今日の戦闘は、神経を非常に使った。
と、ケンジは1日を終え、自室に向かっていた。
「(何故、マーグはタケルを攻撃する?
それにあの冷たい表情、タケルを見ても全く変わらなかった…。
むしろ、タケルが動揺して苦しむのを愉しんでいるかのようだった。
…一体、本当のマーグはどちらなんだ?)」
富士山麓で容赦の無いマーグの攻撃を受けたタケルは、マーグの変貌が理解できず、追い詰められ、身も心もズタズタに傷つけられてしまった。
今はメディカル・ルームの特別治療室で眠っている筈だ。
『母さん!どうして俺を本当に産んでくれなかったんだ!?』
眠らされる前の、タケルの悲鳴にも似た悲痛な叫びが耳に残る。
あれほど、「自分は地球人だ」と断言していたタケルが、自分の身体に流れるギシン星人の血を疎み、嘆き、育ての母親に詰め寄る。
ようやく出会えたたった一人の、血の繋がった兄。
その兄から伝えられた、生まれた星の、生みの親の、自分達のこと。
自分という存在が何なのか判らず怯えていたのが嘘のように、タケルは変わった。
ギシン星人の自分でも、地球の為にギシン星と…いや、ズールと戦えるとタケルは言っていた。
「(マーグは何故変貌してしまったのか?
それとも、元からのマーグが今日のマーグであって、土星のマーグはタケルを懐柔するための罠か何かだったのか?)」
ケンジは考えを巡らす。
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ズ―ルがタケルに最初に接触した時は、自らを父だと名乗ったと言う。
その言葉を拒否したタケルに刺客が差し向けられ、そのうち、『皇帝の息子ならば皇帝の命令に従え』と、言われなくなったとも言っていた。
『皇帝の息子』から『裏切り者』『反逆者』と、タケルは完全にギシン星から突き放された。
タケルを救っていた謎の声の主が実の兄だと判ったのは、タケルの心が完全にギシン星から離れて、地球と運命を共にすると決めた時。
あまりにタイミングが良すぎるのではないか…。
「(地球の為にギシン星と戦う決心は出来たものの、異星に生きるたった一人のギシン星人という孤独は、何物でも埋め難かったのだろうな)」
だからこそ、土星でマーグと巡り合った時のタケルの歓喜は、それまで誰も見たことが無いほどであった。
時間を作ってはマーグが眠る病室を訪ね、マーグが眠っていればそっと寝顔を見つめ、目覚めていれば、少しづつ会話を重ねていた。
マーグの病室に通う度に、タケルの表情が薄皮を剥ぐように明るくなり、その琥珀色の瞳が輝くようになっていくのにケンジは気が付いていた。
同時にタケルはマーグとギシン星についての事情聴取も受けていた。
地球防衛軍は、ギシン星との戦争状態に入って以来、タケルがギシン星人と接触する度に事情聴取を行っていた。
それはギシン星に関する諸々の情報を少しでも集める為であり、同時にタケルが地球に対して翻意を示していないかを確認する為でもあった。
翻意に関しては全く兆候が見られなかったが、同時に、タケルから得られるギシン星の情報も皆無に近かった。
しかし、マーグとの接触により、タケルは自分が生まれてからの17年間の情報を得ることが出来た。
地球側にとっては、最新の具体的なギシン星の、事に軍事関係の情報を得られる機会と考えたのだ。
しかし、タケルが知るのは自分の出自、両親の死、六神ロボが作られた経緯程度で、地球側が期待する程の情報は無かったのだった。
思うような情報が手に入らない地球政府と地球防衛軍は業を煮やしていたのをケンジは知っている。
だが、タケルはそれを知らない。
このままマーグを地球へ連れて行けば、マーグは敵軍の捕虜として扱われることになる。
軍事裁判にかけられる前に、ギシン星に関する情報を全部吐き出させられることになるだろう。恐らく、どのような手段を使っても。
地球の命運の鍵となっているタケルに、地球政府も地球防衛軍も一切手を出すことは出来ないが、その双子の兄ならば…と。
もし、地球上層部の考えを知ったら、タケルはどうするのだろう。
そう考えると、ケンジは自分が身震いするのを覚えた。
「(タケルは、きっと"どんな手段"を使ってでもマーグを取り返すだろう。
そして…)」
きっと、地球はタケルから見放されるのだろう。
数ヶ月前のあの時、タケルが孤独に怯え震えていた時に、手を差し伸べるどころか、あまつさえ、追放までしたのだから。
地球側とタケルとの和解は、謎の声…マーグの呼びかけによってのタケルの自主的な物だ。
つまり、地球の命運はやはりタケルの気持ち一つで決まってしまう…。
ケンジは背筋に冷たい物を感じる。
マーグを『地球』が取り上げてしまったら…。
そう考えたケンジは、土星基地の通信室に取って返し、大塚に自分の意見を具申した。
そして、地球政府にも一考して貰うように頼んだのだった。
『地球はともに暮らせる人を拒否することはせん。一緒に来るがいい。』
これは大塚の個人的見解ではなく、タケルに対する地球側首脳陣の妥協であった。
この言葉にタケルは素直に感謝し喜んだ。
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だが。
それゆえに、タケルは今日、地獄の苦しみとも言える戦いを迫られたのだ。
血を分けた双子の兄との。
マーグと巡り合わなければ、タケルは己の存在への孤独感に襲われるだけで済んだのだ。
『たった一人の血の繋がった双子の兄と心を通わせてしまった』
為に、タケルはマーグに刃を向けることが出来ずに苦戦し、危うい状況に陥ってしまったのだ。
「俺は生きる!」
タケルの正しく血を吐くような叫びが、ケンジの耳に残っている。
通信機を通して、クラッシャー隊のメンバー全員が耳にした筈だ。
バトルキャンプの指令室に居た大塚も。
タケルの最後の決心がタケル自身の命と地球を救った。
だが、それまでのタケルはどうだった?
マーグの的確で素早い攻撃をかわし、マーグにコンタクトを取るのに必死なタケル。
どうしても隙が出来て防御が遅れる。
超能力自体はタケルの方が上と思われるが、マーグに対する動揺や迷いが全ての判断を鈍らせ、攻撃も防御も後手に回ってしまう。
かたやマーグは、何の枷も無くむしろ愉しむがごとくタケルへの攻撃を続け、決して手を緩めることは無い。
タケルを殺せば自分もその場で地球と共に爆散してしまうことにも躊躇を見せない。
もし、"マーグ"の存在が架空の物であったら。
タケルが受け継いだと言う記憶が偽の物であったら。
ケンジの額に冷たい汗が浮かんだ。
ギシン星の、いや、ズ―ルという存在はなんと恐ろしいことか。
人の生きる意味すらも攻撃の手段として選ぶ無慈悲さ。
土星で、地球の為に良かれと判断し具申した自分の意見すらも見透かされていたと言うのか。
それすらも利用されたのか。
無慈悲、冷徹、無情…言葉では表せぬ氷のような、いや冷えた鋼鉄のような無機質な冷たさをギシン星にズ―ルに覚える。
そのような敵と地球は…タケルは戦っている。
「("マーグ"という存在は地球にとってもギシン星にとっても切り札足り得る、"諸刃の剣"と言う訳か。)」
一度、甘い蜜を味わってしまえば、その蜜の味は忘れられない。
タケルは"マーグ"という、ギシン星によって準備された極上の蜜を味わってしまったのだ。
「(タケルが目覚め、再びマーグと対峙した時、タケルはどうするのだろう。
マーグと戦うのか、それとも…マーグを求めて地球を去るのだろうか?
我々はタケルにとって"マーグ"以上の蜜を用意することは出来ない。
明神夫人であっても、"マーグ"以上の存在になり得ることは無理だろう。)」
ケンジは妙な焦燥感に襲われ、先ほど退出したばかりの治療室へと踵を返した。
ノックの音に反応は無く、鍵はケンジのIDカードで開いた。
室内にはタケルがベッドで一人、昏々と眠っているだけである。
先ほどまで付き添っていたタケルの養母・静子も席を外しているらしい。
部屋は複数のカメラでモニタリングされ、タケルの脳波や心拍なども全て隣室で医師がチェックしていることもあり、人が傍に付いている必要は特には無いのだ。
先ほどは、マーグの攻撃で意識を失ったタケルが目覚めた際に、精神的に不安定な状況にあることを予想していたため、静子を始め、クラッシャー隊のメンバーや大塚も付き添っていたのだ。
扉が閉まると、タケルに取り付けられている脳波計や心電図といった機器の音だけが静かに響く。
その合間に今は穏やかになったタケルの寝息が微かに聞こえる。
つい先ほど、言葉を荒げて育ての母に詰め寄っていた悲痛な表情は無い。
穏やかな寝顔で眠っている。
頬が若干紅いのは傷による発熱なのか、それとも、先ほどの興奮によるものなのか。
「悲運…か」
先ほどミカに返した言葉を繰り返す。
それと同時にタケルが意識を取り戻し、目覚めた時の事をもう一度思い出す。
『兄さんと…いや、マーグと戦っていた』
タケルは直前に見ていた夢を、そう静子に話していた。
「(と、言うことはタケルの気持ちの中では既に決着が着いているということなのか?)」
タケルは、マーグを兄では無いと、そう決めたのだ。
でなければ"兄さん"と一度口にした言葉を敢えて"マーグ"とは言い換えはすまい。
ケンジは"マーグ"がタケルの兄で無いことを願った。
タケルを揺さぶる為に用意されたギシン星の作戦上の存在であって欲しいと思った。
でなければ、これからマーグと戦わなければいけないタケルがあまりにも救われないではないか。
たった一人、血の繋がった双子の兄を自らの手で殺さねばならぬとは。
ごそり。
布が擦れる音にケンジはふと我に返り、目の前で眠るタケルを見た。
寝返りを打ったらしく、点滴の刺さった、マーグの攻撃で傷だらけの痛々しい腕が掛け布から投げ出されている。
ケンジはそっとタケルのその手を取ると、タケルの眠りを妨げないようにそっと腕を掛け布でくるんでやった。
キュッ。
ケンジの指先が掴まれた。
「!?」
ケンジはタケルが目覚めたのかとハッとしたが、タケルはまだ眠っている。
しかし、ケンジの指先を握りしめている。
ケンジは腰を落として、眠るタケルの顔の高さまで視線を下げた。
治療室の照明に照らされたタケルの髪の色は、いつもと違って柔らかなオリーブグリーンの色に見える。
タケルの寝顔が無垢の赤子のように見える。
思わずケンジはそっとタケルの髪を撫でてやった。
「…兄…さん…」
小さくタケルが呟いた。
そして閉じたままの両瞼から一筋の滴が流れた。
ケンジは自分の指先を握っているタケルの手の上に、自分のもう一方の手を重ね、そっと囁いた。
「…マーズ、ゆっくり眠るんだ。
俺がいつも傍に居てやる。」
ケンジの指先を握っていたタケルの手が離れ、掛け布の下へと潜った。
そして小さな吐息を一つ漏らし、タケルは身体を小さく丸めた。
まるで胎児のように。
再び、静かな寝息が室内に広がった。
その様子を見てケンジは握った拳に更に力を籠めた。
自分達がタケルを支えなければ、タケルは脆く崩れてしまうかもしれない。
何としてでも、タケルを支えてやろう。
タケルが地球の為に戦っているからではない。
同じ地球に住まう者であり、同士であるのだから。
人一人を救えなくて、どうして地球を救えるのか。
この言葉の意味を重く噛みしめ、ケンジは治療室を後にした。
先ほどのささやかな行為で、言葉で、それでタケルが穏やかに眠れるのであれば。
いつでもタケルの為にそうしてやろう。
と、ケンジはクラッシャー隊の隊長ではなく、タケルを見守る一人の者として思うのだった。
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あとがき
結局アップしたったーw
当初は裏に持ち込もうとしたんだけど、それを書くにはリハビリが…w
長年書いてないから、こう、細かな用語とか。ねww←をい、こら
(書く気満々だぞ、こいつ)
て訳でもないのですが、ケンジさんが書きたくなったので書いたお話し。
ケンジさんて、いつも一歩引いたところからしかタケルを見てないのよね。
だから直接対峙させてあげました(苦笑)
マーグのフリなんてあざといこともさせてあげました(苦笑)
クラッシャー隊の隊長は大変ですね、隊員のお守までしなきゃならんのですから(爆)
…そうじゃなくて。
本当の兄なのか、それともタケルを動揺させる為に仕組まれたことだったのか、この時点では"地球側"には判別がついていないのです。
(記憶の伝達中に超能力で、血の繋がった兄弟だと判っているとは思うんですけどね。何せエビデンスが無いwタケルだけですもん、エビデンスが)
そういった"当事者以外には全く判らない"状況っていうのは、仲間同士の結束にとって楔になりかねませんからね。
ホント、ギシン星編のタケルは疑われてばかりで可哀想です。
(地球編の苦しみにくらべれば、まだマシなのかしら?って比べられるものじゃないか)
気が向いたら、これのちょっと設定を変えたバージョンをアップしたいと思います。
アップできるかどうかは、ケンジさんが思うように動いてくれるか次第にかかっています( ̄▽ ̄)
期待せずにお待ち下さいね。