自分の人生の残り時間の過ごし方については、人それぞれだと思う。
私は介護予防施設で頭の体操と思って麻雀をやっている。5年は優に経っている筈だが、なかなか上達しない。おしゃべりも交え楽しく過ごす。そんな時間が大切なものになっている。
その施設で、私らが麻雀をやっている一方では運動をやるクラスもあり、汗を流し適度に疲れた人たちが傍を通り過ぎていく。
ある火曜日午後、何故かこちらを見てる人達の視線を感じ、私も見返したことがあった。それは今にして思えば、そういうことがあったな~と思い出していることであるのだが…
そんなことのあった後の土曜日。
自宅で麻雀をやっているときメンバーの一人が言った。
火曜日に服も目立つし大きな指輪をして…そういう人がいた。みたいなことを運動の人が言っていたと話した。「それは私のことじゃないの?」と私が言った。
それで話は終わったのだが、自分の身なりは自分なりの考えで決める、それが私の考えだ。
「こうすれば他人はどう見るか」など、もう人生もここまで来て残り時間は少ないのに、人の口を想像したり、もっと言えば怖がったりして、自分のやりたいことを遠慮して過ごすのは時間の無駄。どんどん残り時間は減っていくのに。
いつか必ず来るわが人生の終わるとき、あんなこともやりたかった。こんなこともやりたかったのにできなかったと悔やんでも遅い。念が残って成仏できない。
そう考えている私は、だから人眼は気にしない、やりたいようにやる。そう決めているから平気だ。
その点、カラオケ教室の仲間は皆、私と同じ考え方がをしているので、やはり楽である。
麻雀やカラオケを楽しむのも、いつか先に逝った夫や両親にも「十分楽しんできましたよ」と報告できるようにしたい。会えるのかわからないけど…
残り時間の使い方も、死後の世界のことも、自分の空想も含めて私の考え方をお話ししました。
ではまた、お会いしましょう