レンジャーへの、返信代わりに。
下書きなしの、カケラをひとつ。
いつものような練り直しもなく、浮かんだままの原石です。
ありきたりの妄想ですが、
レンジャーを温泉へ連れて行ってあげようかな、と(笑)
お付き合いください。
愛しい人へ。
切り取られた濃い群青をかすませて、湯気がのぼる。
かすかに淡い、たよりない星の光が、見え隠れする。
竹の樋から、間断なく流れ落ちる湯の音だけが、二人の間に横たわる。
都会の喧騒から離れた温泉宿の、ひっそりとした露天の家族風呂。
彼と、彼女に、
それは、久しぶりに訪れたささやかな温もり。
言葉もなく、ただ見上げた空が、あるだけの夜。
「なんか、こんなゆっくりすんの、久しぶりやわ」
すくった湯で顔を濡らしたあと、彼が言った。
「年々、忙しなってくもんなぁ」
「そうだね」
彼の横顔を見つめながら、彼女はこの一年を振り返る。
こうして、二人で温泉に来れるなんて、思ってもなかったほどの忙しさの中に、彼はいたのだ。
「もうちょい、こっち、きたら」
「いいよ、別に」
「何恥ずかしがってんねん。ええやん、ほかに人がおるわけちゃうし」
確かに、ここの露天風呂は家族風呂だから、鍵をかけて使用中の札をかけたら、
他人が入って来る心配も、時間を気にする心配もない。
そっと、彼女は湯面を揺らしながら、彼の隣りに移動する。
ぴたん。
しずくが天井から落ちて、彼女の肩に落ちた。
「イヤッ」
彼女は身をすくめて、「冷たいッ」と小声で叫び、
湯の辺りだけを覆う簡素な板葺きの屋根を、見上げた。
その横顔が、ほんのり上気して、
透明な薄紅に染まっているのを、彼は、ぼんやりと見つめていた。
「なに?なにか、ついてる?」
気付いた彼女が彼に問いかける。
「綺麗やなぁ、思うて」
「やだ、何言ってるの」
「いや、ほんまやて」
彼は彼女の頬に手を伸ばした。
「こんなに綺麗なピンク、見たことあらへん」
「ちょっと・・・」
彼の手を遮りながら、彼女がはにかんだ。
「触るなんて、反則」
きょとん、と彼。
「なんでなん。ええやん、ほっぺた触るぐらい」
「恥ずかしいでしょ」
「俺らしか、おらへんぞ」
「だから、恥ずかしいんでしょ」
ふいっと背を向けた彼女。
「・・・・・・・・・だから」
「何?声、小さくて聞こえへんぞ」
ざばッと湯を散らして、彼が彼女の顔をのぞきこむ。
「言いたいことは、はっきり言いや」
「ん、もう! ばか」
「誰がばかやねん。てか、あかん、ばかって言われると傷つくわ」
「ごめん」
「いやいや、そんな真剣に受け止めんでもええけど」
彼は、苦笑った。
「で?なんて言うたん?」
「・・・二人きりだから」
「ん?」
「あなたと二人きりだから!恥ずかしいの!!」
くしゃっと表情を崩した彼女。
「ばぁか、今さら」
彼は、彼女の額に、口づけた。
「こんなんで恥ずかしがっててどないするん。今から・・・」
「え?」
「本番・・・」
「馬鹿!」
ビシャッと、手で湯を払って、彼の顔にかける。
「うわッ」
「もうッ!」
一瞬の、静寂。
「あかん~~~~。傷ついたー。立ちなおれん~~~」
彼は、そのまま湯の中へ仰向けに身体を沈めていく。
「あ、イヤ、ウソ・・・」
慌てた彼女が咄嗟に彼の手をつかむ。
掴んだのと同時にバランスを崩して、彼女自身も湯の中に倒れ込んだ。
激しい湯音が、狭い空間から夜空へと響きわたる。
「ぶはッ」
「いやーん」
顔を見合わせて、笑いだす二人。
「あはは、何してんねん、俺ら」
「あん、髪、濡れちゃったぁ・・・」
「おんなじ濡れるんやったら、もっと」
「もっと、なに?」
「言わせる? 聞きたい?」
「言わなくてもいい」
「なんでぇ?」
「考えてること、一緒だから」
彼の目じりに、やさしい皺が寄った。
「やった!」
こぶしを握って喜ぶ彼の姿は、まるで、
「子供みたい・・・」
他愛のない、戯れの時間。
彼が欲しかったのは、こんな何気ない「普通」だったのかもしれない。
絶え間なく上る湯気にかすんで、
遠く、濃い空の彼方で、星がひとつ、流れた。
Fin.
実をいうと。
書き始めたのが夜中になったので、途中、オトナなシーンに突入しそうになって、
いかんいかんと、慌てて筆を置きました(笑)
オトナなシーンは、そのまま夢の中に持ち込んで。
朝になって、曇ってるけど明るいお外の風景を見ながら、軌道修正(笑)
彼に届けたい「普通」にしてみました。
おそまつ。
読みいっちゃいましたよ。
お風呂で、夜、だと・・・ですねぇ(笑)
また来ますね♪
素敵なお話をありがとうございます。
新しいお話が読めてとっても嬉しいです!
私事ですが、心にポッカリと穴が空いてしまった時、決まっていつも、のゆさんの小説を読ませて頂いています。
どの小説も本当に良くて大好きで…。
特に舞音ちゃんのお話は、読んだあと気持ちが満たされて心が優しくなれます。
のゆさんの小説で今日も幸せな気持ちで過ごせそうです!
いつも本当にありがとうございます。
いつもはもっと時間をかけて、細かいところを練り直したりするんですけど、
今回は、まったく浮かんだままだったので、
途中、自己規制をかけなきゃいけないことにもなりました(笑)
次は、きちんと時間をかけたものをお送り出来たらと思います。
嬉しいです。
今回は、まったく飾りのない、浮かんだままを言葉にしたので、
少し恥ずかしい気もしますが、
待っていてくださる方がいてくださるのは、とても励みになります。
これからも、よろしくお付き合いください。