キスのあと

キスのあと


不思議なキスのあと
神を見るように
うっとりあなたの裸を
眺めていますと
僕の身体は
あなたになって
同じように僕を見ていた
つまり
あなたの身体は
僕になって
僕の身体は
あなたになった

あれから三十年
せいいっぱい
沢山な人を
愛したつもりですけど
あなたの体は
こんなに
年をとって
痛んでしまいました

僕の体は
どうしていますか
それとも
あんなキス
誰かと繰り返して
わたしの身体は
どこか他へ
行ってしまいましたか

アドバルーン

「アドバルーン」


今日一日
空いっぱいに
拡がってしまった
わたし
空気を抜いて
折りたたみます

二回折ると４分の１
四回折ると１６分の１です
ハンカチほどの大きさにして
夜の夢のポケットに
忍び込ませるのです

ツル

「ツル」


わたしたちの
思い出の一つ一つに
きれいな折り目をつけたなら
ツルが一羽できあがりました
同封します

その鋭角のくちばしで
わたしの好きだった
あなたの指の腹を突いて下さい
ちくっと
したら
ざまあみろ
それが
わたしの悔しさ
だと思ってください

さようなら

豪華客船

「豪華客船」

　　
ここには何でもあるよ
オレンジ色の太陽も
イルカと遊べるプールも
テニスコートも
映画館もブティックも

夜になれば
星も月も
一流のシェフも
あやしいカジノも薬も
話し上手の男達も

ないのは
希望だけだよ
明日は今日なの
でもそれでいい
お金持ちだから

若いときは
私だって人並みの
希望があった
お金持ちになるってことよ
なったのよ

スケッチブック

「スケッチブック」


生まれると
あなたの面影を
たちまち
忘れてしまい

顔のない
叶うべくもない
あなたへの思慕を
立ち止まり
かきたてる日々は
空しすぎて

思うよりも早く
歩きはじめてしまい
唯一私に見えている
移りかわるこの風景の
痕跡をスケッチし
スケッチし

蛇が来ますよ
などと
むかし母さんが禁じた
夜の口笛を吹きながら
そのひとひらを寄せ集め
ジグソーパズル
をしていますと

今まで見てきた痕跡の
全てを合わせた輪郭が
決して見えないあなたの面影の
墨絵のような輪郭
でありますように

私のスケッチブックを
長い旅の果てに
ぱたんと
閉じます

瞳の奥に

「瞳の奥」


こんにちわ
とか
さようなら

簡単な挨拶の言葉を
それだけの意味で
さっぱり
きっぱり
言わねばならないところを

生まれてしまった
戸惑いの
せんちめんたるから
僕は薄ら笑いを浮かべてしまって
正午の日食のような不安の小石を
あなたの澄んだ瞳の奥に
幾千個
沈めたか　
沈めなかったか

最後まで生きる
これは僕と僕の約束だけれど
これを果した夜明けには

あなたの瞳の奥に
横たわるだろう静かな男に
きっぱり
挨拶させたい
ありがとう