モナドの消滅とは以下の状態、世界という写像全体の消滅である。
第一の理論根拠として2点の間の区別ができない世界に運動はない、第二にエンタングルメントによる位置情報は空間を前提としない。故にもつれる2点が区別できなくなれば因果律世界は終わる。
さらに重要なモナドの属性は合成である。合成されたモナドが2点関係がtreeかtreeでないかだけが自己判別条件である。これで空間全体が論理的かつ物理的に定義できる枠組みができた。もう一つ必要な要素はモナドの持つ波動と波動共鳴だが、まだ物理的仕組みまでは実証根拠が確認されていない(量子もつれの固有振動)し、思いつかない。
時間は因果律から独立しているかどうかというのは実は直感では解けない。難しい問題で、物質存在の属性である区別作用が自律的に2点を世界に押し出している。これを繰り返す属性が遷移であり時間である。つまり因果律から時間は独立している。直感と大いに違うのでこの理解にはとても時間がかかる。われわれは一つの物質世界しか知らないので遷移も一つと思っている。だから時間と因果律は直感的に一体と思う。しかし複数の時間を許容する次元の高い世界であれば、タイムマシンの仕掛けのように時間をあたかも遡るかのように結果から原因を生じさせ得ることも自然現象として許容される。故に少なくとも現生の“人間という因果the human” に対して時間は干渉せず、解決に向かう遷移も示さない。時間は実在ではない。時間とは遷移する属性を内包する物質世界のパラメータにすぎない。故に人間に時間が与えられているのではなく、時間というパラメータに人間という物質因果が割り付けられている。常識的に有限と考えられた時間も人間という因果をAI化して量子演算により無限に人格が拡張できれば、人間に与えられた時間は無限である。