公開メモ DXM 1977 ヒストリエ

切り取りダイジェストは再掲。新記事はたまに再開。裏表紙書きは過去記事の余白リサイクル。

「青山二郎 の話」 宇野千代

2015-10-18 16:23:27 | 今読んでる本
『「いつか 、君の立替へた 、あの百万円は返して貰ひましたか 、 」と訊いた 。いや 、まだですよと言ふと 、その社長が中に這入つて 、赤坂の料亭か何かで 、青山さんに 、 「君 、金が這入つたんだから 、あの金は返した方が好いよ 。 」と言つた 。青山さんは笑って 、元金の百万円に 、利子と言つて十万円をつけ 、石原さんの前に出した 。 「俺ア 、人から金を借りて 、返したことなんか 、ないよ 、生れて始めてだよ 。 」と言つたとのことである 。これらの話を聞くと 、信じない人もゐる 。青山さんは冗談を言つてゐるのか 、と思ふ 。ところが 、それがちよつと違ふのである 。青山さんにあるのは 、常識で考へられるままの 、金銭感覚とは違つたものである 。借りた金は返さないでも好い 。同じ理屈で 、青山さんもまた 、貸した金のことは忘れる 。そこで 、辻褄が合ふのである 。かう言ふ話は 、限りなくある 。それによつて 、青山さんの性状を云々するのは 、当らないことである 。』


『これは君のところから持つて来て 、二年の間 、僕が愛玩して 、かう言ふ味をつけたんだ 。だから 、その愛玩料として 、四万円おいてくかい 。 」と言つた 。瀬津はだまつて 、財布の中から四万円の札を出して 、青山さんの眼の前に置いた 、と言ふ話である 。』


文庫版発行二〇〇三年一月一六日
青山二郎の話
著者宇野千代
発行者中村仁
発行所中央公論新社

青山二郎、この人は小林秀雄の骨董の師匠だが、晩年に自宅でやっていたことは怪しすぎる。東京オリンピックから十三年後の神宮前のビラビアンカの場面で始まるエピソードはまるで贋作製作者の部屋である。小林秀雄の常識も借りた金は返さない。人のカネで解決するのが一流という考えだ。瀬津のぐい呑みの一件でも、金は一切払わずにゼロから四万円の利益を得ている。青山二郎が二年間鑑賞したという価値が生まれたという理屈が通ったわけだ。審美眼が価値を創造するそういう世界は裏表で贋作趣味に直結している。

宇野千代



宇野千代は病床にあった鵺のような青山二郎を記録せずにはいられない疼き、そういう動機で筆をとったのであろうと伝わってくる、複雑な人間関係を整理するほどに宇野千代自身の感情の乱れが無構造な随想になって崩れている。作品としてはダメ品に入るだろうが、心の乱れる宇野千代の姿が艶として表れている。
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