
兼六園は江戸時代の代表的な林泉回遊式大庭園の特徴をそのまま今に残しています。
もともと兼六園は金沢城の外部として城に属した庭だったそうです。
庭としての歴史は、城に面した傾斜地が古い、加賀藩5代藩主・前田綱紀が1676年、この地にあった
作業所を城内に移し、蓮池御亭(れんちおちん)を建て、その周辺を作庭した。
これが本庭の始まりで、当時、蓮池庭(れんちてい)などと呼ばれていました。
1822年 12代藩主・斉広(なりなが)は奥州白河藩主・白河楽翁(らくおう)に庭園の命名を依頼
しました。 楽翁は中国宋の時代の詩人・李格非(りかくひ)の書いた洛陽名園記の文中から採って
宏大 ・ 幽邃 ・ 人力 ・ 蒼古 ・ 水泉 ・ 眺望 の六勝を兼備するということで 「兼六園」 と命名されました。
上の写真で小さく写っている 「鴨さん」 アップで 
人馴れしているのか、藻を食べるのに忙しいようでした。


兼六園の中でもっとも枝ぶりが見事な松である。
13代藩主・斉泰(なりやす)が琵琶湖畔の唐松から種を取りよせて実生から育てた黒松です。
11月1日に雪吊り作業を始め、北陸の冬の訪れを告げる風物詩となっています。
唐崎松 (からさきのまつ)


明治記念之標



夕 顔 亭
園内で最も古い建物で、1774年に建てられた茶室
茶席の次の間の袖壁に夕顔(瓢箪)の透かしがあるので夕顔亭という亭名がつけられています。




翠 滝

噴 水
この噴水は上にある霞ヶ池を水源としており、自然の水圧であがっています。
日本最古の噴水といわれています。
日本三名園の兼六園、紅葉が見ごろということで訪れてきました。
以前、夏に訪れたことがありましたが、今回は紅葉が実に見事でした。 そして兼六園の
風物詩ともいえる 「雪吊り」 を見ることもできました。
金沢城は修復中でシートに覆われていて残念でしたが、素晴らしい紅葉を愛でる
ことができ、はるばる出向いた甲斐がありました。 
押し葉にするために、紅葉の落ち葉を何枚か拾い持ち帰りました。 