公開メモ DXM 1977 ヒストリエ

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連隊 軍旗燃ゆ

2016-06-28 21:12:36 | 日本人
必勝の確信が軍を強くする。自軍の必勝のためには敵軍の必勝の確信を揺らがす事が上策である。どういう時に確信が揺らぐかというと、必勝の意味が失われる時。どこで確信が揺らぐかというと、戦場あるいは兵の象徴が建っているところ。意味と象徴が戦場で燃やされた時の兵卒の落胆はどれほどであったことか。日本軍は幹部将官が連隊旗を自ら燃やした。日本軍は自ら自滅の引き金を引いていた。日本人の強さは攻めている時の強さに象徴される。守りに入ると坊主懺悔して弱さだけが露呈する。敗けも戦いの一局面と捉える粘りがない。「必勝の確信」が足りないから守り切れない。当時「必勝の確信」がどこから湧いてきたかというと神話の世界である。今の時代には合わないし、空虚。それに日本人は昔ほど純情ではなくなった。

「必勝の確信」が湧いてくるのは専ら日本人が自ら繰り出したイマジネーションを信じる力による。「イマジネーションを信じる力」はロジック由来であるとともにメルヘン由来でもある。信じるがゆえに信じる。そのくらいの純情は残しておけ。


『軍旗燃ゆ』などの戦争小説を書いていた頃の五味康祐(ごみ やすすけ、1921年12月20日 - 1980年4月1日、通称は こうすけ)は何を思っていたことだろう。戦後はレコード評論や麻雀もの、時代ものをヒットさせ『薄桜記』(はくおうき)は、産経新聞夕刊に1958年7月から1959年4月にかけて連載された五味康祐の時代小説で最近もTVドラマ化された。1965年ころには駿台荘で春川ますみを口説いていただろう、調子に乗っていた五味は車好きで交通死亡事故を起こすが、文壇総出の減刑嘆願書(志賀直哉、川端康成、小林秀雄、井伏鱒二、井上靖、三島由紀夫、柴田錬三郎、水上勉、亀井勝一郎、保田與重郎が連署で執行猶予請願)は有名なエピソードである。そのくらい自由人であったから軍隊にはなじまなかったことだろう。それに比べると茂登山長市郎の方は精鋭兵士だった。彼らはもう口を開かないので、私たちは攻勢の時の日本軍兵卒の強さを記録に留めるしか無い。戦争プランはデタラメのバラバラだったが、兵卒は優秀だった。

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