学生アリス再読シリーズ第三弾「双頭の悪魔」の感想。

前作で心に傷を負ったマリアが失踪。四国の山奥にある芸術家村にいることが判明し、英都大推理研(EMC)のメンバーが連れ戻しに行くのだが、またしても台風の被害で芸術村が孤絶。芸術村と隣接の村でそれぞれ殺人事件が起きて…という話。
まず冒頭。いきなり素晴らしい。EMCの男衆4人が車で四国へ向かう旅路が楽しい。作者は、学生アリスは長編5作で終わりと公言していて、つまりあと1作しかないのだが(4作目「女王国の城」発表後、無期限停滞中)、事件起きなくていいからEMCのロードムービー的小説を書いてほしい。5作にカウントしない番外編として無限に。
EMCに娘の捜索を頼むときのマリア父の言動や態度がしっかりしていてびっくりした。なぜEMCに頭を下げるのかの理由や、その言葉が真摯というか紳士というか。こういう父になりたい。僕にも娘が二人いるので。
部長は宿帳に「金田一耕助」などとつまらない悪戯書きをせず、「江神二郎、他三名」と書いた、という一節があるのだが、これだけでもう、山奥の横溝正史的な村で悪魔の手毬唄的な連続殺人事件の謎に挑む冒険が始まるんだなという気分になる。これも一種の異化効果かもしれん。
事件は芸術家村と夏森村の両方で起き、少年少女探偵団も2グループに分かれて事件に巻き込まれる。マリアと江神さんが芸術家村、アリスとモチと信長が夏森村。江神さんは名探偵なので、芸術家村の殺人事件を快刀乱麻を断つがごとき名推理で解決するのだが、問題はアリス組だ。ミステリ大好きで知識も豊富な三人だが、江神さんほどの明晰な頭脳は持っておらず、あっちでぶつかり、こっちで躓きながらの謎解きとなる。この推理の過程がとても面白いのだ。素人の推理なので参考になるというか感化されるというか、我々の普段の生活でも、こういう風に考えれば日常の謎程度なら解けそう、と思わせる。
その「配達されなかった手紙の問題」を推理するアリスの脳内つぶやきも面白い。
それならば――はい、皆さん声を揃えて――電話をかければ済んだのだ。
~人目に触れないように処分したからだ。これで文句はないだろう?――僕にはない。
僕の汽車はぜいぜい言いながら終着駅に着いたようだ。
といった具合。僕も割と脳内一人会議するほうだし、その中の口調もアリスっぽいので、このシリーズにハマったのかもしれない。
有栖川有栖は、特に学生アリスのほうの事件は、殺人そのものの立証ではなく、その殺人を行うために必要な条件を満たす人物を絞り込むというスタイルで解決することが多い。本作で言えば、秘密の手紙を偽の手紙の中に入れて投函できて、それを回収できて、この時間帯にアリバイがない人物、といった風に。あるいは、この殺人を犯すためにはこれを知ってなければならず、それを知るためには立ち聞きしなければならず、立ち聞きできる時間にアリバイがないのはこの人、という感じ。
殺人を直接立証せず、ちょっと遠いところの証明をするので、推理と根拠弱くない?という印象を受ける人もいそうだが、アリバイは全員にあります、チャンスがあったのはこの人たちです、事前にこれができる人です、その時間にフリーじゃないとだめです、という風に厳密に絞っていって、一見遠いけど、この条件で一人に絞れるので犯人特定、という条件を見つけて御用。僕はこういうのが本当は正しくて、現実の捜査で行われている推理なんだと思う。
例えば前述の東西ミステリ100で1位の「獄門島」だが、よーく考えると、最初の殺人は和尚さんじゃなくてもいいんだよね。死体を担いで階段を登れるパワーのある成人男子なら、祠で鵜飼君を待ってる被害者を、偶然見かけた島民Aでも可能だ。物語に登場せず、もちろん動機も読者にはわからず、容疑者として挙がってこないので、和尚さんが殴り殺して担いで階段を上がり、提灯を振り回して返事したけど背中の死体は夜の闇で見えなかったんです、と金田一耕助が言えば、なるほどそうだったのか、と納得してしまう。実際そうなので犯人確定なのだが、可能性の問題としては島民Aでもありのはず。
それを江神二郎、およびアリスチームの推理は完全に排除する。すべての可能性を論理で一つ一つ消していく。本作では、どう考えても犯人ではない宿の女将さんの可能性まで排除している。本作では、名指しされた犯人以外の人物は犯人たり得ないのだ。この論理の厳密さは、もはや数学的ですらある。
芸術家村には語り手のアリスがいないので、マリアが語り手になる。二人の語り手が章ごとに語る村上春樹的な構成になっている。アリスのほうは、いつもの大学生版ズッコケ三人組。マリアのほうは、前作でアリス視点で見ていたマリアの頭の中って、こうなってんのね、というのに納得するというか、非常に細やかによく書けていると思う。男からすると理解できないポイントで悲しんだり、喜んだり、些細なことに引っかかってウジウジ悩んで言い出せなかったり。女の子の成長物語としても十分に読みごたえがあると思う。
今回の再読ブームでは、アリスとマリアの関係に着目しているのだが、本作では一切顔を合わせないのがもどかしかった。マリアに好きな男ができたんじゃないか、という予想でアリスがグサッと来たり、また殺人事件に巻き込まれたマリアを思ってアリスの胸が締め付けられるようになったりはあるのだが、マリアのほうは江神さんにおでこを指で突かれたり、江神さんの肩に頭をつけたり、かと思えばアリスのことはそんなに、って感じで。アリスはとにかく態度をはっきりせいよ、と思いつつ、あんまり覚えていない「女王国の城」再読で確認したいと思います。