今日も地球は周ってる

管理人の趣味や日々のことを徒然に。宇宙戦艦ヤマト好きーが現在進行形。時々、六神合体ゴッドマーズ。ALの右オタも兼務

頭痛い

2012-11-17 07:58:16 | アニメ
昨夜、ヱヴァ破を見たのだけれど、昔のシリーズよりも断然面白かった!
畳み掛けるような使徒の襲来。
アスカにマリが立て続けに登場。
ゲンドウとシンジを繋ごうとするレイ←ここが昔と一番変わってる。
ダミープラグを拒否する初号機←ダミープラグの中身って…ゲン…おえ。
何故にシンジがレイを助けることがサードインパクトに??

見終えて、寝て、起きたら、頭が痛かった。

予告のQも面白かった!
でも、劇場に行く余裕はないのでレンタル待ちですが。

同世代が作っているだけに、やはり何か無意識下で判る部分があるような。って感じ。


ってわけで、セカンドインパクト前の世界の写真(爆)


さて、今日は某ALフィーの大阪城ホールの(余った)チケット取りだ。

12/14(金)の 長良川国際会議場、チケット余りまくっております。
起こし頂けそうな方は、是非、いらして下さい。
岐阜市内とはいえ、不便な場所だけどorz

広隆寺

2012-11-15 16:58:21 | トラベル
京都太秦にある広隆寺。
ここは、20年以上前から行きたい所でした。

京都はそんなに遠い所ではないけれども、なかなか行く機会に恵まれませんでした。
今回、ようやくその念願が叶いました。

広隆寺にある国宝第一号 弥勒菩薩半跏思惟像
歴史の教科書には必ずと言っていいほどその美しい御姿が掲載されていたと思います。
その御姿がガラス越しなどではなく、そのまま拝見することができるのですから、なんと有難いことか。

弥勒菩薩の正面には毎日お経を上げる為の席が設けられていて、その両脇に畳敷きの、一般参拝者が座れる場所があります。
私は何分座っていたことでしょう。
正座をして、じっと弥勒菩薩の御姿を眺めていました。

もし、一人で行っていたなら、半日はそこに居たと思います(苦笑)

すらりとした御姿、顔に添えられた右手の優美なこと。
そして極めつけのアルカイックスマイル。

実際に自分の目で見て、一層好きになった仏様です。

実は弥勒菩薩は、過去に存在した仏様ではなくて、未来に現れる仏様です。
釈迦入滅後、56億7千万年後に下生なさると言われています。
一説には5億6700万年後とも言われています。
遠い未来、多くの人々をお救い下さると言われています。

うーん、1万年と2千年前から愛してる程度じゃ、全く敵わないですね(爆)


子供の頃、キリスト教会の日曜学校に通って、聖書などを読んだりしていた私ですが、別にキリスト教徒と言うわけではありません。
実家は真宗で父がお東で母がお西(あれ、反対だっけ?)のガンガン仏教徒です。
私自身は特に個別に信じる宗教はありません。
仏教の仏様も、キリスト教のイエス・キリストとその父なる存在、イスラム教のアラーも、それぞれが大いなる存在として、私達の意識や理解を超えたところに居られると思っているだけです。

だから古都で寺社仏閣を巡るのも好きですし、欧州で教会へ行くのも、イスラム圏でモスクに行くのもどれも好きです。←節操が無いとも言う

今回、広隆寺の弥勒菩薩にお目にかかることができましたので、今度はまた別のお寺に行きたいと思います。
さて、どこがいいかな♪

あ。3年位前に奈良の興福寺で阿修羅像を短い時間とはいえ、目にすることが出来た時も幸せでした。

最近は歴女という言葉もありますが、30年近く前から寺社仏閣好きだった私は歴女に含まれるのでしょうか?
ま、それはどうでもいいや。
実家から西に行けば、関ヶ原の古戦場ですし、子供の頃住んでいた場所の近くには徳川家康が最初に陣を敷いた小さな岡のような小山もあります。
あまりにそういう物が身近だった為に、戦国BASARAは逆に興味無しでした(爆)
近くの山には源義朝(だっけ?)の墓があり、その近くには遠足で行っているしw
なので、今回の大河ドラマも特に興味無しw
県庁所在地には織田信長の居城であった、岐阜城もあります。
戦国歴女には夢のような場所なのでしょうが、子供の頃から身近過ぎて、有り難みがないのも惜しい気がしています(笑)

今度は何処に行こうかな。
ビリケンさんでも見に行こうか(爆)

夕闇のエアポート 黄昏のベルリン (本日2回目の記事)

2012-11-14 18:25:23 | Aさん
99年のベルリンLIVEの時、ベルリン・テーゲル空港を使いました。
東西分断時代、西ベルリンのメイン空港でした。
他に西ベルリンの空港にはテンペルホーフ空港もありました。
ツアーでLIVEに参加人達はこちらのテンペルホーフ空港を利用したそうです。

Aさんの歌の中の"夕闇のエアポート"は、テーゲル空港だと思います。
LIVEの中で映写された映像の空港がテーゲル空港でしたから。

テンペルホーフ空港は東西ドイツ統合により、4年前に閉港しました。

そして、来年秋にはテーゲル空港も役目を終えるそうです。

旧東ドイツにあったシェーネフェルト空港がブランデンブルグ空港として、ベルリンのメイン空港になるそうです。

ドイツ統合による空港の効率的使用ですから、外国人である私がどうこう言っても仕方ないかもしれませんが。

Aさんの曲で、テーゲル空港に思い入れがあるだけにちょっぴり寂しいです。

テーゲル空港で撮った某右氏を真似っこした写真、何処にやっちゃったかな…。

町並みも変わったんだろうなあ。



ソ連が崩壊して、東西冷戦が事実上無くなって、平和になると思ったのにな。
イスラム圏でのジャスミン革命に端を発した内戦や、中国の海洋進出など、本当に火種は絶えませんね。
いつになったら、世界すべての人が手を取り合えるのでしょうね。

京都大阪日帰り弾丸旅行

2012-11-14 08:09:59 | トラベル
我が家は、東海地方でも西の端の方に位置しています。
そのおかげで、米原から新幹線を使って、京都&大阪に行くJRオフィシャルの格安切符があります。
2日間有効で、京都までなら往復で4480円。
在来線で京都へ行くよりも安上がりなので、時々使います。
(但し、繁茂期は使用不可)

朝、8時過ぎの在来線で米原に向かい、新幹線に乗り換えて京都に着いたらまだ9時過ぎw
そそくさと地下鉄、嵐電を乗り継ぎ、向かったのは広隆寺。

http://kanko.city.kyoto.lg.jp/detail.php?InforKindCode=4&ManageCode=1000073

目的は国宝1号の木造弥勒菩薩半跏思惟像(もくぞうみろくぼさつはんかしいぞう)

20年越しでようやくお目にかかれました♪
像の前で一体何分見つめていた事でしょう。
あまりの美しさに、1日中でも座っていたいと、本当に思いました。
奈良 興福寺の阿修羅像に参拝に行った時以来の気持ちです。

まだ朝が早かったせいか、紅葉にはまだ早かったせいか、参拝者も少なく、ゆっくりと拝観できました。

境内は綺麗に色づいた木もありまして、紅葉も堪能できました。


広隆寺で癒され、満たされた私達は、次は大阪に向かいます。
関西の電車はよく判らないので、座れるかどうか判らない特急は避けて、ゆっくり座れる準急で梅田を目指します。

梅田にお気に入りの100均があるので、一番奥の方まで行って、少し買って(名古屋にもあるので、今回は買うものが少なかった…)、その後、途中で見かけたお好み焼き屋さんで昼食に。
勿論、お好み焼き!!
ランチはご飯と味噌汁、大根サラダが付いてきます。
お好み焼きにご飯…さすが大阪(笑)

お店の人が焼いてくれましたが、キレイなまん丸でふっくら表面カリカリで美味しい!
これで、街の中心部で700円なんて安い!と、友人とびっくり。
記念にこの人達も(笑)


そして目指すは道頓堀。たこ焼きです。
なんばでおりて、道頓堀のかにやふぐのデカイ看板を見ながら、昔は戎橋付近にあったたこ焼き屋を探します。
大阪市と色々揉めて、移転したのは知ってたのですが、移転先が判らないorz
歩きまわってやっと見つけました。

6個入りを買って、友人と半分こ。
ソースの味が濃くて旨い!

戎橋を渡って、心斎橋方面に向かおうとしたら…
戎橋の向こうのアーケードが物凄い人人人!通りが真っ黒になっていて
「ごめん、私にはあの人混みは無理。御堂筋沿いに行こう…」
と、友人に言うと、それで気づいた友人も仰天。
「うわっ!なに、あの人混み!いいよ、大通り沿いに行こ」
と、人通りの少ない御堂筋沿いに心斎橋に向かいます。
途中で裏道に入って、お目当てのデンマークの100均と言われる(100円以上もたくさんあるけど)、TIGERに。
平日なのに、入店規制がかかってます。
店が狭いだけに、すっごい人混み。
人をかき分けて、気に入った物を数点購入。
近所だったり、車だったら持って帰りたいようなものもありました(笑)

人混みに揉まれて疲れたので、ビッグフット(だっけ?)にあるサイゼリアでティータイム。
1階のスタバは無視(笑)
ここでプリンとドリンクバーを頼み、1時間くらい休憩。
二人とも「眠いー」を連発(笑)
中学以来の腐れ縁の仲なので(高校も一緒)、もうお互い気を使わない使わない(爆)
テーブルでだらだらして、甘い物でエネルギー充填したところで、JR大阪駅に向かいます。
大丸の地下で蒸したての豚まん(551蓬莱)を友人が購入。
私はJR大阪駅でチルドになった豚まん(551蓬莱)を購入。
友人はここで、更にチルド豚まん(551蓬莱)をふた箱購入w。

大阪駅から、混む新快速を避けて、快速で京都に向かいます。
(格安切符は 地元駅⇔京都だから)
京都でもさらに土産を物色w
漬物やら丹波黒豆の甘納豆や栗納豆をGET!
そして、今回の弾丸日帰り旅行の最期のイベント!
「茶寮 都路里(つじり)のパフェを食べる!

非常に美味しゅうございました。
パフェ自体も美味しかったのですが、水代わりに出されるほうじ茶が、これまた香りが良くて美味しい。
パフェを食べた後にほうじ茶を2杯頂いて、お店を後にしました。

そして、米原に向かう新幹線内で大丸551蓬莱で買った豚まんを食べ、
米原で乗り換えのダッシュ(キツかったー)をして、地元に戻ってきました。

本当に充実した1日でした。楽しかった♪
一緒してくれたPKちゃん、ありがとう!

あーしたーはきっと いいてんきー

2012-11-12 17:04:45 | 日記
と、信じていたのに。

夕方から雨だなんて…(しくしく)

久しぶりに友人と、のんびり(だけど忙しい)お出掛けなのに。
ちょっと、癒されに行ってきます。
まだお目にかかった事のない仏様にお会いしに行って参ります。
そして、美味しいものを食べ、気になるお店をチェックして参ります。

行き先はまだ内緒。

明日、帰ってきて余力があれば、ブログ更新します。
でも、多分無理(笑)
更新は明後日かな?

それでは!

大人になりきれない大人と耳年増な子供

2012-11-11 14:16:09 | よろず
私の過去の愚痴話です。お嫌な方はまわれ右でどうぞ。
改行しておきます。文字色反転はしていませんのでご注意を




























改行終わり





私は耳年増な子供でした。
何かと言うと父や母に連れられては、大人達の集まり(単なるお喋り)などに連れて行かれたり、父の職場のお姉さん(紡績会社だったので、全国から社員が集まる為、寮に住んでいる人が多かった)に連れられて、街へ遊びに行ったり。(勿論、両親は着いて来ない)
オムツも取れないころから、そんな風に大人達に囲まれて育ってきた。
社宅だったので年の近い子も多く、子供同士で遊ぶことも当然あったけれども。

高校を卒業して地元百貨店に就職した私は平日の休みが多く、車の免許を取ったら、母と母友のいい足になっていた(笑)
母と母友(当然私も小さな頃から知っている)を乗せては、あちこちドライブに行ったものだった。

そうするとね、オバチャン達の会話が全部耳に入ってくるんですよ(笑)
仲が良かったオバチャン達だったから、もう会話が明け透けで。
私は黙って運転していたけど、耳はダンボになってました。
「(へー、中年のオバチャン達はこんなこと考えてるんだ)」
とか思いながら(笑)

だから、子供の頃から必要以上に耳年増な子供だったんです。
そうやって大人達の社会を少しづつ知っていったのかな。
そのおかげで、子供の頃から現在まで、特につまづく事無く(あ、反抗期はありましたよ、ちゃんと)緩やかにオバチャンになりました。


でも。
最近テレビを見ていると(実家にいると、常にテレビが点いてるから。両親ともテレビッ子)、なんだか大人になりきれていない大人が多いな。って気がして。
自分が大人かどうかは判りませんが、なんか最近の同年代と、それより下の年代、おかしくね?
って思うことが増えたんです。
詰め込み教育で、大学入試に必死になってた同年代。
ゆとり教育で、でも塾や習い事に通いづめで、とにかく何処でもいいから大学に入ってきた年代。

私は大学に行かなかった(正確には行けなかった)けど、正直、大学なんてどうでもいいやって思ってました(進学校に行ってたクセに)。
社会に出てから、学校では学べなかったことを本当に色々と身を持って学びました。
高卒入社だったのに、歓迎会が1次会からいきなりスナックだったりとかw
女性先輩社員に指で棚の上をツーと撫でられ、「掃除がなってない」とかw
課長に「お茶が薄い」と叱られたりw

オバチャン達が話していた大人社会とはまた違う大人社会を身に沁みるほど味わわせてもらいました。
(その百貨店は吸収合併されちゃいましたけどねえ)
あの頃の上司や先輩は今頃どうしているんだろう。
4年で辞めてIT企業に転職(バブルだったから、畑違いでも転職できたのよw)した当時、その頃仲が良かったパートのオバチャンや同僚には
「早くに見切りつけておいて良かったね」とも言われw

結局IT企業で残業成金(基本給よりも残業・休出手当が多いこと)になってしまい、遊びに行く暇も無いから、年に1度の海外旅行で憂さを晴らして…
栄転出向したら(出向したら自動的に中間管理職になってしまって)、身体を壊してしまいました。
前任者が産休に入る為、産休期間だけの出向だった筈で、DBが新しくなることによる新入力システムは出来あがっている と、聴いていたのに。
新入力システムは手つかず。引き継ぎは2週間。
2週間の間に現行の旧DBの構造と入力システムを頭にブチ込んで、すぐに新DBの構造と、DBの流れを覚え無ければならず、3週目には新入力システムを構築しなければならなくなりました。
自分の部下は社員が1人、あとは皆さん派遣の入力専門の人達。
現行の業務をこなしつつ、新入力システムの構築。DB管理部門との調整。
やっとのことで、新入力システムを考案して派遣さん達に通知したころには、疲れきってました。
そこへ「前任者は現部署では無く、別部署に復帰」と聞いて…。
私は出向先から離れられない状態にされてしまったのです。
しかも、本当は出向先が欲しがったのは別の人だったのに、本社の上司がそれを嫌がって代わりに私を出向させたことも判ってしまって。
「3日で考えろ」と、出向話が出た時に言われました。拒否すれば、自主退職しか道が残って無かった…。

自分は耳年増で、それなりに大人の知恵を付けていたつもりだったけど、結局は大人になりきれていなかったんだ。と、悟りました。
きちんとした大人なら、もっと割り切って出向先に居続けたと思いますから。

結局、本社の元部署に戻りましたが、居心地が悪く、偶然お手伝いで行った、親会社のデザイン・ルームに居着くことになりました。
(業務請負ってことで)
ガッチガチのDB構築業務と違って、フリーな雰囲気は出向で疲れ切った私には丁度良い職場でした。
元々のDB構造の知識も役に立ったし、Photoshopを多様する職場ですが、大量の小さな絵の処理にはプログラムの知識が活かせて、結構重宝されました。

結局は壊した身体は完全に復調せず、病欠を繰り返した挙句、退職することになりました。

やっぱり自分は大人になりきれていなかったんだ。
そう思えて悔しかったですね。
いい歳してなんですが。

耳年増な子供で、自分はもう大人というふうに思っていましたけど、現実は大人になりきれない大人だったわけです。

と、自分の恥を晒しての昔話でした。
飽きずに読んで下さった方、ありがとうございました。

夢の終わりに

2012-11-08 11:00:55 | GM_SS
ケンジの目の前で、ゴッドマーズの両腕…ウラヌスとタイタンが崩れ落ちた。
そして、両腕を失ったゴッドマーズが片膝をつくように倒れた。

通信機を通して聞こえた、タケルの

「俺は生きる!」

という叫びと同時のファイナルゴッドマーズ。

タケルは一体、どんな気持ちでマーグが乗った戦闘メカを斬ったのか。
肉弾戦でも、メカ戦でも、タケルは心身ともに追い込まれていた。
マーグの変貌が信じられず、激しく動揺し、その動揺がタケルが追い込まれる隙を作った。
結果的には勝ったが、戦いとしてはタケルは敗れてしまった。

戦いが終わると、いつもすぐに分離してそれぞれの地に戻って行く六神ロボも、そこに留まったままだ。

「(何かがおかしい。タケルは一体どうしたのだ?)」

ケンジが不審に思った時、片膝を付いたゴッドマーズが分離した。
そしてガイヤーの胸部から発せられる光の中を、タケルが降りてきた。

「(良かった、無事だったか)」

と、思った矢先。
地上に降りてきたタケルは、自らの力で立つ事ができずそのまま叢に倒れ込んだ。

「タケル!」

クラッシャーのメンバーが、弾かれたようにタケルに近寄る。
タケルの瞳は閉じられ、見る限り、身体中に擦過傷が見て取れる。
マーグとの肉弾戦と、戦闘メカによって浴びせられた衝撃波で、タケルの体力は著しく失われていた。
ケンジが力なく横たわるタケルの上半身を抱き起こす。

「呼吸も脈拍も大丈夫だ。ミカ、バトルキャンプに連絡を取って、タケルの救急受け入れ態勢を連絡しろ。」

「はい!」

ミカが急いで1号機に連絡の為に戻る。

「アキラ、1号機と2号機の故障はどうなっている?」

「両機とも、まだ完全には…。3号機は無傷です。」

アキラが顔を曇らせる。

「判った。俺が3号機でタケルを運ぶ。ナオト、タケルを載せるのを手伝ってくれ。
 アキラは1号機と2号機の修理が終了次第、ミカ、ナオトと戻って来るんだ。」

「隊長!3号機で2人は無理です!」

「だが、今まともに飛ばせるのは3号機だけだ。不安定な1号機や2号機で飛んで、途中で故障が原因で何かあってはより危険だ!
 バトルキャンプからの救援機を待つよりも、3号機で戻った方が早い。」

一瞬、ナオトが何か言いたげな表情をしたが、すぐに真顔に戻った。

「…了解しました。タケルは何処に乗せますか?」

「タケルは俺の膝に横向きに座らせる。頼むぞナオト。」

ケンジがタケルの上半身を抱え、ナオトがタケルの脚を支えて、小さな3号機に辛うじてケンジとタケルが搭乗した。

「後を頼むぞ、ナオト!」

そう言うとすぐにキャノピーを閉じ、3号機はバトルキャンプに向かって飛び立った。


通常、一人乗りの3号機に大柄なケンジが座り、その膝にタケルを座らせるとコクピットに余裕はない。
操縦桿を慎重に動かし、タケルの様子を見ながら、ケンジは慎重に3号機を飛ばした。

「う…」

苦しいのか、タケルが小さな呻き声を上げた。

「大丈夫かタケル?もう少し我慢してくれ。すぐにバトルキャンプに戻れるぞ」

ケンジがタケルを励ます。
操縦桿は右手で握ったまま、左手でタケルの額にうっすらと浮かぶ汗を拭ってやる。
それに反応したのか、タケルがうっすらと目を開いた。
傷のせいなのか、体力を消耗したせいなのか、それともマーグに対する精神的ショックからか、瞳は焦点が合わずぼんやりと虚空を漂っている。

「…飛鳥さ…ん?」

タケルが口を開いた。
だが、いつものタケルと様子が違う。

「…飛鳥さん…僕…」

「(タケル、記憶が混乱しているのか?)」

タケルがケンジを"飛鳥さん"と呼んでいたのは、タケルがクラッシャー隊に入隊するまで、15歳になるまでだ。
自分のことを"僕"と言っていたのもそれまでだった。

「僕、どうしちゃったのかな?頭がガンガンするんだ。何だか身体中も重くて痛いんです…」

「…あ、ああ、タケルくん、ちょっと怪我をしたんだ。今、すぐ病院に連れて行ってあげるからな、安心してていいぞ。」

「うん、ありがとうございます、飛鳥さん。僕、何だか眠たくなってきちゃった…」

超能力を使いすぎたのか、それとも傷のせいか、タケルの顔の赤みが増している。

「俺がちゃんと病院に連れて言ってやるから、眠ってていいぞ。いや、眠るんだ」

3号機の揺れを抑え、それでもタケルを安心させる為にケンジは笑顔でタケルに言い聞かせる。

「うん…」

ケンジの言葉に安心したのか、タケルは小さな声で返事を返すと、そのままケンジの膝の上で寝入ってしまった。
ギシン星との戦いが始まってから、どんなに辛い戦いの後でも、タケルの意識が混乱することは無かった。
今のタケルの様子に不安を感じたケンジが、バトルキャンプに連絡を入れる。

「こちら、3号機飛鳥です。明神タケルの傷は擦過傷程度ですが、意識が混乱している様子です。
 精神的にかなり不安定な様子の為、治療中に明神夫人が彼に付き添えるよう、手配をお願い致します。
 あと3分で到着しますので、よろしくお願い致します。」

通信を終えたケンジは、タケルが彼自身の腹部の上に置いている両手の上に、自分の左手をそっと添えた。

「(タケル…、苦しいだろうが負けるな。すぐに手当をしてやる。それまで頑張れ)」

ケンジの左手がキュッと握られた。
まるでタケルがケンジにすがるように。

二人を乗せた3号機は滑るようにバトルキャンプの地上滑走路、救急隊が待機している場所へ着陸していった。
タケルをコクピットから降ろし、救急隊に任せたケンジは、ついさっきまでタケルが握っていた自分の左手を見つめた。

"飛鳥さん"

うわごとのようにタケルが自分の事を呼んでいた事を思い出す。
あれは一体何歳のタケルだったのだろう。
ギシン星との、マーグとの戦いが続く限り、タケルはあのような思いをしなければならないのだろうか。
たった一人の肉親、双子の兄との戦いが続く限り。
マーグへの想いを裏切られたタケルの心を自分はどう救ってやればいいのか。
タケルのクラッシャー隊入隊までそうであったように、自分が兄的存在としてタケルに相対すればいいのだろうか。
機内でのタケルの様子を思いだしながら、ケンジは考えた。

「(いや、俺はクラッシャー隊の隊長だ。タケルにだけ個人的且つ感情的に接してはいけない。
 だが、"兄"という存在を失ったタケルには、兄的な後ろ盾が必要かもしれない。
 俺にできるかどうかは判らないが、タケルが必要とするなら、そうしてやろう。
 とにかく、いまタケルが見ているであろう悪夢から醒めた時には。)」

ケンジは握った左拳に力を込め、医療区へと歩き始めた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

夢の終わりに残るものは
ひとにぎりの愛と君の微笑みでいい

written by T.Takamizawa

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後書きと言うか悪あがき

先日、病院でうとうとしながら診察を待っている間に降ってきたお話です。
15話と16話の間のお話ですね。
艶かしいシーンはありませんが、ケンジがタケルを膝抱っこしてます。
それもあの狭い3号機で!
うひゃー、凄い密着度(爆)
ケンジさん、ちゃんと操縦桿を動かせたのでしょうか(笑)
まさか自分の操縦…ゲフンゲフン(以下略)

ケンジさんの生い立ちが不明ですが、クラッシャー隊のメンバーに対しては隊長として厳しい面と、兄貴的優しさも見せてますからね。
23歳なのに、自分の立ち位置を十分弁えた大人ですよ、ケンジさん。
そのケンジを10年近く前から知ってるタケルですからね、普段、両親と3人だけの生活なだけに、ケンジの事を兄のように慕っていても不思議はない筈。

てなわけで、兄弟風味のケン×タケを書いてみました。
3号機で密着度若干アップで(笑)

最期に引用した歌詞は、某3人グループALフィーです(笑)
歌全体では兄×弟なんですけど、この部分だけ切り取るとケン×タケでもいけるかな?と、引用してみました。
優しくて切ないラブソングです。

あいも変わらず、しょーもないSSですが、お読み下さって有難うございました。

遥かな時を越えて

2012-11-07 20:29:33 | GM


なんだか、いきなり昭和にタイムスリップした感じ(笑)

実家で古い私物を整理していたら、ひょっこり出てきた、ゴッドマーズをTVから(LINEを通さず)録音したカセットテープ達。
すごいことに、ちゃんと聞けるんですよ!

ただ、経年劣化のせいか、全体的に音が高めですけどね。

当時中学生だった私のお小遣いは500円。
土曜日の部活の為の食事代を貯めてアニメ雑誌を買っていた私には、カセットテープ1本を買うのも大きな買い物(笑)
だから、このテープに残っている話は、私にとっては消すに消せなかった話なんですね。

LD-BOXを買うまで、音声はこのカセットのみ。映像は自分の記憶とムック類だけが頼りだったんですよ。
受験生だったため、模試や色々な試験などで見られなかった話もありました。
肝心の1話と2話が模試やらで見られなくて、妹に録音を頼んでおいたんです。
最悪だったのは、19話。
日テレより遅れて放送していたこちらでは、19話は…バレンタインデーで、且つ、私立高校受験日でしたorz
午後の試験の間「(ああ、今頃マーグがっ!)」って、内心、物凄く悶えておりました(笑)
こんなに辛かった試験は、後にも先にもこれだけでした(爆)

しかし、30年、よくぞ無事に残ってました、カセットテープ。

神様が降りてきた

2012-11-06 17:37:33 | GM
いつもの通院。
予約は14:00だけど、予約時間通りに診察して貰えることなんて年に1回か2回あるかどうか(笑)
今日の待ち時間は、始めは雑誌を読んでいたけど…30分でギブアップ。
そのあとはケータイに入れてる音楽を聴きながらボーッと半分眠ってました。
あ、勿論GMです。
ボーカル集と、30周年記念ソング。

半分眠ってる間に、ケン×タケのお話の冒頭が降ってきました。(濡れ場無しw)

うふふ。のんびり書こうっと(はぁと)

双子は勿論良いのですが、ケン×タケもなかなかですね。
ナオトですか?もう少し大人になったナオトなら、イケるかもですね。
18歳じゃ、まだタケルの相手には力不足かと。
もう少し包容力のある大人になればナオ×タケも有りですな( ̄∀ ̄)

腐腐腐腐♪

今しばらくお待ちくださいませ。

病院の待ち時間、結局1時間半でした。
大抵1時間待ちですから、まあ、そんなもんかと。
待つときは2時間待ちますからwww

実家滞在中の辛いこと

2012-11-05 21:32:58 | GM
腐女子のサイトを開くのに、物凄い背徳感があること(爆)

あ、一応言って置きますが、私の嗜好は「清濁併呑」です←をい

今日、久々にあるサイト様に参じて該当ページを開いた訳ですが、落ち着いて眺めて居られませんでした(笑)
自宅だと夫も私の趣味を知って居るので、多少の腐女子サイトなら開きっ放しに出来るのですが…さすがに実家の居間にあるパソコンでは、瞬間的でも憚られるものが。

そもそも高校生の頃には腐の道に入っていたのは、少なくとも母は知っているんですけどね。
実家パソコンで何か見ていて私が何らかの反応をすると、父母共々興味津々になるんですよ。

だから、ちょっと腐エネルギーをチャージしたくても出来ない(汗)

夜のつまみ食いを規制されるより、腐女子サイトが観られない方がストレスが高いなんて、これは予想外でした(笑)

仕方ないから自家発電(をい)するか。