんやから、そのまんまでええわ」

彼女の腕の中の舞音をもう一度抱き取って、彼女を促す。

あっちの手こっちの手と渡されても、舞音はきょとんとしたままや。

ちょうどええ。
そのまま、大人しぃしとってくれよ。
頼むで、舞音。



貸し切ったのは植物園の中の小さなガーデンテラス。

木々の葉が、風に揺れて小さく音をたてる。

葉の影がゆらゆら。
足元に小さな影を作る。

時折あがる噴水の水は、夜になればライトを映して虹色に変化するらしいけど。
昼間の今はまだ。
太陽の光を集めて、ガラス玉みたいに水面に散らばってゆくだけ。


「お、用意出来たか?」

控え室のドアを少し開けて、俺は覗き込んだ。

『覗かないのよ!』

馴染みのメイクさんの声が飛んでくる。

「ええやん、ちょっとくらい。俺、主役やぞ」

『そのちょっとを我慢するのが男でしょう?』

苦笑混じりに言いながら、俺と入れ違いに部屋を出て行った。

部屋に入った俺は、
壁の大きな鏡の中に真っ白なドレスを着せられて、どこか不安そうな顔の彼女を見つけた。

「なんて顔してんねん」

近寄って話しかけようとしたとき、
足に思い切り鈍痛。

「痛ッ、なんや」

下を見ると、ニコニコの舞音が俺の足にしがみつくように体当たりしてた。

「ぱーぱッ!」

「お、舞音。べっぴんさんやな」

「まの、きえ?」

「きえ・・・?おぅ、綺麗やな、可愛いで」

「およめしゃん、みたい?」

薄いピンクのドレスを着せられた舞音。
髪までくるくる巻いてもらって、リボン付けられて。

「お嫁さんっていうより、お姫様やな。パパの大事なお姫様や」

俺は舞音を抱き上げて、彼女に近づいた。

いつもの笑顔は、そこにはなくて。
困ったような、戸惑ったような、不安そうな色。

「なんて顔や」

純白のドレスに不似合いな表情。

バレたか?失敗やったか?

「え、だって・・・これじゃ舞音抱っこできないじゃない」

そっちかぃ。
なんの心配やねん。

「舞音は俺が抱っこしてるから、ええやん。なー?舞音」

俺に顔を寄せて舞音がくしゃくしゃな笑顔になる。

「ほら、舞音みたいに笑ってみ?」

「笑うなんて出来ないもんー。撮影なんて、やっぱり無理ぃー」

「アホやな、いつもみたいにしてたらええねん。まんまでええから」

「まんまって言ったって、カメラ、慣れてないもん」

俺が言った撮影って言葉を、
疑いもなく思い込んでる彼女が、たまらなく愛おしいわ。

「そんなん、俺かて未だに慣れてへんわ。顔引きつってるなって、よう言われるし」

「・・・ああ、確かにね、そうね」

何かを思い出したかのように、彼女が少し笑った。

「あ、なんや笑うなや。笑うとこちゃうやん」

彼女が俺の顔をじっと見てくる。

「何や」

「そばにいてくれるのよね?」

「当たり前やん、俺がおらへんかったら意味あらへんし」

「うん。じゃあ、頑張る」

「・・・普通でええから。そのまんまが魅力なんやから」

俺は彼女の手を取って、上から包むように舞音の手と重ねた。

「俺だけやない、舞音も一緒や」

安心したように、彼女が微笑んだ。


『ご案内します』
頃合を見計らったかのように、スタッフの声がかかった。

俺はブーケを彼女に手渡す。

濃淡のピンクと白を取り混ぜて、
秋桜だけでアレンジした、素朴で可愛らしいブーケ。

「これ・・・」

彼女が俺を見上げる。

気づいたかな、気づかれたかな。

あの日、彼女が思い出した歌の、タイトルと同じ花やからな。



扉の前に立つ。

音楽が流れ始める。

まだ不思議そうな表情の彼女。

まぁ、わからんでもないが。

俺かて、ドッキドキやで。
うまいこと、いったらええねんけど。

俺は彼女を横目に、小声でささやく。

「大丈夫、俺がいてる」

彼女の手が強く握り返してきた瞬間、
扉が開いて、強い光が俺たちを包んだ。


シャッター音の代わりに耳に飛び込んでくるのは、
「おめでとう」の声。

強い光は撮影のライトではなく。

大きなガラス窓から注ぎ込んでくる、滲んだ赤い夕日。

目の前には。

俺のメンバーと。
少しのスタッフと。

それから、彼女の親。

びっくりしたんやろな。
彼女の動きが止まって、ピクリとも動かへんようになった。

「なに・・・これ・・・」

絞り出すような、震える声が漏れた。

「分からん?結婚式」

「・・・誰の?」

「アホやな、そんなん、聞くか?」

「撮影は・・・?」

「してるよ、ほら、あそこで」

小さなビデオカメラを片手に、メンバーが妙な動きでアピールしてる。

何してんねん、画面ブレるやろ。
ちゃんと撮らんかぃ。

ことを理解した彼女の瞳から、みるみるうちに涙が溢れ出す。

「ああああ、アカンて。泣くなや、泣き顔みたいんとちゃうんやから」

「まーま、ないちゃ、めーっよ」

小さな手で、舞音が彼女の涙を拭おうとする。

「まーま、きえいねー。およめしゃんみたいー」

「みたい、ちゃうで。お嫁さんや、パパの、自慢のな」

ああ。そうや。

こんな。
将来がどうなるかさえ漠然とした、不安定な。
そんな仕事をするしか能のない男のところに。

覚悟ひとつで嫁に来たんやもんな。

いつでもどこでも、誰にやって。
胸張って自慢したる。

俺の嫁や。

「大好きやで」

舞音越しに彼女にささやく。

「・・・ばか」

照れたように彼女は笑って。

「ありがとう」

俺の手を、もう一度握り返してきた。

伝わる温もりが優しく、俺の身体に流れ込んでくる気がした。

「だから、この花だったのね」

「お義母さんに聞いてん」

少ない出席者に隠れるようにして。
彼女の母は一生懸命に拍手をしてくれていた。

「秋桜・・・」

嫁ぎゆく娘と、送り出す母の。
ゆっくりとした愛情を紡いだ旧い歌。

いつか。
彼女も舞音と、そんな一日を迎えるんやろな。


ふんわり。
温かい。
柔らかな。
包み込む。

秋桜のような。

その笑顔を。

任せてくれるか?

頼られるんは苦手やった俺やけど。
どこまで出来るんか、頼りになるんかも分からんけど。

この手で。
守りきれるものなら全力で。
守りきってみせるから。


彼女の母の笑顔が、彼女に重なり。
彼女の笑顔が、
舞音に重なってゆく、命のつながり。


彼女の手の中の秋桜が、
かすかに揺れた。

まるで微笑っているかのように。




Fin.


STORY.38 SWEETY

2011-04-20 19:11:39 | 小説・舞音ちゃんシリーズ
はうっ。

ひっさびさの小説更新になります。
最近、筆が遅いわ~~~。

芽を出しただけで、一向に成長しない種が、あとふたつ。

今日お届けするのは、最近の雑誌から。
すばるって、甘い玉子焼き、ダメって言ってませんでした?
どの雑誌だったか、甘い玉子焼きでもOK的なコメントを読んだ気がしたので、
なんでかなーーーって、とこから生まれたお話です。

いつものとおりのお約束。

モデルとなった人物は実在しますが、まったくのフィクションです。
個人名も、ひとつしか出てきません。
当然のことながら、お名前変換機能などというものは備え付けてありませんので、
ご了承くださいませ。

では。
続きから。




STORY.38 SWEETY



ことのきっかけは、些細なことやった。
けど。
俺は、イライラしてた。

「んああああああーーーッ!あかん、あかんって!!うわッ」

携帯ゲーム機に向かって、俺は発狂寸前の声を出す。

「なん!?」
「また、死んだんか」
「何やってんねん」
「せやから、もちょっと落ち付いて言うたやん」
「ゲーム、ヘタやなぁ」
「俺、まだ、なんもしてへんのにィ」

「うっさい」

俺は衝動的にゲーム機の電源を切る。

「あ、切りよった」
「もう、終わるん」

「止め、止め。仕事や、仕事。ほら、働けって」

「まだ、呼ばれてへんもん」
「準備、時間かかってるなー」
「なぁ、なんか、イラついてへん?今日」

「イラついてへんわ」

「まんま、イラついてるやん」
「わっかりやすいヤツやな」
「ほっとけ、ほっとけ。いつものこっちゃ」
「ええの?」
「ええから、ええから」
「そのうち治まるわ」
「で、寂しくなってゲーム始めんねん。そういう人やん」

くっそ。
俺の性格、わかったふうに言うなや。

「でもぉ・・・」
「なん? 気になるんやったら、聞いたったらええやん」
「ほんでもきっと、たいしたことないで」

「たいしたこと、あるわ!」

シマッタ・・・

「聞いてほしいんやったら、素直に言いや」
「どないしたん?」
「夫婦喧嘩でも、したん?」

・・・・・・

「え! ビンゴなん?」
「うっそー」
「冗談やったのに・・・」
「あ~あ、地雷踏んでもうたな」
「やっちまったな」

「喧嘩なんか、喧嘩なんか、してへんもん・・・」

「声、小っちゃ」
「喧嘩したんや」
「マジで!?」
「あー、先にお前が怒らせるようなこと、したんやろ、どうせ」

「どうせ、言うなや。俺が悪いんちゃうわ」

「そーかなー」
「そーでもないんちゃう?」
「話してみ?」
「聞いてあげるん?」
「聞いてやらんと、泣きそうになってんで」

「誰が泣くかぁ」

「ほんなら、やめとく?」
「やめとけ、やめとけ」

「あ、聞いたって、そこは」

「ほれみ」
「聞いてほしいんやん」

苦笑まじりに、俺は・・・





昨日の、朝のこと。

いつものように目覚めた俺。

隣に寝てるはずの彼女は、もう起きていて、キッチンから、カタコト、音がしてた。

匂いまでは漂ってこぉへんかったけど、
朝食の支度をしてるんやな、ってことはわかる。

ふと、ベビーベッドを見た。

小さな囲いのそこには、舞音の姿もなかった。

「今日は、もう起きたんや」

俺はう~~~んと背伸びをした。

カーテンの隙間から零れる光は、この時期にしては強く濃い。
季節が次第に暖かさを増していくのだと、分かる。

起きる、起きない。
どうしようか。

と。
ベッドルームのドアが、トンと軽い音をたてた。

開く・・・わけでもなく。

トン。
カチャッ、シュシュ・・・ドン。

なんや?

起きるのもかったるくて、俺はドアの方を見詰めたまま。

「まのん?」

声をかけたみた。

「あー・・・い」

小さな小さな、可愛い高い音が聞こえてきた。

「何、してる?」

「あえてー、あえてー、ぱーぱぁ」

仕方なく、俺はベッドを下りてドアに近寄る。

「開けるぞ、ええか? ちょっと離れとり」

ドアの向こうに声をかけて、俺は、そおおっとドアを開けた。

「おはよーごじゃます、でしゅ。ぱーぱ」

ちっちゃな身体に、ピンクのエプロンつけた舞音が、廊下にちょこんと立ってた。

「おう、おはよう。早起きやな、舞音は」

俺は舞音を抱き上げて、頬にいつものキスをする。
くすぐったそうに顔をくしゃっとさせる舞音。
鼻をくすぐる、甘い香り。

(そうや、今思えば、この時に気づいたら良かったんや。あんだけ、甘い香りをさせてたんやから)

「ぱーぱ、ぱーぱ」
「ん?なんや?」
「ごあん、でちまちた」
「あー。ごはん、な。ほな、行こうか」

俺は舞音を抱いたまま、廊下に出た。
と。足元の何かを、踏みつけた。

「痛ッ、まーた、なんか散らかしたんか」

足元には、プラスチックのままごとのフライパン。
こんなもんでも、踏むと結構、痛いで。

「おかたづけせんと、ママに叱られるで、舞音」

俺は舞音を下に降ろし、それを拾わせた。

「ちゃんと片付けといで」

俺を見上げた舞音。

「だっこ」

おいおい。

「だっこぉ」

フライパンを持ったまま、両手を広げて、思いっきり抱っこの要求や。
ここのところ、何かって言うと抱っこ抱っこばっかりやな。
「甘やかしたらダメ」って叱られるけど、
ほんでも。

あかん、可愛い。

俺は、舞音にせがまれるまま抱いてやり、リビングへと向かった。



「あら、おはよう」

カウンターの向こうから、彼女の声がした。

「おう、おはようさん」
「時間より早いじゃない。どうしたの?」
「舞音に起こされた」
「舞音に?」
「なんやしらん、こんなもん持ってドアのとこでドンドンするから」

俺は舞音が持ってるフライパンを、彼女に見せた。

「ああ」

彼女がくすりと笑った。

「さっきまで、そこで私の真似して朝ごはん作ってたのよ」
「朝ごはん?」
「真似ごとだけどね」

リビングとダイニングの境目あたり。
小さなキッチンセットが出されていて、
鍋やら皿やら、カラフルなままごとが転がっている。

「舞音も朝ごはん作ってたんか?」

問いかけると、舞音がにっこり笑った。

「あしゃごあん、たべましゅか? たあご、やちましゅか?」
「たあご?・・・ああ、たまご、な。それ、訊きにきたんか」
「まの、おりゆ」
「ん? ・・・ああ」

俺は舞音を下に降ろす。
舞音は、手にしたフライパンをキッチンセットのコンロに置いた。

へ~。
それがそこにあるもんなんやって、ちゃんとわかってるんやな。
よう見てるもんやな。

「さ、朝ごはんにしましょう」

彼女の声で、俺はまた舞音を抱き上げて、食卓のベビー椅子に座らせる。
テーブルには、温かい食事。
ご飯とみそ汁、卵焼きに鮭、青菜のおひたしに、常備菜。
それに、ヨーグルト。

「いただきます」

「いたらちましゅ」

ちっちゃな手を合わせた舞音。
フォークを持って、まっさきに卵焼きに手を伸ばす。

うまいこと、それを突き刺して口へ運ぶ。
大きく口を開けたものの、入りきらんそれが、ぽろっと落ちそうになった。

「あー、ほら、こぼすって」

俺は、とっさにそれを手で受け止めて、何の気なしに、自分の口へ入れた。

「んむッ・・・・」

違和感に、思わずうなる。
舞音の手前、飲み込んだものの・・・

「なんなん、これ!?」

俺は彼女の顔を見た。

「何って・・・卵焼き」
「甘いやん、めっちゃ、甘いやん。いつもはこんなんとちゃうやん」
「こんなんって・・・」
「俺が卵焼き、甘いのアカンって知ってるやろ」
「知ってるけど、たまにはいいじゃない。食べられないわけじゃないでしょ?」
「俺が昔から馴染んだのは、塩味の出汁巻き卵なんやって」
「お母様の味のね」
「そうや。それのどこが悪いねん。作りなおしてくれや」
「舞音が真似するわよ」
「なに!?」
「気に入らないものは食べない、作りなおせ。そういう態度を舞音が見てるってこと」

言われて俺は、舞音の顔を見た。

父と母がなにやら言い合ってるのを、不思議そうな顔できょとんと見てる。

舞音が生まれた時、二人でいくつかの約束事をした。
そのうちのひとつ。
舞音の前では、言い争いをしない。
どんな形であれ、それは、子供に見せるべきものではない、と。

「せやけど、甘いんは、アカン。ずっと、こんなん作らへんかったやん」
「こんなん、って。これは私の実家の味よ」
「そっちの味なんか、知らへんやん。俺には馴染みがないねんから」
「・・・・・・」
「俺には、俺のオカンの味が一番馴染んでんねん」
「・・・・・・」

彼女は、無言のまま俺の目を見据えた。
しばしの間を置いて席を立つと、キッチンへ向かい、新たに卵を焼き始めた。

目の前に出された、新しい卵焼き。
昨日までの、舌に馴染んだ味。

「ああ、これやこれ、この味。やっぱり、上手いわ」

俺は満足して、いつもどおりに食事を終え、そのまま仕事に出た。

舞音と「いってらっしゃい」のキスをしたあと、
彼女も「いってらっしゃい」と言葉をくれた。

それもいつもどおりやった。

せやけど。





「・・・・?」
「で? それで、どないしたん」
「イライラの原因は、卵焼きなん?」
「卵が甘かったくらいで、怒るなや」

「ちゃう・・・」

「ほんなら、なに?」

「おらへんねん」

「は?」
「なんて?」

「昨日、仕事終わって家に帰ったら、二人がおらへんねん」

「ぷッ・・・」
メンバーの一人が、こらえきれずに吹き出した。
「出て行かれたんや!」

「ちょ、なんやねん、笑うなや。こっちは真剣やねんぞ」

メンバーがくすぐったそうな顔をして、こっちを見てる。
どいつもこいつも、なんやねん!

「そら、大変やわなぁ」
「えらいこっちゃ」
「彼女がおらへんかったら、なーんも出来んやん」
「かわいい舞音ちゃんも一緒におらへんの?」
「行き先、分かったん?」
「なーーんや、ただの夫婦喧嘩やん」

おまえら・・・!

「彼女が連絡もなしに家を空けたことなんて、ないんや」

舞音が生まれる前は、そら、友達と食事に行くのなんのって、遅くなることはあったけど。
ほんでも、日付が変わらんうちには、戻ってきてたし。
舞音が生まれてからは、夜に出るなんてこと、無かったわ。

「ちょ、今どき、携帯があんねんから。電話するなりメールするなり、したらどないや」
「連絡、つかへんの?」

「そんなん、するかいや」

「は?なんで」
「心配やったら、連絡してみたらええやん」

「そんなん、悔し・・・・痛ッ!」

言い終わらんうち、メンバーのひとりにどつかれた。

「アホか、迷惑や」

「何がやねん!どつくなや」

「たった一晩おらんかっただけで、そないに心配しよるくせにやな。何、カッコつけてんねん」
「そうやで」
「ごめん、帰ってきてっていうたったらええやん」

「いやや。俺は悪ぅない」

「そうかぁ?」
「悪いと思うで」
「うん、悪い」

「何が悪いねん。なんもしとらんやん」

「あ。気づいてへんわ、この人」
「しょーもな」
「どーする、放っとく?」

なに?この1対6な感じ。

「オカン大好きも、大概にせんとあかんで」

は?
なんで、ここでオカンが出てくる・・・?

「おまえのオカンが料理上手なんは知ってるけどなぁ」

ちょ、待て。
あれは決して料理上手っていうのんとはちゃうで。
時々、とんでもないもん食わせられたしな。

「俺は、オカンの味が好きや、って言うただけやんか」

「それ、やがな」
「それがアカン」

は?

「思っとってもええけど、口にしたらアカンことってあるやん」
「夫婦になったからいうて、なんでも言ってええわけちゃうで」
「特に、『オカンの味』は地雷やって聞くしな」
「もうちィと、気ィつけようか」

「いやいやいや、意味分からへんし。『オカンの味』の、どこがアカンねん」

「これやもんなぁ」
「女心がちっともわかってへん」
「よぉ、結婚生活、続いてるわ」

せやから、なんで?って!

♪、♪♪♪、♪、♪♪、♪、♪♪♪、♪、♪♪♪

誰かの携帯が着信を告げた。

「鳴ってるで」

♪、♪♪♪、♪、♪♪、♪、♪♪♪、♪、♪♪♪

「早よ、出ろや。誰のや!」

「言うてる本人のやろ」
「頭に血ィのぼってるから、気づいてへんねん。ほれ」

ぽんっと放り投げられたそれを、俺は受け取った。

「もしもし、誰?」

番号は、見覚えのないヤツやった。
これで間違いやったら、どつくぞ。

「あー、ごめんなさい、お仕事中やったかしら」

少し甲高くてのんびりした口調。

「おかあさん!」

周りの目が、くすりと苦笑う。
俺は、廊下に出た。



「えっと、どないしたんですか?なんか、ありましたか?」

「あのね、ちょっと、謝らんとアカンと思うて」

「謝るって、別に、僕、お母さんに、なんも怒ってませんけど」

「あのコには余計なことするなって叱られるかもしれんけどねえ」

「ちょ、あの、話、見えないんですけども」

「ゆうべ。帰らへんかったでしょ、あのコ、そっちへ」

「え・・・なんで知ってはる・・・」

「ごめんねぇ」

「いやいやいや、そんなん、お母さんが謝ることと・・・」

「引きとめたん、私やから」

「は?」

「実はね・・・」



暗闇にそびえたつマンション。
明かりが漏れる窓辺。

俺はそれを見上げて、確かめる。

望んだものは、たったひとつ。

「二人で暮らす」ということ。

それやのに、
それが日常になると、すぐに忘れてしまうのは、なんでやろな。



「お帰りなさい」

無言のまま帰宅した俺に、彼女は、いつもと変わらない声。

ただいま・・・と言おうとしたのに、
表情が固まるだけで、言葉は出てこぉへんかった。

返事をしない俺をみて、
彼女は、俺が怒っていると思ったのだろう。

「昨日は、連絡をしなくてごめんなさい。あのね・・・」

「手、洗ってくるわ」

言いかけた彼女に背をむけて、俺は洗面所に立った。

勢いよく水を出し、手を洗いうがいをする。

「あかん、な。俺はいつまでも」

鏡の中の自分につぶやいて、俺はばしゃばしゃっと顔を洗った。

「あんな表情させたかったんとちゃうやんな」

水に濡れたまま、俺は鏡の自分に問いかける。

「俺の、大事なもんはどこにある・・・?」

ふと、洗面台の横から、小さな手がタオルを差し出した。

「ぱーぱ? たおゆ、でしゅ」

舞音が、にっこり笑ってる。

「お・・・おぅ、ありがとな」

俺はそれを受け取って、顔を拭き、
それから舞音を抱き上げた。

「大きいばぁば、元気やったか?」

「あい。おっちばぁば、いっぱい、たあご、ふわふわ」

「そうか、たあご、ふわふわやったか」

「おいちィねえ?」

「ん?」

「いっぱい、おいちィねぇ?って」

「そうか、わかった」

俺は舞音の頭をくしゃくしゃっと撫でた。



舞音を抱いたままリビングに戻ると、彼女はさっきのまま立ち尽くしていた。

「ごめんなさい!」

俺を見るなり、彼女は謝った。

「連絡しないまま家を空けて、ごめんなさい」

深々と頭を下げてる彼女。

「舞音が見てるし。俺が虐めてるみたいになってるやん。頭、上げぇや」

俺は舞音を降ろすと、かわりに彼女の肩をそっとつかんで、彼女の顔を覗き込んだ。

泣きそうな。
不安そうな。
戸惑いばかりが浮かんでる。

俺は、彼女をそのまま抱きよせた。

俺の胸にもたれかかる、舞音とはちがう、柔らかい温もり。
髪から香る、薄い薄い、花の匂い。

「お祖母さん、元気やったか?」

「うん・・・えッ?」

彼女は驚いたように顔を上げた。

「今日な、お母さんから電話、あったわ」
「母から・・・?」
「具合、どないやったん?」
「少し持ち直して・・・今すぐにどうこうってことはないみたい」
「なんで連絡があったとき、そう言わへんかってん。見舞いに行くなら行くって・・・」
「言う前に、あんなことになっちゃったから・・・」
「あの、甘い卵焼き、お祖母さんの味やってんな」
「うん・・・。倒れたってきいて、急に、あの味、思い出して・・・」
「俺、ひどいこと、言うたよな。ごめんな」

彼女は俺を見上げたまま、かぶりを振った。

「ううん、ちゃんと言わなかったから、私」

俺は、彼女の髪を撫でた。

「せやけど、今度家を空けるときは、メールの一個でもしてや?」
「ごめんなさい」
「めっちゃ心配したんやで?」

彼女のおでこに、じぶんのでこをくっつける。

「もう、一人になるんは、イヤや」

彼女の腕が、俺の背に回る。

「さびしがり、ね」

くすッ・・・と、
小さく彼女が笑顔を見せて、

「もう、一人じゃないのに・・・」

そう言って、足元に目をやった。

そこには、おもちゃのフライパンを手に、
くりっくりの大きな目で俺らを見上げる舞音がいた。

「ごあん、なに、たべましゅか?ぱーぱ?」

「ん。そやな。卵焼き、頼むわ。甘いやつな」

「ぱーぱ、あまいの、しゅち?」

「ああ、ダイスキやで」

腕の中の彼女が、俺をみて、嬉しそうに微笑う。

ふと、ふたりの間に、黄色くて、甘い匂いが漂う気がした。





FIN.



STORY.36 空散歩

2010-05-10 18:00:04 | 小説・舞音ちゃんシリーズ
前回のお話から約1ケ月。
自分としては、まあまあのペースで、完成にこぎつけました。

前回のお話のすぐあとに浮かんだお話で、
端午の節句に合わせてUPしようと思ってたのに、ちょこっとだけ遅れてしまいました。

ほんのちょっと、落とし所に迷ってたんですが、
先日の冒険ジャパンの、可愛い可愛い不器用なすばちゃんを見ていたら、
あれだけ迷ってた筆が、すんなりと、動いてくれました。

あああ、良かった。

注意事項ですが。

いつものとおり、主人公は赤い人ですが、実名は出て来ませんのであしからず。
唯一、
彼が女の子が欲しいなあ、と某雑誌でのたまって以来、
ここには実名の女の子が一人登場してます。
が。
あくまでも、架空設定の妄想小説。
お名前変換機能もついてません。

これが私のスタイルなので、他の妄想小説(夢小説)とお比べなきようお願いします。

って言うか、今回、言い訳が長っ。

お付き合い頂けるかたは、追記からお願いします。



あ。忘れるとこだった。
今回も、小説のラストに、ランキング用のぽちが貼りつけてあります。
小説を書いた時だけお願いしてるランキングですが、
ご協力いただける方は、ぽちっとな、お願いします。

では。
お楽しみくださいませ。









STORY.36 空散歩




長く続いた雨があがる。

洗われたような青い空を、風が渡ってゆく。

窓の向こう側に並んだふたつのシルエット。
小さな方は舞音(まのん)で、
もうひとつは、彼女やな。

俺は、ソファに寝転んだまま、それをぼんやりと見つめてる。

洗濯物の入ったかごの中から、舞音が小さな手で、ひとつを拾い上げる。
伸ばした彼女の手が、それを受け取り、
ハンガーにかけてゆく。

舞音がはしゃぎ、彼女がほほ笑む。

部屋の中にいる俺に気づいたのか、舞音が部屋に戻ってきた。

「しょや、しょや、おっちー」

両手を広げて、興奮状態の舞音。
なんや?
いつものことながら、舞音の言葉は解読不能や。

ソファに寝転んでた俺に、なんのためらいもなく飛び乗ってくる舞音。

「痛ッ!! なにする・・・」

声張り上げた俺に驚いたんか、舞音の顔がゆがむ。

シマッタ・・・と思った時には、もう。

「うぇ。。。」
泣き出した舞音。

「あ~、もう、泣かんでもええやん。泣きたいんは、こっちやで」

俺は身体を起こして、舞音を抱き上げる。

「なんや、どないした?」

細い髪を撫でながら、顔を覗き込む。

ぐちゃぐちゃになった顔。
指で、涙をぬぐってやる。

右手の親指を口元にもっていこうとする舞音。

俺は、そっとその手を握ってやった。

「あかんで。この指は、パパがナイナイしといたる」

舞音の指しゃぶりは、なかなか止まらん。
歯並びや、あごの形に影響する言うて、彼女が気にしてるんを知ってるから、
指をしゃぶろうとした時には、こうして、そっと手を握って隠してやることにしてる。

イヤそうな顔をして、振り払おうとするときもあれば、
今みたいに、素直に手を握られておとなしくなる時もある。

振り払おうとするんは、たいがい、眠い時やから、
分かり易いっちゃ、分かり易いねんけどな。

握られた指と俺の顔を交互に見比べて、舞音が口を開く。

「トト・・・トト・・・」

「ん?」

「おしょや、おっちーの」

「おしょや・・・って?」

舞音は、窓の外を指さす。

あ、空か。
空が、どないかしたんか?

俺は舞音を抱き上げて、窓辺に立つ。

人影に気づいて、彼女がこっちを振り向く。

「なに? 舞音、また泣かしたん?」

開け放した窓の向こうから、彼女が微笑う。

「人聞き悪いわ。泣かしたりせぇへんよ。勝手に泣いたんやで」

「そぉ?」

「あ、信じてへんな、その顔」

彼女は、ふふふッ、とにこやかな笑顔を見せて、
また、手にした洗濯物をハンガーに掛ける。

小さな舞音の、薄ピンクのTシャツが風に揺れる。

「なあ、舞音がなんか言ってるんやけど、意味がわからんねん」

「舞音が?」

「おしょやがどーの、おっちいーの???」

彼女は、その単語を聞くなり、
「ああ・・・、それなら」と言って、ベランダの向こうを指差した。

「あれ、じゃない?」

彼女の指の先には、ひらひらと泳ぐ鯉のぼり。

「ああ、なるほど」

おしょやは、「お空」で、「おっちーの」は「大きいの」か。
トトは、魚のことや。

「舞音、あれはトトやのうて、鯉のぼりや」

「こいのい・・・?」

「ちゃうって、鯉のぼり」

「こいのい、まのは?」

「ん? 舞音のは、ないなー。男の子のもんやからな」

「まのも、くやしゃい」

「くやしゃい、言われてもな・・・。舞音には、お雛さんあったやろ」

あれは・・・2月のあたまか。
豆まき済んだから言うて、彼女が嬉しそうに、お雛さん飾ってたん覚えてるわ。

さして広くないマンションの、シンプルなリビング。
そこだけ、華やかな色で溢れてた。

いつもやったら、おもちゃひっくり返して遊ぶ舞音も、お雛さんだけは触らへんかったな。

あれ、なんでやったんやろ。

「まのもー、こいのいィー」

ぐずりだす舞音。

「なあ、どーする、これ」

俺は彼女に助けを求めた。

空っぽになったかごを抱えて、彼女が部屋に戻ってくる。

「作ってやったら?」

「作って、って、鯉のぼりをか?」

「うん。そこに、画用紙あるわよ? クレヨンもね」

こともなげにそう言って、リビングの片隅にあった舞音のおもちゃ箱を指さす。

ちょ、待って。
俺に絵、描かせる気なん?

「ぱーぱ、こいのい、こいのい」

あのなー。

めっちゃ期待顔の舞音が、はしゃぐ。

俺は舞音を降ろして、仕方なし、おもちゃ箱から画用紙とクレヨンを出した。

俺の隣にしゃがみ込んで、手元をじっと見てる舞音。

「舞音も、描くか?」

「あい」

「ほんなら、こっちでやり」

俺は画用紙を1枚破って、舞音の前に置く。

「クレヨンはパパと二人で使おうな」

「あい」

嬉しそうな顔でクレヨンを持つと、舞音は画用紙に線を描きだした。


さあて、と。
鯉のぼり・・・やろ?
魚やから、え~っと。

こう書いて、
ここがこんな感じで、

えええ?
このあたりは、どんなんやったっけ。


どれくらいの時間が経ったのか、

「ああーーーーッ!!!」

突然、頭の上から、彼女の大きな声が降ってきた。

なんやねん、もう。
びっくりするやん。

顔をあげた俺の目に、怒ったような、困ったような顔の彼女が飛び込んできた。

「やだぁ、もう」

何がやねん。

彼女が、ちょいちょいと横を指差す。

「舞音にお絵かきさせる時は新聞紙敷いてって、お願いしなかった私が悪い。
 悪いけど、でも・・・」

溜息の彼女。
言われて、横を見れば。
そこには。

「うッわ。やってもうたな」

「ね。やっちゃったわね」

画用紙からはみ出して、リビングの床に描かれたクレヨンの線。
カラフルに繋がっていく、色の波。

楽しいんやろな。
俺らの声にも気付かんと、嬉々としてクレヨン持って線を描き続けてる舞音。

「あーあ、消すの大変だわ」

そう言って、彼女はキッチンへ向かう。

俺は、舞音が描いたその線を、じっと見つめた。

傍目から見たら、ただのくちゃくちゃな線で、
単なる手の動きの跡、としか見えへんやろけど、
これは、確かに、舞音の心に刻まれた「鯉のぼり」なんやろな。

いろんな色が繋がった、大きな、
今にも、動きだしそうに踊っている線のかたまり。

ただの落書きでしかないそいつが、
どんな絵描きの絵よりも高価なもんに思えるんは、なんでやろな。


「へえ、うまいやん」

俺の声に、舞音が顔をあげた。

「舞音も、鯉のぼり描いたんか?」

「あい。パパこいのい、ママこいのい」

言いながら、ひとつひとつを指さす。
どれがどれか、は、わからんけどな。

「舞音がおらへんやん」

「いゆれしゅ」

「いる? どこに」

俺は舞音が描いた鯉のぼりをじっと見つめる。

わからずに困惑してる俺の顔を見上げて、にかッと舞音が笑った。

「こーこ」

そう言って、自分が描いた線の上に、ぺたん、と座った。

「まの、こーこ」

嬉しそうに、とびきりの笑顔の舞音。

座ったまま、床をまじまじと見つめてる。

「いちゅ、とべやしゅか?」

は?
なんて?

「まのも、おしょや、行くの」

おいおい。

「おしょや、いけゆ?」

う~~~~ん。

「こいのい、おしょや。 まのも、おしょや、いけゆ?」

う~~~~~ん。
どう答えたら、ええねやろ。

「それは、ちょっと無理ね」

キッチンから戻った彼女のキツイ口調。
怒ってる・・・?

「さあ、どいてちょうだい、舞音。これ、消さないと」

手にしたタオルを床に置いて、舞音を抱き上げようとした。

「いやん、やん。やーーーッ」

のけぞって抵抗する舞音。

「ああああ、ちょい、待てや」

俺は彼女を手で制する。

「ちょぉ、舞音そのままにしといて」

「えええ?なんでよ」

「ええから、ちょい待って」

俺は、ソファに投げ出してあった携帯を手に取る。
カメラ機能使うんは、久しぶりやけど。

「舞音、こっち見て、パパの方。ええ顔してみ?」

泣き顔になりかけた舞音が、俺を見上げる。

「舞音。いつもみたいに、パパ好き、言うてや」

きょとんとした舞音が、それでも、

「パパ、しゅち」

と笑った。
泣くのを我慢した、いっぱいいっぱいの笑顔やな。
しゃあないか。

カシャッ。

「もう、何してんのッ。写真撮ってる場合ちゃうし」

彼女が我慢しきれんように舞音を抱き上げた。

「いくら水で消せるクレヨンでも、時間がたっちゃうと消し難いのよ」

へぇ、これ、水で消せるんや。
てか、普通、クレヨンは水で消せへんのか・・・。
知らんかったわ。

いや、そうやなくて。

「これ、鯉のぼりやねんて」

俺は、彼女の腕から舞音を抱きとる。

「鯉のぼり???」

床の線を、じっと見つめる彼女。

「鯉のぼりに乗って、空を飛びたかったんやって」

「う~~~ん」

しばし考えたのち、

「だからって、でもこれ、このままにはしとけないよ。消さないと」

「せやから、これ」

俺は、携帯の画面を見せる。

「ほら、こうやって見ると、鯉のぼりに乗ってるようにみえるやろ?」

彼女が、携帯の画面を凝視する。

「こうして残したから、もうええよ、消しても。
 説明せんと分からへんような落書きでも、大切な舞音の作品やからな」

「ごめん」

「ん? なにが・・・?」

「私には、舞音のこれを作品って思えなかった・・・」

「そら、しゃあないわ。俺やって、舞音に訊かんかったら分からへんかったもん。
 それより・・・」

俺は、舞音をソファに座らせると、床にあったタオルを手に取った。

「スマンかったな。俺が新聞紙敷かんかったせいで、余計な手間、かかってもうた」

言いながら、そのタオルで、床のクレヨンを拭ってみる。
多少のあとは残るものの、鮮やかな色は、みるみるうちに消えてゆく。

「このクレヨン、すごいな。ほんまに消えてくやん」

「あ。私が、やる・・・」

「ええって、たまには俺が掃除したる。俺やって、親やねんから。子供の後始末くらいはな」

「じゃあ、もうひとつ持ってくる。一緒に消したらすぐに終わるから」


彼女は、キッチンにもどり、もう一枚のタオルを水に濡らして来た。


二人して、床のクレヨンを消し始めたとき、ソファの舞音が駄々をこね始めた。

「やんやん、まのも、なかよちィーーー」

言いながら、ふくれっ面でソファから降りてきた。

あのな。
誰のせいで、こんなことになってると思ってんねん。
仲良ししてるわけと、ちゃうで。

「じゃあ、舞音はこっちを持って」

彼女が自分の持ってたタオルの端っこを、舞音につかませた。

「いっしょにやろうね」

「あい」

タオルをつかんだ小さな手。
拭く、というより、撫でるって感じやし、
舞音が手伝ったからいうて、クレヨンが消えるわけでもないけど、な。

ほんでも、結構、真剣な顔して拭いてるわ。

「なあ、これ拭き終わったら、観覧車、行こうや」

「観覧車?」

「ちょっとくらい空に浮かんだ感じ、せえへんかな」


ちっちゃな舞音の頭ん中。
願ってること、思ってることの半分でも、
俺のこの手が役にたつなら、貸してやりたい。

もう、いらん。
自分でやれる。

舞音が、自分から俺の手を離すまで。

なあ、舞音。

不器用で、格好のええもんなんか、何一つ生み出せん手やけど、
お前のためやったら、
精一杯、手を貸してやる。



澄んだ空を、乾いた風が、流れる。

腹いっぱいにそれを含んで、
おおらかに、ゆるやかに、気持ち良さげに、鯉が泳ぐ。

いつか、あれに乗って、空を散歩しよう。
な、舞音。







FIN.






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STORY.34 赤と白と緑の季節に

2010-02-17 07:38:03 | 小説・舞音ちゃんシリーズ
出来たて、です。
ほやほやです。
湯気出てます。

徹夜しちゃいました。

だから、眠いです。
眠いんだけど、
今、かなりの躁状態だと、自分でも思います。

いつもなら∞のニュースをスルーする、この地方の朝のローカル番組で、
ひなちゃんの舞台の話題をやってくれたこともあって、
かなり、うきうきな朝です。
トーマの映画のインタビューも、ちらりと流れました。

このあと、寝ます。
娘たちが学校に出かけて行ったら、
はい。
自分でも、かなり、ヤバイカンジがします。


あとがきもどきの、まえがきもどきの、言い訳をするなら。

無駄に長くなってます。
ただただ、彼と何気ない日常を過ごしたかったばっかりに、
ことごとく妄想してたら、こんな風になりました。

途中で切るかどうか迷ったんですけど。
どこで切ったらいいのかがわからなくて。
切っちゃうと、繋がらなくなりそうで。

でも、
以前は分からなかったんですが、
ここへ遊びに来てくださる方が、大半が携帯からだということを考えると、
本当に、読んでいただくのに時間と手間とがかかるページ数になっているので、
どうしようかと思ったり。

でも、切るのは、イヤだったりする自分がいて。

矛盾の嵐。

そこで。お願い。

ここから始まる物語は、いつもよりもかなりページ数が多くなります。
可能ならば、PCからお読みになることをオススメします。
携帯からしか、という方には、ご面倒をおかけしますが、ぜひ、お付き合いをくださいませ。







STORY.34 赤と白と緑の季節に





「あ、雪や・・・」

窓の外を見てたメンバーが、ぽつりとつぶやいた。

「寒いはずやな」

暖かいはずの、このスタジオの中でも、
やっぱり、底冷え、言うんか、
足元には冷たい空気が淀んでる気がするわ。

この街の夜は明るくて、にぎやかすぎるほどに、にぎやかだ。
この季節は、特に。

街路樹には、きらめくイルミネーション。
濃い緑に、赤いリボン、白い綿菓子のような雪の飾り。

心浮き立たせる、さまざまなベルの音と音楽。

異教徒のお祭りが、なんでそんなに嬉しいんやろ、って、
ずっと思ってた。

ほんの数年前までは。



「なあ、どないする? 行く?」

ぼんやりしてた俺を覗き込んだ顔。

「何、考えてたん?」

「別に、なんも考えてへんよ」

「行くやんな?」

「どこに?」

「やっぱ聞いてへんかったやん」

「あかんわ、そのコ、行かへんわ」

「えー?なんでなん?」

「お前、今日、何日か忘れてるやろ」

言うが早いか、
そいつは、持ってたスケジュールのバインダーで、もう一人をどついた。

「痛いってー。どつかんでもええやん」

「24日やぞ、イヴやんけ」

「そんなん、わかってるよ。・・・あ!!」

「分かったか」

「明日、燃えるごみ出さなあかん!!」

「なんでや!!」

あほか、こいつら。
下手な小ネタやな。
どこで、笑ってほしいん?

「で? 何、用意したん」

背後から、別のメンバーが声をかけてきた。

「案外、用意してへんとちゃうん?」

「まさか、それはないやろ」

勝手なこと、言うてるわ。
買うてないわけ、ないやんか。

大事な大事な天使への贈りもんやぞ。
めっちゃ考えたわ。

「えー? ぬいぐるみかなぁ、おままごととか?」

「ままごと、ええなぁ。可愛いなぁ」

「ちっちゃい手で、何作ってくれるんやろ」

「うわー、ままごとの相手したりするん?」

だぁれも、ままごと買うたって、言うてへんやん。
こいつら、勝手なことばっかし言いやがって。

「どーでもええやん、そんなん。なぁ、もう帰ってええんやろ?」

「ああ、ええで。明日も、時間に遅れんなや」

「わかってるわ。ほな、お先」

一人のメンバーが、さっさと帰り仕度をして、スタジオを出て行った。

「じゃあ、俺も帰るわ」

「なん? 結局、行かへんの?」

「お前、何、聞いとってん。このコ、放っといて俺とメシ行ったらええやん」

「二人って、寂しない? あ、そっちは? 行く?」

「残念やけど、俺、まだ別のやつの撮り、残ってるし」

一人は、そう言って苦笑い。

もう一人は。

「僕、さっき、お弁当食べたし。もう眠たいし。今日はええわ」

大きなあくびをひとつ。

「あ、じゃあ、お前は行くやんな?」

ごそごそ携帯持ち出して、メール打ちはじめたそいつは、

「行かへん。用事、でけた」

あっさりと断った。

「またフラレたな」

「そいつ、俺とメシ行く気、絶対にあらへんわ。ええわ、もう。二人で行こうや」

なんや、可哀そうになってきたわ。

「ちょっとだけ、行ったろか?」

「あかんやろが。お前は早よ帰ってやれって」

「ほんでもさぁ」

「ええって、ええって。ちょっとで済むわけないもん。この人、きっとまたべろべろになるで」

「そうかぁ?」

「ええから、早よ帰ってやらんと、寝てまうで」

言われて、俺は腕時計を見た。
確かに、下手したら、もう寝てるかもわからん時間には、なってる。

「あ、ああ、ほな」

「ほなおつー」
「さいなら」

メンバーの声に押されるように、俺はスタジオを後にした。




カチャ・・・

「ただいまー」

玄関を開けた途端、

「ぱーぱッ!!」

ちっちゃな手を広げて、舞音が抱きついてきた。

「おま・・・、まだ、起きとったんか」

舞音を抱き上げながら、いつもの、おかえりのチュウや。

「ぱーぱ、くちゃい」

「ん? あー、煙草、吸ったからなー」

「いやん」

「いやん、て、お前、これがパパの匂いやんか。我慢せぇや」

「いやんもん。がやがやちて」

がやがや、て、なんや?
ここんとこ、だいぶお喋りの上手くなった舞音やけど、
まだわからん言葉が、ようけあるわ。

「ガラガラ、でしょ? 舞音」

舞音と俺のやりとりを、笑いをこらえて彼女が見てる。

「がりゃがや?」

言い直す舞音。
でも、やっぱし、間違うてる。
可愛ええなー。
この舌っ足らずなカンジ。

「あ。うがい、か!」

「手も洗ってね」

「あ、ついでやから、風呂入るわ。寒かったし。出来てる?」

「まのん、もー。ちゃぷん、しゅゆ」

「やぁだ、もう。舞音は、さっき入ったでしょ?」

「やーやーやー!! まのっもー。ちゃぷうん。パパ??」

ねだるように、舞音が俺の首筋に手をまわしてしがみつく。

「しゃあないな。たまには、ええか?」

俺は、彼女の顔色をうかがう。

「もう。舞音に甘いんだから。風邪ひかせても、しらないからね」

呆れたような、怒ったような表情の彼女が、そこにいた。

「なにスネてんねん。せやったら、一緒に入ろうや」

「入りませんッ!」

そう言って、彼女はくるりと背を向けた。

あかんやん。
スネてるやん。
子供にやきもちやいて、どないするん。

「なぁ、入ろうや、一緒に。入ってください、お願いします」

彼女の後ろから耳元に囁く。

くすぐったそうにしながら、

「お腹、空いてるんでしょ? その間に用意しとく」

俺を見上げて、彼女が微笑った。




ちゃぷ・・・

立ち上る湯気の中で、舞音がはしゃぐ。

細こくてちっちゃい身体やのに、
抱くと、ふんわり、押し戻してくる弾力、
ぷくぷくっとして、柔らかい肌。

「ぱーぱ、抱っこ」

さして大きくないバスタブの中、舞音が抱きついてきた。
膝に乗せるようにして、舞音を肩まで座らせる。

お湯よりあったかく感じる舞音の温もりが、俺に伝わってくる。

こうして触れ合ってるだけで、
なんでこんなに、優しい気分になれるんやろう。

イヤなことがあって、シンドイこともあって、
もうええわ、って思いながら、こうして家に帰ってきても、
舞音と他愛のない言葉のやりとりしてるだけで、
なんか、浄化されてく気がするわ。

子供って、不思議やな。

「なぁ、舞音、パパ、好きか?」

「しゅき」

「どれくらい?」

「んーーっと、んーーっと、んーーーっと、ぱっぱい」

そう言って両手を大きく広げた。

「ぱんぱんまー、ちて」

なんて?
なに?
ぱんぱんまーって。

よーわからんわ。
舞音の言葉は、独特やな。

そのうち、ちゃあんと言葉が通じるようになったら、
こんな可愛い言葉も、聞けんくなるんやな。

「ぱんぱんまー。ねー、ぱんぱんまーーー」

言いながら、お湯の表面をぴちゃぴちゃ叩く舞音。
水しぶきが飛んで、顔にかかる。

「やめろや、もう。なんやねん、ぱんぱんまーって」

にっこり笑ってる舞音。
どうやら、水音を立てる方が気に入ったらしい。

ま、ええか。

『舞音、もう上がる?』

ガラス戸の向こうから、声がする。

『ご飯の支度、出来たんだけど』

「おぅ。入ってこんの?」

『何言ってるのよ、入らないわよ』

「なんや、一緒に入ったらええのに」

『結構です』

「なぁ、入って来いって。スキンシップしようや」

『ご飯が冷めちゃうでしょ』

「ほな、あとで、違うスキンシップする?」

『違うスキンシップって・・・』

「舞音に、弟か妹、つくったろ」

『もう!』

「ええやん、な?」

『舞音、上がるの? まだなの?』

話、誤魔化しよったな。
恥ずかしがりめ。

「舞音、もうママが、出ておいでって」

水で遊び続けてる舞音をバスタブから出すと、軽く顔を拭いてやった。

「あったかくなったか?」

「ぱんぱんまー?」

あのな。
せやから、その『ぱんぱんまー』ってのが、いまいち、ようわからんねんけど。
こういう時の常套手段いうたら・・・

「ママに訊いてみ」

俺はそう言いながら、舞音の頭に手を乗せた。

「あい」

可愛い返事をひとつした舞音の頬は、ほかほかのピンク色だった。


ガラス戸に、舞音のシルエットが映る。
バスタオルでくるまれながら、舞音が彼女に尋ねてる。

「ぱんぱんまー?」

「うん、かわいいほっぺになったよ」

あー、やっぱり母親には通じんねんな。
すごいな。




「ビール、飲む?日本酒?焼酎?」

風呂上がりの俺に、彼女が問いかける。
小さな子供用の椅子に座った舞音がこっちを向いた。

「あー、じゃあ、とりあえず、ビール」

「まのっも、びゆ」

「あほぅ。ビールはあかんやろ」

「やー、びゆ」

駄々をこねるように、足をばたつかせてる舞音。

「・・・だってさ」

俺は、彼女の方を見る。
くすくす笑いながら、彼女は、舞音に吸い口の付いたコップを渡す。

「舞音、これ飲んだら、ねんねしようね」

「ねんね、いやー」

ふくれっ面の舞音。

「ええやん、無理くり寝かさんでも。そのうち、眠たなったら、勝手に寝るやん」

「そうだけど、風邪ひかせちゃうわ」

心配症やな。
これっくらいの子供って、風邪ひきながら育つんとちゃうん?

「ぱんぱんまー、しゅゆ」

舞音が、椅子から滑るように下りる。

「っと、お・・・、おお、危ないな。気ィつけや」

舞音の身体を受け止めようと俺は、手を伸ばす。
すとん、と尻もちをついた舞音は、にかにか笑いながら、その俺の手を引っ張る。

「? なに?」

リビングのTVの前、
舞音が好きなお遊戯やアニメのDVDが、きちんと整理されて箱に入ってる。

座り込んだ舞音が選んだのは、まるい大きな顔に赤いほっぺ、黄色い靴に、こげ茶のマントの正義の味方。

「ぱんぱんまー、しゅゆ」

俺に手渡しながら、身体を上下に揺すって、すでに、なんや楽しそうに踊ってる。

「これ、かけたらええんやな」

俺は、DVDをセットしてやる。
オープニングの音が鳴り出すと、待ちかねたように手を振り、足を動かしだす。

嬉しそう、やな。

ほんでも、こんなん、いつ買うたんやろ。

「クリスマスプレゼント、よ」

ダイニングの方から、彼女が言う。

「誰から?」

「お義母さんから、届いたの」

「おかんが? 舞音に? へぇ・・・」

「気に入っちゃって、一日中ずっと見ながら踊ってるわよ。エンドレスで」

「一日中って、大げさな」

「ハマったら大変よ、ってママ友が言ってたけど、本当だったわ」

「へえ、踊るん、好きなんや」

ちっちゃな手足を、一生懸命に動かして、見よう見まねで踊ってる舞音。
御世辞にも、画面と合うてるとは言われへんな。
こんなとこも、親に似るんか?

「冷めるわよ」

俺は、ダイニングに戻る。

テーブルに並べられた食事。
いつもなら、
野菜中心で、いろんな料理がちょっとずつ。
せやけど、今日は違う。

「ごめんね、ありきたりのメニューで。考えつかなくて」

チキンとサラダ。
パスタが2種類。
それに、スープ。

小さなケーキには、サンタのろうそく。

「こういうの、嫌いだって知ってるけど」

向こう側の席に座りながら、彼女が、言った。

「やっぱり、今日は特別だから」

「やりたいようにしたらええよ。こういうんも、舞音のためには必要な行事やろ?」

「うん、それもあるけど」

「けど、なに?」

俺は、サラダのレタスをつまんで口に入れながら、彼女を見る。

うわッ、なに?
なんで泣いてるん?

「ちょ、待って。あかんやん、なに? まだ食べたらアカン?」

「違う、ごめ・・・。いいの、食べて」

「いや、いいのって言われても、目の前で泣かれたら、メシ、食べられんし」

「嬉しかったから。あなたと、クリスマスを過ごすの」

「嬉しがるようなことか?」

そう言った途端に、俺は、思いだした。

彼女と出会ってから、クリスマスはいっつも仕事やったこと。
逢う約束してても、わずかな時間やったり、
ゆっくり食事もとれんような、そんなせわしなさ。

クリスマスに限ったことやないわ。

結婚しても変わらへん、俺のスタンス。
仕事やら、付きあいやら、仲間優先の約束。
つい後回しになる、おろそかになる、彼女との小さな約束ごと。

そのたび、微笑って許してくれてた彼女。

今夜にしたって、そうやわ。
もしあの時、メンバーと食事に行ってたら、
また、彼女とすれ違ってしまうとこやったんやな。

「なあ、ビール」

「あ、はい」

涙をぬぐった彼女が、冷蔵庫を開けてる。

「コップ、2コ、持っておいで」

テーブルに置かれたコップ。
冷えたビールを注ごうとする彼女の手を制して、俺は缶をその手からはずす。

「ええから、座り」

彼女が素直に、向こう側に座る。
笑顔の消えた、微妙な表情の彼女がそこにいる。

こんな顔させたくて、彼女と一緒になったんとちゃうやん。
何してんねん、俺。

「あ、私、飲めないよ」

一つ目のコップをビールで満たしたあと、
もうひとつにもビールを注ごうとした俺に、彼女が言った。

「飲めない、んとちゃうやろ。飲まないだけやん」

彼女がアルコールを口にしなくなったのは、舞音がお腹に入ったからや。
もともとは、俺の酒にも付き合ってグラスをあけて、
ケラケラ笑う、陽気な酒飲みやったもんな。

俺は、もうひとつのコップにもビールを注ぎ、ひとつを彼女に渡す。

「乾杯、しよ」

キンッ!

小さくグラスが音を立てる。

「メリークリスマス」

「メリークリスマス・・・」

俺がグラスに口を付けるのを見て、彼女もグラスを口に運ぶ。

彼女ののどが、かすかに動いた。

「にがッ」

眉をひそめる彼女。

「相変わらずやな、ビール、苦手か?」

「前より苦く感じるわ。味覚が変わったのかな」

そう言って、彼女はグラスを置く。

「なんか、すぐに酔っちゃいそう」

「酔ったってええやん。家なんやし」

「酔ったら眠くなるの、知ってるでしょ? 後片付けや舞音の世話もあるし」

「後片付けなん、出来る時でええやん。汚れもんが多少たまったかて、だぁれも文句言わへんで」

「うーーーん」

「舞音の世話くらい、俺にも出来るし」

「うーーーん」

「ほれ、飲んで」

俺は、彼女のグラスに、もう一度ビールを注ぐ。

「そう?」

にこやかに笑う彼女の、この顔を、もっと見ていたい、
そう、思った。


外は雪。
音もなく、雪。

家の中では、俺と彼女の、他愛のない日常。
彼女が守りたいと望んだ、たったひとつの世界。

俺と、彼女と、舞音。

重ねていく、ありふれた日々。
大好きも、大嫌いも、全部詰め込んで、
互いに違うからこそ、分かりあおうとする日々。

今更ながらに気づく。

大切なものは、いつもここにあるんだ、と。

彼女が守ってくれる、ここに。
舞音がいてくれる、ここに。

だから俺は、明日も立ち向かえるんだ。

一人でいても、ひとりじゃないから。



いつしか、BGMだった舞音のはしゃぐ声が聞こえなくなった。

「電池が切れたんか?」

俺は立ちあがって、TVの前を覗く。
こてんと倒れるように舞音。

「あーあ。やっぱり」

俺は舞音を抱き抱える。

「また、重くなったんやな」

眠った舞音の重さが、俺の腕に、確かな責任を感じさせる。

俺が守らなければならないものの、重みを。

ここからもっと、もっと、重くなるんやろな。
そのうち、こんなふうに抱きあげることすら出来んくなるんやろな。

「舞音、ベッドに寝かせてくるわ」

「うん、大丈夫? 出来る?」

「あほ。出来るわ、それくらい」

とは言ったものの。

「すまん、ドアだけ開けて」

苦笑しながら彼女が席を立ち、リビングのドアを開け、
ついでのように先に立って、寝室のドアを開けてくれた。

ベッドに降ろされても、ピクリともぐずらずに、すやすや眠ったままの舞音。
ほんまに電池の切れた人形みたいやな。

「おやすみ、舞音」

舞音のおでこに口付ける。

「もうすぐ、サンタが来るからな」

「サンタ?」

「おぅ」

「そういうの、信じてなかったんじゃないの?」

「信じてるわけちゃうよ」

「なのに、サンタ?」

「サンタはおるって、教えてくれたんはお前やろ」

「?」

「大切な人の笑顔を見たいと思う心がサンタなんやって、おまえ、そう言ったよな」

「うん」

「せやったら、俺の中にもサンタはおるし。お前の中にも、舞音の中にも、きっとおるやろ」

「舞音、サンタさんに会えるといいわね」

「会えるやろ。舞音ほど、ええコ、他におらんのやから」

くすッ、と小さく彼女が微笑った。

「親ばか、か?」

「ううん。ばかになれるから親なんだな、と思って」

「俺らも、ちょっとずつ親になってくんやな」

「ふたりで、一緒に、ね」

彼女の手が、俺の手のひらに重なった。
俺の肩にもたれかかった彼女の髪が、頬に触れた。

「俺のそば、離れんなや」

「え?」

驚いたように、彼女が顔を上げた。

「俺の隣に、こうして、いつまでも、おってくれるよな?」

じっと俺を見たあとで、こくん、とうなづいた彼女。
うつむいたまま、
聞きとれぬほどの、かすかな声でつぶやいた。

「サンタに逢えたわ」

「ん? なに?」

訊き返す俺に、「なんでもない」と彼女は笑い、
俺を見上げる。

「私たちも、もう、寝よ。舞音をサンタに逢わせてあげよ?」

「ん、そやな」



翌朝。

彼女の目を覚ましたのは、リズムも音階もめちゃめちゃな、
だけどとてもかわいい、ピアノの音色。

久しぶりに身体に入れたアルコールが、彼女の眠りを深くしたこともあって、
いつもより少しだけ遅い目覚めの時間だった。

隣に眠るはずの彼の姿も、
可愛い舞音の姿も、その部屋にはなく、ただ、遠くでかわいいピアノの音だけが響いてる。

起きた彼女の目に飛び込んできたのは、

枕もとの真っ赤なバラの花束と、
添えられた一枚のカード。


『愛してる、ずっと』


見慣れた筆跡の、その文字が、
彼女にとって、永遠のサンタクロースだった。


Fin.




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STORY.29 いつか、また・・・

2009-10-04 21:10:38 | 小説・舞音ちゃんシリーズ
今日の少年倶楽部。

Jr.にQのコーナーで、ひっさびさに見たQ?

一瞬ううっ・・・となった私でしたが、すぐに立ち直りました。

理由は簡単。

ぐへへへへへへ 
アクンを振り返った時の、ヨディのあごは、あごが、あごがぁ!!!!

素敵だったのよぉ




で。

なんの脈絡もありませんが、
今夜は、出来たてほっやほやの、お話をひとつ。

よろしければ、続きからお読みくださいませ。




STORY.29 いつか、また・・・





とくん、とくん、とくん、とくん・・・

彼の左腕に抱かれて、彼の音を聴くのが好きだった。

優しく髪を撫でられて、
彼の息が、私にかかってくる瞬間を、いつも待ってた。

彼の体温と鼓動とに包まれたまま、
時間だけが、ゆっくりと私たちの上を流れていく。


これが終わりの時間だと、
決めたのは、どちらからだったろう。


さよなら、は言いたくなかった。

ありがとう、も、言えなかった。

どこかですれ違ったままの、言葉の数々を、
ひとつだけ取り戻すことができるなら、

私は、

何を・・・




「そろそろ、かな」

腕の時計を見て、彼が動く。

かすかな煙草の香りがゆらめく。

横顔の彼が、私を見降ろす。

射抜かれたように見つめられて、私は、また、言葉を失くす。

「今度は、いつ?」

と、何度も訊きたかった。

だけど、
訊けなかった。

ううん、
訊かなかった。

彼の言葉はわかってるから。

約束に縛られるのが、嫌いな人だから。

ああ、違うな。

縛られるのが嫌い、なんじゃない。
約束を果たせなくなることが、嫌いだったんだ。

待つのは、嫌いじゃない。
待たされるのも、嫌いじゃない。

だけど、
彼の中で、それは、重荷でしかなかったと、
今更ながらに、気づくなんて。

「なんて顔してんねん」

そう言われるのがイヤで、
私は、薄いケットにもぐりこんで、背を向けた。

無言の彼が、
ケットの上から私の肩に、手を置いた。

撫でるでもなく、ただ、置かれた手のひらの重みが、
私を覆い尽くしていく。

これだけで、
彼の言葉を思い図るのは、
今の私には、
苦しいだけ、哀しいだけ、せつないだけ。




不意に軽くなった身体。

バスルームから、シャワーの音。

上気した身体のほてりを鎮めているのか、
あるいは、
冷めきった身体を芯まで温めようとしているのか、

いつもより長い時間、激しい水音が、散った。

ケットの中でこもった声は、
水音の響きにまぎれて、彼にまでは、届くまい。

身体を丸めて、
口元押さえて、
必死に、絞り出す悲しみと後悔。

消えるものなら、
消せるなら、

彼を愛した記憶さえも、
私の中から絞り出してしまいたい。




身支度を整える音が、聞こえる。

乾いた衣ずれの音、
ベルトの小さな金属音、
わずかな咳払い、
バッグをさぐる物音、

それだけで、
彼の動きも表情も、思い描いてしまい、

また、愛しい記憶が、積み重なった。





「なあ、顔、見せて」

俺は、彼女に声をかけた。

水色のケットの下で、
彼女の身体が、びくん、と震えるのがわかった。


どこで間違うたんやろ。


そう、思わんことはない。

一度は好きになった女やから。

精一杯、愛そうとした女やから。

初めて、
傍におってほしいと思った、
いてやりたいと思った女やったから。


どこで、すれ違ってしまったんやろ。


二人でいると、楽しかった。

二人でいると、嬉しかった。

二人でいるのが、自然で、
二人でいるのが、当たり前だった。

せやけど、

二人になるまでの時間が、俺を追い詰めた。

二人になりたい、のに、
思うに任せない不自由さが、そこには、あった。

そんなことは、わかってたはずやった。

最初から、
言うてたことやったのに。
言い続けたことやったのに。

恋をしただけやったら、よかったんかな。

会える時に、会うて、
会えた喜びを、確かめあう。

会える時間が、幸せやと思える関係でいたかった。

いや、
今やって、会えたら幸せやねん。

顔が見れて、
いろんな話をして笑いあって、

こうして触れ合って、
会えない時間なんか、カケラもなかったかのように、
心が通じ合う。

それを大切にしたいと、心底思うてた。

せやけど、
この時間が持てるんは、稀なことになり始めてる。

仕事が理由で、
せっかくの時間が短くなったり、
突然なくなったり、

そんなことが度重なってくると、
彼女の表情かて、
初めのころとは違ったもんになってくる。

それを面と向かって、
言葉や態度で責めてくるような女やない。

ただ、微妙に、淋しそうな色が、表情に浮かんでくるようになったのに、
俺が気づいただけのことや。

自分では気づいてへんのやろな。

「大丈夫よ」って言葉が、
いつのまに、自分の口癖になってること。

女に、大丈夫って、無理な我慢をさせるような男は、アカンねん。

俺は、そんな男になりたかったんちゃう。

離れてたって、互いを感じあえる存在でいたかったんや。
離れてるから、こそ。
離れてることに、意味があるって。

待ってる、
待たせてる、

それは、俺にとっては、ただの・・・




彼女がケットを剥いで、顔を見せた。
無理に作った笑顔の頬に、涙の跡が見てとれた。


「・・・遅れる、よ?」


こんな場面でも、
俺は仕事が理由で、彼女を置き去りにする。

こんな場面でも、
彼女は、俺の仕事の心配をする。

幸せになりたくて選んだもんが、
片方で、俺の幸せの邪魔をする。


みんな、どないして、乗り越えるんやろう。


ほんまに、
この選択が間違ってなかった、と思える日が、来るんやろうか。

「待ってろ」とは、よう言えん。
「付いて来い」なんて無理強いも、ようせん。

彼女を喜ばせるはずの約束が、
彼女を哀しませる。

俺を奮い立たせる約束が、
俺を追いつめてくる。

たったひとつの約束。
小さな約束。

それすら果たせん俺に、
この先、彼女を守りきれるとは、到底、思われへん。

せやったら・・・



「いつか・・・また・・・」

「・・・うん」




あのあと閉めたドアの音だけは、きっと、
俺も、
たぶん彼女も、
忘れてはおらんのやろ、と思う。




それは、
小さな舞音が、生まれるずっと前の、

若かった二人の、
エピローグで、プロローグ。





FIN.






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